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番外編 キャロルの子育て奮闘記
第53話 新しい家族
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「りゅ、竜王選戦だと……」
リンスウッド・ファームへ戻ったその日に、颯太はハルヴァ城を訪れ、アーティーから得た情報をハドリーに伝えた。
その驚愕の内容に、さすがのハドリーも「本当なのか?」と何度も確認をしてきた。が、しばらくすると、
「……そりゃ王って名がついてんだ。その竜王が死ねば、次の王を決める必要がある――筋は通っているってわけか」
口では納得したふうに言うが、顔つきはまだ腑に落ちないといった感じ。
「だが、その手段がよりにもよって戦いだとはな。まあ、ドラゴンが演説や選挙なんてするはずもないだろうし、そうなるしかないってのは理解できるが……」
有権者やマニフェストに頼らず、純粋な力だけで王を決めるという、ある意味自然界の法則に乗っ取った合理的なやり方を実行しようとしている竜人族――問題は、その戦いの規模にあった。
「人間の生活に危険を及ぼすようなレベルじゃないだろうな?」
「そ、そこまでは……前の竜王選戦はアーティーが生まれるよりも前だったようですし」
「情報は一切なし、か。ただ、メアやノエル、そしてうちのキルカ、それと舞踏会の時に襲撃してきた見えない斬撃を使うという竜人族……そんな連中が王座を巡って戦おうって言うんだから、只事じゃねぇよな」
「そうなりますよね……」
「困ったもんだ。――待てよ? 城にある史料部屋に、もしかしたら何か関連した記述が載った書物があるかもしれん」
「そんなに前からハルヴァってあるんですか?」
「さすがに7000年以上前の記録はないだろうが……何か、それに関する情報が得られるかもしれん。早速調べさせよう。史料部屋の管理官へ連絡をして、それから――」
慌ただしく動き出すハドリー。
どうやら、信じてはくれたようだ。
「俺はこの情報を直々にブロドリック大臣へと伝える。その情報は、今日中には国王の耳にも入るだろう。颯太、お手柄だったな」
「い、いや、俺はアーティーから話を聞いただけで」
「それが凄いんだよ。おまえがいなくちゃ、竜王選戦なんてものが行われているという事実にさえ気づかなかったんだからな。おまえがいてくれてよかったよ」
おまえがいてくれてよかった。
その言葉は、颯太の心に深く響いた。
自分の居場所を認めてもらえたと実感できたからだ。
「そういえば、その襲撃事件の調査はどこまで進みました?」
「正直、ほとんど進んでない。それと、おまえが言っていた禁竜教って宗教だが……こちらについても調査中だ」
進展はなし、ということらしい。
「……なんだか不穏ですね」
「禁竜教については以前から話自体は出ていたんだ。もっとも、悪趣味な邪教って程度の情報しかなかったがな。……こりゃ本腰を入れてそいつらについても調べておかなければいけないようだな」
ハドリーは盛大にため息を漏らす。
「魔族を倒し、4大国家間の協力体制をより強固なものとすることで平和な世になると思っていたが……どうにも、そんな簡単な話じゃないようだ」
「ですね。――でも、あきらめないですよね?」
「当然だろう」
この世界の未来を良きものとしたい。
同じ志を持つ2人は、自然と拳を合わせていた。
「また、何かあったらアーティーへ聞きに行きますから」
「おう! 頼りにしているぞ。俺もやれるだけのことは全部やる」
合わせていた拳を離した颯太とハドリーはそれぞれの仕事場へと戻った。
◇◇◇
「マーズナーの豪勢な竜舎も快適だが……やっぱ我が家が一番だよなぁ」
旅行帰りの感想みたいなことを言うイリウスを横目に、颯太は竜舎内の掃除に汗を流していた。
颯太たちを襲撃したローブの男とナインレウス。
彼らがいつメアやノエルに対して牙をむいてくるかわからない。もしかしたら、今もどこかで気を窺っている可能性だってある。
見えない敵を想定してがんじがらめになるのは精神衛生上よろしくない。舞踏会での一件があってから、ハルヴァ王都は周辺地域も含め、警備はより厳重になっているので、そう簡単には手出しできない――だが、やっぱり不安は拭えない。
「心配性だなぁ」
「そうは言うけど……」
半ば呆れたように言うイリウス。
「もうじきリートとパーキースも戻って来るんだ。新しいオーナーとして、あいつらに情けない面を見せないようにしろよ」
「わかってるって」
北方遠征中の分団から任務終了の報告があったのは舞踏会襲撃の夜が明けてすぐのことであった。先行していた兵士が王都へと帰還し、成果をブロドリックとガブリエルに伝え、それがすぐさま竜騎士団全域に広まったことで、颯太がハドリーと話をしている時も城内はいつもと違ってとても騒がしかった。
「そういえば、北方遠征の目的を聞きそびれたな」
アーティーの件に比べたら重要ではない内容だったので、すっかり聞くタイミングを逃してしまった。日を改めて、ハドリーに聞きに行くとしよう。
午前の仕事を終えた颯太は一旦家へと戻る。
家ではすでに一足先に仕事を終えたキャロルが赤ちゃんドラゴンの世話をしていた。
キャロルはヘレナからドラゴンの育て方を教わっており、それを参考に今朝から赤ちゃんドラゴンにかかりきりだった。そのため、キャロルがしていた分の仕事を颯太が担うことになったため、肉体的な疲労はいつも以上だった。
「あ、ソータさん、お疲れ様です。ごめんなさい、私の分まで仕事を頼んでしまって」
「言い出したのは俺なんだから気にしなくていいよ」
「疲れただろう? ほら、リージュだ」
「お、ありがとう、メア」
椅子に腰を下ろした颯太に、メアがキンキンに冷やしたリージュを渡す。それを一気に飲み干すと、颯太は赤ちゃんドラゴンの顔を見るため立ち上がる。
「そういえば、まだ名前を決めていなかったね」
「そうでした」
「命名はキャロルに任せるよ」
「えっ!?」
大きな目をさらに大きく見開いて驚くキャロル。
「わ、わかりました。その重大な役目……謹んでお受けします!」
胸をドンと叩いたキャロルは真っ直ぐ颯太を見つめて宣言する。
「…………」
なんだろう。
いつもなんでも一生懸命なキャロルだけど、今回の気合の入り方はいつもと感じが違うように思えた。なんというか、
「危なっかしい、かな?」
口にしてすぐに首を振ってその危惧を振り払う。
大丈夫。
キャロルなら、きっとあの赤ちゃんドラゴンを立派に育て上げてくれるだろう。颯太にできることいえばただひとつ――
「しっかりとフォローをしてあげないとな」
リンスウッド・ファームへ戻ったその日に、颯太はハルヴァ城を訪れ、アーティーから得た情報をハドリーに伝えた。
その驚愕の内容に、さすがのハドリーも「本当なのか?」と何度も確認をしてきた。が、しばらくすると、
「……そりゃ王って名がついてんだ。その竜王が死ねば、次の王を決める必要がある――筋は通っているってわけか」
口では納得したふうに言うが、顔つきはまだ腑に落ちないといった感じ。
「だが、その手段がよりにもよって戦いだとはな。まあ、ドラゴンが演説や選挙なんてするはずもないだろうし、そうなるしかないってのは理解できるが……」
有権者やマニフェストに頼らず、純粋な力だけで王を決めるという、ある意味自然界の法則に乗っ取った合理的なやり方を実行しようとしている竜人族――問題は、その戦いの規模にあった。
「人間の生活に危険を及ぼすようなレベルじゃないだろうな?」
「そ、そこまでは……前の竜王選戦はアーティーが生まれるよりも前だったようですし」
「情報は一切なし、か。ただ、メアやノエル、そしてうちのキルカ、それと舞踏会の時に襲撃してきた見えない斬撃を使うという竜人族……そんな連中が王座を巡って戦おうって言うんだから、只事じゃねぇよな」
「そうなりますよね……」
「困ったもんだ。――待てよ? 城にある史料部屋に、もしかしたら何か関連した記述が載った書物があるかもしれん」
「そんなに前からハルヴァってあるんですか?」
「さすがに7000年以上前の記録はないだろうが……何か、それに関する情報が得られるかもしれん。早速調べさせよう。史料部屋の管理官へ連絡をして、それから――」
慌ただしく動き出すハドリー。
どうやら、信じてはくれたようだ。
「俺はこの情報を直々にブロドリック大臣へと伝える。その情報は、今日中には国王の耳にも入るだろう。颯太、お手柄だったな」
「い、いや、俺はアーティーから話を聞いただけで」
「それが凄いんだよ。おまえがいなくちゃ、竜王選戦なんてものが行われているという事実にさえ気づかなかったんだからな。おまえがいてくれてよかったよ」
おまえがいてくれてよかった。
その言葉は、颯太の心に深く響いた。
自分の居場所を認めてもらえたと実感できたからだ。
「そういえば、その襲撃事件の調査はどこまで進みました?」
「正直、ほとんど進んでない。それと、おまえが言っていた禁竜教って宗教だが……こちらについても調査中だ」
進展はなし、ということらしい。
「……なんだか不穏ですね」
「禁竜教については以前から話自体は出ていたんだ。もっとも、悪趣味な邪教って程度の情報しかなかったがな。……こりゃ本腰を入れてそいつらについても調べておかなければいけないようだな」
ハドリーは盛大にため息を漏らす。
「魔族を倒し、4大国家間の協力体制をより強固なものとすることで平和な世になると思っていたが……どうにも、そんな簡単な話じゃないようだ」
「ですね。――でも、あきらめないですよね?」
「当然だろう」
この世界の未来を良きものとしたい。
同じ志を持つ2人は、自然と拳を合わせていた。
「また、何かあったらアーティーへ聞きに行きますから」
「おう! 頼りにしているぞ。俺もやれるだけのことは全部やる」
合わせていた拳を離した颯太とハドリーはそれぞれの仕事場へと戻った。
◇◇◇
「マーズナーの豪勢な竜舎も快適だが……やっぱ我が家が一番だよなぁ」
旅行帰りの感想みたいなことを言うイリウスを横目に、颯太は竜舎内の掃除に汗を流していた。
颯太たちを襲撃したローブの男とナインレウス。
彼らがいつメアやノエルに対して牙をむいてくるかわからない。もしかしたら、今もどこかで気を窺っている可能性だってある。
見えない敵を想定してがんじがらめになるのは精神衛生上よろしくない。舞踏会での一件があってから、ハルヴァ王都は周辺地域も含め、警備はより厳重になっているので、そう簡単には手出しできない――だが、やっぱり不安は拭えない。
「心配性だなぁ」
「そうは言うけど……」
半ば呆れたように言うイリウス。
「もうじきリートとパーキースも戻って来るんだ。新しいオーナーとして、あいつらに情けない面を見せないようにしろよ」
「わかってるって」
北方遠征中の分団から任務終了の報告があったのは舞踏会襲撃の夜が明けてすぐのことであった。先行していた兵士が王都へと帰還し、成果をブロドリックとガブリエルに伝え、それがすぐさま竜騎士団全域に広まったことで、颯太がハドリーと話をしている時も城内はいつもと違ってとても騒がしかった。
「そういえば、北方遠征の目的を聞きそびれたな」
アーティーの件に比べたら重要ではない内容だったので、すっかり聞くタイミングを逃してしまった。日を改めて、ハドリーに聞きに行くとしよう。
午前の仕事を終えた颯太は一旦家へと戻る。
家ではすでに一足先に仕事を終えたキャロルが赤ちゃんドラゴンの世話をしていた。
キャロルはヘレナからドラゴンの育て方を教わっており、それを参考に今朝から赤ちゃんドラゴンにかかりきりだった。そのため、キャロルがしていた分の仕事を颯太が担うことになったため、肉体的な疲労はいつも以上だった。
「あ、ソータさん、お疲れ様です。ごめんなさい、私の分まで仕事を頼んでしまって」
「言い出したのは俺なんだから気にしなくていいよ」
「疲れただろう? ほら、リージュだ」
「お、ありがとう、メア」
椅子に腰を下ろした颯太に、メアがキンキンに冷やしたリージュを渡す。それを一気に飲み干すと、颯太は赤ちゃんドラゴンの顔を見るため立ち上がる。
「そういえば、まだ名前を決めていなかったね」
「そうでした」
「命名はキャロルに任せるよ」
「えっ!?」
大きな目をさらに大きく見開いて驚くキャロル。
「わ、わかりました。その重大な役目……謹んでお受けします!」
胸をドンと叩いたキャロルは真っ直ぐ颯太を見つめて宣言する。
「…………」
なんだろう。
いつもなんでも一生懸命なキャロルだけど、今回の気合の入り方はいつもと感じが違うように思えた。なんというか、
「危なっかしい、かな?」
口にしてすぐに首を振ってその危惧を振り払う。
大丈夫。
キャロルなら、きっとあの赤ちゃんドラゴンを立派に育て上げてくれるだろう。颯太にできることいえばただひとつ――
「しっかりとフォローをしてあげないとな」
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