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【最終章②】竜王選戦編
第213話 何のために戦うのか
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イネスが着々と戦闘準備を整えている中、メアとエルメルガの死闘は未だに続いていた。
エルメルガは今度こそメアとの決着をつけるため。
メアは人と竜人族の未来のため。
2匹は互いに己のすべてを賭けてぶつかり合った。
「す、凄い……」
颯太は素直な感想を口にする。
シンプルだからこそ、メアとエルメルガの戦いぶりがいかに凄まじいかがわかる。
「やはりお主との戦いは楽しいなぁ!」
エルメルガの顔つきは生き生きとし、まるで大好きな遊びに興じる無邪気な子どものようであった。一方、メアはというと、その表情は真剣そのもので、降り注ぐ雷撃をかわしながら距離を詰めて攻撃を仕掛けていた。
全力で衝突する両者。
どちらかが戦闘不能になる――敗戦を確信するほどの決定打は与えられていなかった。
「どうした!? 覚醒してもその程度か!?」
性格が影響しているせいか、常にイケイケのエルメルガは攻めて攻めて攻めまくる。
雷撃の流れ弾が地面に直撃し、激しく砂煙を巻き上げていく。
素人目には、一方的にメアが押されているように映るが、実際はとても慎重に事を運んでいるだけであった。
周りの竜騎士たちもをれを感じ取っていた。
だから、竜騎士たちは見守ることに徹し、加勢はしなかった。
竜人族同士の戦いが激しいからという理由はもちろんあるのだが、ここで下手に動いたことがきっかけでまたメアに隙が生まれてしまっては――最初はそう危惧していたのだが、今の両者の戦いぶりから、その心配はなさそうだと思えた。
エルメルガの瞳にはもうメアしか映っていない。
以前のような中途半端な結果になるのを恐れ、騎士たちへ攻撃を仕掛けてくることはないだろう。
一騎打ちに徹しているエルメルガの心意気を、メアも受け止めていた。
ゆえに、あそこまで慎重になっているのだ。
迂闊な攻撃は敗北につながる。
メアはそのことをよくわかっていた。
「頑張れよ、銀竜」
「おまえの力ならきっと勝てる」
騎士たちは拳を握り、上空で戦うメアへ静かなエールを送る。それは決してメアの耳に届かないが、「応援されている」という雰囲気自体は伝わった。――そして、それは確実にメアの力となってその小さな背中を押していた。
「はあっ!」
冷気を操って作り上げた氷の槍。
メアはそれをエルメルガへと投げつけていく。
「小賢しい!」
エルメルガはそれを難なく避けてメアとの距離を一気に縮めると、その腹部目がけて強烈な蹴りをお見舞いする。――が、
ガン!
鈍い音を立てて、エルメルガの一撃は防がれた。
氷の鎧。
分厚い氷を全身にまとった今のメアの姿を表現するにはその言葉がもっとも適切だろう。
「器用じゃな――むっ?」
能力を活用するメアに対して素直に感心するエルメルガであったが、氷の部分に触れている足が離れないことに気づいて表情が強張る。
「お、お主!?」
「お返しだ」
今度はメアのターン。
足が氷の鎧にくっついてはがれなくなり、無防備となったエルメルガへメアが反撃のキックを食らわせる。ガードもままならないエルメルガはもろにその一撃を浴び、凄まじい勢いで地面へと叩きつけられた。
「「「おおっ!!!」」」
颯太や騎士たちから歓声があがった。
ずっと膠着状態が続いていた中でようやく訪れた目に見えた変化――しかもそれがメアの優勢を決定づける一撃だっただけに、跳ね上がった感情が抑えきれずに口から漏れ出してしまったのだ。
――しかし、
「かっかっかっ!」
立ち昇る土煙の向こう側から聞こえてくる笑い声。
直後、その土煙を斬り裂いてメアへと伸びる雷撃――これを、メアはかわしきることができず、右肩にかすめていったせいでその部分の肌が焼け焦げていた。
「メア!?」
颯太は思わず叫んだが、見た感じよりもメアへのダメージは薄いようだった。メアはすっと手を挙げて「心配するな」のジェスチャーを送る。
「大丈夫そうね」
ホッと胸を撫で下ろしたのはブリギッテだった。颯太もメアに大事がないようなので安心はしたが、逆にまだ戦いは終わっていないのだと悟り、表情は険しくなる。
「勝利を確信するまで気を緩めず――いいぞ! それでこそ妾が認めた好敵手!」
思わず目を避けたくなるような重い一撃を食らったはずが、エルメルガはさらに元気を増していた。先ほどの攻撃がかえって回復させてしまったのではないかと疑ってしまうくらいにエルメルガは生き生きとしている。
それはつまり、エルメルガにとって戦いこそがすべてである証明でもあった。
戦うことが生きる意味。
戦うことが己の証明。
戦うことがこの世の摂理。
そう信じて疑わない雷竜エルメルガは、自身が「強者」と認めたメアとの真剣勝負を心から楽しんでいた。
だが、そんなエルメルガにもひとつだけどうしても解せない点があった。
「嬉しいか?」
そう問う顔つきは相変わらずニヤついているが、その瞳の奥はまったく笑っていない。
「何?」
「下等な人間に応援されて、お主は嬉しいのかと問うておるのじゃ」
パンパンと膝周りの土埃を払いのけるついでに、エルメルガはたずねた。
「あれほど人間を毛嫌いしていたお主が、人間から歓声を贈られ、嬉々として妾と戦うというこの現実――やはりどうにも納得いかぬのじゃ」
「…………」
古い付き合いであるエルメルガには理解ができなかった。
しかし、そんな理解しがたい現実はたしかにそこに存在している。
「戦う理由があるのだ」
「戦う理由じゃと?」
メアは答える。
静かに。
力強く。
「何もかもを否定し、死にかけていた我を救ってくれたタカミネ・ソータを守ること。最初はそれだけだった。――だが、今となってはもはやそれだけではない。我らの双肩にはこの世界を生きるすべての者たちの明日がかかっている」
「…………」
「人間や亜人、そしてドラゴンたちを食い物とし、世界を混乱に陥れている根源――魔族は絶対に食い止める。守りたい者たちのために!」
颯太だけではない。
キャロル。
ブリギッテ。
ノエルバッツ。
トリストン。
イリウス。
リート。
パーキース。
マキナ。
そして、ハドリーたち竜騎士団の人間や、アンジェリカやキルカたちのいるマーズナー・ファームの関係者たち。
そのすべての「明日」を守るため、銀竜メアンガルドは負けるわけにはいかない。
実力は伯仲。
――が、その覚悟の差には明確な違いが表れていた。
己がための戦い。
誰かを守るための戦い。
ここから先は、その違いが勝敗を分ける。
決着の時はもうすぐそこまで迫っていた。
エルメルガは今度こそメアとの決着をつけるため。
メアは人と竜人族の未来のため。
2匹は互いに己のすべてを賭けてぶつかり合った。
「す、凄い……」
颯太は素直な感想を口にする。
シンプルだからこそ、メアとエルメルガの戦いぶりがいかに凄まじいかがわかる。
「やはりお主との戦いは楽しいなぁ!」
エルメルガの顔つきは生き生きとし、まるで大好きな遊びに興じる無邪気な子どものようであった。一方、メアはというと、その表情は真剣そのもので、降り注ぐ雷撃をかわしながら距離を詰めて攻撃を仕掛けていた。
全力で衝突する両者。
どちらかが戦闘不能になる――敗戦を確信するほどの決定打は与えられていなかった。
「どうした!? 覚醒してもその程度か!?」
性格が影響しているせいか、常にイケイケのエルメルガは攻めて攻めて攻めまくる。
雷撃の流れ弾が地面に直撃し、激しく砂煙を巻き上げていく。
素人目には、一方的にメアが押されているように映るが、実際はとても慎重に事を運んでいるだけであった。
周りの竜騎士たちもをれを感じ取っていた。
だから、竜騎士たちは見守ることに徹し、加勢はしなかった。
竜人族同士の戦いが激しいからという理由はもちろんあるのだが、ここで下手に動いたことがきっかけでまたメアに隙が生まれてしまっては――最初はそう危惧していたのだが、今の両者の戦いぶりから、その心配はなさそうだと思えた。
エルメルガの瞳にはもうメアしか映っていない。
以前のような中途半端な結果になるのを恐れ、騎士たちへ攻撃を仕掛けてくることはないだろう。
一騎打ちに徹しているエルメルガの心意気を、メアも受け止めていた。
ゆえに、あそこまで慎重になっているのだ。
迂闊な攻撃は敗北につながる。
メアはそのことをよくわかっていた。
「頑張れよ、銀竜」
「おまえの力ならきっと勝てる」
騎士たちは拳を握り、上空で戦うメアへ静かなエールを送る。それは決してメアの耳に届かないが、「応援されている」という雰囲気自体は伝わった。――そして、それは確実にメアの力となってその小さな背中を押していた。
「はあっ!」
冷気を操って作り上げた氷の槍。
メアはそれをエルメルガへと投げつけていく。
「小賢しい!」
エルメルガはそれを難なく避けてメアとの距離を一気に縮めると、その腹部目がけて強烈な蹴りをお見舞いする。――が、
ガン!
鈍い音を立てて、エルメルガの一撃は防がれた。
氷の鎧。
分厚い氷を全身にまとった今のメアの姿を表現するにはその言葉がもっとも適切だろう。
「器用じゃな――むっ?」
能力を活用するメアに対して素直に感心するエルメルガであったが、氷の部分に触れている足が離れないことに気づいて表情が強張る。
「お、お主!?」
「お返しだ」
今度はメアのターン。
足が氷の鎧にくっついてはがれなくなり、無防備となったエルメルガへメアが反撃のキックを食らわせる。ガードもままならないエルメルガはもろにその一撃を浴び、凄まじい勢いで地面へと叩きつけられた。
「「「おおっ!!!」」」
颯太や騎士たちから歓声があがった。
ずっと膠着状態が続いていた中でようやく訪れた目に見えた変化――しかもそれがメアの優勢を決定づける一撃だっただけに、跳ね上がった感情が抑えきれずに口から漏れ出してしまったのだ。
――しかし、
「かっかっかっ!」
立ち昇る土煙の向こう側から聞こえてくる笑い声。
直後、その土煙を斬り裂いてメアへと伸びる雷撃――これを、メアはかわしきることができず、右肩にかすめていったせいでその部分の肌が焼け焦げていた。
「メア!?」
颯太は思わず叫んだが、見た感じよりもメアへのダメージは薄いようだった。メアはすっと手を挙げて「心配するな」のジェスチャーを送る。
「大丈夫そうね」
ホッと胸を撫で下ろしたのはブリギッテだった。颯太もメアに大事がないようなので安心はしたが、逆にまだ戦いは終わっていないのだと悟り、表情は険しくなる。
「勝利を確信するまで気を緩めず――いいぞ! それでこそ妾が認めた好敵手!」
思わず目を避けたくなるような重い一撃を食らったはずが、エルメルガはさらに元気を増していた。先ほどの攻撃がかえって回復させてしまったのではないかと疑ってしまうくらいにエルメルガは生き生きとしている。
それはつまり、エルメルガにとって戦いこそがすべてである証明でもあった。
戦うことが生きる意味。
戦うことが己の証明。
戦うことがこの世の摂理。
そう信じて疑わない雷竜エルメルガは、自身が「強者」と認めたメアとの真剣勝負を心から楽しんでいた。
だが、そんなエルメルガにもひとつだけどうしても解せない点があった。
「嬉しいか?」
そう問う顔つきは相変わらずニヤついているが、その瞳の奥はまったく笑っていない。
「何?」
「下等な人間に応援されて、お主は嬉しいのかと問うておるのじゃ」
パンパンと膝周りの土埃を払いのけるついでに、エルメルガはたずねた。
「あれほど人間を毛嫌いしていたお主が、人間から歓声を贈られ、嬉々として妾と戦うというこの現実――やはりどうにも納得いかぬのじゃ」
「…………」
古い付き合いであるエルメルガには理解ができなかった。
しかし、そんな理解しがたい現実はたしかにそこに存在している。
「戦う理由があるのだ」
「戦う理由じゃと?」
メアは答える。
静かに。
力強く。
「何もかもを否定し、死にかけていた我を救ってくれたタカミネ・ソータを守ること。最初はそれだけだった。――だが、今となってはもはやそれだけではない。我らの双肩にはこの世界を生きるすべての者たちの明日がかかっている」
「…………」
「人間や亜人、そしてドラゴンたちを食い物とし、世界を混乱に陥れている根源――魔族は絶対に食い止める。守りたい者たちのために!」
颯太だけではない。
キャロル。
ブリギッテ。
ノエルバッツ。
トリストン。
イリウス。
リート。
パーキース。
マキナ。
そして、ハドリーたち竜騎士団の人間や、アンジェリカやキルカたちのいるマーズナー・ファームの関係者たち。
そのすべての「明日」を守るため、銀竜メアンガルドは負けるわけにはいかない。
実力は伯仲。
――が、その覚悟の差には明確な違いが表れていた。
己がための戦い。
誰かを守るための戦い。
ここから先は、その違いが勝敗を分ける。
決着の時はもうすぐそこまで迫っていた。
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