213 / 246
【最終章③】魔竜討伐編
第233話 聖戦の幕開け
しおりを挟む
ブリギッテによる診断では、とりあえずシャルルペトラに異常は見られないという結果がくだされた。
つまり――正常な、本来のシャルルペトラへと完全復活を果たしていた。
「シャルル……」
感激に打ち震えるランスローとメリナ。
だが、事態は一刻を争うほど逼迫していた。
「王子たちには悪いが、感動の再会を祝う抱擁は後回しだ。――先にイネスを倒さないと」
「ええ、わかっていますよ」
洗脳が解けた直後とは思えないほどに、シャルルペトラは冷静だった。
「あの大きさは魔竜イネスの驕りそのもの。強大な魔力が暴走している証なのです」
「魔力の暴走か……」
ミラルダは顎を撫でながら納得したように呟いた。
「ヤツが聖女をかっさらっていったのはあの体を保つため、か」
「鋭いですね。正解です」
「体を保つ?」
ミラルダは納得したようだが、ルコードや多くの騎士たちは話が呑み込めていないようだった。なので、ミラルダが改めて説明をする。
「あいつの――魔竜イネスの巨体は作り物だ」
「作り物? 本体ではないということですか?」
「本体であるのは間違いない……だが、最初からあのサイズじゃないってことだ」
「なるほど……特異な成長を遂げたわけではなく、魔力によって生み出されたわけですね」
「そういうこった。ただ、魔力ってのは無限に湧き出てくる便利な代物じゃねぇ。足りなくなったら供給する必要がある」
「聖女シャオはその供給係りとして選ばれた……」
「今回が初犯じゃないはずだ。今回は大富豪の娘ってことで注目を集めたが、恐らく過去にも行方不明になっている者の中に、魔力を秘めた者がいて――」
「魔竜の餌食に……」
ミラルダは静かに頷いた。
「魔力を持った人間をさらい、魔族を生み出し、この世界に恐怖をばらまく根源――ここでヤツの息の根を止めなければ、人類や亜人に明日はない」
「しかし……なぜイネスはそこまで……彼女の目的がまるで見えてこない」
「目的などありません」
男ふたりの会話に、シャルルが割って入る。
「目的がない?」
「そうです。――あるとすれば、己の生存のため」
「己の生存……」
「前竜王選戦で勝ち残ったイネスは自身の力に大きな自信を持った。世界を統べるのは自身であり、我が物顔で世界に君臨する人間ではない、と」
シャルルの落ち着いた口ぶりは強い説得力を感じさせた。
同時に、イネスの魂胆が読めた。
「ギャオオオオオオッ!」
怒りの咆哮が、真昼なのに薄暗い空を震わせた。
イネスは狂っている。
己の力に。
己の野望に。
そのためには実の娘であるシャルルペトラさえ利用しようとした。
「私が……イネスを討ちます」
「シャルルペトラ……しかし、イネスは君の母親だろ?」
「私の母は結竜アーティー――ただ1匹です」
力尽きて横たわっているアーティーへ視線を移しながら、シャルルペトラは堂々と胸を張って言いきった。そして、動きの取れない母アーティーのそばへと行き、その顔へそっと優しく体を寄せた。
「行ってきます――お母さん」
「ああ……シャルル……」
アーティーの目尻から涙がこぼれる。
レグジートからの願いを受けて育てたシャルルペトラ――だが、アーティーはそんなシャルルペトラを完全に実子として育てていた。たとえ将来真実を知り、自分のもとを離れることになったとしても、それでも、アーティーはシャルルペトラを生涯自分の子どもだと思い続けただろう。
――だが、その気持ちはシャルルペトラを同じだった。
実の母竜であるイネスではなく、アーティーを母だと断言したのだ。
「ごめんね、シャルル……本当はあなたを洗脳していたイネスに噛みついてやりたいところだけど……私はしばらく動けそうにないわ」
「大丈夫よ、母さん。その代りに、私が噛みついて来るから」
母と娘のやりとりを目の当たりにしていたルコードの目にも涙が浮かんでいた。
アーティーの言葉は理解できないが、シャルルの言葉はわかるので、お互いがどんな会話をしているのか大体察しがつく。
ルコードは剣を取り、高々と天に掲げた。
「諸君!!!」
その場にいるすべての竜騎士たちへ向けて、ルコードは叫んだ。
「これより我らは最後の聖戦へと突入する! 愛する者たちのため、その命を燃やす時が来たのだ!」
騎士たちは震え上がった。
恐怖からではない。
心の奥底から湧き上がってくる闘争心がそうさせていた。
「さすがはペルゼミネの騎士団長だけはあるな……」
そう評したのは――シャルルたちよりも少し遠くの位置に立ち、愛竜であるイリウスに跨ったハドリーだった。
その横ではシュードをはじめとするリンスウッド分団のメンバーが揃っている。
「聞け――シュード! アイク! ガーバン! オルノス! 騎士としてこれ以上の舞台はないぞ! 心してかかれ! けして死に花を咲かそうなどとは思うな!」
「「「「はっ!」」」」
次代を担う若き竜騎士たちへ、ハドリーは檄を飛ばす。その後ろからは、
「パウルよ……ワシはきっと、この瞬間を迎えるためにこれまで生きていたのだなと思えてきたよ」
「奇遇ですね、ドルー騎士団長……私も同じ気持ちです」
あとから合流したソラン王国のドルーとパウルも同じように覚悟を決めていた。さらに、西側を陣取っていた騎士団からは、
「マシュー竜医、あなたは後方へ下がってください。あとは我ら竜騎士団が戦います」
「ちょっと、ここまで来てそんな野暮なことは言いっこなしよ。――最後の最後まで付き合わせてもらうわ」
ペルゼミネの竜医――マシュー・マクレイグも臨戦態勢に入っていた。
そして、
「ソータ……」
城を破壊しながらさらに巨大化していくイネスを見つめながら、今にも泣き出しそうな顔をしているブリギッテ。
「信じている……この戦いに勝利することを」
すぐ近くで、高峰颯太と共に自分の戦いを続けてきたブリギッテにはよくわかっていた。
きっと、高峰颯太がいなければ、人々はここまで希望を持たなかったろう。
暴走したイネスに食い殺され、世界は滅んでいたかもしれない。
すべては、高峰颯太が現れてから変わり始めた。
「剣の扱いもろくに知らない戦闘素人なのに、この場で誰からも頼られる存在――本当に……変な人ね」
この期に及んで笑みがこぼれてくる。
劣勢の最中にあり、とても笑えるような状況じゃないのに。
ブリギッテの頬は緩んだのだ。
「いくぞ!」
そんな中で、ルコードが号令を発し、竜騎士たちが進軍していく。
城から脱出しただろう高峰颯太の部隊と合流し、イネスとの決着をつけるために。
つまり――正常な、本来のシャルルペトラへと完全復活を果たしていた。
「シャルル……」
感激に打ち震えるランスローとメリナ。
だが、事態は一刻を争うほど逼迫していた。
「王子たちには悪いが、感動の再会を祝う抱擁は後回しだ。――先にイネスを倒さないと」
「ええ、わかっていますよ」
洗脳が解けた直後とは思えないほどに、シャルルペトラは冷静だった。
「あの大きさは魔竜イネスの驕りそのもの。強大な魔力が暴走している証なのです」
「魔力の暴走か……」
ミラルダは顎を撫でながら納得したように呟いた。
「ヤツが聖女をかっさらっていったのはあの体を保つため、か」
「鋭いですね。正解です」
「体を保つ?」
ミラルダは納得したようだが、ルコードや多くの騎士たちは話が呑み込めていないようだった。なので、ミラルダが改めて説明をする。
「あいつの――魔竜イネスの巨体は作り物だ」
「作り物? 本体ではないということですか?」
「本体であるのは間違いない……だが、最初からあのサイズじゃないってことだ」
「なるほど……特異な成長を遂げたわけではなく、魔力によって生み出されたわけですね」
「そういうこった。ただ、魔力ってのは無限に湧き出てくる便利な代物じゃねぇ。足りなくなったら供給する必要がある」
「聖女シャオはその供給係りとして選ばれた……」
「今回が初犯じゃないはずだ。今回は大富豪の娘ってことで注目を集めたが、恐らく過去にも行方不明になっている者の中に、魔力を秘めた者がいて――」
「魔竜の餌食に……」
ミラルダは静かに頷いた。
「魔力を持った人間をさらい、魔族を生み出し、この世界に恐怖をばらまく根源――ここでヤツの息の根を止めなければ、人類や亜人に明日はない」
「しかし……なぜイネスはそこまで……彼女の目的がまるで見えてこない」
「目的などありません」
男ふたりの会話に、シャルルが割って入る。
「目的がない?」
「そうです。――あるとすれば、己の生存のため」
「己の生存……」
「前竜王選戦で勝ち残ったイネスは自身の力に大きな自信を持った。世界を統べるのは自身であり、我が物顔で世界に君臨する人間ではない、と」
シャルルの落ち着いた口ぶりは強い説得力を感じさせた。
同時に、イネスの魂胆が読めた。
「ギャオオオオオオッ!」
怒りの咆哮が、真昼なのに薄暗い空を震わせた。
イネスは狂っている。
己の力に。
己の野望に。
そのためには実の娘であるシャルルペトラさえ利用しようとした。
「私が……イネスを討ちます」
「シャルルペトラ……しかし、イネスは君の母親だろ?」
「私の母は結竜アーティー――ただ1匹です」
力尽きて横たわっているアーティーへ視線を移しながら、シャルルペトラは堂々と胸を張って言いきった。そして、動きの取れない母アーティーのそばへと行き、その顔へそっと優しく体を寄せた。
「行ってきます――お母さん」
「ああ……シャルル……」
アーティーの目尻から涙がこぼれる。
レグジートからの願いを受けて育てたシャルルペトラ――だが、アーティーはそんなシャルルペトラを完全に実子として育てていた。たとえ将来真実を知り、自分のもとを離れることになったとしても、それでも、アーティーはシャルルペトラを生涯自分の子どもだと思い続けただろう。
――だが、その気持ちはシャルルペトラを同じだった。
実の母竜であるイネスではなく、アーティーを母だと断言したのだ。
「ごめんね、シャルル……本当はあなたを洗脳していたイネスに噛みついてやりたいところだけど……私はしばらく動けそうにないわ」
「大丈夫よ、母さん。その代りに、私が噛みついて来るから」
母と娘のやりとりを目の当たりにしていたルコードの目にも涙が浮かんでいた。
アーティーの言葉は理解できないが、シャルルの言葉はわかるので、お互いがどんな会話をしているのか大体察しがつく。
ルコードは剣を取り、高々と天に掲げた。
「諸君!!!」
その場にいるすべての竜騎士たちへ向けて、ルコードは叫んだ。
「これより我らは最後の聖戦へと突入する! 愛する者たちのため、その命を燃やす時が来たのだ!」
騎士たちは震え上がった。
恐怖からではない。
心の奥底から湧き上がってくる闘争心がそうさせていた。
「さすがはペルゼミネの騎士団長だけはあるな……」
そう評したのは――シャルルたちよりも少し遠くの位置に立ち、愛竜であるイリウスに跨ったハドリーだった。
その横ではシュードをはじめとするリンスウッド分団のメンバーが揃っている。
「聞け――シュード! アイク! ガーバン! オルノス! 騎士としてこれ以上の舞台はないぞ! 心してかかれ! けして死に花を咲かそうなどとは思うな!」
「「「「はっ!」」」」
次代を担う若き竜騎士たちへ、ハドリーは檄を飛ばす。その後ろからは、
「パウルよ……ワシはきっと、この瞬間を迎えるためにこれまで生きていたのだなと思えてきたよ」
「奇遇ですね、ドルー騎士団長……私も同じ気持ちです」
あとから合流したソラン王国のドルーとパウルも同じように覚悟を決めていた。さらに、西側を陣取っていた騎士団からは、
「マシュー竜医、あなたは後方へ下がってください。あとは我ら竜騎士団が戦います」
「ちょっと、ここまで来てそんな野暮なことは言いっこなしよ。――最後の最後まで付き合わせてもらうわ」
ペルゼミネの竜医――マシュー・マクレイグも臨戦態勢に入っていた。
そして、
「ソータ……」
城を破壊しながらさらに巨大化していくイネスを見つめながら、今にも泣き出しそうな顔をしているブリギッテ。
「信じている……この戦いに勝利することを」
すぐ近くで、高峰颯太と共に自分の戦いを続けてきたブリギッテにはよくわかっていた。
きっと、高峰颯太がいなければ、人々はここまで希望を持たなかったろう。
暴走したイネスに食い殺され、世界は滅んでいたかもしれない。
すべては、高峰颯太が現れてから変わり始めた。
「剣の扱いもろくに知らない戦闘素人なのに、この場で誰からも頼られる存在――本当に……変な人ね」
この期に及んで笑みがこぼれてくる。
劣勢の最中にあり、とても笑えるような状況じゃないのに。
ブリギッテの頬は緩んだのだ。
「いくぞ!」
そんな中で、ルコードが号令を発し、竜騎士たちが進軍していく。
城から脱出しただろう高峰颯太の部隊と合流し、イネスとの決着をつけるために。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。