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【最終章③】魔竜討伐編
第225話 イネスの過去
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「イネスがシャルルペトラの母親? アーティーが母親じゃなかったのか?」
マーズナー・ファームの結竜アーティーは、たしかに自分がシャルルペトラの母親であると明言した。しかし、過去のイネスは自身の赤ん坊を「シャルル」と呼んでいる。よもや、同名というわけではないだろう。
「本当に……イネスがシャルルの母親なのか?」
颯太が疑問を口にした瞬間――目の前が真っ白になり、場面転換が発生。
場所は同じのようだが、周りには雪が積もっている。どうやら季節は冬のようだ。
場面転換の発生によって、さっきまでそこにはレグジートとイネス、そして赤ん坊のシャルルはいなくなっていた。3匹の行方を探そうと歩き回る颯太――思いのほか早くにその居場所を探し当てることができたのだが、
「うっ!?」
眼前に広がる光景に、颯太は思わずたじろいだ。
「はあ、はあ、はあ……」
息荒く、汗だくとなっているイネス。
その表情には一切の余裕が感じられない。
一方、そんな状態のイネスを前にしても無表情を保っているのはレグジートである。すぐ近くにはシャルルペトラもいて、両者の間に流れるピリピリとした空気を察してか、大泣きをしていた。
しかし、シャルルに気をとめることなく、イネスとレグジートはジッと見つめ合ったまま動きがない――と、
「……私としたことが、一杯食わされたわね」
怒りと悔しさが入り混じったような声でイネスは言った。
「俺自身の答えではない。ドラゴンという一族すべてのために……おまえの《人間を皆殺しにする》というバカげた野望を野放しにはしておけないのだ」
「ならばどうする? 私を封じ込めたあとは、あなたが竜王になるとでも?」
「そうなるだろうな。今この世にいる竜人族たちはまだまだ幼い。次の竜王選戦が始まるまでにはまだ時間があるだろう」
「封じ込める……?」
どうやら、レグジートはイネスを止めるためにイネス自身を封印するつもりらしい。
「オロムで魔族を生み出し、壊滅させたおまえの罪は重い。人間たちは疑心暗鬼となり、多くのドラゴンが魔族と間違えられて殺された」
「弱い者が淘汰されるのは必然よ」
「おまえが火種を撒かなければ多くのドラゴンは殺されることはなかった」
「それで――人間と手を組み、私をハメたのね……」
「!?」
レグジートが人間と手を組んでイネスをハメた。
その言葉が何を意味するのか――その答えはすぐにわかった。
「レグジート……この子が、あなたの言っていた竜人族ね」
近くの木の陰から、ひとりの老婆が現れた。
黒いローブに手には木製の杖。その出で立ちはいかにも魔法使いといった感じだった。颯太のその読みは的中のようで、
「崩壊したオロム王国最後の魔法使い――キャディア・ラフマンだ」
「ラフマン?」
レグジートが口にした老婆の名前。それは、
「さらわれたシャオ・ラフマンと同じ……親族か?」
ダステニアの大富豪であるラフマン一族はオロムの出身であった――聖女という魔力を秘めた者たちは、もしかしたらイネスが崩壊させたオロムの生き残りたちの子孫なのかもしれないと颯太は仮説を立てた。
だが、今はそれよりも、
「魔竜イネス……あなたは私のすべてを賭けてこの地へと封じ込めます。あなたが滅ぼしたオロムの地に」
「ぐぅ……」
老婆キャディアは何やら小声で呪文を唱える。
それは拘束魔法の類らしく、イネスの体は目に見えないロープでがんじがらめにされているようになり、自由を奪われていた。
「あなたの魔力はたしかに凄まじいものがあるけれど――それを完全には生かしきれていないようね。力があれば簡単に扱えるようなものではないのよ、魔法って」
子どもに諭すようなおっとりとした口調だが、キャディアの言動には内に秘めた決意のようなものを感じさせた。それだけ、イネス封印に本気ということだろう。
「ぐっ、ああ……」
とうとうイネスはその場に倒れ込んだ。
「イネス……」
ドラゴンという種族を守るため、これ以上、人間の怒りに触れるわけにはいかない。いくらイネスが強かろうと、キャディアに抑え込まれている現状を見るに、人間と全面抗争となった場合、ドラゴン側が滅ばされるのは必至だ。
種族の未来を想って行動に出たレグジートだが、その相手は番であるイネス。
相当な葛藤があったと思う。
それでも、レグジートはオロムの生き残りである魔法使いのキャディアと接触し、暴走しかけているイネスを食い止めた。
「レグジートさん……」
気丈に振る舞ってはいるが、その瞳は悲しみに濡れている。
颯太がレグジートの心境を想像して胸を痛めていると、そのうちにイネスの全身は鉛色へと変化し、動くことも喋ることもなくなっていた。
その直後、キャディアはレグジートの足にもたれかかるように倒れる。
「キャディア殿……」
「限界ね……」
キャディアのイネス封印は、その残りわずかとなった命の灯を投じて行われたまさに最後の一撃だった。
「あなたには感謝しているわ、レグジート……私に復讐の機会を与えてくれて」
「いえ……」
「息子たちには悪いことをしたけれど、私自身としてはなんの悔いもないわ。これでようやくみんなのもとへいける……」
キャディアはその場で息を引き取った。
「イネスを封じ込めたのはダステニアのラフマン一族……じゃあ、シャルルペトラは一体どうなったんだ?」
浮かび上がった疑問を解決するかのように、ここで場面が転換。
季節は廻り、深緑の木々が並ぶ森の中――佇むレグジートの前には、
「アーティーか?」
若かりし結竜アーティーの姿があった。
マーズナー・ファームの結竜アーティーは、たしかに自分がシャルルペトラの母親であると明言した。しかし、過去のイネスは自身の赤ん坊を「シャルル」と呼んでいる。よもや、同名というわけではないだろう。
「本当に……イネスがシャルルの母親なのか?」
颯太が疑問を口にした瞬間――目の前が真っ白になり、場面転換が発生。
場所は同じのようだが、周りには雪が積もっている。どうやら季節は冬のようだ。
場面転換の発生によって、さっきまでそこにはレグジートとイネス、そして赤ん坊のシャルルはいなくなっていた。3匹の行方を探そうと歩き回る颯太――思いのほか早くにその居場所を探し当てることができたのだが、
「うっ!?」
眼前に広がる光景に、颯太は思わずたじろいだ。
「はあ、はあ、はあ……」
息荒く、汗だくとなっているイネス。
その表情には一切の余裕が感じられない。
一方、そんな状態のイネスを前にしても無表情を保っているのはレグジートである。すぐ近くにはシャルルペトラもいて、両者の間に流れるピリピリとした空気を察してか、大泣きをしていた。
しかし、シャルルに気をとめることなく、イネスとレグジートはジッと見つめ合ったまま動きがない――と、
「……私としたことが、一杯食わされたわね」
怒りと悔しさが入り混じったような声でイネスは言った。
「俺自身の答えではない。ドラゴンという一族すべてのために……おまえの《人間を皆殺しにする》というバカげた野望を野放しにはしておけないのだ」
「ならばどうする? 私を封じ込めたあとは、あなたが竜王になるとでも?」
「そうなるだろうな。今この世にいる竜人族たちはまだまだ幼い。次の竜王選戦が始まるまでにはまだ時間があるだろう」
「封じ込める……?」
どうやら、レグジートはイネスを止めるためにイネス自身を封印するつもりらしい。
「オロムで魔族を生み出し、壊滅させたおまえの罪は重い。人間たちは疑心暗鬼となり、多くのドラゴンが魔族と間違えられて殺された」
「弱い者が淘汰されるのは必然よ」
「おまえが火種を撒かなければ多くのドラゴンは殺されることはなかった」
「それで――人間と手を組み、私をハメたのね……」
「!?」
レグジートが人間と手を組んでイネスをハメた。
その言葉が何を意味するのか――その答えはすぐにわかった。
「レグジート……この子が、あなたの言っていた竜人族ね」
近くの木の陰から、ひとりの老婆が現れた。
黒いローブに手には木製の杖。その出で立ちはいかにも魔法使いといった感じだった。颯太のその読みは的中のようで、
「崩壊したオロム王国最後の魔法使い――キャディア・ラフマンだ」
「ラフマン?」
レグジートが口にした老婆の名前。それは、
「さらわれたシャオ・ラフマンと同じ……親族か?」
ダステニアの大富豪であるラフマン一族はオロムの出身であった――聖女という魔力を秘めた者たちは、もしかしたらイネスが崩壊させたオロムの生き残りたちの子孫なのかもしれないと颯太は仮説を立てた。
だが、今はそれよりも、
「魔竜イネス……あなたは私のすべてを賭けてこの地へと封じ込めます。あなたが滅ぼしたオロムの地に」
「ぐぅ……」
老婆キャディアは何やら小声で呪文を唱える。
それは拘束魔法の類らしく、イネスの体は目に見えないロープでがんじがらめにされているようになり、自由を奪われていた。
「あなたの魔力はたしかに凄まじいものがあるけれど――それを完全には生かしきれていないようね。力があれば簡単に扱えるようなものではないのよ、魔法って」
子どもに諭すようなおっとりとした口調だが、キャディアの言動には内に秘めた決意のようなものを感じさせた。それだけ、イネス封印に本気ということだろう。
「ぐっ、ああ……」
とうとうイネスはその場に倒れ込んだ。
「イネス……」
ドラゴンという種族を守るため、これ以上、人間の怒りに触れるわけにはいかない。いくらイネスが強かろうと、キャディアに抑え込まれている現状を見るに、人間と全面抗争となった場合、ドラゴン側が滅ばされるのは必至だ。
種族の未来を想って行動に出たレグジートだが、その相手は番であるイネス。
相当な葛藤があったと思う。
それでも、レグジートはオロムの生き残りである魔法使いのキャディアと接触し、暴走しかけているイネスを食い止めた。
「レグジートさん……」
気丈に振る舞ってはいるが、その瞳は悲しみに濡れている。
颯太がレグジートの心境を想像して胸を痛めていると、そのうちにイネスの全身は鉛色へと変化し、動くことも喋ることもなくなっていた。
その直後、キャディアはレグジートの足にもたれかかるように倒れる。
「キャディア殿……」
「限界ね……」
キャディアのイネス封印は、その残りわずかとなった命の灯を投じて行われたまさに最後の一撃だった。
「あなたには感謝しているわ、レグジート……私に復讐の機会を与えてくれて」
「いえ……」
「息子たちには悪いことをしたけれど、私自身としてはなんの悔いもないわ。これでようやくみんなのもとへいける……」
キャディアはその場で息を引き取った。
「イネスを封じ込めたのはダステニアのラフマン一族……じゃあ、シャルルペトラは一体どうなったんだ?」
浮かび上がった疑問を解決するかのように、ここで場面が転換。
季節は廻り、深緑の木々が並ぶ森の中――佇むレグジートの前には、
「アーティーか?」
若かりし結竜アーティーの姿があった。
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