おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章③】魔竜討伐編

第226話  レグジートとアーティー

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「レグジートさんと……アーティー?」

 爽やかな風が吹く森の中。
 木々の間から漏れてくる陽光に照らされた2匹の大型ドラゴンは、お互いをジッと見つめたまま動かない。何やら言葉を交わしているようなので、颯太は2匹へと近づいてみる。

「おまえには苦労をかけるな、アーティー」
「何を今さら」

 アーティーは柔らかく微笑んだ。
 多くを語らなくても、レグジートが何を思い、今自分の目の前にいるのか――アーティーはそれを見抜いているようだった。

 レグジートが視線を近くにある一際横幅の太い木へと移す。地面からせり出した根の部分をベッドにして寝息を立てるシャルルペトラがそこにはいた。

「あの子が……魔竜の子ね」
「ああ」
「あんなに小さいのに、体全体から恐ろしいくらいに魔力が溢れている……もし、あの凄まじい魔力を戦いのために使ったとしたら……」
「そうならないためにも、きちんと育てなくては」
「あなたが子育てを?」

 アーティーは再び柔らかく笑う。
 
「むぅ……変か?」
「誰もが恐れる《戦竜》レグジートが子育て――その字面だけで大半のドラゴンは笑いをこらえるのに必死となるわ」
「そこまでか……」

 レグジートとしても、そこまで言われて反論をしないということは、アーティーの言葉に少なからず心当たりがあるのだろう。

「彼女は――イネスはなぜそこまで人間を目の敵に?」
「さて、な……ただ、あいつの執着は人間だけにとどまらなかった」
「というと?」
「竜王選戦だ」

 レグジートの発した「竜王選戦」という単語を耳にした途端、アーティーの顔つきがガラリと変わった。

「竜王選戦? あの?」
「そうだ。おまえの想像するままの竜王選戦だ」
「でも、あれは次期竜王を決める戦いでしょう? 今の竜王は健在のはず――まさか……」
「そのまさかだ。――イネスは今の竜王を殺した」
「! ああ……なんてことを……」
 
 アーティーが目を伏せる。
 颯太もレグジートの言葉に衝撃を受けた。

 イネスは竜王選戦を始めるため、前竜王を殺した――つまり、意図的に竜王選戦を起こそうとしたのだ。

「私は前の竜王選戦の時、まだ生まれていなかったから竜王選戦がどのようなものかわからないのだけど……あなたはその時実際に戦いを目の当たりにしているのよね?」
「まあな……」

 レグジートの顔色は冴えない。
 竜人族ではないので、直接竜王選戦へ参加したわけではないのだろうが、それでも、あのような反応を示されてしまったら大体察しがつく。
レグジートが経験した前の竜王選戦の苛烈さ――その体験が、のちに竜王選戦をなくそうと宣言する行動へつながるのだろう。

「それで、用件は――大体読めるけど」
「その読み通りだろうな。……シャルルを育ててくれ」

 レグジートは直球で要求を伝えた。

「私がこの子の世話を?」
「おまえにしか頼めないんだ」
「随分な言い草ね。それだと、まるで私が都合のいい女のように聞こえるけど?」
「や、けしてそのようなことは……」

 あのレグジートがしどろもどろしている。
 彼としても、自分のしているお願いが相当厄介で面倒なものだと自覚しているのだろう。それでも、

「この大事な役目を任せられるのはおまえしかいないんだ」
「あなたは何をするというの?」
「世界を回り、生存している竜人族たちへ事情を説明しに行く」
「説明を?」
「今この世界にいる竜人族たちはまだ皆若い。新しい竜王が人間によって封じ込まれてしまったからな。それに伴い、俺が臨時で竜王を務め、世界に散らばる竜人族たちへ警鐘を鳴らしにいく――竜王選戦をしないように、と」
「選戦をしないなんて……あれは本能がそうさせる戦いよ。いくらなでも、あなたが呼びかけたくらいで収まるとは思えないけれど」
「それでもやるしかない。それしか方法がない」

 レグジートは追い込まれていた。

 ドラゴンという種の保存という観点からすれば、戦い合って潰し合うというような愚行は避けたい。
 それでも、戦闘能力全振りのような能力をもった竜人族たちからすれば、竜王になれる絶好の機会である今回の騒動を見逃すはずがない――レグジートの見回り旅には、そうした混乱に乗じて攻め入ろうとする輩を防ぐという意図も含まれていた。

「では、行ってくる。すまないが、留守を頼むぞ」
「ええ――気をつけて」

 空へと羽ばたいていくレグジートを見送ったアーティーは、

「さあ、いらっしゃい。お昼寝の時間はもう終わりよ」

 鼻で優しくシャルルを撫でて起こす。
「くああ~」と可愛らしい小さなあくびをして目尻に涙を溜めている姿を見ている、アーティーの顔はどこへ出しても恥ずかしくない母親の顔だった。

「まさかこんな形で子どもを授かることになるなんてね」

 表面上は困ったように、だけども心の奥底では嬉しそうに――アーティーは幼いシャルルペトラを背に乗せて住処へと帰って行く。

 ――そして、再び場面展開が起きた。
 颯太の前に現れたドラゴンは――




 ※多忙による体調不良で今週後半はお休みしていました。7月末までは続きそうなので今くらいのペース(2,3日に1回)の投稿になると思います。楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
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