おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章②】竜王選戦編

第212話  【幕間】魔女の正体

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「いよいよ始まったようね――雷竜と銀竜による決戦が」

 オロム城最深部。
 魔女イネスは城の窓から激闘の様子を悠々と眺めていた。

「はあ、はあ、はあ……」

 そのすぐ脇では額に汗をため、吐く息も荒くなっているシャオの姿があった。
 シャオの足元には青白く光る魔法陣が広がっている。
 中心部に腰を下ろすシャオは見るからに疲弊しているようだった。

「気分はどう?」
「……最悪よ」

 疲労で身動きは取れないが、気持ちで負けないようキッと目に力を込めてイネスを睨みつけるシャオ。
 この魔法陣は、身体に魔力を秘めたシャオからその魔力を吸い上げるためのものであり、シャオの疲労は体から魔力が失われているからことからくるものであった。

 イネスの狙いは魔力――それは明白だった。

 ただ、不気味なのはなぜ魔力を欲しているのかという点。
 伝説と化しているイネスが、この時代まで生き延びている時点ですでに人知を越えた力――魔法が関与しているのは疑いようがない。

「あなたは……」

 シャオは力を振り絞って顔を上げた。


「あなたは――一体何を企んでいるの?」


 決死の思いで言葉を紡いだシャオ。
 しかし、その思いを嘲笑うかのように、

「さて、何かしらね」

 イネスはニヤニヤとしながら核心部分には触れない。だが、何も手がかりがないわけではなかった。

「なら――あなたの目の前にあるその巨大なクリスタルは一体なんなの?」

 気になっていたのはイネスの眼前にある巨大な紫色をしたクリスタル。シャオの体から吸収された魔力は、明らかにそのクリスタルへと注がれていた。心なしか、最初に見た時よりも色が濃くなっている気がする。

「私から吸い上げた魔力をその大きなクリスタルに注いで……一体何を生み出そうとしているの? まさか、もっと凶悪な魔族?」
「生み出す? ……少し表現が違うわね」

 シャオの指摘に対して、イネスは相変わらず飄々とした態度。

「まあ、時が来たらわかるわ。他に何か質問はある?」
「え?」

 まさかの質問リクエストにシャオは面食らったが、この機を生かして伝説の魔女イネスの正体に少しでも近づこうと頭を切り替えて問いかけた。

「あなたは本当にあの魔女イネスなの?」
「そうよ」

 即答。
 名乗っていたのだから間違いないのだが、先ほどからの人を食ったような態度に、もしかしたら魔女イネスという話すら冗談か何かと疑惑を抱いたのだが、どうもそうではない――彼女は本物の魔女イネスなのだとシャオは確信した。

「伝説の魔女イネスは廃界で魔族を生み出し、何をしようというの? 復讐? それとも世界征服でもしようっていうの?」
「復讐? 世界征服? ……ふふっ、それもいいわね」

 イネスは口元を手で押さえて控え目に笑う。
 魔族を生み出し、世界中にばら撒いているイネスの目的といえばそれくらいしか想像がつかないのだが、どうも違うようだ。しかし、そうなると、

「そうじゃないならどうしてこんなことを?」

 さすがのシャオもイラッとしてきたようで、口調が強くなる。イネスもそんなシャオの心情を読み取ったのか、今度は真摯な顔つきで外を眺め、

「あの子たちと一緒よ」
「え?」

 その窓の向こう――城から近い場所にあるコロッセオでは、エルメルガとメアが激闘を繰り広げている。そんなメアたちと同じということは。

「あ、あなたは……」

 イネスの態度から、シャオの脳裏にひとつの仮説が浮かび上がる。

「ひょっとして――」

 シャオがその仮説を直接イネスへぶつけようとした時――突如足元が激しく横揺れを起こした。バランスを崩したシャオは地面に突っ伏す形になったが、イネスはまったく意に介した様子はない。

「い、一体何が」

 地面に倒れたシャオがイネスの方へ顔を向けると、その先にある紫色の大きなクリスタルに亀裂が走っていた。

「!?」

 来たるべき時が――来たのだ。

「本当に……長らく待たせてくれたものね」

《それ》が生まれるのを心待ちにしていたイネスは、ひどく歪んだ笑みを浮かんだ。この世の禍々しさを煮詰めたような表情に、シャオは震え上がった。――同時に、自分の中に浮かんだ仮説が正しいと確信した。

「魔女イネス……やっとあなたの正体がわかったわ。あなた――竜人族ね」

 人とは喋れないはずの竜人族。
 なのに、イネスとシャオは普通に会話をしている。
 だから絶対にそれはあり得ない――最初に疑いを持った時はすぐに頭から離れた。

 しかし、今のイネスの顔は――明らかに人のものではない。

「……バレちゃったみたいね」

 真正面に立つイネス。その顔は明らかにドラゴンのもの。気がつくと、その背中には大きな翼が、頭には太い角が生えていた。

「すべてを語るのはみなさんの到着を待ってからにしましょうか。――今は《魔竜》イネスとだけ名乗っておくわ」

 不穏な気配を感じさせる妖しげな微笑――それに惑わされるかのように、シャオの胸中は焦りと恐怖に支配されていった。
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