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外伝長編 ドラゴン泥棒編
第1話 疑惑のクラスメイト
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西方領ダステニア――アークス学園。
正門付近では登校する生徒で賑わっている。
「おはよう、クラリスちゃん!」
「おはようございます、キャロルさん」
寮の玄関で顔を合わせたキャロルとクラリスは朝の挨拶を交わして正門へと歩いていく。
キャロルがダステニアで独り暮らしを始めてから三ヶ月が経った。寮での生活は少し寂しくも感じたが、シャオの紹介で仲良くなったクラリスをはじめ、クラスメイトたちともすぐに打ち解けることができた。
キャロルは心配していた。
これまで、自分と近い年齢の少年少女とはあまり接点がなかったからだ。
唯一、年齢が近い人物はアンジェリカだが、ダステニアへ留学して以降は交流がなく、それからすぐに自分も牧場の仕事をしなくてはならなくなったので誰かと遊びに出かける暇も余裕もなかった。
だから、今こうして、同世代の子たちと一緒にドラゴンについて学べるという環境は、キャロルにとってこの上ない贅沢に等しかった。
正門を抜けて東校舎の玄関へ向かうキャロルとクラリス。
二人が所属する育成科はこの東校舎にあった。
クラリスの実家も、ダステニアでドラゴン育成牧場を経営しているらしく、以前、颯太が世話になった香竜レプレンタスはクラリスの実家の牧場で生活をしていた。
「おはよ~」
「あ、おはよう!」
「おはようございます」
廊下を歩く際にすれ違う生徒たちにも笑顔で挨拶をする二人。
「今日は午後から実習だね」
「はい。あ、そういえば、四番竜舎のステラが卵を産んだらしいですよ」
「え? そうなの? じゃあ今日の実習で見られるかな?」
「オーバ先生に聞いてみないとなんとも言えませんが……でも、見てみたいです」
「クラリスちゃんの実家の牧場って、ドラゴンの卵はたくさんあるの?」
「今は確か四つほど。ですが、間もなく孵化すると、この前実家に戻った時、お母さんが教えてくれました」
教室に入り、机へ荷物を置くと、二人はそんなことを話し始めた。
クラス全体が賑やかな雰囲気に包まれる中、「ガチャン!」と強めにドアが開いたことで視線がそちらへ集中した。
教室中の視線をかき集めたのは――女子生徒だった。
赤茶色のロングヘアーを揺らし、まるで難題に挑戦する学者のように顔をしかめている女子生徒。普通にしていれば、かなり整った顔立ちをしているので可愛らしいはずなのだが、あそこまで気難しそうな顔をされては声をかけづらい。
――が、キャロルにはそれ以前に気になることがあった。
「あの子……誰?」
この学園に入って三ヶ月になるキャロルだが、教室に入ってきた女子生徒に見覚えがなかったのだ。周りの生徒たちはひそひそ何やら話し始めているので、面識はあるようだ。
「う、うーんと……」
クラリスもどこか話しづらそうだった。その時、
「エイミー・フラデール」
教室のドアが開き、クラスの担任である若い男性教諭がその女子生徒へ向かってそう呼んだ。恐らく、それが彼女の名前なのだろう。
「謹慎明けの登校なのだから、まずは職員室へ寄りなさい。そもそも、昨日そのように通達したはずだが?」
「ああ……すいません。忘れていました」
女子生徒――エイミーは回れ右をしてから歩き出し、そのまま教室を出ていった。担任と一緒に職員室へ行ったのだろう。
「エイミーちゃん、か」
「彼女は……あんまり素行が良くないという噂です。三ヶ月姿を見せなかったのも、実は謹慎をしていたからで」
「き、謹慎?」
それは先ほどの担任の言葉にもあった。
「三ヶ月ずっとクラスには合流せず、医務室に通っていたそうです。謹慎する前から、あまり教室には顔を出さず、医務室で勉強をしていたようですけど……」
「でも謹慎って……一体何をやったの?」
「それについては私も詳しいことは……」
どうやら、何か訳ありの生徒らしかった。
クラスからのけ者にされているというより、彼女自身が周りとの接触を極度に嫌っているようで、その証拠に、エイミーはクラスへ入って来ても誰とも目を合わせようとはしなかった。まるで、世界に人間は自分一人だけと思い込んでいるような、危うささえ感じる孤独感をまとう少女だった。
結局、その後、エイミーが教室へ戻ってくることなく午前の授業が始まった。
クラスメイトたちも何事もなかったように過ごしている。
だが、キャロルはその日一日、エイミーの魂が抜け落ちたかのような表情が忘れられなかった。
◇◇◇
授業が終り、寮へ戻ると、キャロルは自室の机に向かって手紙を書いていた。
相手はもちろん高峰颯太。
キャロルは月に一度のペースで颯太に近況報告のための手紙を書いていたのだ。
鼻歌交じりにペンを進めていくキャロルだが、
「あれ?」
ふと、机近くの窓に視線が行き、その先の光景に目が奪われた。
何か今、茂みの向こうで動いたような。
「なんだろう……」
そっと窓に近づき、外の様子を窺う。
風が強く吹き、近くの木の枝が強くしなっている――それくらいしか確認できないほどの暗がりであったが、
「あっ!」
キャロルは思わず声をあげた。
部屋のすぐ真下で、一人の少女がかけていく様子をバッチリと目撃してしまったのだ。
おまけに、その少女は両手である物を抱えていた。それは、
「! ど、ドラゴンの卵?」
少女が手にしていたのはドラゴンの卵だった。
遠目でわかりにくいが、恐らく、午後の実習で見たテスラというドラゴンがつい最近生んだ卵だと思われる。
その少女は黒いローブを身にまとっていたため見にくかったが、目の良いキャロルはその少女の顔をハッキリと視認できていた。
「あれは……エイミーちゃん?」
それは――間違いなくエイミー・フラデールであった。
正門付近では登校する生徒で賑わっている。
「おはよう、クラリスちゃん!」
「おはようございます、キャロルさん」
寮の玄関で顔を合わせたキャロルとクラリスは朝の挨拶を交わして正門へと歩いていく。
キャロルがダステニアで独り暮らしを始めてから三ヶ月が経った。寮での生活は少し寂しくも感じたが、シャオの紹介で仲良くなったクラリスをはじめ、クラスメイトたちともすぐに打ち解けることができた。
キャロルは心配していた。
これまで、自分と近い年齢の少年少女とはあまり接点がなかったからだ。
唯一、年齢が近い人物はアンジェリカだが、ダステニアへ留学して以降は交流がなく、それからすぐに自分も牧場の仕事をしなくてはならなくなったので誰かと遊びに出かける暇も余裕もなかった。
だから、今こうして、同世代の子たちと一緒にドラゴンについて学べるという環境は、キャロルにとってこの上ない贅沢に等しかった。
正門を抜けて東校舎の玄関へ向かうキャロルとクラリス。
二人が所属する育成科はこの東校舎にあった。
クラリスの実家も、ダステニアでドラゴン育成牧場を経営しているらしく、以前、颯太が世話になった香竜レプレンタスはクラリスの実家の牧場で生活をしていた。
「おはよ~」
「あ、おはよう!」
「おはようございます」
廊下を歩く際にすれ違う生徒たちにも笑顔で挨拶をする二人。
「今日は午後から実習だね」
「はい。あ、そういえば、四番竜舎のステラが卵を産んだらしいですよ」
「え? そうなの? じゃあ今日の実習で見られるかな?」
「オーバ先生に聞いてみないとなんとも言えませんが……でも、見てみたいです」
「クラリスちゃんの実家の牧場って、ドラゴンの卵はたくさんあるの?」
「今は確か四つほど。ですが、間もなく孵化すると、この前実家に戻った時、お母さんが教えてくれました」
教室に入り、机へ荷物を置くと、二人はそんなことを話し始めた。
クラス全体が賑やかな雰囲気に包まれる中、「ガチャン!」と強めにドアが開いたことで視線がそちらへ集中した。
教室中の視線をかき集めたのは――女子生徒だった。
赤茶色のロングヘアーを揺らし、まるで難題に挑戦する学者のように顔をしかめている女子生徒。普通にしていれば、かなり整った顔立ちをしているので可愛らしいはずなのだが、あそこまで気難しそうな顔をされては声をかけづらい。
――が、キャロルにはそれ以前に気になることがあった。
「あの子……誰?」
この学園に入って三ヶ月になるキャロルだが、教室に入ってきた女子生徒に見覚えがなかったのだ。周りの生徒たちはひそひそ何やら話し始めているので、面識はあるようだ。
「う、うーんと……」
クラリスもどこか話しづらそうだった。その時、
「エイミー・フラデール」
教室のドアが開き、クラスの担任である若い男性教諭がその女子生徒へ向かってそう呼んだ。恐らく、それが彼女の名前なのだろう。
「謹慎明けの登校なのだから、まずは職員室へ寄りなさい。そもそも、昨日そのように通達したはずだが?」
「ああ……すいません。忘れていました」
女子生徒――エイミーは回れ右をしてから歩き出し、そのまま教室を出ていった。担任と一緒に職員室へ行ったのだろう。
「エイミーちゃん、か」
「彼女は……あんまり素行が良くないという噂です。三ヶ月姿を見せなかったのも、実は謹慎をしていたからで」
「き、謹慎?」
それは先ほどの担任の言葉にもあった。
「三ヶ月ずっとクラスには合流せず、医務室に通っていたそうです。謹慎する前から、あまり教室には顔を出さず、医務室で勉強をしていたようですけど……」
「でも謹慎って……一体何をやったの?」
「それについては私も詳しいことは……」
どうやら、何か訳ありの生徒らしかった。
クラスからのけ者にされているというより、彼女自身が周りとの接触を極度に嫌っているようで、その証拠に、エイミーはクラスへ入って来ても誰とも目を合わせようとはしなかった。まるで、世界に人間は自分一人だけと思い込んでいるような、危うささえ感じる孤独感をまとう少女だった。
結局、その後、エイミーが教室へ戻ってくることなく午前の授業が始まった。
クラスメイトたちも何事もなかったように過ごしている。
だが、キャロルはその日一日、エイミーの魂が抜け落ちたかのような表情が忘れられなかった。
◇◇◇
授業が終り、寮へ戻ると、キャロルは自室の机に向かって手紙を書いていた。
相手はもちろん高峰颯太。
キャロルは月に一度のペースで颯太に近況報告のための手紙を書いていたのだ。
鼻歌交じりにペンを進めていくキャロルだが、
「あれ?」
ふと、机近くの窓に視線が行き、その先の光景に目が奪われた。
何か今、茂みの向こうで動いたような。
「なんだろう……」
そっと窓に近づき、外の様子を窺う。
風が強く吹き、近くの木の枝が強くしなっている――それくらいしか確認できないほどの暗がりであったが、
「あっ!」
キャロルは思わず声をあげた。
部屋のすぐ真下で、一人の少女がかけていく様子をバッチリと目撃してしまったのだ。
おまけに、その少女は両手である物を抱えていた。それは、
「! ど、ドラゴンの卵?」
少女が手にしていたのはドラゴンの卵だった。
遠目でわかりにくいが、恐らく、午後の実習で見たテスラというドラゴンがつい最近生んだ卵だと思われる。
その少女は黒いローブを身にまとっていたため見にくかったが、目の良いキャロルはその少女の顔をハッキリと視認できていた。
「あれは……エイミーちゃん?」
それは――間違いなくエイミー・フラデールであった。
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