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【最終章②】竜王選戦編
第203話 ナインレウスの意地
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どういった経緯でここへたどり着いたのか――ほんの一瞬、キルカの脳裏にそんな思いが駆け巡った。
そのため、ナインレウスの顔色が変化したことに気づくのが遅れてしまった。
「あっ!」と思った時にはすでに手遅れ。
ナインレウスは奏竜の能力を奪うため、ローリージンへ襲いかかった。
「! まずい!」
ミラルダもナインレウスの狙いがローリジンの能力にあると気づき、なんとかその動きを止めようとロープを投げようとしたが、
「邪魔はよくないな」
眼前を横切ったのは小型のナイフ。投げたのはもちろんランスローであった。放たれたナイフに気を取られ、ミラルダの動きが止まる――それにより、ナインレウスは完全にフリーとなってしまった。
「今すぐそこから逃げなさい! ナインレウスに捕まってはダメよ!」
ナインレウスを追いかけながら、必死にローリージンへ叫ぶキルカ。
「い、一体何が起きて――」
だが、当のローリージンは事態を呑み込めず、いきなり叫ばれて軽くパニック状態に陥っていた。無理もない。ローリージンからすればナインレウスは仲間側の竜人族だ。戦闘で劣勢になっているかといって、自分たちの能力を奪いに来るようなマネはしないという考えが脳内にあった。
ゆえに、ローリージンは身動きが取れない。
次の瞬間。
ナインレウスの牙がローリージンを襲う。
グシュッ!
「っ!」
ローリージンの細い右肩に、ナインレウスの鋭い牙が深く食い込む。飛び散った鮮血が石造りの壁に広がった。
「う、あ、ああ……」
そのまま肩の肉を食いちぎられたローリージンはドサッと力なく、人形のように倒れた。
「…………」
ナインレウスは咀嚼もほどほどに食いちぎった肉をごくりと飲み込む。これにより、ナインレウスは奏竜の持つ楽器を操る能力が使用できるようになった――が、どうやら相手の肉を食らうことで得られる恩恵はそれだけではないようだ。
「か、体の傷が……」
キルカの攻撃によって刻まれた体の傷が、完全ではないが癒えていた。能力の増加だけでなく、身体の回復も得られるようだ。
「ははは! いいぞナインレウス! さあ、樹竜を倒せ!」
新たな力を手にしたナインレウスを見て、ランスローは勝利を確信したかのように叫ぶ。
「……つくづく厄介な能力ね」
興奮するランスローとは対照的に、キルカは冷静に事態の把握に努めていた。
奏竜の能力自体はそこまで脅威ではない。
ただ、傷の回復という副産物があるというのは完全に誤算だった。
そこへ、
「ロー? 何かあったの?」
新たな誤算が現れた。
ローリージンが走って来た廊下の向こうから、磁竜ベイランダムが追いかけてきた。
「…………」
ナインレウスの視線が声のした方向へ向けられた。
「願ってもいない来客だ。――やれ、ナインレウス」
ランスローの指示に従い、次の狙いをベイランダムへと絞ったナインレウス。
ただでさえこれ以上能力が増えるというのは厄介だというのに、体力が元通りになるというおまけもさけたいところだ。
ともかく、これ以上、能力を奪わせるわけにはいかない。
「磁竜ベイランダム! ナインレウスから逃げなさい! 今のナインレウスは敵味方関係なく襲ってくるわ!」
「え?」
唐突に言葉をかけられたベイランダムの足が止まる。これまでの経緯を知らないベイランダムからすれば、味方であるナインレウスが向かって来て、敵であるキルカが遠くにいるというこの状況――警戒色は薄いのだが、
「っ!?」
ベイランダムは咄嗟にナインレウスへ攻撃を仕掛けた。その動きが予想外だったのか、ナインレウスはベイランダムの蹴りをまともに受けて吹っ飛んだ。
「ナインレウス! ローに何をしたの!?」
磁竜ベイランダムを動かしたのは、ナインレウスの足元で倒れている奏竜ローリージンの姿であった。最初は何事かと放心状態だったが、肩からの出血と、向かってくるナインレウスの口元にベッタリとついた血を見て、すぐに何が起きたのかを理解した。
「奪ったのね――ローの力を!」
共闘関係であったナインレウスの裏切りに等しい行為。
ベイランダムの怒りは一瞬にして頂点に達した。
「ナインレウス!!!」
右手から放たれた磁力が、オロム城内にある使い古された剣や盾を引き寄せる。キルカに放ったような、巨大な鉄の塊――それがナインレウスへ向かって放たれた。
「…………」
押し潰さんと襲い来る鉄の塊に対し、ナインレウスは酸竜の能力を使ってこれを難なく回避する。頭に血が上っているベイランダムの攻撃は読みやすくなっていたため、ナインレウスにもよけられるものであったが――そこまで読んで追撃を迫るもうひとつの影がすぐ近くまで接近していたのには気がつかなかった。
「油断したわね!」
キルカだ。
回避した先――酸竜の能力を解除した瞬間を狙って、キルカはナインレウスの背中に全体重をかけたドロップキックをお見舞いした。
またも床に叩きつけられたナインレウス。
だが、体力が回復している影響からか、すぐに起き上がってキルカジルカを睨みつける。
「まだヤル気満々ってわけね」
「樹竜! うちも手を貸すわ!」
戦闘態勢を取るキルカの横に、ベイランダムが肩を並べる。
「いいの? 私はあなたを倒した竜人族よ?」
「それよりも問題はローよ。ナインレウスを倒しさえすれば、溜め込んだ能力を一気に解放されるはずだから」
ベイランダムとキルカジルカが手を組んで、ナインレウスへと挑む。
「かっかっかっ! いいぞ、形勢逆転だ!」
豪快に笑い飛ばずミラルダ。
さすがにこの展開はまったく予想していなかった。
それはランスローも同じのようで、
「ナインレウス……」
その顔から余裕の笑みは消え去り、険しさが色濃く出始めていた。
このままではナインレウスの敗北は必至――その時だった。
「もうやめましょう」
肌を刺す緊張感の中に突如流れ込んできた女性の声。
「ナインレウス……あなたはよくやったわ。でも、もうこれ以上、あなたが傷つくところを見たくはないの」
声の主はフライア・ベルナールこと元バジタキス王国のメリナ姫だった。
そのため、ナインレウスの顔色が変化したことに気づくのが遅れてしまった。
「あっ!」と思った時にはすでに手遅れ。
ナインレウスは奏竜の能力を奪うため、ローリージンへ襲いかかった。
「! まずい!」
ミラルダもナインレウスの狙いがローリジンの能力にあると気づき、なんとかその動きを止めようとロープを投げようとしたが、
「邪魔はよくないな」
眼前を横切ったのは小型のナイフ。投げたのはもちろんランスローであった。放たれたナイフに気を取られ、ミラルダの動きが止まる――それにより、ナインレウスは完全にフリーとなってしまった。
「今すぐそこから逃げなさい! ナインレウスに捕まってはダメよ!」
ナインレウスを追いかけながら、必死にローリージンへ叫ぶキルカ。
「い、一体何が起きて――」
だが、当のローリージンは事態を呑み込めず、いきなり叫ばれて軽くパニック状態に陥っていた。無理もない。ローリージンからすればナインレウスは仲間側の竜人族だ。戦闘で劣勢になっているかといって、自分たちの能力を奪いに来るようなマネはしないという考えが脳内にあった。
ゆえに、ローリージンは身動きが取れない。
次の瞬間。
ナインレウスの牙がローリージンを襲う。
グシュッ!
「っ!」
ローリージンの細い右肩に、ナインレウスの鋭い牙が深く食い込む。飛び散った鮮血が石造りの壁に広がった。
「う、あ、ああ……」
そのまま肩の肉を食いちぎられたローリージンはドサッと力なく、人形のように倒れた。
「…………」
ナインレウスは咀嚼もほどほどに食いちぎった肉をごくりと飲み込む。これにより、ナインレウスは奏竜の持つ楽器を操る能力が使用できるようになった――が、どうやら相手の肉を食らうことで得られる恩恵はそれだけではないようだ。
「か、体の傷が……」
キルカの攻撃によって刻まれた体の傷が、完全ではないが癒えていた。能力の増加だけでなく、身体の回復も得られるようだ。
「ははは! いいぞナインレウス! さあ、樹竜を倒せ!」
新たな力を手にしたナインレウスを見て、ランスローは勝利を確信したかのように叫ぶ。
「……つくづく厄介な能力ね」
興奮するランスローとは対照的に、キルカは冷静に事態の把握に努めていた。
奏竜の能力自体はそこまで脅威ではない。
ただ、傷の回復という副産物があるというのは完全に誤算だった。
そこへ、
「ロー? 何かあったの?」
新たな誤算が現れた。
ローリージンが走って来た廊下の向こうから、磁竜ベイランダムが追いかけてきた。
「…………」
ナインレウスの視線が声のした方向へ向けられた。
「願ってもいない来客だ。――やれ、ナインレウス」
ランスローの指示に従い、次の狙いをベイランダムへと絞ったナインレウス。
ただでさえこれ以上能力が増えるというのは厄介だというのに、体力が元通りになるというおまけもさけたいところだ。
ともかく、これ以上、能力を奪わせるわけにはいかない。
「磁竜ベイランダム! ナインレウスから逃げなさい! 今のナインレウスは敵味方関係なく襲ってくるわ!」
「え?」
唐突に言葉をかけられたベイランダムの足が止まる。これまでの経緯を知らないベイランダムからすれば、味方であるナインレウスが向かって来て、敵であるキルカが遠くにいるというこの状況――警戒色は薄いのだが、
「っ!?」
ベイランダムは咄嗟にナインレウスへ攻撃を仕掛けた。その動きが予想外だったのか、ナインレウスはベイランダムの蹴りをまともに受けて吹っ飛んだ。
「ナインレウス! ローに何をしたの!?」
磁竜ベイランダムを動かしたのは、ナインレウスの足元で倒れている奏竜ローリージンの姿であった。最初は何事かと放心状態だったが、肩からの出血と、向かってくるナインレウスの口元にベッタリとついた血を見て、すぐに何が起きたのかを理解した。
「奪ったのね――ローの力を!」
共闘関係であったナインレウスの裏切りに等しい行為。
ベイランダムの怒りは一瞬にして頂点に達した。
「ナインレウス!!!」
右手から放たれた磁力が、オロム城内にある使い古された剣や盾を引き寄せる。キルカに放ったような、巨大な鉄の塊――それがナインレウスへ向かって放たれた。
「…………」
押し潰さんと襲い来る鉄の塊に対し、ナインレウスは酸竜の能力を使ってこれを難なく回避する。頭に血が上っているベイランダムの攻撃は読みやすくなっていたため、ナインレウスにもよけられるものであったが――そこまで読んで追撃を迫るもうひとつの影がすぐ近くまで接近していたのには気がつかなかった。
「油断したわね!」
キルカだ。
回避した先――酸竜の能力を解除した瞬間を狙って、キルカはナインレウスの背中に全体重をかけたドロップキックをお見舞いした。
またも床に叩きつけられたナインレウス。
だが、体力が回復している影響からか、すぐに起き上がってキルカジルカを睨みつける。
「まだヤル気満々ってわけね」
「樹竜! うちも手を貸すわ!」
戦闘態勢を取るキルカの横に、ベイランダムが肩を並べる。
「いいの? 私はあなたを倒した竜人族よ?」
「それよりも問題はローよ。ナインレウスを倒しさえすれば、溜め込んだ能力を一気に解放されるはずだから」
ベイランダムとキルカジルカが手を組んで、ナインレウスへと挑む。
「かっかっかっ! いいぞ、形勢逆転だ!」
豪快に笑い飛ばずミラルダ。
さすがにこの展開はまったく予想していなかった。
それはランスローも同じのようで、
「ナインレウス……」
その顔から余裕の笑みは消え去り、険しさが色濃く出始めていた。
このままではナインレウスの敗北は必至――その時だった。
「もうやめましょう」
肌を刺す緊張感の中に突如流れ込んできた女性の声。
「ナインレウス……あなたはよくやったわ。でも、もうこれ以上、あなたが傷つくところを見たくはないの」
声の主はフライア・ベルナールこと元バジタキス王国のメリナ姫だった。
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