レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第44章 再開する日常

休日を終えて

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 菱川重工豊川工場。完成したばかりの掘削機の鉱山用ドリルを積んだ大型トレーラーが、轟音を立てながら走る。誠はその後ろにくっ付いて買った中古のスクーターで走る。

 昨日までは東和帰還後の休暇だった。いつものように司法局実働部隊の通用口に到着すると、そこでは警備の担当の技術部員が直立不動の姿勢でパーラの説教を受けていた。

「おはようございます!」 

 誠の挨拶にパーラが待ち焦がれたというような笑顔で振り向く。警備担当者はようやく彼女から解放されて一息ついた。

「昇進ですか?」 

「……ああ。そんなところだけど……でも神前君は……」

 大尉の階級章をつけた司法局実働部隊の制服姿のパーラに誠が声を掛けた。

 しかし、誠に出会った時の笑顔はすぐに消えたパーラはあいまいな返事をしてその場から逃げるようなそぶりをしていた。

 普段ならこんな事をする人じゃない。誠は不思議に思いながら無言の彼女に頭を下げてそのまま開いた通用口の中に入った。

 隊のグラウンドの脇に広がるトウモロコシ畑は、もう既に取入れを終えていた。誠はその間を抜け、本部に向かって走った。そして駐輪場に並んだ安物のスクーター群の中に自分のを止めた。なぜかつなぎ姿の島田が眼の下にクマを作りながら歩いてくる。

「おはようさん!徹夜も三日目になると逆に気持ちいいのな」 

 そう言うと島田は誠のスクーターをじろじろと覗き込む。

「大変ですね」 

「誰のせいだと思ってるんだ?上腕部、腰部のアクチュエーター潰しやがって。もう少しスマートな操縦できんのか?」 

 そう言いながら島田がわざとらしく階級章をなで始める。 

「それって准尉の階級章じゃないですか?ご出世おめでとうございます!」 

「まあな。それより早く詰め所に行かんでいいのか?西園寺さんにどやされるぞ……『奴隷の分際で遅刻した!』とか言って」 

 かなめの名前を聞いて、誠はあわただしく走り始める。

「おはようございます!」

 気分が乗ってきた誠は技術部員がハンガーの前でキャッチボールをしているのに声をかけた。技術部員達は誠の顔を見ると一斉に目を反らした。

 何か変だ。

 誠がそう気づいたのは、彼らが誠を見るなり同情するような顔で、お互いささやきあっているからだった。しかし、そんな事は誠にはどうでもよかった。元気よく一気に格納庫の扉を潜り抜け、事務所に向かう階段を駆け上がり管理部の前に出る。

 予想していたどうやら少なくないらしいカウラのファンの襲撃の代わりにかなめとアメリアが雑談をしていた。アメリアの勤務服が特命少佐のそれであり、かなめが大尉の階級章をつけているのがすぐに分かった。

「おはようございます!」 

 元気に明るく。

 そう心がけて誠は二人に挨拶する。

「よう、神前って……その顔はまだ見てないのか、アレを」 

「駄目よかなめちゃん!」 

 そう言うとアメリアはかなめに耳打ちする。

「西園寺さんは大尉ですか。おめでとうございます!」 

「まあな。アタシの場合は降格が取り消しになっただけだけどな」 

 不機嫌にそう言うとかなめはタバコを取り出して、喫煙所のほうに向かった。

「そうだ、誠ちゃん。隊長が用があるから隊長室まで来いって」 

 アメリアも少しギクシャクとそう言うと足早にその場を去る。周りを見回すと、ガラス張りの管理部の経理班の班長席でニヤニヤ笑っている嫌味な顔をした菰田主計曹長と目が合った。何も分からないまま誠は誰も居ない廊下を更衣室へと向かった。

 実働部隊詰め所の先に人垣があるが、誠は無視して通り過ぎようとした。

「あ!神前君だ!」 

 肉球グローブをしたサラが手を振っているが、すぐに島田の部下の技術部員達に引きずられて詰め所の中に消える。他の隊員達はそれぞれささやき合いながら誠の方を見ていた。気になるところだが誠は隊長に呼ばれているとあって焦りながらロッカールームに駆け込む。

 誰も居ないロッカールーム。いつものようにまだ階級章のついていない尉官と下士官で共通の勤務服に袖を通す。まだ辞令を受け取っていないので、当然階級章は無かった。

「今回の件で出世した人多いなあ」 

 誠が独り言を言いながらネクタイを締めて廊下に出た。先程の掲示板の前の人だかりは消え、静かな雰囲気の中、誠は隊長室をノックした。

「空いてるぞ」 

 間抜けな嵯峨の声が響いたのを聞くと、誠はそのまま隊長室に入った。

「おう、すまんな。何処でもいいから座れや」 

 机の上の片づけをしている嵯峨。ソファーの上に置かれた寝袋をどけると誠はそのまま座った。

「やっぱ整理整頓は重要だねえ。俺はまるっきり駄目でさ、ときどき娘が来てやってくれるんだけど、それでもまあいつの間にかこんなに散らかっちまって」 

 愚痴りながら嵯峨は書類を束ねて紐でまとめていた。

「そう言えば今度、同盟機構で法術捜査班が設立されるらしいですね」 

 多少は組織の常識が分かってきた誠は何気なく嵯峨にそう言って見せた。

「ああ、俺の娘も俺と同じ『法術師』ってことがばれてたから上級捜査官にしようって話があんだ。ここだけの話だが、相談受けててね。本人は結構乗り気みたいだからできるだろうが……まあこれまでは『法術』って力はみんなで寄ってたかって『無かった』ことになっていた力だ。そうそう簡単に軌道に乗るとは思えないがな。まあ父親としてはフリーの弁護士よりは安定したお仕事につくんだ。歓迎してやらなきゃね」 

 目の前のどう見ても若すぎる『不老不死の駄目人間』、司法局実働部隊隊長嵯峨惟基には娘がいる話は聞いていた。

 今回の事件。『近藤事件』と名づけられた甲武国のクーデター未遂事件に対する司法局実働部隊の急襲作戦により、法術と言うこれまで存在しない事にされてきた力が表ざたにされた。

 遼州同盟は加盟国国民や地球などの他勢力の不安感払拭のために、司法局直下の『警察特殊部隊』である特務公安隊の拡充を発表した。矢継ぎ早に法術犯罪専門の特殊司法機関機動部隊の発足を決めたニュースは、すぐに話題となった。そしてその筆頭捜査官に嵯峨茜さがあかねと言うどう見ても『駄目人間』の身内の名前が挙がっていることは誠も知っていた。

「それにしても良くここまで汚しますねえ」 

 誠がそう言いたくなったのはソファーの上の埃が手にまとわりつくのが分かったからだ。
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