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騎士団長として

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「お集まりいただき、ありがとうございます。これからも両国の親交が末永く続くことを願って。それでは、乾杯」

 フィオネの言葉を合図に、一斉にワイングラスがかち合う音が食堂に響いたのだった。

「お久しぶりです。ルイーセの結婚式以来ですかな」

「いやはや、お元気そうでなによりです」

 両親とベスレエラ国王夫妻は歳が近いということもあり、すぐさま歓談に花を咲かせ始めた。

 ベスレエラはリクスハーゲンと国境を接しているものの、珍しく良い関係を続けてきた所謂「友好国」である。時代を遡れば婚姻関係を結んだこともあるため、血縁的な繋がりも非常に深いのだった。

 長テーブルに両国メンバーが向かい合わせとなるように座り、私の前に座ったのはラーシュであった。

「姉君二人とは公務でたまに会うけど、君と会うのはは久しぶりだね。元気そうで安心したよ」

 旬野菜のテリーヌをナイフで切って一口口に運んでから、ラーシュは言った。

 結婚して家を出てから、私の公務への参加は減っている。それもあり、彼と顔を合わせるのは久しぶりだったのだ。

「ふふっ、ラーシュ兄様も相変わらずね」

 パンを一欠片口にしてから、私は笑って応えを返した。

 ラーシュは私より年上だが、歳が近いこともあり気の置けない仲であった。子供の頃はよく一緒に遊んだものである。姉の次に近しい存在であるため、私は昔から彼のことを「兄様」と自然に呼んでいたのだった。

 ちなみに、初めて参加した舞踏会で初めて一緒にダンスを踊った相手は、他ならぬ彼である。

「昔は危なっかしくて目が離せなかったけど、大分落ち着いてきたみたいだな。子供の頃はあんなに口元をソースでベタベタにしてたのに。テーブルマナーも完璧だ」

「ふふっ、だって私ももう大人ですもの。っ!? きゃ……っ!!」

 歓談の最中、私は手に取ろうとしたワイングラスを倒してしまった。

「ほら。そうやってよそ見するから」

 隣に座っていたウェンデが慌てて布巾で零れた水を拭おうとしたが、それよりも先に水や氷が宙に浮き、パッと姿を消したのである。

「前言撤回。やっぱり相変わらずだね、ルイーセ」

 そう言って、ラーシュは困ったように笑った。彼含めてベスレエラ王室の血を引く人々は皆、魔力が使えるのである。幼少期に何かをやらかす度、彼に助けられてきたのは言うまでもない。

「あ、ありがとう、ラーシュ兄様」

「どういたしまして」

 その後も会話は続いたが、私はある違和感を抱き始めていたのだった。

 ラーシュと会ったのは久しぶりのことだ。しかし、その声だけは久しぶりとは思えなかったのだ。

 この声、つい最近聞いたことがあるような……? 

 やや気になったものの、私がそのモヤモヤを口にすることは無かった。

+

 食後のコーヒーが出されたところで、フィオネが本題を切り出した。

「それでは、来月行われる式典当日の流れについて、説明させていただきます」

 そう言って、彼女はメイドに式典のスケジュールが書かれた資料を皆に一枚ずつ配らせた。

 リクスハーゲンとベスレエラの建国記念日は一日違いである。そのため、建国を祝う式典を合同で二日に渡って行うのが毎年恒例なのだ。今宵の食事会は、それの打ち合わせが目的であった。

 今年はリクスハーゲン側はフィオネ、ベスレエラ側はラーシュを主催者として準備を進めているのだという。

「私とラーシュ王太子殿下の方で、順調に調整を進めております。資料をご確認ください」

 こうして、フィオネは説明を始めた。女王として公務で忙しいはずなのに、資料を見ると一から十まで完璧に予定が立てられていたのだった。

 私としては結婚してから初めて参加する式典だ。緊張により、自然にピンと背筋が伸びるのを感じる。格式高い行事はあまり得意では無いが、頑張らねばなるまい。

 とはいえ、今年はこの式典が楽しみでもあった。何故なら、ウェンデの儀礼服姿を見られるからである。

 騎士団に所属する者は、平素仕事の時に着る騎士服の他に、式典などの行事の時だけ着用する儀礼服を持っているのだ。

 ウェンデの儀礼服姿は結婚式の時に一度見ているが、その姿はつい見蕩れてしまう程に魅力的であった。格好良い彼の姿がまた見れると思うだけで、既に私の胸は踊っていた。

 リクスハーゲンの創立記念式典の日の晩は、王室の宮殿で舞踏会が行われる。となれば、ウェンデとダンスを踊ることになるだろう。

 彼と手を取り合ってダンスするなんて、中々無い機会だ。

 嗚呼、早く式典の日が来ないかしら!!

 しかし。私がそんな楽しい妄想に耽っていると、とんでもない一言が耳に飛び込んできたのである。

「……と、ここまでが当日の流れとなります。ウェンデ様は全て不参加ということで聞いているけれども、間違い無いかしら?」

「ええ、お間違いございません」

 ウェンデの方に視線を向けるフィオネ。姉の一言に頷く彼。一瞬、私は二人が何の話をしているのか理解できなかった。

「式典には王室の一員としては参加いたしません。リクスハーゲン王立騎士団の団長として、護衛業務に当たらせていただきます」

 ウェンデの一言に、私は目を見開いた。慌てて彼の顔を見つめるけれども、ウェンデは目を合わせてくれなかった。

 つまりは、式典で彼は私の隣にいないのである。結婚している場合は夫婦で式典に参加するのが通例のため、これはとんでもなく異例なことであった。

「じゃあ……私は一人で参加するのかしら?」

「その心配は無いよ」

 そこで口を挟んできたのが、ラーシュであった。

「去年と君のことは僕が責任をもってエスコートするから、安心してくれ。ルイーセ」

 そう。去年の今頃はまだ婚約が決まっていなかったので、人数の兼ね合いもありラーシュが私をエスコートしてくれていたのだ。互いに慣れてはいるので、大きく失敗することは無いだろう。

 しかし。私の中では、まだ納得出来ない気持ちが強かった。

 困惑する私に、ラーシュはにこやかに笑いかける。けれども私は、すぐに頷くことはできなかったのだった。

 そして私が何か言う前に、先にウェンデが口を開いたのだった。

「ラーシュ王太子殿下、妻をよろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」

 こうして、食事会は終了したのである。
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