209 / 246
【最終章③】魔竜討伐編
第229話 抵抗
しおりを挟む
「協力だと!?」
憤慨する颯太。
何がどう狂ったとしても、イネスの野望に加担するようなマネはしない。これまでの会話の流れから、イネスもそれはわかっているはずだ。それなのになぜそんな質問を――
「っっ!?」
颯太が閃いた直後に、強烈な頭痛が襲って来た。
こちらの願いが聞き入れられないと知ったイネスが次に取る行動――それは容易に想像がついた。きっと、ランスローやシャルルに使った手と同じだろう。
「俺を……どうする気だ……」
「あなた自身にはそれほど興味も関心もないけれど――あなたに宿るその力は利用価値が大いにありそうね」
「俺の力……」
即ち――竜の言霊か。
「それを譲ってくれるというなら……あなたを元の世界へ帰してあげてもいいのよ?」
「!?」
一瞬、心が揺らいだ颯太であったが――呑めるわけがない条件だ。
仮に颯太が元の世界に帰ったところで、こちらの世界はどうなる。
「断る!」
力を振り絞って、颯太は叫ぶ。
「なら仕方がないわね。当初の予定通り――ランスローたちと同じ道を辿ってもらうとしようかしら」
「ぐおあっ!?」
魔竜イネスによる洗脳魔法。
怪しく光る黄金色の瞳が、颯太の頭の中をかき乱す。
「おあっ……ああぁ……」
全身がバラバラになっていくような錯覚――これまでにない感覚に襲われる颯太は、なんとか抵抗しようと歯を食いしばって耐えるが、やがてその抵抗も弱まっていき、その場に膝から崩れ落ちた。
「精神力だけで正気を保てるのなら、ランスローやシャルルは私の言いなりになることはなかったでしょうね」
颯太の抵抗を嘲笑うように、イネスは魔力でねじ伏せていく。
「シャルルが別の世界から呼んだ人間だというから何かあるのではと期待したけれど……ここまでのようね」
「! ……やはり……シャルルペトラが……」
「大方、レグジートが死んだ後で私の封印が解けた場合の対策としてあなたを呼び寄せたのでしょうけど」
「なぜ……そんなことを……」
「竜人族と人間を結びつけるためでしょうね。竜騎士団なんてものを組織しているようだけれど、属している竜人族の数はたかが知れている――現状の戦力では勝ち目がないから、人間と竜人族がもっと協力し合えるように、竜の言霊をあなたに授けるようレグジートに言い残していったんじゃないかしら」
「……俺にそんな大層なマネができるわけ――」
「現にできているじゃない」
イネスはそう言うと、颯太の目の前にある映像を流した。
映し出されていたのは――
銀竜メアンガルド。
歌竜ノエルバッツ。
影竜トリストン。
皆、リンスウッド・ファームの竜人族だった。
「短期間に3匹の竜人族をハルヴァにもたらしたあなたの功績は勲章ものよ?」
「…………」
実感はない。
この世界で生きていくために――この世界での居場所を掴むために必死だった。国家戦力だとか、勲章だとか、地位とか名誉とか、そんなものは何も頭になかった。
困っていた自分に手を差し伸べてくれたキャロル。そのキャロルが、父から受け継ぎ大切にしているリンスウッド・ファームを救うため、ハドリーの提案に乗ってメアの説得へと向かった。
そこから始まった颯太の異世界生活。
ソランでの内乱。
ハルヴァ舞踏会。
禁竜教の襲撃。
ペルゼミネ遠征。
外交局の闇。
さまざまな出来事を通して、颯太はこの世界を知り、多くの人との出会いを経て今に至る。
この廃界へ来たのだって、人々を苦しめている魔族を討伐するためだ。
命の危険を承知の上で、颯太はここ廃界へとやって来たのだ。
――ここでイネスに屈するわけにはいかない。
「ぐっ、おっ、おぉ!」
「あら?」
グッと足に力を入れて、颯太は立ち上がった。
「……しぶといわね」
わずかにイネスの表情が曇る。
竜の言霊を有しているとはいえ、よもやここまで粘られるとは思わなかった。あのシャルルペトラでさえ、もうとっくに精神を支配し終えている時間――にも関わらず、颯太の精神は未だ健在。それどころか、その瞳に宿る輝きは増しているようにさえ感じる。
「これも竜の言霊による力? ……いえ、あれはあくまでもシャルルが作った紛い物。そこまでの効果があるなんて思えない」
だとしたらなんだ?
何がこの男を――高峰颯太を支えている?
言い知れぬ「恐怖」が、イネスの胸中に渦巻き始めた。
「はあ、はあ、はあ……」
息も絶え絶えに、立ち上がった颯太はギロリとイネスを睨む。
「おまえに操られてたまるか……俺は……みんなと暮らすこの世界を守るためにここまで来たんだ……」
「威勢は見事ね。――だけど、さすがにもう限界じゃないかしら?」
屈しない颯太に苛立ちを覚え始めたイネスは魔力を強め、力で颯太を屈服しにかかる。これまで、自分の魔力に屈しなかった者はいない。キャディアを相手にした際は後れを取ってしまったが、もう二度とあのような過ちは繰り返さない。
竜王に返り咲くという野望のため――魔竜イネスは颯太へと襲いかかる。
「シャルルとレグジートの思惑通り、あなたはこの世界に来てドラゴンと人間の関係を良好にさせていった。けれど、それもこれでおしまいね」
「あぐっ!? くぅ……」
颯太の抵抗が明らかに弱まった。
強く握られていた拳は解かれ、その腕はだらりと力なく垂れ下がっている。
「聖女から魔力を奪ったおかげでより強力な洗脳魔法をかけられる……あの子には感謝しないといけないわね」
抵抗を続けていた颯太であったが、イネスの魔力の前にとうとう瞳を閉じてしまう。
「ここまで――なのか」
深いまどろみに沈みゆく颯太の意識――そこへ、
「―――――」
声がした。
遠くて聞き取りづらい小さな声だが、たしかに聞こえる。
「誰……だ?」
風前の灯となった意識が、そのわずかに届く声にしがみつく。
「――た」
徐々にその声は大きくなっていき、
「ソータ!」
ぼやけた視界を斬り裂いて、失いかかっていた颯太の意識を救い出した。
メアだ。
メアの声だ。
「メア!」
颯太は最後の力を振り絞って手を伸ばす。
未だにハッキリと視認はできないが、それでも、メアの声を頼りにして力いっぱい腕を伸ばした。
そして――
バリン!
まるでガラス細工を砕いたかのように、目の前の光景が粉微塵に吹っ飛んだ。
何が起きたのかと認識する前に、颯太の視界には一変した景色が広がっていた。
そこは紛れもなくオロム城――颯太たちがイネスと遭遇したあの部屋だった。
「戻って……来たのか?」
イネスの呪縛を打ち破った颯太は現実世界へと戻ってきていた。
憤慨する颯太。
何がどう狂ったとしても、イネスの野望に加担するようなマネはしない。これまでの会話の流れから、イネスもそれはわかっているはずだ。それなのになぜそんな質問を――
「っっ!?」
颯太が閃いた直後に、強烈な頭痛が襲って来た。
こちらの願いが聞き入れられないと知ったイネスが次に取る行動――それは容易に想像がついた。きっと、ランスローやシャルルに使った手と同じだろう。
「俺を……どうする気だ……」
「あなた自身にはそれほど興味も関心もないけれど――あなたに宿るその力は利用価値が大いにありそうね」
「俺の力……」
即ち――竜の言霊か。
「それを譲ってくれるというなら……あなたを元の世界へ帰してあげてもいいのよ?」
「!?」
一瞬、心が揺らいだ颯太であったが――呑めるわけがない条件だ。
仮に颯太が元の世界に帰ったところで、こちらの世界はどうなる。
「断る!」
力を振り絞って、颯太は叫ぶ。
「なら仕方がないわね。当初の予定通り――ランスローたちと同じ道を辿ってもらうとしようかしら」
「ぐおあっ!?」
魔竜イネスによる洗脳魔法。
怪しく光る黄金色の瞳が、颯太の頭の中をかき乱す。
「おあっ……ああぁ……」
全身がバラバラになっていくような錯覚――これまでにない感覚に襲われる颯太は、なんとか抵抗しようと歯を食いしばって耐えるが、やがてその抵抗も弱まっていき、その場に膝から崩れ落ちた。
「精神力だけで正気を保てるのなら、ランスローやシャルルは私の言いなりになることはなかったでしょうね」
颯太の抵抗を嘲笑うように、イネスは魔力でねじ伏せていく。
「シャルルが別の世界から呼んだ人間だというから何かあるのではと期待したけれど……ここまでのようね」
「! ……やはり……シャルルペトラが……」
「大方、レグジートが死んだ後で私の封印が解けた場合の対策としてあなたを呼び寄せたのでしょうけど」
「なぜ……そんなことを……」
「竜人族と人間を結びつけるためでしょうね。竜騎士団なんてものを組織しているようだけれど、属している竜人族の数はたかが知れている――現状の戦力では勝ち目がないから、人間と竜人族がもっと協力し合えるように、竜の言霊をあなたに授けるようレグジートに言い残していったんじゃないかしら」
「……俺にそんな大層なマネができるわけ――」
「現にできているじゃない」
イネスはそう言うと、颯太の目の前にある映像を流した。
映し出されていたのは――
銀竜メアンガルド。
歌竜ノエルバッツ。
影竜トリストン。
皆、リンスウッド・ファームの竜人族だった。
「短期間に3匹の竜人族をハルヴァにもたらしたあなたの功績は勲章ものよ?」
「…………」
実感はない。
この世界で生きていくために――この世界での居場所を掴むために必死だった。国家戦力だとか、勲章だとか、地位とか名誉とか、そんなものは何も頭になかった。
困っていた自分に手を差し伸べてくれたキャロル。そのキャロルが、父から受け継ぎ大切にしているリンスウッド・ファームを救うため、ハドリーの提案に乗ってメアの説得へと向かった。
そこから始まった颯太の異世界生活。
ソランでの内乱。
ハルヴァ舞踏会。
禁竜教の襲撃。
ペルゼミネ遠征。
外交局の闇。
さまざまな出来事を通して、颯太はこの世界を知り、多くの人との出会いを経て今に至る。
この廃界へ来たのだって、人々を苦しめている魔族を討伐するためだ。
命の危険を承知の上で、颯太はここ廃界へとやって来たのだ。
――ここでイネスに屈するわけにはいかない。
「ぐっ、おっ、おぉ!」
「あら?」
グッと足に力を入れて、颯太は立ち上がった。
「……しぶといわね」
わずかにイネスの表情が曇る。
竜の言霊を有しているとはいえ、よもやここまで粘られるとは思わなかった。あのシャルルペトラでさえ、もうとっくに精神を支配し終えている時間――にも関わらず、颯太の精神は未だ健在。それどころか、その瞳に宿る輝きは増しているようにさえ感じる。
「これも竜の言霊による力? ……いえ、あれはあくまでもシャルルが作った紛い物。そこまでの効果があるなんて思えない」
だとしたらなんだ?
何がこの男を――高峰颯太を支えている?
言い知れぬ「恐怖」が、イネスの胸中に渦巻き始めた。
「はあ、はあ、はあ……」
息も絶え絶えに、立ち上がった颯太はギロリとイネスを睨む。
「おまえに操られてたまるか……俺は……みんなと暮らすこの世界を守るためにここまで来たんだ……」
「威勢は見事ね。――だけど、さすがにもう限界じゃないかしら?」
屈しない颯太に苛立ちを覚え始めたイネスは魔力を強め、力で颯太を屈服しにかかる。これまで、自分の魔力に屈しなかった者はいない。キャディアを相手にした際は後れを取ってしまったが、もう二度とあのような過ちは繰り返さない。
竜王に返り咲くという野望のため――魔竜イネスは颯太へと襲いかかる。
「シャルルとレグジートの思惑通り、あなたはこの世界に来てドラゴンと人間の関係を良好にさせていった。けれど、それもこれでおしまいね」
「あぐっ!? くぅ……」
颯太の抵抗が明らかに弱まった。
強く握られていた拳は解かれ、その腕はだらりと力なく垂れ下がっている。
「聖女から魔力を奪ったおかげでより強力な洗脳魔法をかけられる……あの子には感謝しないといけないわね」
抵抗を続けていた颯太であったが、イネスの魔力の前にとうとう瞳を閉じてしまう。
「ここまで――なのか」
深いまどろみに沈みゆく颯太の意識――そこへ、
「―――――」
声がした。
遠くて聞き取りづらい小さな声だが、たしかに聞こえる。
「誰……だ?」
風前の灯となった意識が、そのわずかに届く声にしがみつく。
「――た」
徐々にその声は大きくなっていき、
「ソータ!」
ぼやけた視界を斬り裂いて、失いかかっていた颯太の意識を救い出した。
メアだ。
メアの声だ。
「メア!」
颯太は最後の力を振り絞って手を伸ばす。
未だにハッキリと視認はできないが、それでも、メアの声を頼りにして力いっぱい腕を伸ばした。
そして――
バリン!
まるでガラス細工を砕いたかのように、目の前の光景が粉微塵に吹っ飛んだ。
何が起きたのかと認識する前に、颯太の視界には一変した景色が広がっていた。
そこは紛れもなくオロム城――颯太たちがイネスと遭遇したあの部屋だった。
「戻って……来たのか?」
イネスの呪縛を打ち破った颯太は現実世界へと戻ってきていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。