226 / 246
エピローグ ~それからのお話し~
第246話 ダステニアの絆
しおりを挟む
西方領ダステニア。
王立アークス学園。
「結局のところ、お見合いはご破算になったわけですね」
「うぅむ……私としてはタカミネ・ソータ殿が義理の息子になってくれたら安心して引退できたのですがねぇ」
「娘さんには少し早過ぎたのでは?」
アークス学園の学園長であるリー・ラフマンは落胆した様子だった。
廃界から救出され、帰国した娘のシャオは、父と再会した際、開口一番に颯太とのお見合い話をなかったことにするようお願いをした。
シャオが颯太に憧れを抱いているという気持ちに変わりはないが、まともに顔を合わせたこともない状態で結婚を前提にした話し合いを進める父の強引さに待ったをかけた。
「親にセッティングされた舞台ではなく、自分の力で未来を切り拓いていこうとする娘さんの考え方には賛同しますし、尊敬しますよ」
「ハルヴァ外交局の有望株として名高いカレン殿にそこまで言ってもらえるのは親として喜ばしいことですが……ですがねぇ」
リーと会話をしていたのはハルヴァ外交局のカレン・アルデンハークであった。
カレンは廃界での魔竜討伐後、レフティ外交大臣の命を受けてこのダステニアを公式に訪問していた。
その命とは、ハルヴァとダステニアのさらなる友好関係の強化を目的とした商業政策の提案であった。
――それと、もうひとつ。
「そういえば、《あの子》の件について進展は?」
「あ、ああ……彼女の件ですね」
カレンからの質問に、リーは明らかに動揺していた。
「? 何か不都合でもありましたか?」
「いえ、手続き上はなんの問題もありませんが……少々驚いていますよ」
リーが驚くほどの事態――それは国家絡みの政策というわけではなく、このダステニア王立アークス学園に関するものであった。
ハルヴァが要請したのは、
「キャロル・リンスウッドをアークス学園の生徒として迎え入れる……私たちは一向に構わないのですが、本当によろしいのですか?」
キャロルをアークス学園へ編入させることだった。
「問題ありません。リンスウッド・ファームは現在、新しいオーナーであるタカミネ・ソータ氏が中心となって運営をしていますし……何より、本件は彼と彼の友人であり、キャロル・リンスウッドの叔父にあたるハドリー・リンスウッドから直接我が外交局に依頼されたものなのです」
颯太とハドリーはキャロルの境遇を考えてあまり口に出してはこなかったが、心の奥底ではやはり学校へ通った方がよいのではという考えをずっと抱いていた。
特に颯太はお見合い騒動の際にアークス学園を訪問しており、その学習環境の良さに感銘を受け、「キャロルくらいの年齢なら、ここで学友たちと一緒にドラゴンについて楽しく学べるのでは」と考えていた。
王立アークス学園ドラゴン育成科。
基本的に、自国であるダステニアで生まれた人間が通うアークス学園であるが、例外的に友好関係にあったハルヴァの人間を「特待生」という名目で数人単位ではあるが入学を認めている。アンジェリカ・マーズナーも、そんな数人の中に選ばれ、ここでドラゴンの基礎知識を学んだのだ。
もちろん、誰でも特待生になれるわけではないのだが、キャロルに関していえば、ダステニア側から提示された条件をすべてクリアしている。
それでも、リーが渋る理由としては、魔竜討伐という一大革命を成し遂げた背景に、リンスウッドの名が大きく関与しているからに他ならなかった。
主戦力として人々に大きな影響を与えたのはオーナーである高峰颯太だが、若くしてリンスウッド・ファームを支えてきたキャロル・リンスウッドの名もけして無名というわけではなかった。
ある意味、有名人であるキャロルが祖国を離れ、約3年間の学園生活をこのダステニアで過ごすというのはハルヴァ的にどうなのだ、というのがリーの素直な意見であった。
しかし、高峰颯太と叔父のハドリーが推薦しているのであれば問題はないだろう。さらにカレンは、
「外交局としても、彼女がこの学園で大きく成長することを期待しているのですよ」
なんの心配もないと言わんばかりに曇りのない笑顔をリーへと向けた。
そのような晴れ晴れとした顔を拝まされたら、リーとしてもこれ以上の言及は憚られる。
「なんともまあ……君は実に外交局向きの性格をしていますな」
「お褒めいただき光栄の極みです」
それからお互いに笑い合ったあと、リーは真剣な顔つきで、
「国として、彼女がダステニアへ来るということを心配していないというのはわかりましたが、彼女自身はどうなのですか?」
「編入については前向きに考えているようです。根が真面目ですからね、魔竜討伐作戦の際もダステニアに滞在していましたし、ここが気に入っているということもあります」
カレンはそう答えたが、まったく不安がないといえば嘘になる。
それはメンタル面だ。
どんなにキャロルがしっかり者であってもまだ15歳の少女――初めてのひとり暮らしてホームシックになってしまうなんてことも十分に考えられる。
――それでも、カレンは信じていた。
かつて、査察という名目でリンスウッド・ファームに居たカレンだからこそ知り得る強さがキャロルには宿っている。
だから、きっと大丈夫だ。
「そういうことならば編入の手続きは進めておきましょう。――失礼ですが、カレン殿」
「はい?」
「あなた自身はどうお考えなのですか?」
「キャロル・リンスウッドの件でしたら何も心配はしていません」
「そっちじゃなくて――お見合いですよ」
「お、お見合い!? 私がですか!?」
それはまったくの想定外な提案であった。
「どうですかな? よければうちの若い教員を紹介しますが?」
「ま、まだ考えられないので、私は結構です」
即断ったカレン。
――しかし、後日、同僚であるアイザックがアムとの婚約を発表した際、やっぱり素直に紹介されておくべきだったかもと後悔することになるとは、この時はまったく予想していなかったのであった。
王立アークス学園。
「結局のところ、お見合いはご破算になったわけですね」
「うぅむ……私としてはタカミネ・ソータ殿が義理の息子になってくれたら安心して引退できたのですがねぇ」
「娘さんには少し早過ぎたのでは?」
アークス学園の学園長であるリー・ラフマンは落胆した様子だった。
廃界から救出され、帰国した娘のシャオは、父と再会した際、開口一番に颯太とのお見合い話をなかったことにするようお願いをした。
シャオが颯太に憧れを抱いているという気持ちに変わりはないが、まともに顔を合わせたこともない状態で結婚を前提にした話し合いを進める父の強引さに待ったをかけた。
「親にセッティングされた舞台ではなく、自分の力で未来を切り拓いていこうとする娘さんの考え方には賛同しますし、尊敬しますよ」
「ハルヴァ外交局の有望株として名高いカレン殿にそこまで言ってもらえるのは親として喜ばしいことですが……ですがねぇ」
リーと会話をしていたのはハルヴァ外交局のカレン・アルデンハークであった。
カレンは廃界での魔竜討伐後、レフティ外交大臣の命を受けてこのダステニアを公式に訪問していた。
その命とは、ハルヴァとダステニアのさらなる友好関係の強化を目的とした商業政策の提案であった。
――それと、もうひとつ。
「そういえば、《あの子》の件について進展は?」
「あ、ああ……彼女の件ですね」
カレンからの質問に、リーは明らかに動揺していた。
「? 何か不都合でもありましたか?」
「いえ、手続き上はなんの問題もありませんが……少々驚いていますよ」
リーが驚くほどの事態――それは国家絡みの政策というわけではなく、このダステニア王立アークス学園に関するものであった。
ハルヴァが要請したのは、
「キャロル・リンスウッドをアークス学園の生徒として迎え入れる……私たちは一向に構わないのですが、本当によろしいのですか?」
キャロルをアークス学園へ編入させることだった。
「問題ありません。リンスウッド・ファームは現在、新しいオーナーであるタカミネ・ソータ氏が中心となって運営をしていますし……何より、本件は彼と彼の友人であり、キャロル・リンスウッドの叔父にあたるハドリー・リンスウッドから直接我が外交局に依頼されたものなのです」
颯太とハドリーはキャロルの境遇を考えてあまり口に出してはこなかったが、心の奥底ではやはり学校へ通った方がよいのではという考えをずっと抱いていた。
特に颯太はお見合い騒動の際にアークス学園を訪問しており、その学習環境の良さに感銘を受け、「キャロルくらいの年齢なら、ここで学友たちと一緒にドラゴンについて楽しく学べるのでは」と考えていた。
王立アークス学園ドラゴン育成科。
基本的に、自国であるダステニアで生まれた人間が通うアークス学園であるが、例外的に友好関係にあったハルヴァの人間を「特待生」という名目で数人単位ではあるが入学を認めている。アンジェリカ・マーズナーも、そんな数人の中に選ばれ、ここでドラゴンの基礎知識を学んだのだ。
もちろん、誰でも特待生になれるわけではないのだが、キャロルに関していえば、ダステニア側から提示された条件をすべてクリアしている。
それでも、リーが渋る理由としては、魔竜討伐という一大革命を成し遂げた背景に、リンスウッドの名が大きく関与しているからに他ならなかった。
主戦力として人々に大きな影響を与えたのはオーナーである高峰颯太だが、若くしてリンスウッド・ファームを支えてきたキャロル・リンスウッドの名もけして無名というわけではなかった。
ある意味、有名人であるキャロルが祖国を離れ、約3年間の学園生活をこのダステニアで過ごすというのはハルヴァ的にどうなのだ、というのがリーの素直な意見であった。
しかし、高峰颯太と叔父のハドリーが推薦しているのであれば問題はないだろう。さらにカレンは、
「外交局としても、彼女がこの学園で大きく成長することを期待しているのですよ」
なんの心配もないと言わんばかりに曇りのない笑顔をリーへと向けた。
そのような晴れ晴れとした顔を拝まされたら、リーとしてもこれ以上の言及は憚られる。
「なんともまあ……君は実に外交局向きの性格をしていますな」
「お褒めいただき光栄の極みです」
それからお互いに笑い合ったあと、リーは真剣な顔つきで、
「国として、彼女がダステニアへ来るということを心配していないというのはわかりましたが、彼女自身はどうなのですか?」
「編入については前向きに考えているようです。根が真面目ですからね、魔竜討伐作戦の際もダステニアに滞在していましたし、ここが気に入っているということもあります」
カレンはそう答えたが、まったく不安がないといえば嘘になる。
それはメンタル面だ。
どんなにキャロルがしっかり者であってもまだ15歳の少女――初めてのひとり暮らしてホームシックになってしまうなんてことも十分に考えられる。
――それでも、カレンは信じていた。
かつて、査察という名目でリンスウッド・ファームに居たカレンだからこそ知り得る強さがキャロルには宿っている。
だから、きっと大丈夫だ。
「そういうことならば編入の手続きは進めておきましょう。――失礼ですが、カレン殿」
「はい?」
「あなた自身はどうお考えなのですか?」
「キャロル・リンスウッドの件でしたら何も心配はしていません」
「そっちじゃなくて――お見合いですよ」
「お、お見合い!? 私がですか!?」
それはまったくの想定外な提案であった。
「どうですかな? よければうちの若い教員を紹介しますが?」
「ま、まだ考えられないので、私は結構です」
即断ったカレン。
――しかし、後日、同僚であるアイザックがアムとの婚約を発表した際、やっぱり素直に紹介されておくべきだったかもと後悔することになるとは、この時はまったく予想していなかったのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。