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秘密のお茶会
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「この前お土産でいただいたお紅茶、とても美味しかったですわ。主人も大変喜んでおりました」
「あら、お気に召したようで何よりですわ」
温室には、歓談の声と鳥の鳴き声が響いていた。笑い声に応えを返すようにして、朗らかなさえずりが何処からか聞こえてくるのだ。
気に入りの草花を植えた温室の中は、温かく心地良い。そして硝子で囲まれた世界は、内緒の話にうってつけである。
私と共に円卓を囲むのは、友人からの紹介で知り合った伯爵夫人。歳が近いこともあり、話すうちにすっかり意気投合したのだった。
二人きりのお茶会は、和やかに進んでいた。
「さて……と」
ケーキを食べ終えたところで、私は令嬢に小さな薬瓶を差し出した。
「こちらが、お約束の品ですわ」
その中には、私が調合した媚薬が入っている。調整に時間を要したものの、なんとか納得のいく出来に仕上がった。
きっと、彼女の背中を押してくれるに違い無い。
公爵夫人は手扇ぐように香りを確かめ、ゆっくりと目を閉じた。
「良い香り。何だか、香るだけでとってもリラックスできる気がするわ。これで……」
今宵を思い浮かべてか、彼女の頬は少しばかり紅潮していた。
「本当に、何とお礼を申し上げて良いのか分かりませんわイエヴァ様」
「そんな、どうか顔を上げて下さいな」
深々と頭を下げる彼女にそう言いながら、私はにこやかに笑いかける。依頼主の笑顔こそが、私のやりがいであった。
聖女の姉君ではなく、イエヴァという一人の存在であると再認識できる瞬間だ。
「私からはこちらを」
薬のお礼にと、夫人は蝶々の髪飾りを差し出した。銀色の蝶の羽には水晶が嵌め込まれており、陽の光を受けて虹色に煌めいていた。
「こんな素敵なもの、受け取れませんわ」
「いえ、ほんのお気持ちですから。夜会にでも付けてやってくださいな」
そう言って、彼女は上品な笑みを浮かべた。
透き通るような白い肌に、上気したように紅い頬。愛する人のいる女性はやはり格段に魅力的に見えるものだ。
「それでは、お言葉に甘えていただきますわ」
私は手のひらの上にそっと銀の蝶を留まらせた。
「あら、もうこんな時間。それではまた」
「ええ、また何かあれば相談して下さいな」
そう言って、私は夫人を見送った。
+
温室の片隅に作った芝生の上に寝っ転がると、刈り取られた芝の瑞々しい匂いが鼻先を掠めた。
放し飼いにしている小鳥達のさえずりを聞きながら、軽くあくびをする。香水の調香に熱中しすぎて、ここしばらく寝不足だったのだ。
「あら、お腹が空いたの?」
小鳥が一羽飛んできて、私の指へと留まった。ふくふくとした毛並みを指の腹で撫でてやりながら、私は問いかける。頬ずりするように首を傾げる姿が何とも可愛らしい。
「ごめんね、今準備するから」
むくりと起き上がり餌箱に餌をばら撒いてやると、小鳥は待ってましたとばかりに餌を啄み始める。そして遠くで囀っていた他の鳥たちもやって来て、餌場はすっかり大盛況となった。
この子達も、私を聖女の姉君ではなく''餌をくれる飼い主''と見てくれているに違いない。
「さて、と」
再び芝生に寝そべり、ポケットから出した透明な薬瓶を見上げるように陽の光に透かしてみる。
そこに入っているのは、自分のために調合してみた媚薬だ。
ラベンダー色になるはずだったが、仕上がりは濃ゆい紫色になっていた。
「少し濃く作りすぎたかしら」
まあ、使うことは無いから良いか。そう思いながら、私は薬瓶を握った手を下ろした。
それに真面目な彼のことだ。きっと媚薬なんてものを持ち出したら、下らないと一蹴されて終わりだろう。
私の夫であるアルヴィスは、所謂優秀な仕事人間だ。
仕事ぶりを買われ、若くして既に王立騎士団の副団長を務めている。当然ながら、非常に多忙な人だ。
たまに招かれた晩餐会や夜会には夫婦で参加するものの、乗り気でないのか彼は不機嫌そうな無表情であることが多い。察するに、歓談や社交の場はあまり好きでは無いのだろう。若干頭が堅いとも言えるかもしれない。
夫婦で過ごす時間も少ない方だと思う。しかし彼が留守の間、私は薬の調合やお茶会を楽しめるため、今の生活はむしろ悠々自適であった。
もし束縛心の強い女であったならば到底耐えられないだろうが、幸いにも自分にそのような気持ちは皆無であった。
彼は仕事に励み、私は趣味に没頭する。互いの邪魔をしたり干渉することは無い。非常にバランスが取れているのだ。
そう言うとお前は遊んでいるだけだろうと思われるかもしれないが、この結婚自体''聖女の姉君''という私の肩書き目当てのものであるので、まあお互い様だろう。
「あ……ふ、」
暖かな温室内は昼寝には最適だ。今日はもう来客は無いので、私は少しだけ昼寝を楽しむことにした。
大きくあくびをして目を閉じると、睡魔はあっという間に私を飲み込んでいったのだった。
「あら、お気に召したようで何よりですわ」
温室には、歓談の声と鳥の鳴き声が響いていた。笑い声に応えを返すようにして、朗らかなさえずりが何処からか聞こえてくるのだ。
気に入りの草花を植えた温室の中は、温かく心地良い。そして硝子で囲まれた世界は、内緒の話にうってつけである。
私と共に円卓を囲むのは、友人からの紹介で知り合った伯爵夫人。歳が近いこともあり、話すうちにすっかり意気投合したのだった。
二人きりのお茶会は、和やかに進んでいた。
「さて……と」
ケーキを食べ終えたところで、私は令嬢に小さな薬瓶を差し出した。
「こちらが、お約束の品ですわ」
その中には、私が調合した媚薬が入っている。調整に時間を要したものの、なんとか納得のいく出来に仕上がった。
きっと、彼女の背中を押してくれるに違い無い。
公爵夫人は手扇ぐように香りを確かめ、ゆっくりと目を閉じた。
「良い香り。何だか、香るだけでとってもリラックスできる気がするわ。これで……」
今宵を思い浮かべてか、彼女の頬は少しばかり紅潮していた。
「本当に、何とお礼を申し上げて良いのか分かりませんわイエヴァ様」
「そんな、どうか顔を上げて下さいな」
深々と頭を下げる彼女にそう言いながら、私はにこやかに笑いかける。依頼主の笑顔こそが、私のやりがいであった。
聖女の姉君ではなく、イエヴァという一人の存在であると再認識できる瞬間だ。
「私からはこちらを」
薬のお礼にと、夫人は蝶々の髪飾りを差し出した。銀色の蝶の羽には水晶が嵌め込まれており、陽の光を受けて虹色に煌めいていた。
「こんな素敵なもの、受け取れませんわ」
「いえ、ほんのお気持ちですから。夜会にでも付けてやってくださいな」
そう言って、彼女は上品な笑みを浮かべた。
透き通るような白い肌に、上気したように紅い頬。愛する人のいる女性はやはり格段に魅力的に見えるものだ。
「それでは、お言葉に甘えていただきますわ」
私は手のひらの上にそっと銀の蝶を留まらせた。
「あら、もうこんな時間。それではまた」
「ええ、また何かあれば相談して下さいな」
そう言って、私は夫人を見送った。
+
温室の片隅に作った芝生の上に寝っ転がると、刈り取られた芝の瑞々しい匂いが鼻先を掠めた。
放し飼いにしている小鳥達のさえずりを聞きながら、軽くあくびをする。香水の調香に熱中しすぎて、ここしばらく寝不足だったのだ。
「あら、お腹が空いたの?」
小鳥が一羽飛んできて、私の指へと留まった。ふくふくとした毛並みを指の腹で撫でてやりながら、私は問いかける。頬ずりするように首を傾げる姿が何とも可愛らしい。
「ごめんね、今準備するから」
むくりと起き上がり餌箱に餌をばら撒いてやると、小鳥は待ってましたとばかりに餌を啄み始める。そして遠くで囀っていた他の鳥たちもやって来て、餌場はすっかり大盛況となった。
この子達も、私を聖女の姉君ではなく''餌をくれる飼い主''と見てくれているに違いない。
「さて、と」
再び芝生に寝そべり、ポケットから出した透明な薬瓶を見上げるように陽の光に透かしてみる。
そこに入っているのは、自分のために調合してみた媚薬だ。
ラベンダー色になるはずだったが、仕上がりは濃ゆい紫色になっていた。
「少し濃く作りすぎたかしら」
まあ、使うことは無いから良いか。そう思いながら、私は薬瓶を握った手を下ろした。
それに真面目な彼のことだ。きっと媚薬なんてものを持ち出したら、下らないと一蹴されて終わりだろう。
私の夫であるアルヴィスは、所謂優秀な仕事人間だ。
仕事ぶりを買われ、若くして既に王立騎士団の副団長を務めている。当然ながら、非常に多忙な人だ。
たまに招かれた晩餐会や夜会には夫婦で参加するものの、乗り気でないのか彼は不機嫌そうな無表情であることが多い。察するに、歓談や社交の場はあまり好きでは無いのだろう。若干頭が堅いとも言えるかもしれない。
夫婦で過ごす時間も少ない方だと思う。しかし彼が留守の間、私は薬の調合やお茶会を楽しめるため、今の生活はむしろ悠々自適であった。
もし束縛心の強い女であったならば到底耐えられないだろうが、幸いにも自分にそのような気持ちは皆無であった。
彼は仕事に励み、私は趣味に没頭する。互いの邪魔をしたり干渉することは無い。非常にバランスが取れているのだ。
そう言うとお前は遊んでいるだけだろうと思われるかもしれないが、この結婚自体''聖女の姉君''という私の肩書き目当てのものであるので、まあお互い様だろう。
「あ……ふ、」
暖かな温室内は昼寝には最適だ。今日はもう来客は無いので、私は少しだけ昼寝を楽しむことにした。
大きくあくびをして目を閉じると、睡魔はあっという間に私を飲み込んでいったのだった。
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