おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章③】魔竜討伐編

第233話  聖戦の幕開け

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 ブリギッテによる診断では、とりあえずシャルルペトラに異常は見られないという結果がくだされた。

 つまり――正常な、本来のシャルルペトラへと完全復活を果たしていた。

「シャルル……」

 感激に打ち震えるランスローとメリナ。
 だが、事態は一刻を争うほど逼迫していた。

「王子たちには悪いが、感動の再会を祝う抱擁は後回しだ。――先にイネスを倒さないと」
「ええ、わかっていますよ」

 洗脳が解けた直後とは思えないほどに、シャルルペトラは冷静だった。

「あの大きさは魔竜イネスの驕りそのもの。強大な魔力が暴走している証なのです」
「魔力の暴走か……」

 ミラルダは顎を撫でながら納得したように呟いた。

「ヤツが聖女をかっさらっていったのはあの体を保つため、か」
「鋭いですね。正解です」
「体を保つ?」

 ミラルダは納得したようだが、ルコードや多くの騎士たちは話が呑み込めていないようだった。なので、ミラルダが改めて説明をする。

「あいつの――魔竜イネスの巨体は作り物だ」
「作り物? 本体ではないということですか?」
「本体であるのは間違いない……だが、最初からあのサイズじゃないってことだ」
「なるほど……特異な成長を遂げたわけではなく、魔力によって生み出されたわけですね」
「そういうこった。ただ、魔力ってのは無限に湧き出てくる便利な代物じゃねぇ。足りなくなったら供給する必要がある」
「聖女シャオはその供給係りとして選ばれた……」
「今回が初犯じゃないはずだ。今回は大富豪の娘ってことで注目を集めたが、恐らく過去にも行方不明になっている者の中に、魔力を秘めた者がいて――」
「魔竜の餌食に……」

 ミラルダは静かに頷いた。

「魔力を持った人間をさらい、魔族を生み出し、この世界に恐怖をばらまく根源――ここでヤツの息の根を止めなければ、人類や亜人に明日はない」
「しかし……なぜイネスはそこまで……彼女の目的がまるで見えてこない」
「目的などありません」

 男ふたりの会話に、シャルルが割って入る。

「目的がない?」
「そうです。――あるとすれば、己の生存のため」
「己の生存……」
「前竜王選戦で勝ち残ったイネスは自身の力に大きな自信を持った。世界を統べるのは自身であり、我が物顔で世界に君臨する人間ではない、と」

 シャルルの落ち着いた口ぶりは強い説得力を感じさせた。
 同時に、イネスの魂胆が読めた。
 

「ギャオオオオオオッ!」


 怒りの咆哮が、真昼なのに薄暗い空を震わせた。 
 
 イネスは狂っている。
 
 己の力に。 
 己の野望に。

 そのためには実の娘であるシャルルペトラさえ利用しようとした。

「私が……イネスを討ちます」
「シャルルペトラ……しかし、イネスは君の母親だろ?」
「私の母は結竜アーティー――ただ1匹です」

 力尽きて横たわっているアーティーへ視線を移しながら、シャルルペトラは堂々と胸を張って言いきった。そして、動きの取れない母アーティーのそばへと行き、その顔へそっと優しく体を寄せた。

「行ってきます――お母さん」
「ああ……シャルル……」

 アーティーの目尻から涙がこぼれる。
 レグジートからの願いを受けて育てたシャルルペトラ――だが、アーティーはそんなシャルルペトラを完全に実子として育てていた。たとえ将来真実を知り、自分のもとを離れることになったとしても、それでも、アーティーはシャルルペトラを生涯自分の子どもだと思い続けただろう。

 ――だが、その気持ちはシャルルペトラを同じだった。

 実の母竜であるイネスではなく、アーティーを母だと断言したのだ。

「ごめんね、シャルル……本当はあなたを洗脳していたイネスに噛みついてやりたいところだけど……私はしばらく動けそうにないわ」
「大丈夫よ、母さん。その代りに、私が噛みついて来るから」

 母と娘のやりとりを目の当たりにしていたルコードの目にも涙が浮かんでいた。
 アーティーの言葉は理解できないが、シャルルの言葉はわかるので、お互いがどんな会話をしているのか大体察しがつく。

 ルコードは剣を取り、高々と天に掲げた。


「諸君!!!」


 その場にいるすべての竜騎士たちへ向けて、ルコードは叫んだ。

「これより我らは最後の聖戦へと突入する! 愛する者たちのため、その命を燃やす時が来たのだ!」

 騎士たちは震え上がった。
 恐怖からではない。
 心の奥底から湧き上がってくる闘争心がそうさせていた。

「さすがはペルゼミネの騎士団長だけはあるな……」

 そう評したのは――シャルルたちよりも少し遠くの位置に立ち、愛竜であるイリウスに跨ったハドリーだった。
 その横ではシュードをはじめとするリンスウッド分団のメンバーが揃っている。

「聞け――シュード! アイク! ガーバン! オルノス! 騎士としてこれ以上の舞台はないぞ! 心してかかれ! けして死に花を咲かそうなどとは思うな!」
「「「「はっ!」」」」

 次代を担う若き竜騎士たちへ、ハドリーは檄を飛ばす。その後ろからは、

「パウルよ……ワシはきっと、この瞬間を迎えるためにこれまで生きていたのだなと思えてきたよ」
「奇遇ですね、ドルー騎士団長……私も同じ気持ちです」

 あとから合流したソラン王国のドルーとパウルも同じように覚悟を決めていた。さらに、西側を陣取っていた騎士団からは、
 
「マシュー竜医、あなたは後方へ下がってください。あとは我ら竜騎士団が戦います」
「ちょっと、ここまで来てそんな野暮なことは言いっこなしよ。――最後の最後まで付き合わせてもらうわ」

 ペルゼミネの竜医――マシュー・マクレイグも臨戦態勢に入っていた。
 そして、

「ソータ……」

 城を破壊しながらさらに巨大化していくイネスを見つめながら、今にも泣き出しそうな顔をしているブリギッテ。

「信じている……この戦いに勝利することを」

 すぐ近くで、高峰颯太と共に自分の戦いを続けてきたブリギッテにはよくわかっていた。
 きっと、高峰颯太がいなければ、人々はここまで希望を持たなかったろう。
 暴走したイネスに食い殺され、世界は滅んでいたかもしれない。

 すべては、高峰颯太が現れてから変わり始めた。

「剣の扱いもろくに知らない戦闘素人なのに、この場で誰からも頼られる存在――本当に……変な人ね」

 この期に及んで笑みがこぼれてくる。
 劣勢の最中にあり、とても笑えるような状況じゃないのに。
 ブリギッテの頬は緩んだのだ。

「いくぞ!」

 そんな中で、ルコードが号令を発し、竜騎士たちが進軍していく。
 城から脱出しただろう高峰颯太の部隊と合流し、イネスとの決着をつけるために。
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