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傷もの令嬢の結婚事情

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「ヨアンナ。済まないが、私はこの件について長引かせる気は無い」

 開口一番に、父上は私にそう言った。二人を隔てる大きな長テーブルには、一口も飲んでいない冷めきった紅茶の入ったティーカップが二つ置かれている。

 年頃になっても、私は婚約が決まらないでいた。幼い日に罹った病が原因で額から片頬にかけて残った痘痕を理由に、どこの家からも断られてしまうのだ。

 顔に痕のある娘を嫁に貰いたいなどという奇特な男は何処にも居ない。そして私が家にいる間は、兄の結婚も決まらない。つまりは私がどこかに行かなければ、我が家の今後に関わってくるのだ。両親も私も、すっかり困り果てていたのだった。

 大きな溜息をついてから父上は私をちらりと見て、あからさまに視線を外した。その態度は親であっても直視できない程に私の顔が醜いことの表れである。どんなに厚化粧をしても、肌にある窪みを完全に隠すことは出来ないのだ。

「そこで、だ。次の誕生日までに婚約が決まらなければ、お前には修道院に行ってもらう」

「はい……承知しました」

「だが、それまでの間はお前も結婚相手を探す努力をしなさい。この際、相手は年老いた男でもバツイチでも身分が低くても何でも良い。参加出来る夜会や舞踏会は全部参加しろ。良いな?」

「お父様、それは……っ」

 夜会も舞踏会も、私は一度も参加したことが無かった。何故なら三歳の時に顔に痘痕が出来てから、ずっと家にこもりきりだったからだ。

 家族以外の多くの人か集う場所。人々から容赦なく降り注ぐ好奇の目を想像して、私は身体を震わせた。

「夜会に参加するなど、私には無理です。もう今から修道院へ行くのでも構いませんので、どうか……!!」

「娘を修道院送りにするなど、最後の手段でしかないんだ。だからあくまで、お前を嫁に行かせるのが第一優先だ。そこは譲らない」

「でも……っ!!」

「悪いが、お前に拒否権は無い。分かったらさっさと出ていけ」

 半ば追い出される形で、私は部屋を後にした。

 確かに、不器量な娘を修道院に送ったとなれば体裁が悪い。父上からしても、それはできれば避けたいのだろう。自室へ戻ってから、私はひたすらに頭を抱えた。

 山のように化粧品を置いたドレッサーの鏡に映るのは、醜い自分の顔。そんな女が男から愛されることはおろか、触れ合うことすら想像できなかった。

「こんな顔、大嫌い」

 自らを呪うように、私は呟いた。

 こうして、私の結婚相手探しは幕を開けたのである。

+

 初めて参加する舞踏会は、大勢の人で賑わっていた。どうやら今回は国の要人が多数参加するらしく、皆浮き足立っているように見えた。

 壁際に立ち、私はすっかり壁の花となっていた。しかし、人々はまるで醜い女の存在に気付いていないかのように、素通りしていく。好奇の目で見られると思っていたので、それはせめてもの救いだった。

 ぼんやりと広間を眺めていると、一人の令嬢が私の前を通りかかった。

 私よりも一、二歳年下だろうか。彼女は人形のように可愛らしい姿をしていた。

 陶器のようにつるりとした肌に、波打った長い金髪。シースルー気味の前髪の下、眉は綺麗なアーチを描いていた。小花の散った華やかなドレスがとても似合っている。

 その胸元には、大きなルビーのネックレスが輝いていた。

「綺麗……」

 あまりの美しさに、私はつい感嘆の声を漏らした。

 すると、なんと彼女は私の方に振り向いたのだった。そしてあろうことか、私目掛けてツカツカと歩み寄ってきたのである。

「ねえ。今の言葉、貴女が言ったの?」

 そう言った彼女の瞳は、鋭く光っていた。人形のような物憂げでぼやついた瞳ではなく、そこには強い意志が滲んでいた。

 刺さるような視線に怯えるように、私はつい後ずさった。

「え、あっ……申し訳ございません、あまりに美しかったので……つい……」

 私と違って令嬢が高貴な身分であるのは、一目見て分かった。普通に生きていたならば、彼女と言葉を交わすことすら出来ないだろう。そんな彼女を褒めるなど、身の程知らずである他無い。

「その……」

「貴女、分かってるじゃない!! ね、もしかして宝石とかドレスとか、綺麗なものが好きなの?」

 知らぬ間に、令嬢は私の片手を両手で握っていた。くるりと上向いた睫毛の下、紺碧の瞳は硝子玉のようにキラキラと輝いていたのだった。

「え、あ……はい」

「嬉しい!! 何だか私、貴女と気が合いそうだわ!! 貴女見ない顔だけど、もしかして舞踏会に参加するの初めて?」

「はい、そうです……」

「そっか、見たこと無い顔だと思ったのよ!!」

 見たこと無い顔。きっと痘痕のことを珍しがって言っているのだろう。私はちくりと胸が痛むのを感じた。

 そこまでまくし立てたところで、彼女の後ろから声が聞こえてきた。

「テレサ、何してるんだ。早く来なさい」

 どうやら、令嬢は家族と来ているようだった。

「ごめん、今日はお父様とお母様もいるからゆっくりできないわ。また今度話しましょう。絶対連絡するから。貴女、お名前は?」

「れ、レフォード子爵家長女の、ヨアンナと申します……」

「ヨアンナって言うのね、覚えたわ!! 私はテレサ。じゃあ、またね!」

 テレサと名乗った令嬢は、そう言い残して意気揚々と去っていった。それは正に、嵐のように一瞬の出来事であった。

 記憶違いでなければ確か、我が国ラフタシュの第一王女の名前もテレサだったような。いや、まさかそんな筈は……。

 その予感が見事的中してしまうことを、思ってもみなかった。
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