206 / 246
【最終章③】魔竜討伐編
第226話 レグジートとアーティー
しおりを挟む
「レグジートさんと……アーティー?」
爽やかな風が吹く森の中。
木々の間から漏れてくる陽光に照らされた2匹の大型ドラゴンは、お互いをジッと見つめたまま動かない。何やら言葉を交わしているようなので、颯太は2匹へと近づいてみる。
「おまえには苦労をかけるな、アーティー」
「何を今さら」
アーティーは柔らかく微笑んだ。
多くを語らなくても、レグジートが何を思い、今自分の目の前にいるのか――アーティーはそれを見抜いているようだった。
レグジートが視線を近くにある一際横幅の太い木へと移す。地面からせり出した根の部分をベッドにして寝息を立てるシャルルペトラがそこにはいた。
「あの子が……魔竜の子ね」
「ああ」
「あんなに小さいのに、体全体から恐ろしいくらいに魔力が溢れている……もし、あの凄まじい魔力を戦いのために使ったとしたら……」
「そうならないためにも、きちんと育てなくては」
「あなたが子育てを?」
アーティーは再び柔らかく笑う。
「むぅ……変か?」
「誰もが恐れる《戦竜》レグジートが子育て――その字面だけで大半のドラゴンは笑いをこらえるのに必死となるわ」
「そこまでか……」
レグジートとしても、そこまで言われて反論をしないということは、アーティーの言葉に少なからず心当たりがあるのだろう。
「彼女は――イネスはなぜそこまで人間を目の敵に?」
「さて、な……ただ、あいつの執着は人間だけにとどまらなかった」
「というと?」
「竜王選戦だ」
レグジートの発した「竜王選戦」という単語を耳にした途端、アーティーの顔つきがガラリと変わった。
「竜王選戦? あの?」
「そうだ。おまえの想像するままの竜王選戦だ」
「でも、あれは次期竜王を決める戦いでしょう? 今の竜王は健在のはず――まさか……」
「そのまさかだ。――イネスは今の竜王を殺した」
「! ああ……なんてことを……」
アーティーが目を伏せる。
颯太もレグジートの言葉に衝撃を受けた。
イネスは竜王選戦を始めるため、前竜王を殺した――つまり、意図的に竜王選戦を起こそうとしたのだ。
「私は前の竜王選戦の時、まだ生まれていなかったから竜王選戦がどのようなものかわからないのだけど……あなたはその時実際に戦いを目の当たりにしているのよね?」
「まあな……」
レグジートの顔色は冴えない。
竜人族ではないので、直接竜王選戦へ参加したわけではないのだろうが、それでも、あのような反応を示されてしまったら大体察しがつく。
レグジートが経験した前の竜王選戦の苛烈さ――その体験が、のちに竜王選戦をなくそうと宣言する行動へつながるのだろう。
「それで、用件は――大体読めるけど」
「その読み通りだろうな。……シャルルを育ててくれ」
レグジートは直球で要求を伝えた。
「私がこの子の世話を?」
「おまえにしか頼めないんだ」
「随分な言い草ね。それだと、まるで私が都合のいい女のように聞こえるけど?」
「や、けしてそのようなことは……」
あのレグジートがしどろもどろしている。
彼としても、自分のしているお願いが相当厄介で面倒なものだと自覚しているのだろう。それでも、
「この大事な役目を任せられるのはおまえしかいないんだ」
「あなたは何をするというの?」
「世界を回り、生存している竜人族たちへ事情を説明しに行く」
「説明を?」
「今この世界にいる竜人族たちはまだ皆若い。新しい竜王が人間によって封じ込まれてしまったからな。それに伴い、俺が臨時で竜王を務め、世界に散らばる竜人族たちへ警鐘を鳴らしにいく――竜王選戦をしないように、と」
「選戦をしないなんて……あれは本能がそうさせる戦いよ。いくらなでも、あなたが呼びかけたくらいで収まるとは思えないけれど」
「それでもやるしかない。それしか方法がない」
レグジートは追い込まれていた。
ドラゴンという種の保存という観点からすれば、戦い合って潰し合うというような愚行は避けたい。
それでも、戦闘能力全振りのような能力をもった竜人族たちからすれば、竜王になれる絶好の機会である今回の騒動を見逃すはずがない――レグジートの見回り旅には、そうした混乱に乗じて攻め入ろうとする輩を防ぐという意図も含まれていた。
「では、行ってくる。すまないが、留守を頼むぞ」
「ええ――気をつけて」
空へと羽ばたいていくレグジートを見送ったアーティーは、
「さあ、いらっしゃい。お昼寝の時間はもう終わりよ」
鼻で優しくシャルルを撫でて起こす。
「くああ~」と可愛らしい小さなあくびをして目尻に涙を溜めている姿を見ている、アーティーの顔はどこへ出しても恥ずかしくない母親の顔だった。
「まさかこんな形で子どもを授かることになるなんてね」
表面上は困ったように、だけども心の奥底では嬉しそうに――アーティーは幼いシャルルペトラを背に乗せて住処へと帰って行く。
――そして、再び場面展開が起きた。
颯太の前に現れたドラゴンは――
※多忙による体調不良で今週後半はお休みしていました。7月末までは続きそうなので今くらいのペース(2,3日に1回)の投稿になると思います。楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
爽やかな風が吹く森の中。
木々の間から漏れてくる陽光に照らされた2匹の大型ドラゴンは、お互いをジッと見つめたまま動かない。何やら言葉を交わしているようなので、颯太は2匹へと近づいてみる。
「おまえには苦労をかけるな、アーティー」
「何を今さら」
アーティーは柔らかく微笑んだ。
多くを語らなくても、レグジートが何を思い、今自分の目の前にいるのか――アーティーはそれを見抜いているようだった。
レグジートが視線を近くにある一際横幅の太い木へと移す。地面からせり出した根の部分をベッドにして寝息を立てるシャルルペトラがそこにはいた。
「あの子が……魔竜の子ね」
「ああ」
「あんなに小さいのに、体全体から恐ろしいくらいに魔力が溢れている……もし、あの凄まじい魔力を戦いのために使ったとしたら……」
「そうならないためにも、きちんと育てなくては」
「あなたが子育てを?」
アーティーは再び柔らかく笑う。
「むぅ……変か?」
「誰もが恐れる《戦竜》レグジートが子育て――その字面だけで大半のドラゴンは笑いをこらえるのに必死となるわ」
「そこまでか……」
レグジートとしても、そこまで言われて反論をしないということは、アーティーの言葉に少なからず心当たりがあるのだろう。
「彼女は――イネスはなぜそこまで人間を目の敵に?」
「さて、な……ただ、あいつの執着は人間だけにとどまらなかった」
「というと?」
「竜王選戦だ」
レグジートの発した「竜王選戦」という単語を耳にした途端、アーティーの顔つきがガラリと変わった。
「竜王選戦? あの?」
「そうだ。おまえの想像するままの竜王選戦だ」
「でも、あれは次期竜王を決める戦いでしょう? 今の竜王は健在のはず――まさか……」
「そのまさかだ。――イネスは今の竜王を殺した」
「! ああ……なんてことを……」
アーティーが目を伏せる。
颯太もレグジートの言葉に衝撃を受けた。
イネスは竜王選戦を始めるため、前竜王を殺した――つまり、意図的に竜王選戦を起こそうとしたのだ。
「私は前の竜王選戦の時、まだ生まれていなかったから竜王選戦がどのようなものかわからないのだけど……あなたはその時実際に戦いを目の当たりにしているのよね?」
「まあな……」
レグジートの顔色は冴えない。
竜人族ではないので、直接竜王選戦へ参加したわけではないのだろうが、それでも、あのような反応を示されてしまったら大体察しがつく。
レグジートが経験した前の竜王選戦の苛烈さ――その体験が、のちに竜王選戦をなくそうと宣言する行動へつながるのだろう。
「それで、用件は――大体読めるけど」
「その読み通りだろうな。……シャルルを育ててくれ」
レグジートは直球で要求を伝えた。
「私がこの子の世話を?」
「おまえにしか頼めないんだ」
「随分な言い草ね。それだと、まるで私が都合のいい女のように聞こえるけど?」
「や、けしてそのようなことは……」
あのレグジートがしどろもどろしている。
彼としても、自分のしているお願いが相当厄介で面倒なものだと自覚しているのだろう。それでも、
「この大事な役目を任せられるのはおまえしかいないんだ」
「あなたは何をするというの?」
「世界を回り、生存している竜人族たちへ事情を説明しに行く」
「説明を?」
「今この世界にいる竜人族たちはまだ皆若い。新しい竜王が人間によって封じ込まれてしまったからな。それに伴い、俺が臨時で竜王を務め、世界に散らばる竜人族たちへ警鐘を鳴らしにいく――竜王選戦をしないように、と」
「選戦をしないなんて……あれは本能がそうさせる戦いよ。いくらなでも、あなたが呼びかけたくらいで収まるとは思えないけれど」
「それでもやるしかない。それしか方法がない」
レグジートは追い込まれていた。
ドラゴンという種の保存という観点からすれば、戦い合って潰し合うというような愚行は避けたい。
それでも、戦闘能力全振りのような能力をもった竜人族たちからすれば、竜王になれる絶好の機会である今回の騒動を見逃すはずがない――レグジートの見回り旅には、そうした混乱に乗じて攻め入ろうとする輩を防ぐという意図も含まれていた。
「では、行ってくる。すまないが、留守を頼むぞ」
「ええ――気をつけて」
空へと羽ばたいていくレグジートを見送ったアーティーは、
「さあ、いらっしゃい。お昼寝の時間はもう終わりよ」
鼻で優しくシャルルを撫でて起こす。
「くああ~」と可愛らしい小さなあくびをして目尻に涙を溜めている姿を見ている、アーティーの顔はどこへ出しても恥ずかしくない母親の顔だった。
「まさかこんな形で子どもを授かることになるなんてね」
表面上は困ったように、だけども心の奥底では嬉しそうに――アーティーは幼いシャルルペトラを背に乗せて住処へと帰って行く。
――そして、再び場面展開が起きた。
颯太の前に現れたドラゴンは――
※多忙による体調不良で今週後半はお休みしていました。7月末までは続きそうなので今くらいのペース(2,3日に1回)の投稿になると思います。楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。