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「本当に、思わぬ伏兵が潜んでいるものだな」
「その……申し訳ございません」
「いや。油断していたのは俺だから、気にするな」
小鳥達は、今でも遠くからアルヴィスを睨みつけていた。その姿を眺めながら、私は思わず苦笑いを浮かべる。
乱れた衣服を正し、私達は円卓を囲んでいた。メイドに用意させた紅茶をすすりながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。
思えば、彼とこうして温室内で茶を飲むのは初めてかもしれない。
「どうして、私の秘密にお気付きになったのですか?」
彼への隠し事は全て無くなり、最早恐れることは何も無い境地まで来ていたので、私はアルヴィスに問うてみた。
「自分の妻が日に日に美しくなって、気付かない阿呆な旦那がいるか?」
「え……?」
彼は立ち上がり、私の髪にそっと触れる。
そこには、先程夫人に貰った銀の蝶々が留まっていた。
媚薬を譲り渡す時、依頼者から報酬の代わりに一つプレゼント受け取るのがいつしか暗黙の了解となっていた。
私としては報酬は特段求めていないので一応断るのだが、結局は毎回受け取っていた。
ある夫人からは金製の耳飾りを貰い、ある令嬢からは宝石を散りばめたブレスレットを貰い……と、どれも高級なものばかりであった。
いただいて使わないのも申し訳無いので、結果的に身につけるものが少しずつ華やかになっていった訳である。
とはいえ、そんな日々の些細な変化を見られているとは思ってもみなかった。
「知人からの贈り物だと聞いて最初は納得していたが、それにしては多すぎるだろと思い始め、最終的に男の影を疑った。……が、そうでは無かったといったところだ」
「……」
「意外そうな顔をしているが、それ程にお前の存在は大きく、俺にとってどうでも良いものではない」
アルヴィスは椅子に掛け直し、また紅茶を一口飲んだ。
「イエヴァ。お前がやってることを止めるつもりも否定する気もない。だが、程度は弁えろ」
「え……?」
「だから、夫婦の時間を削ってまでのめり込むのだけは辞めろと言ってるんだ」
アルヴィスは深いため息をついた。いまいちピンと来ていない私に、半ば呆れているようだった。
「たまの休日に、オペラの観劇や美術館に二人で行くかと誘っても、お前は全部断ってただろ」
「それは、貴重な休暇を私と過ごすことよりも、ご自身の休養に使っていただきたいからとお伝えしていたではないですか」
「こちらとしてはその休暇を、お前と過ごすのに使いたかったんだが?」
「……だって、夫婦で参加する夜会や晩餐会では、貴方はいつも不機嫌ではないですか」
「それは気の所為だ。否、気にするな。……兎に角」
小鳥達がまた襲って来ないのを横目で確認してから、アルヴィスは続けた。
「俺が留守の時は好きにすれば良い。だが、休みの時くらい俺はお前と一緒にいたい。それは分かってくれるか?」
「……はい」
じゃあいつもの不機嫌な態度は一体何なんだと問いつめたかったものの、彼の気持ちを無視していた負い目もあるので、私は頷く他無かった。
「お前のしてることにこれ以上言及するつもりは無いが。……夜の夫婦生活に不満だったなら悪かったな」
「!?」
彼の一言に、口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。
「その、確かにこれは自分用に作った薬ですが、貴方に不満があった訳では……」
テーブルの隅に置かれた薬瓶に目をやりながら、私は必死に否定した。
実はこの媚薬の香りには秘密があった。この薬単体では、甘すぎて到底良い香りとは言えない。けれども、彼のいつもつけている整髪料の香りと混ざり合うと、非常に良い香りなるのだ。
つまりは、ベッドではない場所で、夜寝る前ではない時間帯で彼に抱かれたら……という妄想の末出来上がった代物なのである。
そんなこと、口が裂けても言えない。
「そうか。ところで、さっきお前はこれを''下らない妄想の産物''と言ったが、その妄想とやらも案外面白いかもしれん」
「あ、アルヴィス様……?」
「まあそれは、ベッドの上でゆっくり聞くとしよう」
薬の効果はとっくに切れているはずなのに、いつの間にか彼の目は、獲物を狙う猛獣のような目つきとなっていた。
「薬、まだ残ってるみたいだな。だったら、まだ''色々と''試せるな」
今宵繰り広げられるであろう情事を想像し、かあっと顔が熱くなる。
そんな私の反応を面白がるように、アルヴィスはサディスティックな笑みを浮かべた。
「夜が楽しみだな。イエヴァ」
彼の言葉に、私はただ頷いた。
「本当に、思わぬ伏兵が潜んでいるものだな」
「その……申し訳ございません」
「いや。油断していたのは俺だから、気にするな」
小鳥達は、今でも遠くからアルヴィスを睨みつけていた。その姿を眺めながら、私は思わず苦笑いを浮かべる。
乱れた衣服を正し、私達は円卓を囲んでいた。メイドに用意させた紅茶をすすりながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。
思えば、彼とこうして温室内で茶を飲むのは初めてかもしれない。
「どうして、私の秘密にお気付きになったのですか?」
彼への隠し事は全て無くなり、最早恐れることは何も無い境地まで来ていたので、私はアルヴィスに問うてみた。
「自分の妻が日に日に美しくなって、気付かない阿呆な旦那がいるか?」
「え……?」
彼は立ち上がり、私の髪にそっと触れる。
そこには、先程夫人に貰った銀の蝶々が留まっていた。
媚薬を譲り渡す時、依頼者から報酬の代わりに一つプレゼント受け取るのがいつしか暗黙の了解となっていた。
私としては報酬は特段求めていないので一応断るのだが、結局は毎回受け取っていた。
ある夫人からは金製の耳飾りを貰い、ある令嬢からは宝石を散りばめたブレスレットを貰い……と、どれも高級なものばかりであった。
いただいて使わないのも申し訳無いので、結果的に身につけるものが少しずつ華やかになっていった訳である。
とはいえ、そんな日々の些細な変化を見られているとは思ってもみなかった。
「知人からの贈り物だと聞いて最初は納得していたが、それにしては多すぎるだろと思い始め、最終的に男の影を疑った。……が、そうでは無かったといったところだ」
「……」
「意外そうな顔をしているが、それ程にお前の存在は大きく、俺にとってどうでも良いものではない」
アルヴィスは椅子に掛け直し、また紅茶を一口飲んだ。
「イエヴァ。お前がやってることを止めるつもりも否定する気もない。だが、程度は弁えろ」
「え……?」
「だから、夫婦の時間を削ってまでのめり込むのだけは辞めろと言ってるんだ」
アルヴィスは深いため息をついた。いまいちピンと来ていない私に、半ば呆れているようだった。
「たまの休日に、オペラの観劇や美術館に二人で行くかと誘っても、お前は全部断ってただろ」
「それは、貴重な休暇を私と過ごすことよりも、ご自身の休養に使っていただきたいからとお伝えしていたではないですか」
「こちらとしてはその休暇を、お前と過ごすのに使いたかったんだが?」
「……だって、夫婦で参加する夜会や晩餐会では、貴方はいつも不機嫌ではないですか」
「それは気の所為だ。否、気にするな。……兎に角」
小鳥達がまた襲って来ないのを横目で確認してから、アルヴィスは続けた。
「俺が留守の時は好きにすれば良い。だが、休みの時くらい俺はお前と一緒にいたい。それは分かってくれるか?」
「……はい」
じゃあいつもの不機嫌な態度は一体何なんだと問いつめたかったものの、彼の気持ちを無視していた負い目もあるので、私は頷く他無かった。
「お前のしてることにこれ以上言及するつもりは無いが。……夜の夫婦生活に不満だったなら悪かったな」
「!?」
彼の一言に、口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。
「その、確かにこれは自分用に作った薬ですが、貴方に不満があった訳では……」
テーブルの隅に置かれた薬瓶に目をやりながら、私は必死に否定した。
実はこの媚薬の香りには秘密があった。この薬単体では、甘すぎて到底良い香りとは言えない。けれども、彼のいつもつけている整髪料の香りと混ざり合うと、非常に良い香りなるのだ。
つまりは、ベッドではない場所で、夜寝る前ではない時間帯で彼に抱かれたら……という妄想の末出来上がった代物なのである。
そんなこと、口が裂けても言えない。
「そうか。ところで、さっきお前はこれを''下らない妄想の産物''と言ったが、その妄想とやらも案外面白いかもしれん」
「あ、アルヴィス様……?」
「まあそれは、ベッドの上でゆっくり聞くとしよう」
薬の効果はとっくに切れているはずなのに、いつの間にか彼の目は、獲物を狙う猛獣のような目つきとなっていた。
「薬、まだ残ってるみたいだな。だったら、まだ''色々と''試せるな」
今宵繰り広げられるであろう情事を想像し、かあっと顔が熱くなる。
そんな私の反応を面白がるように、アルヴィスはサディスティックな笑みを浮かべた。
「夜が楽しみだな。イエヴァ」
彼の言葉に、私はただ頷いた。
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