おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章②】竜王選戦編

第202話  経験差

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 キルカジルカが放った痛烈な一撃。
 まともに食らったナインレウスは壁まで吹っ飛ばされ、ぐったりと項垂れている。

「複数の能力を操るっていうのは厄介極まりない代物だが……純粋な戦闘力だけを見たらうちのキルカの方が数段上だ」

 戦い方を心得ている。
 その経験差は、時に個人の能力差を凌駕する。
 ミラルダはそのことをよくわかっていた。

「馬車の中で聞いた話だが、あのナインレウスは以前うちのキルカと戦った経験があるようだな」
「……それが?」
「たとえ能力が複数ある竜人族とはいえ、操るナインレウス自体のポテンシャルが劇的に変化することはない。キルカは一度戦った相手の力量を見極め、最適な戦い方を実行する――易々と打ち破れるものではないぞ」

 アンジェリカよりも長い時間を共に過ごしてきたミラルダ。キルカに今のような戦い方を仕込んだのもミラルダであった。

 ミラルダの言葉通り、キルカは以前戦った舞踏会の夜の記憶から、ナインレウスの戦い方のクセを見抜いていた。今の一撃も、そのクセから相手の攻撃を読み切った上で放った会心の一撃であった。

 それでも、キルカの内心には焦りもある。
 ひとつ大きく息を吐き、頼むからこのまま起き上がって来るな、と願っていた。

 斬竜と酸竜――ここまで対峙した能力は事前の報告で頭の中に「こういう攻撃もあるな」という想定はできていた。
だが、実際に戦ってみて、初見である酸竜の能力を目の当たりにした時は一瞬ヒヤリと背筋が冷たくなった。


 そして恐らく――ここから先は未知の領域。


 これまで披露していない能力。
 情報がない能力をもって、キルカジルカに牙を剥く。

「…………」

 ジッとキルカを見つめ続けるナインレウス。
 その体に異変が起き始めた。

「! あ、あれは……」

 訪れた異変の正体――それは、ナインレウスの体の色。

 腕が。
 足が。
 顔が。

 徐々に紫色へと変化していく。
 能力に応じて見た目も変わるのがナインレウスの特徴ではあるが、あれは、

「一体なんの能力だ?」

 警戒を強めるキルカジルカ。
 体の変色がもたらす効果は計り知れない。
 ただ、その色合いから、キルカはある仮説を立てた。

「毒、か……」

 触れた相手を溶かす類の毒ではなさそうだが、触れれば無事では済まない――それは間違いないだろう。
触れることは極力避けたい。
 それを第一に考えたら、

「私の能力との相性はあまりよくはなさそうね」

 植物を操る樹竜の能力。
 キルカジルカ自身が攻撃を仕掛けることはほとんどなく、能力によって生み出した植物が相手に攻撃を加える。直接自分が手をかけるわけではない――その読みが正しければ、こちらが圧倒的に有利なのだが、

「…………」

 肌の色が変化してからまったく動きを見せないナインレウス。
 こちらが動き出すのを待っているのだろうか。

 本来ならば、このような見え見えの挑発に乗るようなマネはしないのだが――キルカジルカは迷っていた。

 植物の能力は相手の能力を探る手段として申し分ない。毒を使うというのは、あくまでもキルカの推察に過ぎない。もしかしたら、まったく別の能力なのかもしれない。その判断材料を求めるためにも、ここは誘い乗ってこちらか仕掛けるべきか。

 膠着状態が続く。
 
「どちらも動き出さないね」
「…………」

 煽るようなランスローの言いぶりに、ミラルダは静観を貫く。キルカが攻めあぐねているのは事実だが、軽々に手を出せるほどナインレウスは単純な相手ではない。それをしかと理解しているからこその沈黙である。

「それでいい……相手のリズムに合わせる必要はないんだ」

 ランスローの耳に入らないよう小さな声でキルカの戦い方を褒めるミラルダ。

 だが、いつまでもこのままというわけにはいかない。
 先に痺れを切らして動き出したのは、

「…………」

 ――ナインレウスだった。

 広げた手の平に、ボコボコと音を立てて球状の物体が出現。

「! まさか」

 キルカの読みは的中した。
 ナインレウスは毒の塊を生み出してキルカにぶつけるつもりだ。あれなら、遠距離から植物を操る本体のキルカを狙い撃ちできる。
 
「そういう使い方もあるのね」

 毒竜の能力を接触によるダメージのみと決めつけて攻め込んでいたら、自ら相手の射程圏内に飛び込むというまさに自殺行為に等しい結果が待っていただろう。

 ここに、戦闘経験の差が出た。

 この場で、ナインレウスは安易に自分の手をのぞかせるべきではなかった。
 戦い慣れしていないからこそできた隙――キルカは舞踏会の夜での戦いを通して、その隙が生まれる可能性が高いと読み、動きを止めていたのだ。
 葛藤しながらも己を信じぬき、待ちに徹したキルカはナインレウスがあらわにした飛び道具の存在を知ることで、戦いのプラン立てができた。

 毒の球を投げつけるナインレウスに対し、軌道をしっかりと見極めたキルカは余裕を持ってこれを回避し、カウンターの一撃を放つ。
 それは、先ほどの攻撃の再生であるかのように、ナインレウスの小柄な体を固い岩造りの壁に叩きつけた。

「!」

 キルカにとって初見であるはずの毒竜の能力――にも関わらず、まるで二手三手先を読んでいるかのような戦い方に、ランスローは驚愕。 
 その一方で、

「いい一撃だ。腕を上げたな、キルカ」

 キルカの成長ぶりに目を細めるミラルダ。
 強烈な攻撃を連続で受けたナインレウスはもう立ち上がるだけで精一杯。
 この竜王選戦はキルカジルカの快勝で終わる――そんな空気が漂い始めた矢先、


「エル! ここなのです!?」


 思わぬ来訪者により戦局は一変することとなる。
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