おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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おっさん、異世界でドラゴンを育てる【外伝短編】

外伝④  キャロルの学園生活

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「間もなく到着致します」

 御者の男が丁寧な口調でそう告げた。

「はい」

 それに対し、キャロル・リンスウッドは短く返事をして下車の準備を始めた。
 窓の外に広がるのは生まれ育った東方領ハルヴァとはまったく違う国。

 西方領ダステニア。

 馬車は大陸中から集まった商人たちで溢れかえるダステニア王都のメインストリートを駆け抜け、真っ直ぐにある場所へと向かった。
 
「久しぶりですね」

 誰に向けてでもなく、キャロルはそう呟いた。
 魔竜イネスとの最後の戦い――それに挑む連合竜騎士団の勝利を祈り、その帰りを待っていた場所がここだ。

 ダステニア王立アークス学園。

 ドラゴンについての生態学や捕獲手段など、ドラゴンに関するあらゆる知識を学べる、まさにキャロルにとって理想郷とも呼べる場所である。

 馬車は学園の敷地内に入ると、ある建物の前で止まる。
 白塗りで3階建ての大きな建造物。
 その入り口には、ひとりの少女が立っていた。
 キャロルがやって来るのを心待ちにしていた人物だ。

「シャオさん!」
「久しぶりね、キャロル」

 キャロルを出迎えたのは人間でありながら強い魔力を身に宿し、「聖女」と呼ばれている少女――シャオ・ラフマンであった。

「ダステニアとアークス学園はあなたを歓迎するわ」
「あ、ありがとうございます」

 シャオとキャロルは颯太たちと共にハルヴァへ帰還する際にほんのわずかな時間に顔を合わせた程度であったが、互いにドラゴンへの愛情が強いことを感じ取ってすぐに意気投合。今回のキャロル編入についても、その世話係を真っ先に買って出たのは他ならぬこのシャオであった。

「長旅で疲れたでしょう? もう部屋の用意はできているから、すぐにでも使えるわよ」
「助かります」
「これが鍵ね。部屋までは案内するわ」
「お願いします」

 シャオは踵を返すと目の前にある大きな建物――アークス学園女子寮の中へと入って行く。
 
 キャロルとシャオは学年が違うため、常に一緒にいられるわけではない。おまけに、シャオはこのアークス学園の生徒会長という重役を担っているため、他の一般生徒よりも忙しい立場にある。

 そのため、同学年で右も左もわからないキャロルをフォローしてくれる人材が必要であった――が、それはすぐに見つかり、今も女子寮のキャロルの部屋の前で彼女の到着を心待ちにしていた。

「あら? もう待っていたのね」

 シャオがちょっと呆れたような口調で言うと、赤茶色のくせっ毛が特徴的なその少女はドヤ顔を披露しながら、

「当然ですよ! 今やこの大陸に住む者でその名を知らぬ者はいないとさえ言われるあの伝説的ドラゴン育成牧場オーナーのタカミネ・ソータ氏のもとで共に国家の平和のために尽力したあのキャロルさんがいらっしゃるなんて――」

 熱く語り出した少女は、シャオの背中に隠れるような形で立っていたキャロルの姿を視界に捉えるとフリーズ。が、すぐに復活し、

「は、はは、はじめまして、キャロルさん!」
「あ、は、はじめまして。――えっと、大丈夫ですか?」

 ガチガチに固まっている少女を心配して声をかけるキャロル。
 本来ならば、初めてこの女子寮に来て不安が心中に渦巻くキャロルにこそ気を遣わなければいけないはずなのに、立場はすっかり入れ替わっていた。

「相変わらずのあがり症ね」

 やれやれ、と言わんばかりにため息を漏らしたシャオは少女の紹介をはじめた。

「彼女の名はクラリス・サンドバル。この学園に慣れるまでの間、彼女が君の世話係として付くことになったの」
「そうでしたか――て、サンドバル?」

 その名には聞き覚えがあった。

「もしかして、ペルゼミネのサンドバル・ファームの……」
「そうそう。彼女のお兄さん――チェイス・サンドバルさんはペルゼミネのドラゴン育成牧場のオーナーなのよ」
「そ、その節は兄が大変のお世話になりました!」

 深々と頭を下げるクラリス。
 サンドバル・ファームといえば、今やハルヴァ竜騎士団の主力竜人族の1匹に数えられるトリストンの卵を譲ってくれた牧場だ。

「では、ここからはクラリスにお任せするとしましょうか」
「え? え?」
「これから同じ教室で勉強する同級生に案内してもらった方がいいわよね?」
「そ、それは……」

 シャオの言う通りだとキャロルも思う。
 同学年でしか通じない決まり事もあるらしいので、そうした書類に記載されていない部分はやはり同い年の子から聞いた方がてっとり早い。

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「も、もちろん! ――あ、だったらひとつ提案」
「なんですか?」
「私たちは同級生なんだから、敬語じゃなくて普通に話してくれていいからね」
「あ――」

 クラリスに指摘されて、キャロルはいつもの癖が出ていたとこの時ようやく気がついた。
 いつもは颯太、ブリギッテ、ハドリーといった年上の人たちの接することが多いので自然と敬語になっていたが、本来、同い年の子と会話するならタメ口が普通だ。

「そうだね。よろしく、クラリス」
「こちらこそ。――アークス学園へようこそ、キャロル」

 ふたりはガッチリと握手を交わして笑い合う。


 ――その時だった。


「きゃああああああああああああああああああああああああ」


 突如として響き渡った女性の声に反応し、3人は慌てて窓に駆け寄る。
 見ると、校庭の真ん中に大型のドラゴンが。
 その脇には肩から出血し、うずくまる学園職員の姿があった。

「グオアアアアアアアアア!」

 苦しそうな雄叫びをあげるドラゴン。
 
「きっと、鎮痛剤を打とうして失敗したみたいね」
「あのドラゴン、とても興奮していて危険な状態です」
「ええ……このままでは生徒に危害を加える可能性もあるわ。キャロル、悪いけど学園案内はもう少し先に――キャロル?」

 自分の言葉に何も返さないキャロルを不審に思ったシャオが視線を横へずらすと、そこにいたはずのキャロルの姿が忽然と消えていた。

「! キャロルがいないわ!」
「えっ!?」

 クラリスもその時初めてキャロルの姿がないことに気づく。

「い、一体どこに――わっ!!」

 辺りを見回していたクラリスは、眼下の光景に起きた異変に驚愕する。苦しみのあまり我を忘れて暴れ回るドラゴンに向かって、キャロルが駆け寄っていたのだ。

「なんて無茶を!」

 シャオは窓から身を乗り出して「やめなさい!」とキャロルに向かって叫んだ。その呼びかけはしかとキャロルの耳に届いている。

 しかし、キャロルの足は止まらない。

 負傷した職員のそばへ着くと、

「立てますか!?」
「あ、ああ、大丈夫だ」

 職員に肩を貸し、問題なく歩けることを確認すると校舎へ避難するよう伝える。

「き、君はどうするつもりだ?」
「私は――」

 キャロルは振り返ってドラゴンに視線を送る。

 思い浮かんだのはいつもドラゴンに体当たりで挑む颯太の姿であった。


 西の山でメアンガルドを説得した時。
 禁竜教に操られて暴走したドラゴンたちを食い止めた時。
 廃界で魔竜と対峙した時。


 今よりもずっとプレッシャーのかかる場面で颯太は戦い、その勇姿をキャロルに見せ続けていた。

 あんな背中になりたい――キャロルは常々そう思っていた。

 そんな颯太に近づくために、ここへ来たのだ。

「大丈夫よ」

 ドラゴンの咆哮。
 恐らく、颯太ならその意味を理解し、何に苦しんでいるのか原因を特定して解決に向けた動きを始めるのだろうが、そのような能力を持たないキャロルにとって、今できることは目の前の暴れ狂うドラゴンを落ち着かせることのみ。

「私はあなたの味方だから。絶対にあなたを不幸な目に遭わせないから。だから心を鎮めて私を見て」

 キャロルの命を賭けた説得に、

「…………」

 ドラゴンの動きが明らかに鈍くなった。

「嘘……」

 キャロル・リンスウッドが暴走ドラゴンを大人しくさせた。それだけでなく、

「きゃっ! くすぐったいよ」

 先ほどまで暴れ狂っていたのが嘘であったかのように、ドラゴンはすっかりキャロルに懐いていた。

「す、凄い……」
「あれがキャロル・リンスウッドの凄いところさ」
「そうですね。――て、オーバ先生!?」

 クラリスとシャオの間に挟まれたアークス学園の教員であるオーバがそう言う。

「あの好かれようは天性のものさ。……おっと、どうやら好かれるのはドラゴンだけじゃないらしいぞ」

 言われて、シャオたちは窓からキャロルの様子をうかがう。すると、騒ぎを聞きつけて駆けつけた同学年の生徒たちから質問攻めを受けていた。
 この一件で、キャロルはすっかり同級生たちの注目の的になったのである。

「まあ、これ以上ない鮮烈なデビューになったな」
「そのようですね」

 少し呆れの混じった口調で、シャオは窓の外の光景をジッと眺めていた。


 キャロル・リンスウッド。

 
 後にハルヴァでその名を知らない者はいないとまで囁かれる超敏腕オーナーとして名を馳せるのだが――それはまだちょっと先の――未来の話である。
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