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エピローグ ~それからのお話し~
最終話 旅立ち
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「高峰颯太が戻ってきた」――その一報は1日のうちにハルヴァ国内に広まった。
さらにそれは世界中へと広まっていき、誰もが英雄の帰還を喜んだ。
智竜シャルルペトラと別れた颯太はハドリーへ戻った挨拶をするためハルヴァ王都を訪れていた。颯太を、国民たちはド派手な歓迎ムードで迎え入れた。その凄まじさに、颯太は圧倒されっぱなしだった。
いろんな人たちから感謝の言葉やら祝いの言葉やらを贈られた颯太であったが、中でもやはり一番響いたのは、
「おかえりなさい」
ブリギッテの放った、たった7文字の言葉。
しかし、これが何よりも颯太の心を突き動かした。
颯太は少し戸惑ったように笑った後、
「ただいま」
これまた短い言葉でブリギッテに返したのだった。
その後も王都中の人々に感謝され倒した颯太がリンスウッド・ファームへ帰還する頃にはすっかり夜が更けていた。
「すっかり遅くなってしまった……」
窓の向こう側は真っ暗だし、朝は早いから、もうとっくに寝ているだろうな。
そう思って、颯太が家のドアを開けると、
「「「「「おかえりなさ~い!」」」」」
急に明かりがついて前方から衝撃が襲ってきた。
これまでの誰よりも手荒な出迎え。
だが、颯太にとっては嬉しい限りだ。
「みんな……」
キャロル、メア、ノエル、トリストン――ひとりと3匹による強烈な一撃に、思わず転んで後頭部を強打した痛みも忘れて抱きしめた。
「今戻ったよ」
「おかえりなさい」
「待ちわびたぞ」
「私もです」
「パパが帰って来てくれて嬉しい」
寂しく思っていたのは颯太だけではなかった。――むしろ、残ったキャロルたちの方がその思いは強かったようだ。
3日ぶりの再会で、話したいことは山ほどあるのだが、今は颯太の休息を優先させることが大切だと悟ったキャロルの提案により、今回はこれにて解散をすることにした。
――が、
「久しぶりにみんなで寝ませんか?」
自室へと戻ろうとしていた颯太の足が止まる。
ダステニアでメアが重傷を負った際、意識不明のメアを見守る颯太たちは、病室で一緒に眠っていた。それをもう一度やろうとキャロルは言うのだ。
結局、その提案は強制採用され、颯太はキャロルたちと小さなベッドのスペースを分け合いながら一夜を過ごすことになったのだった。
◇◇◇
「忘れ物はないか?」
「はい!」
夜が明けて、朝一の仕事を片付けて朝食を食べ終わると、キャロルは準備していた大きな旅行バッグを重そうに抱えていた。
リンスウッド・ファームに戻ってきた颯太と入れ違いになる形で、キャロルはダステニアへと旅立つのだ。
颯太だけでなく、メア、ノエル、トリストン、マキナ、イリウス、リート、パーキース――リンスウッドのドラゴンたちも、主の新たな一歩を祝福すべく集結していた。
「いよいよだな」
「寂しいですか?」
「まあな」
イタズラっぽくたずねたキャロルであったが、颯太からの率直な返答に一瞬戸惑った。それを誤魔化すように、窓の外へと視線を移す。
生まれた時から変わらぬ牧場の光景。
幼い頃――父に肩車をされて牧場を一周するのが楽しみにだった。その様子を、母も穏やかな笑顔で見つめている。
そんな両親が死去し、この広大な牧場にたったひとり残された。
叔父のハドリーは養子としてキャロルを引き取ることを考えており、その旨をキャロル自身にも伝えたのだが、キャロルはこれを固辞した。
ハドリー夫婦が嫌いというわけではもちろんない。
ただ、どうしてもこの牧場を他の人の手に渡すということは我慢できなかった。
父であるフレデリックにとって、この牧場は人生のすべてに等しい。
小さな頃から一番近くでその様子を見てきたからよくわかる。
寂しさで押しつぶされそうだったキャロルだったが、あの日の夜――高峰颯太と出会ってガラリと様相が変わった。
そんな出会いを思い出したキャロルは、
「! きゃ、キャロル!?」
「え?」
慌てたような颯太の声にハッとなったキャロルは、自身の身に起きている異変にその時ようやく気づいた。
頬を伝う水滴。
キャロルは涙を流していた。
「もしかして……ダステニアへ行くのが――」
「ち、違うんです!? あ、あれ? おかしいな……」
キャロルはごしごしと乱暴に涙を拭った。
ダステニアへ行くことは嫌ではない。むしろ、楽しみにしていたくらいだ――そのはずなのに、なぜだか涙が溢れて止まらなくなる。颯太も、キャロルが泣いている原因がわからなくてあわあわと右往左往するばかり。
だが、やがてその涙が自然に止まると、
「私の方がずっと寂しがり屋みたいですね」
そう言って、キャロルはペロッと舌を出しておどけてみた。
15歳とまだまだ若いキャロルにとって、同年代の子たちと一緒にドラゴンのことについて学べるという環境は、未来を考えると絶対にプラスとなる。
キャロル自身がそのことをよくわかっている。
だからこそ、ハドリーや颯太がアークス学園への編入を提案してくれた時は心から嬉しいと思った。
――しかし、それは数年単位でこの慣れ親しんだ故郷を離れるということでもある。
厳密に言えば、数ヶ月に一度は長期休講期間があるので帰ってこられる。――が、それもほんのわずかな日数だ。
それでも、
「もう大丈夫です。私はダステニアで頑張ります! ――ソータさん、私が学園を卒業するまでの間、この牧場をお願いします」
「あ、ああ、任せろ」
颯太は胸を叩いて宣言した。
――ふと、家の外が騒がしいことに気がつく。
「なんだ?」
「何かあったんでしょうか」
キャロルと颯太が揃って家を出ると――そこには大勢の人々が集まっていた。ざっと見積もっても20人以上はいるだろうか。ご近所さんの他、テオにルーカにジェイクなど、竜騎士団関係者やカレンにアイザックといった外交局の関係者もいる。
「こ、これは――」
「キャロルの見送りに来たんだよ」
驚くふたりの前に現れたのはキャロルの叔父であるハドリーだった。
「ここに来ている連中は全員、キャロルの門出を祝いたいって集まったんだ」
「わ、私のですか!?」
さらに驚くキャロル。
「みんなキャロルとのお別れを惜しんでいるのよ」
「わたくしの後輩となる以上はしっかりと勉学に励んできなさいな」
同じく、キャロルの見送りやってきたブリギッテとアンジェリカだった。
「ブリギッテさん! それにアンも!」
「なんだか感慨深いわね。あの小さかったキャロルが私と同じアークス学園に通うことになるなんてね」
「も、もう! 私は大人ですよ!」
「本当かしら? 夜中寂しくて泣いちゃうのではなくて?」
「しないよ!」
顔を赤くして抗議するキャロルだが、その様子は本人の言葉とは裏腹にまだ年相応の子どもっぽさがあった。
そんなふたりのやりとりを微笑ましく見ていた颯太の肩をポンと叩く手があった――ハドリーだ。
「あの子があんなふうに笑えているのは、間違いなくおまえのおかげだ。礼を言うぞ」
「そ、そんな……俺は何も――」
「何もしていないなんて言わせねぇからな。おまえがいてくれたから、キャロルはあそこまで立ち直れたんだ」
ハドリーの目には涙がにじんでいた。
先ほどのキャロルの涙とはまた違った意味を持つ涙。
本当に、心からキャロルのことを心配していたのだろう。
それが報われて、今、兄の忘れ形見であるキャロルは、父と同じ道を本格的に歩むため、西のダステニアへと旅立つのだ。
「さあ、迎えの馬車が来たわよ」
ブリギッテの視線の先には、ダステニアのアークス学園から派遣された馬車が――キャロルを迎えに来たのだ。
「それじゃあ……行ってきます」
「おう。寂しくなったらいつでも帰って来いよ」
「ハドリー叔父さんったら……」
ちょっと困ったような顔をしているが、キャロルは上機嫌だ。
「ここはキャロルにとって故郷なんだからさ、何かあったら戻ってくればいいよ」
「ソータさんまで……でも、ありがとうございます」
「我らもキャロルを応援しているぞ」
「いつでも帰ってきてくださいね!」
「がんばってね」
「お嬢……達者でな」
たとえドラゴンたちの言葉が伝わらなくても、キャロルにその思いは届いたようだ。
「うん――ありがとう、みんな!」
キャロルは馬車へ向かって駆け出した。
そして、乗り込む直前にこちらを振り返って、
「いってきまーす!!!」
両手を力いっぱい振って、最後のあいさつ。
颯太もハドリーもブリギッテもアンジェリカも――その場にいた全員が、キャロルに負けないくらい力いっぱい手を振った。
「行っちゃったね」
「ああ」
ブリギッテに言われて、颯太は力なく返事をする。
だが、すぐに気持ちを切り替えて、
「あの子が帰って来るまで、この牧場をしっかり守らなくちゃな」
「その意気ですわ」
アンジェリカからも賛同され、颯太は「おう!」と力強く頷き、このまま午後の仕事へ取り掛かろうとドラゴンたちのもとへ向かおうとしたが、
「ソータ殿!」
大声で名前を呼ばれ、体を強張らせながら踵を返す。
すると、こちらに接近する2匹の陸戦型ドラゴンが目に映った。
その背中には見知ったふたりの男が。
「ドルーさん? それにパウルまで」
ソラン王国竜騎士団のドルーとパウルだった。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「じ、実は、今朝方、我がソラン王国の領地内に所属不明の負傷したドラゴンが飛んできたのだ」
「それで、詳しく事情を調べようとしたら、エルメルガとケンカになっちゃったみたいで……今はみんなで必死に説得をしているけど――」
「俺の力が必要ってわけですね」
エルメルガと所属不明ドラゴンのケンカ――たしかに、これは一筋縄ではいきそうにない案件だ。
「ハドリーさん」
「皆まで言うな。――行ってこいよ。というか、俺もイリウスと共にソランへ行こう」
「はい! メア、聞いていたな?」
「……やれやれ、世話のかかるヤツだな」
颯太は同行者にメアを選び、すぐさま支度をしに家へと戻る。
「これとこれと……あとこれも持っていくか」
手早く準備を整えて、再び外へ出ると、そこには準備万端のハドリーと、
「私を置いて行こうってわけじゃないでしょうね?」
竜医ブリギッテの姿があった。
「この牧場の留守はわたくしに任せていただいて結構ですわ」
さらに、留守の間のドラゴンの世話を、マーズナー・ファームのアンジェリカが請け負ってくれた。
これで――準備は整った。
「さあ、行こう!」
眩しい日差しのもとで、高峰颯太はソラン王国を目指して出発する。
それぞれの新しい未来へ向けた一歩は今まさに踏み出されたばかりだ。
さらにそれは世界中へと広まっていき、誰もが英雄の帰還を喜んだ。
智竜シャルルペトラと別れた颯太はハドリーへ戻った挨拶をするためハルヴァ王都を訪れていた。颯太を、国民たちはド派手な歓迎ムードで迎え入れた。その凄まじさに、颯太は圧倒されっぱなしだった。
いろんな人たちから感謝の言葉やら祝いの言葉やらを贈られた颯太であったが、中でもやはり一番響いたのは、
「おかえりなさい」
ブリギッテの放った、たった7文字の言葉。
しかし、これが何よりも颯太の心を突き動かした。
颯太は少し戸惑ったように笑った後、
「ただいま」
これまた短い言葉でブリギッテに返したのだった。
その後も王都中の人々に感謝され倒した颯太がリンスウッド・ファームへ帰還する頃にはすっかり夜が更けていた。
「すっかり遅くなってしまった……」
窓の向こう側は真っ暗だし、朝は早いから、もうとっくに寝ているだろうな。
そう思って、颯太が家のドアを開けると、
「「「「「おかえりなさ~い!」」」」」
急に明かりがついて前方から衝撃が襲ってきた。
これまでの誰よりも手荒な出迎え。
だが、颯太にとっては嬉しい限りだ。
「みんな……」
キャロル、メア、ノエル、トリストン――ひとりと3匹による強烈な一撃に、思わず転んで後頭部を強打した痛みも忘れて抱きしめた。
「今戻ったよ」
「おかえりなさい」
「待ちわびたぞ」
「私もです」
「パパが帰って来てくれて嬉しい」
寂しく思っていたのは颯太だけではなかった。――むしろ、残ったキャロルたちの方がその思いは強かったようだ。
3日ぶりの再会で、話したいことは山ほどあるのだが、今は颯太の休息を優先させることが大切だと悟ったキャロルの提案により、今回はこれにて解散をすることにした。
――が、
「久しぶりにみんなで寝ませんか?」
自室へと戻ろうとしていた颯太の足が止まる。
ダステニアでメアが重傷を負った際、意識不明のメアを見守る颯太たちは、病室で一緒に眠っていた。それをもう一度やろうとキャロルは言うのだ。
結局、その提案は強制採用され、颯太はキャロルたちと小さなベッドのスペースを分け合いながら一夜を過ごすことになったのだった。
◇◇◇
「忘れ物はないか?」
「はい!」
夜が明けて、朝一の仕事を片付けて朝食を食べ終わると、キャロルは準備していた大きな旅行バッグを重そうに抱えていた。
リンスウッド・ファームに戻ってきた颯太と入れ違いになる形で、キャロルはダステニアへと旅立つのだ。
颯太だけでなく、メア、ノエル、トリストン、マキナ、イリウス、リート、パーキース――リンスウッドのドラゴンたちも、主の新たな一歩を祝福すべく集結していた。
「いよいよだな」
「寂しいですか?」
「まあな」
イタズラっぽくたずねたキャロルであったが、颯太からの率直な返答に一瞬戸惑った。それを誤魔化すように、窓の外へと視線を移す。
生まれた時から変わらぬ牧場の光景。
幼い頃――父に肩車をされて牧場を一周するのが楽しみにだった。その様子を、母も穏やかな笑顔で見つめている。
そんな両親が死去し、この広大な牧場にたったひとり残された。
叔父のハドリーは養子としてキャロルを引き取ることを考えており、その旨をキャロル自身にも伝えたのだが、キャロルはこれを固辞した。
ハドリー夫婦が嫌いというわけではもちろんない。
ただ、どうしてもこの牧場を他の人の手に渡すということは我慢できなかった。
父であるフレデリックにとって、この牧場は人生のすべてに等しい。
小さな頃から一番近くでその様子を見てきたからよくわかる。
寂しさで押しつぶされそうだったキャロルだったが、あの日の夜――高峰颯太と出会ってガラリと様相が変わった。
そんな出会いを思い出したキャロルは、
「! きゃ、キャロル!?」
「え?」
慌てたような颯太の声にハッとなったキャロルは、自身の身に起きている異変にその時ようやく気づいた。
頬を伝う水滴。
キャロルは涙を流していた。
「もしかして……ダステニアへ行くのが――」
「ち、違うんです!? あ、あれ? おかしいな……」
キャロルはごしごしと乱暴に涙を拭った。
ダステニアへ行くことは嫌ではない。むしろ、楽しみにしていたくらいだ――そのはずなのに、なぜだか涙が溢れて止まらなくなる。颯太も、キャロルが泣いている原因がわからなくてあわあわと右往左往するばかり。
だが、やがてその涙が自然に止まると、
「私の方がずっと寂しがり屋みたいですね」
そう言って、キャロルはペロッと舌を出しておどけてみた。
15歳とまだまだ若いキャロルにとって、同年代の子たちと一緒にドラゴンのことについて学べるという環境は、未来を考えると絶対にプラスとなる。
キャロル自身がそのことをよくわかっている。
だからこそ、ハドリーや颯太がアークス学園への編入を提案してくれた時は心から嬉しいと思った。
――しかし、それは数年単位でこの慣れ親しんだ故郷を離れるということでもある。
厳密に言えば、数ヶ月に一度は長期休講期間があるので帰ってこられる。――が、それもほんのわずかな日数だ。
それでも、
「もう大丈夫です。私はダステニアで頑張ります! ――ソータさん、私が学園を卒業するまでの間、この牧場をお願いします」
「あ、ああ、任せろ」
颯太は胸を叩いて宣言した。
――ふと、家の外が騒がしいことに気がつく。
「なんだ?」
「何かあったんでしょうか」
キャロルと颯太が揃って家を出ると――そこには大勢の人々が集まっていた。ざっと見積もっても20人以上はいるだろうか。ご近所さんの他、テオにルーカにジェイクなど、竜騎士団関係者やカレンにアイザックといった外交局の関係者もいる。
「こ、これは――」
「キャロルの見送りに来たんだよ」
驚くふたりの前に現れたのはキャロルの叔父であるハドリーだった。
「ここに来ている連中は全員、キャロルの門出を祝いたいって集まったんだ」
「わ、私のですか!?」
さらに驚くキャロル。
「みんなキャロルとのお別れを惜しんでいるのよ」
「わたくしの後輩となる以上はしっかりと勉学に励んできなさいな」
同じく、キャロルの見送りやってきたブリギッテとアンジェリカだった。
「ブリギッテさん! それにアンも!」
「なんだか感慨深いわね。あの小さかったキャロルが私と同じアークス学園に通うことになるなんてね」
「も、もう! 私は大人ですよ!」
「本当かしら? 夜中寂しくて泣いちゃうのではなくて?」
「しないよ!」
顔を赤くして抗議するキャロルだが、その様子は本人の言葉とは裏腹にまだ年相応の子どもっぽさがあった。
そんなふたりのやりとりを微笑ましく見ていた颯太の肩をポンと叩く手があった――ハドリーだ。
「あの子があんなふうに笑えているのは、間違いなくおまえのおかげだ。礼を言うぞ」
「そ、そんな……俺は何も――」
「何もしていないなんて言わせねぇからな。おまえがいてくれたから、キャロルはあそこまで立ち直れたんだ」
ハドリーの目には涙がにじんでいた。
先ほどのキャロルの涙とはまた違った意味を持つ涙。
本当に、心からキャロルのことを心配していたのだろう。
それが報われて、今、兄の忘れ形見であるキャロルは、父と同じ道を本格的に歩むため、西のダステニアへと旅立つのだ。
「さあ、迎えの馬車が来たわよ」
ブリギッテの視線の先には、ダステニアのアークス学園から派遣された馬車が――キャロルを迎えに来たのだ。
「それじゃあ……行ってきます」
「おう。寂しくなったらいつでも帰って来いよ」
「ハドリー叔父さんったら……」
ちょっと困ったような顔をしているが、キャロルは上機嫌だ。
「ここはキャロルにとって故郷なんだからさ、何かあったら戻ってくればいいよ」
「ソータさんまで……でも、ありがとうございます」
「我らもキャロルを応援しているぞ」
「いつでも帰ってきてくださいね!」
「がんばってね」
「お嬢……達者でな」
たとえドラゴンたちの言葉が伝わらなくても、キャロルにその思いは届いたようだ。
「うん――ありがとう、みんな!」
キャロルは馬車へ向かって駆け出した。
そして、乗り込む直前にこちらを振り返って、
「いってきまーす!!!」
両手を力いっぱい振って、最後のあいさつ。
颯太もハドリーもブリギッテもアンジェリカも――その場にいた全員が、キャロルに負けないくらい力いっぱい手を振った。
「行っちゃったね」
「ああ」
ブリギッテに言われて、颯太は力なく返事をする。
だが、すぐに気持ちを切り替えて、
「あの子が帰って来るまで、この牧場をしっかり守らなくちゃな」
「その意気ですわ」
アンジェリカからも賛同され、颯太は「おう!」と力強く頷き、このまま午後の仕事へ取り掛かろうとドラゴンたちのもとへ向かおうとしたが、
「ソータ殿!」
大声で名前を呼ばれ、体を強張らせながら踵を返す。
すると、こちらに接近する2匹の陸戦型ドラゴンが目に映った。
その背中には見知ったふたりの男が。
「ドルーさん? それにパウルまで」
ソラン王国竜騎士団のドルーとパウルだった。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「じ、実は、今朝方、我がソラン王国の領地内に所属不明の負傷したドラゴンが飛んできたのだ」
「それで、詳しく事情を調べようとしたら、エルメルガとケンカになっちゃったみたいで……今はみんなで必死に説得をしているけど――」
「俺の力が必要ってわけですね」
エルメルガと所属不明ドラゴンのケンカ――たしかに、これは一筋縄ではいきそうにない案件だ。
「ハドリーさん」
「皆まで言うな。――行ってこいよ。というか、俺もイリウスと共にソランへ行こう」
「はい! メア、聞いていたな?」
「……やれやれ、世話のかかるヤツだな」
颯太は同行者にメアを選び、すぐさま支度をしに家へと戻る。
「これとこれと……あとこれも持っていくか」
手早く準備を整えて、再び外へ出ると、そこには準備万端のハドリーと、
「私を置いて行こうってわけじゃないでしょうね?」
竜医ブリギッテの姿があった。
「この牧場の留守はわたくしに任せていただいて結構ですわ」
さらに、留守の間のドラゴンの世話を、マーズナー・ファームのアンジェリカが請け負ってくれた。
これで――準備は整った。
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