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【最終章③】魔竜討伐編
第227話 父と娘
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「あれは――レグジートさん?」
現れたのはレグジートであったが、その体はひどく傷ついており、とても弱っているように映った。その姿は、颯太がこの世界に来た直後に会った時とよく似ている。つまり、
「これは……俺がこの世界に来るほんのちょっと前の光景か」
恐らく、ここからそう遠くない未来――颯太とレグジートはあの森の中で出会うだろう。
「ぐうぅ……」
レグジートは呻き声をあげながら上体を起こす。バラバラと鱗を落としながら、数歩先に進んだところで再び体を地につけた。
どこかを目指して進んでいるようだが、そのスピードはお世辞にも速いとは言えず、正直人間が歩いた方が速いくらいだ。
それでも、その必死の形相から、レグジートが何かしらの重大な目的を持って傷ついた体に鞭を打ち、先へ進んでいるということがわかった。
「レグジートさん……」
颯太の言葉は届かない。
それは百も承知だ。
それでも、声をかけずにはいられなかった。
「無理をしないで……少し休みましょう」
この世界で――いや、人生で初めてできた「友だち」の体を心配する颯太。レグジートの最後を見届けたため、すでに死亡している事実を誰よりもわかっているが、それでも、今目の前にいるレグジートの体を心配していた。
そこへ、
「一度足を止めてください」
透き通るような美しさと力強さを感じさせる声。
少女の姿でありながら角と尻尾を生やしたその人物は、
「……君は?」
「実の娘の顔を忘れるなんてあんまりですよ――お父さん」
「お父さん? ……まさか」
レグジートの半分閉じかけていた瞳がカッと見開かれた。
「シャルルペトラなのか?」
「はい♪」
名前を呼ばれたシャルルはニッコリと満面の笑み。
キルカを吹っ飛ばした無表情のシャルルペトラしか知らない颯太はその無邪気な笑顔に衝撃を受けた。これが本来の――ランスローやメリナがよく知る智竜シャルルペトラの姿であるらしい。
「成長したな……父として喜ばしく思うぞ」
「私も、生きているうちに再会することができて嬉しいわ」
「そういえば、アーティーはどうした?」
「ああ……ちょっとケンカしちゃって……」
コメカミを指でかきながら、「えへへ」と申し訳なさそうに笑うシャルルペトラ。
こうして見ていると、本当に普通の少女なのだと感じる。
年齢はノエルたちよりも上に見える。メアがオロム城に登場した時に年齢が上がっていたようだが、今のシャルルペトラはそのメアよりも少し上で、キャロルに近いくらいか。
シャルルペトラは父であるレグジートの大きな顔にピッタリと体をくっつけてゆっくりと語り始める。
「お父さん……お母さんからいろいろと聞いたよ? ――本当の母親のこととか」
「! そうか……」
シャルルペトラの本当の母親――前竜王選戦の覇者である魔竜イネス。
秘めたる凶暴性による人間との正面衝突を恐れたレグジートと魔法使いキャディアによって封印された母親の話を、シャルルペトラは育ての親である結竜アーティーから聞いたようだった。
「シャルル……本当の母親に会いたいか?」
「本当の母親?」
レグジートの言葉に、シャルルペトラは首を傾げた。
「私のお母さんはお母さんだけだよ」
「そのお母さんというのは――アーティーのことか?」
「それ以外に誰がいるっていうの?」
きっぱりと断言するシャルルペトラを見たレグジート――その険しい顔つきは一変して柔らかくなり、大地を震わせるほどの大きな声で笑った。
「そうか。おまえの母親はアーティーだけか」
「聞くまでもないと思うんだけどな。――それよりもお父さん!」
「うん?」
「お母さんと別れた後、世界中を回っていろんなドラゴンと、その……子どもを作ったっていうのは本当なの?」
竜王選戦に参加する竜人族は竜王の子。
それは、颯太も知っていた。
つまり、レグジートは多くのドラゴンとの間に子どもを作ったというシャルルペトラの指摘はもっともな話なのだが、
「それは嘘だ」
レグジートはあっさりと否定した。
「え? 嘘?」
「全員が姉妹ということにしておけば……戦いを回避できる可能性がほんのちょっとでも上がるだろうと思ってな。世界を回り、竜人族の子を持つドラゴンにその旨を伝えていたのだ。おかげで体はもうボロボロだ」
「そうなんだ……」
シャルルペトラはホッと胸を撫で下ろしたようだった。
自分の父親があちこちに子どもを持っているなど、さすがに竜人族であっても許容できないものであるらしい。
「じゃあ、お父さんの誤解も解けたところで――これを預けるわ」
「? これは?」
シャルルペトラの両手が眩く光ったかと思うと、その腕に包まれるようにして光の球体が出現する。
颯太はその球体に見覚えがあった。
「あ、あれって……まさか!?」
「これはなんだ?」
レグジートがたずねると、シャルルはまたもニコッと微笑んで、
「竜の言霊よ」
そう言った。
「竜の言霊? ――あの伝説の竜の言霊か!?」
「そう……真の竜王しか持つことができないとされる竜の言霊を作ってみたの」
「つ、作った? ど、どうやって?」
「魔力をこうちょちょいっと練ってね」
シャルルペトラはいとも簡単に作ったふうに言うが、レグジートがポカンと口を半開きにしている様子から、シャルルペトラの口調に反して非常に難易度の高いものであることがうかがえた。
「し、しかし、竜の言霊を使って何をしようと」
「それをお父さんに預けるわ」
「え?」
「近いうちに、その竜の言霊を渡すに相応しい人物がお父さんの前に現れるはずだから、その人に竜の言霊を渡して」
「な、何を言っているんだ?」
レグジートはわけがわからないといった感じであったが、颯太にはその「竜の言霊を渡すに相応しい人物」に心当たりがあった。
「それってまさか――俺のことか!?」
現れたのはレグジートであったが、その体はひどく傷ついており、とても弱っているように映った。その姿は、颯太がこの世界に来た直後に会った時とよく似ている。つまり、
「これは……俺がこの世界に来るほんのちょっと前の光景か」
恐らく、ここからそう遠くない未来――颯太とレグジートはあの森の中で出会うだろう。
「ぐうぅ……」
レグジートは呻き声をあげながら上体を起こす。バラバラと鱗を落としながら、数歩先に進んだところで再び体を地につけた。
どこかを目指して進んでいるようだが、そのスピードはお世辞にも速いとは言えず、正直人間が歩いた方が速いくらいだ。
それでも、その必死の形相から、レグジートが何かしらの重大な目的を持って傷ついた体に鞭を打ち、先へ進んでいるということがわかった。
「レグジートさん……」
颯太の言葉は届かない。
それは百も承知だ。
それでも、声をかけずにはいられなかった。
「無理をしないで……少し休みましょう」
この世界で――いや、人生で初めてできた「友だち」の体を心配する颯太。レグジートの最後を見届けたため、すでに死亡している事実を誰よりもわかっているが、それでも、今目の前にいるレグジートの体を心配していた。
そこへ、
「一度足を止めてください」
透き通るような美しさと力強さを感じさせる声。
少女の姿でありながら角と尻尾を生やしたその人物は、
「……君は?」
「実の娘の顔を忘れるなんてあんまりですよ――お父さん」
「お父さん? ……まさか」
レグジートの半分閉じかけていた瞳がカッと見開かれた。
「シャルルペトラなのか?」
「はい♪」
名前を呼ばれたシャルルはニッコリと満面の笑み。
キルカを吹っ飛ばした無表情のシャルルペトラしか知らない颯太はその無邪気な笑顔に衝撃を受けた。これが本来の――ランスローやメリナがよく知る智竜シャルルペトラの姿であるらしい。
「成長したな……父として喜ばしく思うぞ」
「私も、生きているうちに再会することができて嬉しいわ」
「そういえば、アーティーはどうした?」
「ああ……ちょっとケンカしちゃって……」
コメカミを指でかきながら、「えへへ」と申し訳なさそうに笑うシャルルペトラ。
こうして見ていると、本当に普通の少女なのだと感じる。
年齢はノエルたちよりも上に見える。メアがオロム城に登場した時に年齢が上がっていたようだが、今のシャルルペトラはそのメアよりも少し上で、キャロルに近いくらいか。
シャルルペトラは父であるレグジートの大きな顔にピッタリと体をくっつけてゆっくりと語り始める。
「お父さん……お母さんからいろいろと聞いたよ? ――本当の母親のこととか」
「! そうか……」
シャルルペトラの本当の母親――前竜王選戦の覇者である魔竜イネス。
秘めたる凶暴性による人間との正面衝突を恐れたレグジートと魔法使いキャディアによって封印された母親の話を、シャルルペトラは育ての親である結竜アーティーから聞いたようだった。
「シャルル……本当の母親に会いたいか?」
「本当の母親?」
レグジートの言葉に、シャルルペトラは首を傾げた。
「私のお母さんはお母さんだけだよ」
「そのお母さんというのは――アーティーのことか?」
「それ以外に誰がいるっていうの?」
きっぱりと断言するシャルルペトラを見たレグジート――その険しい顔つきは一変して柔らかくなり、大地を震わせるほどの大きな声で笑った。
「そうか。おまえの母親はアーティーだけか」
「聞くまでもないと思うんだけどな。――それよりもお父さん!」
「うん?」
「お母さんと別れた後、世界中を回っていろんなドラゴンと、その……子どもを作ったっていうのは本当なの?」
竜王選戦に参加する竜人族は竜王の子。
それは、颯太も知っていた。
つまり、レグジートは多くのドラゴンとの間に子どもを作ったというシャルルペトラの指摘はもっともな話なのだが、
「それは嘘だ」
レグジートはあっさりと否定した。
「え? 嘘?」
「全員が姉妹ということにしておけば……戦いを回避できる可能性がほんのちょっとでも上がるだろうと思ってな。世界を回り、竜人族の子を持つドラゴンにその旨を伝えていたのだ。おかげで体はもうボロボロだ」
「そうなんだ……」
シャルルペトラはホッと胸を撫で下ろしたようだった。
自分の父親があちこちに子どもを持っているなど、さすがに竜人族であっても許容できないものであるらしい。
「じゃあ、お父さんの誤解も解けたところで――これを預けるわ」
「? これは?」
シャルルペトラの両手が眩く光ったかと思うと、その腕に包まれるようにして光の球体が出現する。
颯太はその球体に見覚えがあった。
「あ、あれって……まさか!?」
「これはなんだ?」
レグジートがたずねると、シャルルはまたもニコッと微笑んで、
「竜の言霊よ」
そう言った。
「竜の言霊? ――あの伝説の竜の言霊か!?」
「そう……真の竜王しか持つことができないとされる竜の言霊を作ってみたの」
「つ、作った? ど、どうやって?」
「魔力をこうちょちょいっと練ってね」
シャルルペトラはいとも簡単に作ったふうに言うが、レグジートがポカンと口を半開きにしている様子から、シャルルペトラの口調に反して非常に難易度の高いものであることがうかがえた。
「し、しかし、竜の言霊を使って何をしようと」
「それをお父さんに預けるわ」
「え?」
「近いうちに、その竜の言霊を渡すに相応しい人物がお父さんの前に現れるはずだから、その人に竜の言霊を渡して」
「な、何を言っているんだ?」
レグジートはわけがわからないといった感じであったが、颯太にはその「竜の言霊を渡すに相応しい人物」に心当たりがあった。
「それってまさか――俺のことか!?」
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