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ジシャデの若き王ギリェルメが支配国アルヴィリに対して反乱を起こした。その報せは、アルヴィリ国内のみならず各国に大きな衝撃をもたらした。
当初、アルヴィリ国王は直ぐに反乱を鎮圧できるだろうと楽観していた。しかし、国王の予想は大きく外れた。
過去にギリェルメの兄である前国王を処刑していたこともあり、ジシャデ国民の怒りは頂点に達していたのだ。日に日に激しさを増す反乱の勢いは、最早一国の力では抑え込めなくなっていた。
焦った国王は隣国に支援を求めたものの、他国支配に反対していた周辺国からは援助を総じて拒否されたという。アルヴィリの孤立が深まるばかりで、事態が好転することは無かった。
最終的にジシャデの独立を承認することで、反乱は収束した。
そして国王は友好の証として、ギリェルメへと花嫁を贈った。
贈ったと言えば聞こえが良いが。果たして''切り取った蜥蜴の尻尾''を渡されて喜ぶ者が、何処にいるのだろうか。
蜥蜴の尻尾……失脚した宰相の娘である私は自身のことをそう思いながら、ジシャデへと渡ったのである。
+
焼け付くような日差しもなりを潜め、今は涼しい夜風が吹くばかりだ。寝室の窓から外を覗けば、緩やかな下り坂に沿った街並みが広がっており、その先に見えるのは港と海である。
そして水平線の向こうには、アルヴィリがある。しかし海を隔てて遠く離れた祖国は、当然ながらここからは見えない。
「アルヴィリが恋しいか? 」
夜風により乱れた私の髪を手櫛で整えながら、ギリェルメは問うた。
寝台の上で座って後ろ抱きにされているので、彼の表情は分からない。分かるのは、この男の温もりと匂いと鼓動。それを感じるだけで、不思議と心は落ち着くのだった。
夫婦として結ばれてから、彼の色に染められてきた証拠である。
「……いいえ。もうあの国に、私の帰る場所はありませんので」
大好きだった家族の顔が頭を過り、胸が締め付けられる。
父上はジシャデへの強固な支配に反対して国王の怒りを買い、失脚した後に暗殺された。母上は既に病で亡くなっていたので、私だけ残されてしまったのだ。
婚約は決まっていたものの、それも国王の命で破談となり、私はこの国に嫁がされたのである。……これが戯曲であるならば、とんでもなく出来すぎた悲劇だろう。
通常、国同士の争いの後は負けた側が賠償金を払うのが通例である。けれども、アルヴィリの国王はそれを嫌がった。そして賠償金の代わりに、邪魔な小娘一人を''贈り物''とした訳である。
安く済ませることができて、国王はさぞ喜んでいるに違いない。
「……そうか」
それ以上問うこと無く、ギリェルメは口を閉ざした。
外壁が白く塗られた街の家々は、月明かりに照らされて青白く見える。太陽に照らされた昼間とは違い、その光景は建物が皆死装束を纏っているような不気味なものであった。
「……昔は、街の建物の壁は全て青色で塗られていたんだ」
「そうですの?」
「ああ」
昼間は暑さを癒すように、夜は海と共に眠るように、美しい光景だったと彼は呟いた。
けれども、アルヴィリの支配下となってからは全て白に塗り替えられたのだという。……アルヴィリ王室の紋章が白色だから それに合わせて、という至極下らない理由で。
大切な家族も景色も奪われ、彼の腹の中に憎悪が渦巻いたであろうことは、想像に難くなかった。
「晴天を映したような青色が、私は好きだったのだがな」
「その景色は、もう見れないのでしょうか?」
「それは……分からない」
私を抱き締める腕に、ぐっと力が込められる。私は何も言わず、刺青をなぞるようにギリェルメの腕に触れた。
彼から私に触れるのは、閨事への誘い。そして私から彼に触れるのは、誘いに乗ったという応えである。
敵国から来た女を、何故彼が花嫁として受け入れたのかは分からない。不思議に思いながらも、共に夜を過ごす日々は穏やかに続いていた。
当初、アルヴィリ国王は直ぐに反乱を鎮圧できるだろうと楽観していた。しかし、国王の予想は大きく外れた。
過去にギリェルメの兄である前国王を処刑していたこともあり、ジシャデ国民の怒りは頂点に達していたのだ。日に日に激しさを増す反乱の勢いは、最早一国の力では抑え込めなくなっていた。
焦った国王は隣国に支援を求めたものの、他国支配に反対していた周辺国からは援助を総じて拒否されたという。アルヴィリの孤立が深まるばかりで、事態が好転することは無かった。
最終的にジシャデの独立を承認することで、反乱は収束した。
そして国王は友好の証として、ギリェルメへと花嫁を贈った。
贈ったと言えば聞こえが良いが。果たして''切り取った蜥蜴の尻尾''を渡されて喜ぶ者が、何処にいるのだろうか。
蜥蜴の尻尾……失脚した宰相の娘である私は自身のことをそう思いながら、ジシャデへと渡ったのである。
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焼け付くような日差しもなりを潜め、今は涼しい夜風が吹くばかりだ。寝室の窓から外を覗けば、緩やかな下り坂に沿った街並みが広がっており、その先に見えるのは港と海である。
そして水平線の向こうには、アルヴィリがある。しかし海を隔てて遠く離れた祖国は、当然ながらここからは見えない。
「アルヴィリが恋しいか? 」
夜風により乱れた私の髪を手櫛で整えながら、ギリェルメは問うた。
寝台の上で座って後ろ抱きにされているので、彼の表情は分からない。分かるのは、この男の温もりと匂いと鼓動。それを感じるだけで、不思議と心は落ち着くのだった。
夫婦として結ばれてから、彼の色に染められてきた証拠である。
「……いいえ。もうあの国に、私の帰る場所はありませんので」
大好きだった家族の顔が頭を過り、胸が締め付けられる。
父上はジシャデへの強固な支配に反対して国王の怒りを買い、失脚した後に暗殺された。母上は既に病で亡くなっていたので、私だけ残されてしまったのだ。
婚約は決まっていたものの、それも国王の命で破談となり、私はこの国に嫁がされたのである。……これが戯曲であるならば、とんでもなく出来すぎた悲劇だろう。
通常、国同士の争いの後は負けた側が賠償金を払うのが通例である。けれども、アルヴィリの国王はそれを嫌がった。そして賠償金の代わりに、邪魔な小娘一人を''贈り物''とした訳である。
安く済ませることができて、国王はさぞ喜んでいるに違いない。
「……そうか」
それ以上問うこと無く、ギリェルメは口を閉ざした。
外壁が白く塗られた街の家々は、月明かりに照らされて青白く見える。太陽に照らされた昼間とは違い、その光景は建物が皆死装束を纏っているような不気味なものであった。
「……昔は、街の建物の壁は全て青色で塗られていたんだ」
「そうですの?」
「ああ」
昼間は暑さを癒すように、夜は海と共に眠るように、美しい光景だったと彼は呟いた。
けれども、アルヴィリの支配下となってからは全て白に塗り替えられたのだという。……アルヴィリ王室の紋章が白色だから それに合わせて、という至極下らない理由で。
大切な家族も景色も奪われ、彼の腹の中に憎悪が渦巻いたであろうことは、想像に難くなかった。
「晴天を映したような青色が、私は好きだったのだがな」
「その景色は、もう見れないのでしょうか?」
「それは……分からない」
私を抱き締める腕に、ぐっと力が込められる。私は何も言わず、刺青をなぞるようにギリェルメの腕に触れた。
彼から私に触れるのは、閨事への誘い。そして私から彼に触れるのは、誘いに乗ったという応えである。
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