おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
205 / 246
【最終章③】魔竜討伐編

第225話  イネスの過去

しおりを挟む
「イネスがシャルルペトラの母親? アーティーが母親じゃなかったのか?」

 マーズナー・ファームの結竜アーティーは、たしかに自分がシャルルペトラの母親であると明言した。しかし、過去のイネスは自身の赤ん坊を「シャルル」と呼んでいる。よもや、同名というわけではないだろう。

「本当に……イネスがシャルルの母親なのか?」

 颯太が疑問を口にした瞬間――目の前が真っ白になり、場面転換が発生。
 場所は同じのようだが、周りには雪が積もっている。どうやら季節は冬のようだ。
 場面転換の発生によって、さっきまでそこにはレグジートとイネス、そして赤ん坊のシャルルはいなくなっていた。3匹の行方を探そうと歩き回る颯太――思いのほか早くにその居場所を探し当てることができたのだが、

「うっ!?」

 眼前に広がる光景に、颯太は思わずたじろいだ。

「はあ、はあ、はあ……」

 息荒く、汗だくとなっているイネス。
その表情には一切の余裕が感じられない。
一方、そんな状態のイネスを前にしても無表情を保っているのはレグジートである。すぐ近くにはシャルルペトラもいて、両者の間に流れるピリピリとした空気を察してか、大泣きをしていた。

 しかし、シャルルに気をとめることなく、イネスとレグジートはジッと見つめ合ったまま動きがない――と、

「……私としたことが、一杯食わされたわね」

 怒りと悔しさが入り混じったような声でイネスは言った。

「俺自身の答えではない。ドラゴンという一族すべてのために……おまえの《人間を皆殺しにする》というバカげた野望を野放しにはしておけないのだ」
「ならばどうする? 私を封じ込めたあとは、あなたが竜王になるとでも?」
「そうなるだろうな。今この世にいる竜人族たちはまだまだ幼い。次の竜王選戦が始まるまでにはまだ時間があるだろう」
「封じ込める……?」

 どうやら、レグジートはイネスを止めるためにイネス自身を封印するつもりらしい。

「オロムで魔族を生み出し、壊滅させたおまえの罪は重い。人間たちは疑心暗鬼となり、多くのドラゴンが魔族と間違えられて殺された」
「弱い者が淘汰されるのは必然よ」
「おまえが火種を撒かなければ多くのドラゴンは殺されることはなかった」
「それで――人間と手を組み、私をハメたのね……」
「!?」

 レグジートが人間と手を組んでイネスをハメた。

 その言葉が何を意味するのか――その答えはすぐにわかった。

「レグジート……この子が、あなたの言っていた竜人族ね」

 近くの木の陰から、ひとりの老婆が現れた。
 黒いローブに手には木製の杖。その出で立ちはいかにも魔法使いといった感じだった。颯太のその読みは的中のようで、

「崩壊したオロム王国最後の魔法使い――キャディア・ラフマンだ」
「ラフマン?」

 レグジートが口にした老婆の名前。それは、
 
「さらわれたシャオ・ラフマンと同じ……親族か?」

 ダステニアの大富豪であるラフマン一族はオロムの出身であった――聖女という魔力を秘めた者たちは、もしかしたらイネスが崩壊させたオロムの生き残りたちの子孫なのかもしれないと颯太は仮説を立てた。

 だが、今はそれよりも、

「魔竜イネス……あなたは私のすべてを賭けてこの地へと封じ込めます。あなたが滅ぼしたオロムの地に」
「ぐぅ……」

 老婆キャディアは何やら小声で呪文を唱える。
 それは拘束魔法の類らしく、イネスの体は目に見えないロープでがんじがらめにされているようになり、自由を奪われていた。

「あなたの魔力はたしかに凄まじいものがあるけれど――それを完全には生かしきれていないようね。力があれば簡単に扱えるようなものではないのよ、魔法って」

 子どもに諭すようなおっとりとした口調だが、キャディアの言動には内に秘めた決意のようなものを感じさせた。それだけ、イネス封印に本気ということだろう。

「ぐっ、ああ……」

 とうとうイネスはその場に倒れ込んだ。

「イネス……」

 ドラゴンという種族を守るため、これ以上、人間の怒りに触れるわけにはいかない。いくらイネスが強かろうと、キャディアに抑え込まれている現状を見るに、人間と全面抗争となった場合、ドラゴン側が滅ばされるのは必至だ。

 種族の未来を想って行動に出たレグジートだが、その相手は番であるイネス。
 相当な葛藤があったと思う。
 それでも、レグジートはオロムの生き残りである魔法使いのキャディアと接触し、暴走しかけているイネスを食い止めた。

「レグジートさん……」

 気丈に振る舞ってはいるが、その瞳は悲しみに濡れている。
 颯太がレグジートの心境を想像して胸を痛めていると、そのうちにイネスの全身は鉛色へと変化し、動くことも喋ることもなくなっていた。
 その直後、キャディアはレグジートの足にもたれかかるように倒れる。

「キャディア殿……」
「限界ね……」

 キャディアのイネス封印は、その残りわずかとなった命の灯を投じて行われたまさに最後の一撃だった。

「あなたには感謝しているわ、レグジート……私に復讐の機会を与えてくれて」
「いえ……」
「息子たちには悪いことをしたけれど、私自身としてはなんの悔いもないわ。これでようやくみんなのもとへいける……」

 キャディアはその場で息を引き取った。

「イネスを封じ込めたのはダステニアのラフマン一族……じゃあ、シャルルペトラは一体どうなったんだ?」

 浮かび上がった疑問を解決するかのように、ここで場面が転換。
 季節は廻り、深緑の木々が並ぶ森の中――佇むレグジートの前には、

「アーティーか?」

 若かりし結竜アーティーの姿があった。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。