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【最終章③】魔竜討伐編
第223話 イネスの企み
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「て、撤退だ! 撤退しろぉ!」
分団長と呼ばれた男が兵たちを引き揚げさせる。
これ以上の戦闘からは何も生まれない。ただただ被害が拡大し、取り返しのつかない事態になってしまう前に撤退しようという判断らしい。
それを無責任だと責めるのは酷かもしれない。
竜騎士団と名乗っている以上、あのような強力なドラゴンとの戦闘も想定すべき事態ではあるのだが、さすがにあのドラゴンは強過ぎる。
撤退していく竜騎士団の背中を見送ってから、颯太は改めて自分の置かれている立場を考えてみる。
「魔女――じゃなくて魔竜イネスの魔法によるものなのか?」
今、自分の目の前で展開しているこの光景――紛れもなく、それは颯太が転移してきた異世界である。だが、「今」ではない。恐らくは、
「相当昔のハルヴァみたいだな……」
先ほどの一団はきっと本物のハルヴァ竜騎士団だろう。
ただし、どれほどの年代かは不明だが、颯太の知る竜騎士団ではない――廃界で戦っている者たちよりも数代前のハルヴァ竜騎士団だ。
「さっきの分団にはキルカの姿は見えなかったけど……」
颯太が転移してくる前のハルヴァだとしたら、まだメアもノエルもトリストンも竜騎士団井はいない。いるとすれば、マーズナーのキルカくらいか。
竜人族同士の戦闘となればキルカの出番と言ってよさそうなものだが、彼らに同行している様子はなかった。
「キルカがハルヴァに来る前の世界なのか……?」
そう考えるのが妥当か。
現状についておおよその見当はついた。
残る問題は、
「俺にこの世界を見せて、魔竜イネスは一体何がしたいんだ?」
颯太には魔竜イネスの狙いがわかりかねた。
真実を見せるとイネスは言っていたが、それをなぜ颯太にだけ見せるのか。そして、何よりも気になっているのは、
「魔竜イネスは知っているのか――俺が別の世界から来た人間だと」
そうであったとしても、やはり真実を伝えるということに疑問が残る。何か狙いがあるのだろうか。
いろいろと考えているうちに、人間たちを追い払った大型ドラゴンに動きがあった。眩い光に包まれたそのドラゴンは――少女の姿へと変化していた。あの大型ドラゴンもまた竜人族であったようだ。
大型ドラゴンだった少女は竜騎士団に狙われていた竜人族の少女へと近づいていく。
竜騎士団を追っ払ったということは、あの大型の竜人族は戦い終わって憔悴している竜人族を助けたのだろう。
きっと、「大丈夫か?」と声でもかけに行ったのか――竜人族同士の助け合い精神に、少しだけ気持ちが安らいだ颯太であったが、次の瞬間、
「グア――」
大型ドラゴンの竜人族が大きく口を開いた。
その愛らしい少女の外見には似つかわしくない鋭い牙が、弱っている竜人族の肩に深く食い込んだ――噛みついたのだ。
「っ!?」
問答無用の噛みつき攻撃に、颯太は言葉を失った。
噛みつかれた方の竜人族はジタバタと最後の力を振り絞って必死に抵抗をするが、次第にその動きは小さくなっていき、やがてピクリとも動かなくなった。それを確認してから、噛みついていた方は牙を引き抜くと口元にベッタリとついた鮮血を二の腕で乱雑にふき取った。
噛み殺した方の竜人族は笑っている。
ゾクッと颯太は震えた。
背骨につららでも突き刺さったのかと錯覚するくらいの不気味な寒気。
その凄惨な光景に唖然としていると、
「これが本来の《竜王選戦》よ」
背後から声がして、颯太はバッと素早く振り返る。
そこにはイネスがいた。
だが、その体は半透明であり、実態ではないのは明白だった。
「いかがしら、今とはまるで違う竜騎士団と竜王選戦は?」
「……これをわざわざ俺に見せるために、ここへ呼んだのか?」
「半分正解ってところね。本来の竜王選戦がどのようなものなのか、あなたくらいには知っておいてもらとうと思って」
「竜王選戦……」
竜人族同士が戦っている――となれば、それは竜王選戦。しかし、メアやエルメルガのいた時代より前のものだ。
「あなたの知っている竜王選戦とはだいぶ毛色が違うでしょう?」
「……あんな悲惨なものじゃない」
竜王選戦を挑んできた奏竜、磁竜、焔竜、雷竜――彼女たちは戦いにこだわり、メアやキルカたちと戦った。その結果は無傷とはいかなくても、このような血生臭い展開とまではいかなかった。
もっと言えば、彼女たち4匹の竜人族はいずれも手負いの相手をいためつけるようなマネはせず、正々堂々と真正面から勝負を挑んできた。
颯太としてはそれが竜王選戦のいわばしきたりのようなものだと考えていたが、どうやら本来はそういうものではないらしい。
「弱った相手をいたぶって勝利を得るのが竜王選戦なのか!?」
「? 王の座がかかっているのだから当然じゃない? 勝利を得ることこそが一番。勝つことがすべて――それが竜王選戦よ」
「そんなヤツが竜王になるなんて……」
「そこまで言うなら見せてあげるわ」
イネスが指をパチンと鳴らすと、周囲の景色が一変した。
――気がつくと、先ほどの草原とはまったく違う空間に颯太は立っていた。
ここはどうやら森のようだが。
「! あそこにいるのは!」
薄暗い森の中で颯太が発見したのは1匹のドラゴン。
そのドラゴン――見間違えるはずがない。
あれは、
「レグジートさん!?」
死んだはずの前竜王――レグジートであった。
分団長と呼ばれた男が兵たちを引き揚げさせる。
これ以上の戦闘からは何も生まれない。ただただ被害が拡大し、取り返しのつかない事態になってしまう前に撤退しようという判断らしい。
それを無責任だと責めるのは酷かもしれない。
竜騎士団と名乗っている以上、あのような強力なドラゴンとの戦闘も想定すべき事態ではあるのだが、さすがにあのドラゴンは強過ぎる。
撤退していく竜騎士団の背中を見送ってから、颯太は改めて自分の置かれている立場を考えてみる。
「魔女――じゃなくて魔竜イネスの魔法によるものなのか?」
今、自分の目の前で展開しているこの光景――紛れもなく、それは颯太が転移してきた異世界である。だが、「今」ではない。恐らくは、
「相当昔のハルヴァみたいだな……」
先ほどの一団はきっと本物のハルヴァ竜騎士団だろう。
ただし、どれほどの年代かは不明だが、颯太の知る竜騎士団ではない――廃界で戦っている者たちよりも数代前のハルヴァ竜騎士団だ。
「さっきの分団にはキルカの姿は見えなかったけど……」
颯太が転移してくる前のハルヴァだとしたら、まだメアもノエルもトリストンも竜騎士団井はいない。いるとすれば、マーズナーのキルカくらいか。
竜人族同士の戦闘となればキルカの出番と言ってよさそうなものだが、彼らに同行している様子はなかった。
「キルカがハルヴァに来る前の世界なのか……?」
そう考えるのが妥当か。
現状についておおよその見当はついた。
残る問題は、
「俺にこの世界を見せて、魔竜イネスは一体何がしたいんだ?」
颯太には魔竜イネスの狙いがわかりかねた。
真実を見せるとイネスは言っていたが、それをなぜ颯太にだけ見せるのか。そして、何よりも気になっているのは、
「魔竜イネスは知っているのか――俺が別の世界から来た人間だと」
そうであったとしても、やはり真実を伝えるということに疑問が残る。何か狙いがあるのだろうか。
いろいろと考えているうちに、人間たちを追い払った大型ドラゴンに動きがあった。眩い光に包まれたそのドラゴンは――少女の姿へと変化していた。あの大型ドラゴンもまた竜人族であったようだ。
大型ドラゴンだった少女は竜騎士団に狙われていた竜人族の少女へと近づいていく。
竜騎士団を追っ払ったということは、あの大型の竜人族は戦い終わって憔悴している竜人族を助けたのだろう。
きっと、「大丈夫か?」と声でもかけに行ったのか――竜人族同士の助け合い精神に、少しだけ気持ちが安らいだ颯太であったが、次の瞬間、
「グア――」
大型ドラゴンの竜人族が大きく口を開いた。
その愛らしい少女の外見には似つかわしくない鋭い牙が、弱っている竜人族の肩に深く食い込んだ――噛みついたのだ。
「っ!?」
問答無用の噛みつき攻撃に、颯太は言葉を失った。
噛みつかれた方の竜人族はジタバタと最後の力を振り絞って必死に抵抗をするが、次第にその動きは小さくなっていき、やがてピクリとも動かなくなった。それを確認してから、噛みついていた方は牙を引き抜くと口元にベッタリとついた鮮血を二の腕で乱雑にふき取った。
噛み殺した方の竜人族は笑っている。
ゾクッと颯太は震えた。
背骨につららでも突き刺さったのかと錯覚するくらいの不気味な寒気。
その凄惨な光景に唖然としていると、
「これが本来の《竜王選戦》よ」
背後から声がして、颯太はバッと素早く振り返る。
そこにはイネスがいた。
だが、その体は半透明であり、実態ではないのは明白だった。
「いかがしら、今とはまるで違う竜騎士団と竜王選戦は?」
「……これをわざわざ俺に見せるために、ここへ呼んだのか?」
「半分正解ってところね。本来の竜王選戦がどのようなものなのか、あなたくらいには知っておいてもらとうと思って」
「竜王選戦……」
竜人族同士が戦っている――となれば、それは竜王選戦。しかし、メアやエルメルガのいた時代より前のものだ。
「あなたの知っている竜王選戦とはだいぶ毛色が違うでしょう?」
「……あんな悲惨なものじゃない」
竜王選戦を挑んできた奏竜、磁竜、焔竜、雷竜――彼女たちは戦いにこだわり、メアやキルカたちと戦った。その結果は無傷とはいかなくても、このような血生臭い展開とまではいかなかった。
もっと言えば、彼女たち4匹の竜人族はいずれも手負いの相手をいためつけるようなマネはせず、正々堂々と真正面から勝負を挑んできた。
颯太としてはそれが竜王選戦のいわばしきたりのようなものだと考えていたが、どうやら本来はそういうものではないらしい。
「弱った相手をいたぶって勝利を得るのが竜王選戦なのか!?」
「? 王の座がかかっているのだから当然じゃない? 勝利を得ることこそが一番。勝つことがすべて――それが竜王選戦よ」
「そんなヤツが竜王になるなんて……」
「そこまで言うなら見せてあげるわ」
イネスが指をパチンと鳴らすと、周囲の景色が一変した。
――気がつくと、先ほどの草原とはまったく違う空間に颯太は立っていた。
ここはどうやら森のようだが。
「! あそこにいるのは!」
薄暗い森の中で颯太が発見したのは1匹のドラゴン。
そのドラゴン――見間違えるはずがない。
あれは、
「レグジートさん!?」
死んだはずの前竜王――レグジートであった。
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