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おっさん、異世界でドラゴンを育てる【外伝短編】
外伝⑥ 颯太の思い出
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季節は初秋。
場所は日本の静岡県某所。
「はあ……ふぅ」
高峰颯太は緊張していた。
駅前の繁華街にある居酒屋を前にして、今日何度目かの深呼吸を行う。
じっとりと汗が浮かぶその手には、1枚の手紙が握り締められていた。
そう。
すべてはこの1枚の手紙から始まったのである。
――遡ること3日前。
この日、颯太はシャルルペトラと共に元の世界へと戻って来ていた。
理由は両親への生存報告と同時に、年老いた両親の体調をチェックするためのものでもあった。大体、半年に一度――盆と正月くらいの感覚で定期的に帰省している。
今回もそうだ。
とりあえず、シャルルの好きな梅干しをもらい、簡単に話をしてすぐに戻る予定であったのだが、ここで予想外の来客が高峰家を訪問する。
「こんちわ~」
インターフォンが鳴り終わると同時に男の声がした。
「井出村電機店で~す」
「あらやだ。そういえば新しく買ったエアコンの設置をお願いしていたんだったわ」
颯太の母がバタバタと慌てながら玄関へと走る。
「井出村電機、か……」
おいしそうに梅干しを頬張るシャルルペトラの横で、颯太は懐かしい名に目を細めた。
「どうかしたの?」
その様子を不思議がったシャルルペトラがたずねる。
「あ、いや……今来た井出村電機店の息子さん――名前は康介っていうんだけどさ。その子が俺と同級生なんだ」
「ドーキューセー?」
「――て、言ってもわからないか。簡単に言えば古い友人って感じかな」
「ふーん」
シャルルは特に興味もなさそうで、その視線はすぐさま梅干しへと向けられる。
颯太としても「友人」と呼ぶには少々違和感があった。
仲が悪かったわけではない。
むしろ、颯太にとっては学生時代の数少ない友人である。
ただ、中学を卒業して高校が別々になると疎遠になり、思えば卒業式以降に顔を合わせたことがない。成人式の日は高熱でうなされていたため欠席したし、社会人になってからは1年の大半を県外で過ごしていた。
そんな井出村康介の実家が井出村電機店なのである。
「でも、今の声って」
井出村電機店の店主とは面識がある。自分たちの両親よりもさらに5つ年上だったと記憶しており、その割には今来た男の声は随分と若々しく聞こえた。
「誰か雇ったのか? ……もしかして」
颯太が椅子から立ち上がったのとほぼ同じタイミングで、その店員がエアコン設置のために家の中に入って来る。その男は、
「あれ? もしかして……おまえ颯ちゃんか!?」
「康ちゃん……」
やはり――同級生の井出村康介だった。
「いや~懐かしいなぁ! 元気にしていたか!」
「あ、ああ、康ちゃんの方こそ」
「俺か? 俺はもう元気バリバリよ!」
井出村電機店特性のTシャツからのぞく二の腕をグッと曲げて力こぶを作る康介。
井出村康介と高峰颯太。
決して親友と呼べる間柄ではない。
「颯ちゃん」「康ちゃん」と呼び合う仲であるが、休日にどこかへ一緒に出掛けるといったようなことをした経験はない。井出村康介は人懐っこい犬みたいな性格で、言ってみれば誰とでも仲良くなれる典型的陽キャである。
康介くらいしかあだ名で呼べない颯太と、友人の大半をあだ名で呼んでいる康介は人間関係構築スキルに圧倒的な差があった。
「そうだ! ちょうどいい! こいつを渡しておくよ!」
声のボリュームを全開にして、康介は仕事用のバッグから一枚の紙を取り出した。
「仕事で海外へ行くことが多いって聞いていたから、留守ならこいつを預けていこうと思っていたんだ」
異世界でドラゴンの飼育をしていると言ったところで信じてはもらえそうにないし、だからといって居間で梅干しを頬張るシャルルペトラを見せるわけにもいかない。
なので、颯太は両親に「転職し、今は海外で仕事をしている」ということにしてもらっていた。
そんな颯太に康介が渡したいと思っていた物は――
「これ……」
「同窓会の招待状さ」
同窓会。
これまでの颯太には無縁だったイベントだ。
「久しぶりにやろうってことになってな。おまえも出席してくれよ」
「お、俺は……」
「日時と場所はそこに書いてあるからよ!」
有無を言わせず、颯太に招待状を渡して仕事(エアコン取り付け)にかかる康介。
結局、同窓会のことについて何も話せないまま、仕事を終えた康介は次の仕事場へと向かって高峰家をあとにする。ちなみに、シャルルペトラは見つからないようこっそり二階にある颯太の自室へと退避していた。
「どうするの?」
たずねてきたのはシャルルペトラだった。
「あなたのお母様から話を聞いたけど、そのドーソーカイって昔の仲間と会うことなんでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
ボッチで友だちのいなかった自分が行ったところで、気まずい空気になるだけではないだろうか――颯太の心配はそこだけだった。
しかし、こうも考えていた。
今の自分は昔とは違う。
異世界でドラゴン育成牧場のオーナーとなり、さまざまな修羅場をくぐり抜けてきた。その自信が、颯太の性格を変えた。もう後ろ向きな考えはしない。常に前を向いて進むことを心がけている。
「……シャルルペトラ、お願いがあるんだけど」
「そう来ると思っていたわ」
颯太の考えを先読みしていたのか、シャルルペトラはニッと笑ってみせた。
◇◇◇
そして迎えた同窓会当日。
訪れた居酒屋は、かつての同級生が経営している店だという。
洒落た柄の暖簾をくぐって店内へと足をふみいれる。賑やかな店の様子を見ていると、転移した直後に参加した異世界合コンを思い出して小さな笑みがこぼれる。
人数を確認しに来た店員に招待状を見せると、二階の奥の部屋へと案内された。
そこの襖を開けると、
「よお! 来てくれたか、颯ちゃん!」
すでに若干酔っている康介に出迎えられ、会場入りした颯太。待ち構えていたのは中学時代の同級生たち32人であった。学年の人数は122人だったので、この同窓会にはおよそ4分の1が参加していることになる。
とりあえず、案内された席に座ると、すでに頬が赤く染まっている小太りの同級生に声をかけられた。
「あれ? おまえひょっとして……高峰か?」
一発で名前を当たられて驚く颯太。
クラスでもトップクラスに地味だった自分を覚えている同級生などいないだろうと考えていたから、この反応は意外だった。
小太りの同級生は嬉しそうに颯太の肩を叩きながら話す。
「俺だよ俺! 宮田だ!」
「宮田……くん?」
その名に覚えはあった。
サッカー部のエースで女子生徒の憧れ――そんな、典型的なモテ男だった宮田。よく見ると面影はあるが、体型だけはまるで違った。左手の薬指に指輪が光っていることから結婚はしているようだ。
「懐かしいなぁ。俺らさ、修学旅行の班行動一緒だったじゃん」
「あ、ああ」
それは颯太も言われるまで忘れていた。確かに、中学の修学旅行の班別行動では宮田と一緒だった。それを、まさかクラスの人気者だった宮田が覚えているなんて。
修学旅行での話で盛り上がっていると、次から次へと同級生たちが颯太のもとへとやって来て酒を片手に思いで話へ花を咲かせた。
――昔から、こうだったのかもしれない。
一歩勇気を踏み出していたなら、或はまったく別の人生を歩んでいたのかも――自分が勝手に壁を作って、接触を拒んでいただけだったのだ。
同級生たちとの楽しい時間を過ごす中、颯太は少し風に当たろうと廊下に出た。そこからちょっと歩くと喫煙ルームがあり、そこでは康介が一服をしていた。
康介は颯太を発見すると煙草を消して歩み寄る。
「楽しんでるか?」
「ああ。招待してくれてありがとう」
颯太が礼を言うと、康介は照れたように笑った。
それから、ふたりで話をした。
他愛ない話だ。
部活。
先生。
勉強。
恋愛。
そんな話を一通りして、一息をつくと、おもむろに康介が口を開いた。
「俺たち……あっという間に大人になっちまったな」
「……ああ」
康介と話しているうちに、中学時代に戻ったような感覚になった。――しかし、自分たちはもう今年で35歳。自他ともに認めるおっさん同士だ。
それでも、こうして古い仲間と「昔」を語るのは楽しい。
これはおっさんの特権なんだと颯太は思った。
◇◇◇
初めての同窓会を満喫した颯太は、次回開催の際も参加する意向を康介に告げて、異世界へと戻った。
久しぶりに帰って来たリンスウッド・ファーム。
シャルルペトラに頼んで帰る日をずらしてもらったが、それはほんの三日。なのに、とてつもなく懐かしいと感じるのは、同窓会で過去に帰っていたからだろうか。
「よお、戻ったみだいだな」
「ソータ! 遅かったじゃないか!」
「心配したんですよ」
「パパ、お帰り」
イリウス、メア、ノエル、トリストンに出迎えられ、遠くから颯太の帰還を確認したリートとパーキースも近づいて来た。
「ああ――ただいま」
仕事場へと戻った颯太は、今日もドラゴン育成牧場のオーナーとして汗を流す。
場所は日本の静岡県某所。
「はあ……ふぅ」
高峰颯太は緊張していた。
駅前の繁華街にある居酒屋を前にして、今日何度目かの深呼吸を行う。
じっとりと汗が浮かぶその手には、1枚の手紙が握り締められていた。
そう。
すべてはこの1枚の手紙から始まったのである。
――遡ること3日前。
この日、颯太はシャルルペトラと共に元の世界へと戻って来ていた。
理由は両親への生存報告と同時に、年老いた両親の体調をチェックするためのものでもあった。大体、半年に一度――盆と正月くらいの感覚で定期的に帰省している。
今回もそうだ。
とりあえず、シャルルの好きな梅干しをもらい、簡単に話をしてすぐに戻る予定であったのだが、ここで予想外の来客が高峰家を訪問する。
「こんちわ~」
インターフォンが鳴り終わると同時に男の声がした。
「井出村電機店で~す」
「あらやだ。そういえば新しく買ったエアコンの設置をお願いしていたんだったわ」
颯太の母がバタバタと慌てながら玄関へと走る。
「井出村電機、か……」
おいしそうに梅干しを頬張るシャルルペトラの横で、颯太は懐かしい名に目を細めた。
「どうかしたの?」
その様子を不思議がったシャルルペトラがたずねる。
「あ、いや……今来た井出村電機店の息子さん――名前は康介っていうんだけどさ。その子が俺と同級生なんだ」
「ドーキューセー?」
「――て、言ってもわからないか。簡単に言えば古い友人って感じかな」
「ふーん」
シャルルは特に興味もなさそうで、その視線はすぐさま梅干しへと向けられる。
颯太としても「友人」と呼ぶには少々違和感があった。
仲が悪かったわけではない。
むしろ、颯太にとっては学生時代の数少ない友人である。
ただ、中学を卒業して高校が別々になると疎遠になり、思えば卒業式以降に顔を合わせたことがない。成人式の日は高熱でうなされていたため欠席したし、社会人になってからは1年の大半を県外で過ごしていた。
そんな井出村康介の実家が井出村電機店なのである。
「でも、今の声って」
井出村電機店の店主とは面識がある。自分たちの両親よりもさらに5つ年上だったと記憶しており、その割には今来た男の声は随分と若々しく聞こえた。
「誰か雇ったのか? ……もしかして」
颯太が椅子から立ち上がったのとほぼ同じタイミングで、その店員がエアコン設置のために家の中に入って来る。その男は、
「あれ? もしかして……おまえ颯ちゃんか!?」
「康ちゃん……」
やはり――同級生の井出村康介だった。
「いや~懐かしいなぁ! 元気にしていたか!」
「あ、ああ、康ちゃんの方こそ」
「俺か? 俺はもう元気バリバリよ!」
井出村電機店特性のTシャツからのぞく二の腕をグッと曲げて力こぶを作る康介。
井出村康介と高峰颯太。
決して親友と呼べる間柄ではない。
「颯ちゃん」「康ちゃん」と呼び合う仲であるが、休日にどこかへ一緒に出掛けるといったようなことをした経験はない。井出村康介は人懐っこい犬みたいな性格で、言ってみれば誰とでも仲良くなれる典型的陽キャである。
康介くらいしかあだ名で呼べない颯太と、友人の大半をあだ名で呼んでいる康介は人間関係構築スキルに圧倒的な差があった。
「そうだ! ちょうどいい! こいつを渡しておくよ!」
声のボリュームを全開にして、康介は仕事用のバッグから一枚の紙を取り出した。
「仕事で海外へ行くことが多いって聞いていたから、留守ならこいつを預けていこうと思っていたんだ」
異世界でドラゴンの飼育をしていると言ったところで信じてはもらえそうにないし、だからといって居間で梅干しを頬張るシャルルペトラを見せるわけにもいかない。
なので、颯太は両親に「転職し、今は海外で仕事をしている」ということにしてもらっていた。
そんな颯太に康介が渡したいと思っていた物は――
「これ……」
「同窓会の招待状さ」
同窓会。
これまでの颯太には無縁だったイベントだ。
「久しぶりにやろうってことになってな。おまえも出席してくれよ」
「お、俺は……」
「日時と場所はそこに書いてあるからよ!」
有無を言わせず、颯太に招待状を渡して仕事(エアコン取り付け)にかかる康介。
結局、同窓会のことについて何も話せないまま、仕事を終えた康介は次の仕事場へと向かって高峰家をあとにする。ちなみに、シャルルペトラは見つからないようこっそり二階にある颯太の自室へと退避していた。
「どうするの?」
たずねてきたのはシャルルペトラだった。
「あなたのお母様から話を聞いたけど、そのドーソーカイって昔の仲間と会うことなんでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
ボッチで友だちのいなかった自分が行ったところで、気まずい空気になるだけではないだろうか――颯太の心配はそこだけだった。
しかし、こうも考えていた。
今の自分は昔とは違う。
異世界でドラゴン育成牧場のオーナーとなり、さまざまな修羅場をくぐり抜けてきた。その自信が、颯太の性格を変えた。もう後ろ向きな考えはしない。常に前を向いて進むことを心がけている。
「……シャルルペトラ、お願いがあるんだけど」
「そう来ると思っていたわ」
颯太の考えを先読みしていたのか、シャルルペトラはニッと笑ってみせた。
◇◇◇
そして迎えた同窓会当日。
訪れた居酒屋は、かつての同級生が経営している店だという。
洒落た柄の暖簾をくぐって店内へと足をふみいれる。賑やかな店の様子を見ていると、転移した直後に参加した異世界合コンを思い出して小さな笑みがこぼれる。
人数を確認しに来た店員に招待状を見せると、二階の奥の部屋へと案内された。
そこの襖を開けると、
「よお! 来てくれたか、颯ちゃん!」
すでに若干酔っている康介に出迎えられ、会場入りした颯太。待ち構えていたのは中学時代の同級生たち32人であった。学年の人数は122人だったので、この同窓会にはおよそ4分の1が参加していることになる。
とりあえず、案内された席に座ると、すでに頬が赤く染まっている小太りの同級生に声をかけられた。
「あれ? おまえひょっとして……高峰か?」
一発で名前を当たられて驚く颯太。
クラスでもトップクラスに地味だった自分を覚えている同級生などいないだろうと考えていたから、この反応は意外だった。
小太りの同級生は嬉しそうに颯太の肩を叩きながら話す。
「俺だよ俺! 宮田だ!」
「宮田……くん?」
その名に覚えはあった。
サッカー部のエースで女子生徒の憧れ――そんな、典型的なモテ男だった宮田。よく見ると面影はあるが、体型だけはまるで違った。左手の薬指に指輪が光っていることから結婚はしているようだ。
「懐かしいなぁ。俺らさ、修学旅行の班行動一緒だったじゃん」
「あ、ああ」
それは颯太も言われるまで忘れていた。確かに、中学の修学旅行の班別行動では宮田と一緒だった。それを、まさかクラスの人気者だった宮田が覚えているなんて。
修学旅行での話で盛り上がっていると、次から次へと同級生たちが颯太のもとへとやって来て酒を片手に思いで話へ花を咲かせた。
――昔から、こうだったのかもしれない。
一歩勇気を踏み出していたなら、或はまったく別の人生を歩んでいたのかも――自分が勝手に壁を作って、接触を拒んでいただけだったのだ。
同級生たちとの楽しい時間を過ごす中、颯太は少し風に当たろうと廊下に出た。そこからちょっと歩くと喫煙ルームがあり、そこでは康介が一服をしていた。
康介は颯太を発見すると煙草を消して歩み寄る。
「楽しんでるか?」
「ああ。招待してくれてありがとう」
颯太が礼を言うと、康介は照れたように笑った。
それから、ふたりで話をした。
他愛ない話だ。
部活。
先生。
勉強。
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そんな話を一通りして、一息をつくと、おもむろに康介が口を開いた。
「俺たち……あっという間に大人になっちまったな」
「……ああ」
康介と話しているうちに、中学時代に戻ったような感覚になった。――しかし、自分たちはもう今年で35歳。自他ともに認めるおっさん同士だ。
それでも、こうして古い仲間と「昔」を語るのは楽しい。
これはおっさんの特権なんだと颯太は思った。
◇◇◇
初めての同窓会を満喫した颯太は、次回開催の際も参加する意向を康介に告げて、異世界へと戻った。
久しぶりに帰って来たリンスウッド・ファーム。
シャルルペトラに頼んで帰る日をずらしてもらったが、それはほんの三日。なのに、とてつもなく懐かしいと感じるのは、同窓会で過去に帰っていたからだろうか。
「よお、戻ったみだいだな」
「ソータ! 遅かったじゃないか!」
「心配したんですよ」
「パパ、お帰り」
イリウス、メア、ノエル、トリストンに出迎えられ、遠くから颯太の帰還を確認したリートとパーキースも近づいて来た。
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