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妃は見つからない
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実力で勝つ……とは言ったものの、どうしたものかしら。
次の日。私はいつものように、キャンバスに向かっていた。昨夜のリシャルドとのやり取りの中で、自分が表現したいものは何となく思い浮かんでいた。しかしそれは、まだ十分に表現できていないのだった。
薄く塗った色が乾いたあと、何度も同じ色を重ねていく。しかしどんなに重ねても、自分が頭の中で思い描く“強さ”にはたどり着けないのだ。
「……いっそ、画材を変えるとか?」
そんなことを思いつき、私は実家から持ってきた画材一式が入ったバッグを漁りだした。そしていくつかの画材を握って、再びキャンバスの前に座ったのである。
水彩絵の具は薄すぎるし、色鉛筆は……何だか、優しすぎるわ。
キャンバスに試し書きの線を引きながら、私は考える。そして、クレヨンで線を引いた瞬間、ようやくピンと来たのだった。クレヨンの強い色は、私の頭の中のイメージとかなり近いものだったのだ。
……でも、もう少し滑らかさ……繊細さが欲しいわ。
そして最後、私は無意識に避けていたひとつの画材で試し書きをした。
「……!」
鮮烈な色はまさしく、私の理想とする色そのものであった。だがこの画材を使うことは、賭けに等しい。それゆえに、私は躊躇う気持ちが強かった。
……しかし。
「多分、これ以外に道はないのね」
覚悟を決めて、ようやく私は作品製作を始めたのだった。
+
芸術祭当日。ラフタシュの王都周辺は大賑わいとなっていた。人々は街のいたる所に展示された芸術作品を鑑賞したり、アートの体験イベントに参加して祭りを楽しんでいるようだった。
「ティア、緊張してる?」
芸術祭の開会式を終えて、私とリシャルドは美術展が開催されている宮殿の広間へと来ていた。そして玉座に座ったタイミングで、彼そう耳打ちしてきたのだった。
祭りの期間中、王室メンバーは会場を視察することになっている。義父上と義母上は、芸術作品が展示されている王都の広場へと向かったので、私たちはまず美術展を訪れたのだ。
そして今日は、宮殿の大広間も一般に解放していた。ここには美術展の作品がすべて展示されており、人々は作品をすべて見て回ったあとに、気に入った作品に投票するのだ。
ちなみに、作品にはエントリーナンバーだけがふられており、作者の名前は明かされていない。知名度の有無に関係なく、純粋に心惹かれた作品を選ぶことができるのである。
観客は年齢や身分に関わらず、絵画と造形物のそれぞれに一票ずつ投票できる。つまり私は、ノエミーと絵画部門での最優秀賞の座を争うことになるのだ。
「ふふっ、それが……持てる力はすべて使い果たしましたので、かえって落ち着いてますの」
玉座からは、広間全体を見渡すことができる。室内には、芸術家たちが作り上げた素晴らしい作品が所狭しと並んでおり、まさに壮観である。しかし私は、圧倒されて怖気づくことはなかった。
「そっか。……とってもいい顔になってるよ、ティア」
「え?」
リシャルドの方に顔を向けると、彼は嬉しそうに微笑んだのだった。
「思いやりがあるだけでなく、芯のある女性だと思って俺は君を妻に選んだんだけど……どうやら、本当にその通りだったみたいだね」
「っ、……リシャルド様ってば」
混じり気のない褒め言葉を投げられて、私は恥ずかしさのあまり俯いた。しかしリシャルドは、逃がすまいと手を繋いできたのだった。
すると、広間からこんな話し声が聞こえてきたのだった。
「そう言えば、今回の美術展では妃殿下も出展なさってるんですって」
「え、そうなの? 私、妃殿下の作品を生で見るの初めてだわ! どんな作品かしら?」
「水彩絵の具を使った風景画がお得意みたいだから……きっとそういう感じかしらね?」
「……え?」
「どうしたの?」
「パンフレットを見ると……絵画部門でエントリーされてるのは、油彩画ばかりじゃない?」
その言葉を聞いて、私は無意識にほくそ笑んでいた。
私が選んだ画材は、油絵具。そして今回、風景画を描いていない。リシャルドも他の人々も、私の作品を特定できないのだ。
耳を澄ましてみると、先程の二人組以外の観客も、どことなくざわついていた。どうやらみんな、私の作品が見当たらず困惑しているようだった。
しかし、私は妃としてではなく、一人の絵描きとして一番になりたいのだ。だから周囲のこの反応は、喜ばしいことであった。
「おや、やけに楽しそうじゃないか」
「ふふっ、そうでしょうか?」
……大丈夫。きっと、大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、私はリシャルドの手を握り返した。
+次は19:42更新予定。
ユスティアとノエミーの戦いの結果は、果たして……?
お楽しみに♡
次の日。私はいつものように、キャンバスに向かっていた。昨夜のリシャルドとのやり取りの中で、自分が表現したいものは何となく思い浮かんでいた。しかしそれは、まだ十分に表現できていないのだった。
薄く塗った色が乾いたあと、何度も同じ色を重ねていく。しかしどんなに重ねても、自分が頭の中で思い描く“強さ”にはたどり着けないのだ。
「……いっそ、画材を変えるとか?」
そんなことを思いつき、私は実家から持ってきた画材一式が入ったバッグを漁りだした。そしていくつかの画材を握って、再びキャンバスの前に座ったのである。
水彩絵の具は薄すぎるし、色鉛筆は……何だか、優しすぎるわ。
キャンバスに試し書きの線を引きながら、私は考える。そして、クレヨンで線を引いた瞬間、ようやくピンと来たのだった。クレヨンの強い色は、私の頭の中のイメージとかなり近いものだったのだ。
……でも、もう少し滑らかさ……繊細さが欲しいわ。
そして最後、私は無意識に避けていたひとつの画材で試し書きをした。
「……!」
鮮烈な色はまさしく、私の理想とする色そのものであった。だがこの画材を使うことは、賭けに等しい。それゆえに、私は躊躇う気持ちが強かった。
……しかし。
「多分、これ以外に道はないのね」
覚悟を決めて、ようやく私は作品製作を始めたのだった。
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芸術祭当日。ラフタシュの王都周辺は大賑わいとなっていた。人々は街のいたる所に展示された芸術作品を鑑賞したり、アートの体験イベントに参加して祭りを楽しんでいるようだった。
「ティア、緊張してる?」
芸術祭の開会式を終えて、私とリシャルドは美術展が開催されている宮殿の広間へと来ていた。そして玉座に座ったタイミングで、彼そう耳打ちしてきたのだった。
祭りの期間中、王室メンバーは会場を視察することになっている。義父上と義母上は、芸術作品が展示されている王都の広場へと向かったので、私たちはまず美術展を訪れたのだ。
そして今日は、宮殿の大広間も一般に解放していた。ここには美術展の作品がすべて展示されており、人々は作品をすべて見て回ったあとに、気に入った作品に投票するのだ。
ちなみに、作品にはエントリーナンバーだけがふられており、作者の名前は明かされていない。知名度の有無に関係なく、純粋に心惹かれた作品を選ぶことができるのである。
観客は年齢や身分に関わらず、絵画と造形物のそれぞれに一票ずつ投票できる。つまり私は、ノエミーと絵画部門での最優秀賞の座を争うことになるのだ。
「ふふっ、それが……持てる力はすべて使い果たしましたので、かえって落ち着いてますの」
玉座からは、広間全体を見渡すことができる。室内には、芸術家たちが作り上げた素晴らしい作品が所狭しと並んでおり、まさに壮観である。しかし私は、圧倒されて怖気づくことはなかった。
「そっか。……とってもいい顔になってるよ、ティア」
「え?」
リシャルドの方に顔を向けると、彼は嬉しそうに微笑んだのだった。
「思いやりがあるだけでなく、芯のある女性だと思って俺は君を妻に選んだんだけど……どうやら、本当にその通りだったみたいだね」
「っ、……リシャルド様ってば」
混じり気のない褒め言葉を投げられて、私は恥ずかしさのあまり俯いた。しかしリシャルドは、逃がすまいと手を繋いできたのだった。
すると、広間からこんな話し声が聞こえてきたのだった。
「そう言えば、今回の美術展では妃殿下も出展なさってるんですって」
「え、そうなの? 私、妃殿下の作品を生で見るの初めてだわ! どんな作品かしら?」
「水彩絵の具を使った風景画がお得意みたいだから……きっとそういう感じかしらね?」
「……え?」
「どうしたの?」
「パンフレットを見ると……絵画部門でエントリーされてるのは、油彩画ばかりじゃない?」
その言葉を聞いて、私は無意識にほくそ笑んでいた。
私が選んだ画材は、油絵具。そして今回、風景画を描いていない。リシャルドも他の人々も、私の作品を特定できないのだ。
耳を澄ましてみると、先程の二人組以外の観客も、どことなくざわついていた。どうやらみんな、私の作品が見当たらず困惑しているようだった。
しかし、私は妃としてではなく、一人の絵描きとして一番になりたいのだ。だから周囲のこの反応は、喜ばしいことであった。
「おや、やけに楽しそうじゃないか」
「ふふっ、そうでしょうか?」
……大丈夫。きっと、大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、私はリシャルドの手を握り返した。
+次は19:42更新予定。
ユスティアとノエミーの戦いの結果は、果たして……?
お楽しみに♡
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