おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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エピローグ ~それからのお話し~

第246話  ダステニアの絆

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 西方領ダステニア。
 王立アークス学園。

「結局のところ、お見合いはご破算になったわけですね」
「うぅむ……私としてはタカミネ・ソータ殿が義理の息子になってくれたら安心して引退できたのですがねぇ」
「娘さんには少し早過ぎたのでは?」

 アークス学園の学園長であるリー・ラフマンは落胆した様子だった。
 廃界から救出され、帰国した娘のシャオは、父と再会した際、開口一番に颯太とのお見合い話をなかったことにするようお願いをした。

 シャオが颯太に憧れを抱いているという気持ちに変わりはないが、まともに顔を合わせたこともない状態で結婚を前提にした話し合いを進める父の強引さに待ったをかけた。
 
「親にセッティングされた舞台ではなく、自分の力で未来を切り拓いていこうとする娘さんの考え方には賛同しますし、尊敬しますよ」
「ハルヴァ外交局の有望株として名高いカレン殿にそこまで言ってもらえるのは親として喜ばしいことですが……ですがねぇ」

 リーと会話をしていたのはハルヴァ外交局のカレン・アルデンハークであった。
 カレンは廃界での魔竜討伐後、レフティ外交大臣の命を受けてこのダステニアを公式に訪問していた。

 その命とは、ハルヴァとダステニアのさらなる友好関係の強化を目的とした商業政策の提案であった。

 ――それと、もうひとつ。

「そういえば、《あの子》の件について進展は?」
「あ、ああ……彼女の件ですね」

 カレンからの質問に、リーは明らかに動揺していた。

「? 何か不都合でもありましたか?」
「いえ、手続き上はなんの問題もありませんが……少々驚いていますよ」

 リーが驚くほどの事態――それは国家絡みの政策というわけではなく、このダステニア王立アークス学園に関するものであった。
 
 ハルヴァが要請したのは、


「キャロル・リンスウッドをアークス学園の生徒として迎え入れる……私たちは一向に構わないのですが、本当によろしいのですか?」


 キャロルをアークス学園へ編入させることだった。

「問題ありません。リンスウッド・ファームは現在、新しいオーナーであるタカミネ・ソータ氏が中心となって運営をしていますし……何より、本件は彼と彼の友人であり、キャロル・リンスウッドの叔父にあたるハドリー・リンスウッドから直接我が外交局に依頼されたものなのです」

 颯太とハドリーはキャロルの境遇を考えてあまり口に出してはこなかったが、心の奥底ではやはり学校へ通った方がよいのではという考えをずっと抱いていた。

 特に颯太はお見合い騒動の際にアークス学園を訪問しており、その学習環境の良さに感銘を受け、「キャロルくらいの年齢なら、ここで学友たちと一緒にドラゴンについて楽しく学べるのでは」と考えていた。


 王立アークス学園ドラゴン育成科。


 基本的に、自国であるダステニアで生まれた人間が通うアークス学園であるが、例外的に友好関係にあったハルヴァの人間を「特待生」という名目で数人単位ではあるが入学を認めている。アンジェリカ・マーズナーも、そんな数人の中に選ばれ、ここでドラゴンの基礎知識を学んだのだ。

 もちろん、誰でも特待生になれるわけではないのだが、キャロルに関していえば、ダステニア側から提示された条件をすべてクリアしている。

 それでも、リーが渋る理由としては、魔竜討伐という一大革命を成し遂げた背景に、リンスウッドの名が大きく関与しているからに他ならなかった。

 主戦力として人々に大きな影響を与えたのはオーナーである高峰颯太だが、若くしてリンスウッド・ファームを支えてきたキャロル・リンスウッドの名もけして無名というわけではなかった。

 ある意味、有名人であるキャロルが祖国を離れ、約3年間の学園生活をこのダステニアで過ごすというのはハルヴァ的にどうなのだ、というのがリーの素直な意見であった。

 しかし、高峰颯太と叔父のハドリーが推薦しているのであれば問題はないだろう。さらにカレンは、

「外交局としても、彼女がこの学園で大きく成長することを期待しているのですよ」

 なんの心配もないと言わんばかりに曇りのない笑顔をリーへと向けた。
 そのような晴れ晴れとした顔を拝まされたら、リーとしてもこれ以上の言及は憚られる。

「なんともまあ……君は実に外交局向きの性格をしていますな」
「お褒めいただき光栄の極みです」

 それからお互いに笑い合ったあと、リーは真剣な顔つきで、

「国として、彼女がダステニアへ来るということを心配していないというのはわかりましたが、彼女自身はどうなのですか?」
「編入については前向きに考えているようです。根が真面目ですからね、魔竜討伐作戦の際もダステニアに滞在していましたし、ここが気に入っているということもあります」

 カレンはそう答えたが、まったく不安がないといえば嘘になる。
 それはメンタル面だ。
 どんなにキャロルがしっかり者であってもまだ15歳の少女――初めてのひとり暮らしてホームシックになってしまうなんてことも十分に考えられる。

 ――それでも、カレンは信じていた。
 かつて、査察という名目でリンスウッド・ファームに居たカレンだからこそ知り得る強さがキャロルには宿っている。
 だから、きっと大丈夫だ。

「そういうことならば編入の手続きは進めておきましょう。――失礼ですが、カレン殿」
「はい?」
「あなた自身はどうお考えなのですか?」
「キャロル・リンスウッドの件でしたら何も心配はしていません」
「そっちじゃなくて――お見合いですよ」
「お、お見合い!? 私がですか!?」

 それはまったくの想定外な提案であった。

「どうですかな? よければうちの若い教員を紹介しますが?」
「ま、まだ考えられないので、私は結構です」

 即断ったカレン。


 ――しかし、後日、同僚であるアイザックがアムとの婚約を発表した際、やっぱり素直に紹介されておくべきだったかもと後悔することになるとは、この時はまったく予想していなかったのであった。
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