おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章③】魔竜討伐編

第229話  抵抗

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「協力だと!?」

 憤慨する颯太。
 何がどう狂ったとしても、イネスの野望に加担するようなマネはしない。これまでの会話の流れから、イネスもそれはわかっているはずだ。それなのになぜそんな質問を――

「っっ!?」

 颯太が閃いた直後に、強烈な頭痛が襲って来た。
 こちらの願いが聞き入れられないと知ったイネスが次に取る行動――それは容易に想像がついた。きっと、ランスローやシャルルに使った手と同じだろう。

「俺を……どうする気だ……」
「あなた自身にはそれほど興味も関心もないけれど――あなたに宿るその力は利用価値が大いにありそうね」
「俺の力……」

 即ち――竜の言霊か。

「それを譲ってくれるというなら……あなたを元の世界へ帰してあげてもいいのよ?」
「!?」

 一瞬、心が揺らいだ颯太であったが――呑めるわけがない条件だ。
 仮に颯太が元の世界に帰ったところで、こちらの世界はどうなる。
 
「断る!」

 力を振り絞って、颯太は叫ぶ。

「なら仕方がないわね。当初の予定通り――ランスローたちと同じ道を辿ってもらうとしようかしら」
「ぐおあっ!?」

 魔竜イネスによる洗脳魔法。
 怪しく光る黄金色の瞳が、颯太の頭の中をかき乱す。

「おあっ……ああぁ……」

 全身がバラバラになっていくような錯覚――これまでにない感覚に襲われる颯太は、なんとか抵抗しようと歯を食いしばって耐えるが、やがてその抵抗も弱まっていき、その場に膝から崩れ落ちた。

「精神力だけで正気を保てるのなら、ランスローやシャルルは私の言いなりになることはなかったでしょうね」

 颯太の抵抗を嘲笑うように、イネスは魔力でねじ伏せていく。

「シャルルが別の世界から呼んだ人間だというから何かあるのではと期待したけれど……ここまでのようね」
「! ……やはり……シャルルペトラが……」
「大方、レグジートが死んだ後で私の封印が解けた場合の対策としてあなたを呼び寄せたのでしょうけど」
「なぜ……そんなことを……」
「竜人族と人間を結びつけるためでしょうね。竜騎士団なんてものを組織しているようだけれど、属している竜人族の数はたかが知れている――現状の戦力では勝ち目がないから、人間と竜人族がもっと協力し合えるように、竜の言霊をあなたに授けるようレグジートに言い残していったんじゃないかしら」
「……俺にそんな大層なマネができるわけ――」
「現にできているじゃない」

 イネスはそう言うと、颯太の目の前にある映像を流した。

 映し出されていたのは――


 銀竜メアンガルド。
 歌竜ノエルバッツ。
 影竜トリストン。


 皆、リンスウッド・ファームの竜人族だった。

「短期間に3匹の竜人族をハルヴァにもたらしたあなたの功績は勲章ものよ?」
「…………」

 実感はない。
 この世界で生きていくために――この世界での居場所を掴むために必死だった。国家戦力だとか、勲章だとか、地位とか名誉とか、そんなものは何も頭になかった。

 困っていた自分に手を差し伸べてくれたキャロル。そのキャロルが、父から受け継ぎ大切にしているリンスウッド・ファームを救うため、ハドリーの提案に乗ってメアの説得へと向かった。

 そこから始まった颯太の異世界生活。
 

 ソランでの内乱。
 ハルヴァ舞踏会。
 禁竜教の襲撃。
 ペルゼミネ遠征。
 外交局の闇。


 さまざまな出来事を通して、颯太はこの世界を知り、多くの人との出会いを経て今に至る。
 この廃界へ来たのだって、人々を苦しめている魔族を討伐するためだ。
 命の危険を承知の上で、颯太はここ廃界へとやって来たのだ。

 ――ここでイネスに屈するわけにはいかない。

「ぐっ、おっ、おぉ!」
「あら?」

 グッと足に力を入れて、颯太は立ち上がった。

「……しぶといわね」

 わずかにイネスの表情が曇る。
 竜の言霊を有しているとはいえ、よもやここまで粘られるとは思わなかった。あのシャルルペトラでさえ、もうとっくに精神を支配し終えている時間――にも関わらず、颯太の精神は未だ健在。それどころか、その瞳に宿る輝きは増しているようにさえ感じる。

「これも竜の言霊による力? ……いえ、あれはあくまでもシャルルが作った紛い物。そこまでの効果があるなんて思えない」

 だとしたらなんだ?
 何がこの男を――高峰颯太を支えている?

 言い知れぬ「恐怖」が、イネスの胸中に渦巻き始めた。

「はあ、はあ、はあ……」

 息も絶え絶えに、立ち上がった颯太はギロリとイネスを睨む。

「おまえに操られてたまるか……俺は……みんなと暮らすこの世界を守るためにここまで来たんだ……」
「威勢は見事ね。――だけど、さすがにもう限界じゃないかしら?」

 屈しない颯太に苛立ちを覚え始めたイネスは魔力を強め、力で颯太を屈服しにかかる。これまで、自分の魔力に屈しなかった者はいない。キャディアを相手にした際は後れを取ってしまったが、もう二度とあのような過ちは繰り返さない。

 竜王に返り咲くという野望のため――魔竜イネスは颯太へと襲いかかる。

「シャルルとレグジートの思惑通り、あなたはこの世界に来てドラゴンと人間の関係を良好にさせていった。けれど、それもこれでおしまいね」
「あぐっ!? くぅ……」

 颯太の抵抗が明らかに弱まった。
 強く握られていた拳は解かれ、その腕はだらりと力なく垂れ下がっている。

「聖女から魔力を奪ったおかげでより強力な洗脳魔法をかけられる……あの子には感謝しないといけないわね」

 抵抗を続けていた颯太であったが、イネスの魔力の前にとうとう瞳を閉じてしまう。

「ここまで――なのか」

 深いまどろみに沈みゆく颯太の意識――そこへ、


「―――――」


 声がした。
 遠くて聞き取りづらい小さな声だが、たしかに聞こえる。

「誰……だ?」

 風前の灯となった意識が、そのわずかに届く声にしがみつく。
 

「――た」

 
 徐々にその声は大きくなっていき、


「ソータ!」


 ぼやけた視界を斬り裂いて、失いかかっていた颯太の意識を救い出した。

 メアだ。
 メアの声だ。
 

「メア!」


 颯太は最後の力を振り絞って手を伸ばす。
 未だにハッキリと視認はできないが、それでも、メアの声を頼りにして力いっぱい腕を伸ばした。

 そして――

 バリン! 

 まるでガラス細工を砕いたかのように、目の前の光景が粉微塵に吹っ飛んだ。
 何が起きたのかと認識する前に、颯太の視界には一変した景色が広がっていた。
 そこは紛れもなくオロム城――颯太たちがイネスと遭遇したあの部屋だった。

「戻って……来たのか?」

 イネスの呪縛を打ち破った颯太は現実世界へと戻ってきていた。
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