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番外編 キャロルの子育て奮闘記
第54話 悪戦苦闘
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午後からはキャロルも合流して竜舎に新しい寝床用の藁を敷き詰める作業に取りかかる。
間もなく、北方遠征に参加しているというリートとパーキースというドラゴンがこのリンスウッドに帰ってくるので、その準備というわけだ。
なので、現在赤ちゃんドラゴンの面倒を見ているのはメアとノエルである。
メアが紐と毛布で作った即席のベビーキャリアで赤ちゃんドラゴンを背負う形で牧場内を歩き回り、それにノエルがついて回っている。
子どもが赤ちゃんの面倒を見ているという、全員ドラゴンということを忘れ、外観だけで見るならとてもほのぼのとした光景だ。
「あの子たちにとっても、可愛い妹ができたって感じですね」
「だろうな。……て、あの子、雌だったのか」
「言ってませんでしたっけ? ヘレナさんが『可愛い女の子ですよ』と教えてくれました」
「俺には教えてくれなかったな……」
「た、たぶん、私に言ったからもう必要ないと思ったんだと」
必死にフォローしてくれるキャロル。
だが、これまで特に目立たない人生を送って来た颯太には、忘れられることなど日常茶飯事だったので精神的ダメージ自体は少なかった。颯太としては、率先して赤ちゃんの世話係に名乗り出てくれたメアとノエルの気持ちがとても嬉しく、そちらの方が大きかった。
「さて、もうひと頑張りするか」
「はい!」
メアとノエルの頑張る姿は、これまでの疲れを癒すには十分だった。
◇◇◇
その日の夜。
「はい、どうぞ」
「ガウガウ」
ヘレナから教わった赤ちゃんドラゴン用の食事(人間で言う離乳食みたいな物)を与えているキャロル。その姿はまさに、
「完璧に母親だな」
「当然です! 私はこの子のママなんですから!」
瞳を輝かせてキャロルは言い切る。
「たしかに、今のキャロルは母親そのものだな」
「本当に子どもができても、いいお母さんになりそうですね」
メアとノエルも、キャロルの母親姿に太鼓判を押していた。
「そうだな。でも、あまり無理はしないようにな。俺たちもいるんだから」
「はい!」
子育てとは協力プレーだと颯太は考える。
母親役を買って出るキャロルの気概は買うが、それが重荷にならぬよう、全員で支え合っていかなくてはならない。
「そういえば、名前の件なんですけど」
「あ、決まった?」
「はい。マキナって名付けました」
「マキナ、か。何か意味はあるの?」
「昔読んだ絵本に登場する魔法使いの名前なんです。この子には、その魔法使いのように、仲間想いの優しいドラゴンに育って欲しくて」
なんともキャロルらしい願いだった。
「いいじゃないか。よろしくな、マキナ」
「ギャウ♪」
赤ちゃんドラゴン――マキナも、この名前を気に入ったようだ。
その日の夕食は終始そんな和やかなムードで進み、食後は風呂に入って就寝といういつものパターンになったわけだが、
………………
……………………
…………………………
「――で、俺をこんな真夜中に叩き起こした理由はなんだ?」
不機嫌そうにたずねたのはイリウスだった。その視線の先にはパジャマ姿の颯太――そして、颯太にしがみつく寝ぼけ眼のメアとノエル。
「いや、実は……」
事の発端は数十分前。
全員がベッドで安らかな寝息を立て始めた頃、
「ギャアアアアアアアアアアウッ!!!」
「!?」
突然の大声に、颯太はベッドから転げ落ち、その勢いのまま廊下に飛び出る。同じように
キャロル、メア、ノエルも廊下に出てきた。
「な、なんだ?」
「今の泣き声って……」
真っ先に走り出したのはキャロルだった。階段を下り、向かった先は食卓の横に置いてあるマーズナー・ファーム製の手作りベビーベッド。そこにはもちろん、
「マキナ!」
赤ちゃんドラゴンのマキナがいる。
しかし、
「ギャアアアアアアアアアアアアアウッ!!!」
怖い夢でも見たのだろうか、喉が裂けんばかりの声量で泣き叫んでいる。
「もしかして……夜泣き?」
子育ての経験がない颯太でも、名前くらいは知っている。
根本的な原因については解明されておらず、お腹が空いたとか、オムツが汚れたとか、膨大な情報量を脳が処理しているために起こるなんて説もある。その解決方法についてはいくつかあるが、それらはすべて対人間用の対策ばかり。赤ちゃんドラゴンの夜泣き対策など、颯太の住んでいた世界ではなかった。
「お、お腹が空いたんでしょうか?」
「わからないけど……とりあえず試してみよう」
それから、マキナの夜泣き対策についてさまざまな対策を考えた。結果、一度は収まるものの、じゃあ寝るかと部屋へ戻ろうとしたらまた泣き出す――これの繰り返しだった。
「なので、明日の午前仕事を任されている俺と、マーズナー・ファームで実戦訓練の予定があるメアとノエルはこちらで寝ることになったんだ」
「なるほどな。しかし、お嬢1人で大丈夫なのか?」
「心配いらないとは言っていたけど……」
颯太としても、放ってはおけないが、明日の予定を考慮すると睡眠無しというのは体力的にかなりきつい。
「お嬢……やっぱ親父さんの件があるから張り切ってんのかね」
「親父さんって、俺の前任者の?」
「ああ。卵から育てたドラゴンを一流にして竜騎士団へ送り出すのがあいつの長年の夢だったからなぁ。それにミア――ああ、お嬢のおふくろさんも同じ想いだったし……その想いを毎日聞かされて育ってきたお嬢には、あのマキナって赤ん坊が両親の夢そのものに映ってんのかもな」
「…………」
ハドリーが牧場の身売りを提案した時、キャロルは強く反発した。
両親の夢だったこの牧場を守るために。
「俺は……あの子に何をしてやれるんだろう」
「さあて、ね。人間関係のことをたずねられても答えられねぇよ」
「それもそうか……」
「ただ、まあ――お嬢のそばにいてやってくれ。頼れる者が近くにいる……それだけでもお嬢の心持としてはだいぶ違うはずだ」
「イリウス……」
「俺はお嬢の命を狙う輩から救い出すことはできる。だが、お嬢の心を救えるのはおまえだしかいないんだ。頼むぜ、ソータ」
「ああ! 任せろ!」
「いい返事だ。――さあて、お嬢ちゃんたち。そんなとこで寝ていると風邪引くから藁にくるまって寝ろよ」
「「ふあい……」」
いつの間にか颯太の足元で丸まっていたメアとノエルを口先で器用にひょいっとすくい上げて藁のベッドへ落としていくイリウス。人のことを散々父親っぽいと言っておきながら、そうやってメアやノエルを寝床へ運んでいく姿は父親そのものと言えた。
「何見てんだよ」
「いや、別に」
「……ほれ、おまえもさっさと寝ろ。朝起きられなくてマーズナー・ファームへの到着が遅れたら、あのクルクルヘアーの姉ちゃんに何を言われるかわかったもんじゃねぇぞ」
「それもそうだな。おやすみ、イリウス」
「おう」
こうして、颯太は竜舎で一夜を明かした。
間もなく、北方遠征に参加しているというリートとパーキースというドラゴンがこのリンスウッドに帰ってくるので、その準備というわけだ。
なので、現在赤ちゃんドラゴンの面倒を見ているのはメアとノエルである。
メアが紐と毛布で作った即席のベビーキャリアで赤ちゃんドラゴンを背負う形で牧場内を歩き回り、それにノエルがついて回っている。
子どもが赤ちゃんの面倒を見ているという、全員ドラゴンということを忘れ、外観だけで見るならとてもほのぼのとした光景だ。
「あの子たちにとっても、可愛い妹ができたって感じですね」
「だろうな。……て、あの子、雌だったのか」
「言ってませんでしたっけ? ヘレナさんが『可愛い女の子ですよ』と教えてくれました」
「俺には教えてくれなかったな……」
「た、たぶん、私に言ったからもう必要ないと思ったんだと」
必死にフォローしてくれるキャロル。
だが、これまで特に目立たない人生を送って来た颯太には、忘れられることなど日常茶飯事だったので精神的ダメージ自体は少なかった。颯太としては、率先して赤ちゃんの世話係に名乗り出てくれたメアとノエルの気持ちがとても嬉しく、そちらの方が大きかった。
「さて、もうひと頑張りするか」
「はい!」
メアとノエルの頑張る姿は、これまでの疲れを癒すには十分だった。
◇◇◇
その日の夜。
「はい、どうぞ」
「ガウガウ」
ヘレナから教わった赤ちゃんドラゴン用の食事(人間で言う離乳食みたいな物)を与えているキャロル。その姿はまさに、
「完璧に母親だな」
「当然です! 私はこの子のママなんですから!」
瞳を輝かせてキャロルは言い切る。
「たしかに、今のキャロルは母親そのものだな」
「本当に子どもができても、いいお母さんになりそうですね」
メアとノエルも、キャロルの母親姿に太鼓判を押していた。
「そうだな。でも、あまり無理はしないようにな。俺たちもいるんだから」
「はい!」
子育てとは協力プレーだと颯太は考える。
母親役を買って出るキャロルの気概は買うが、それが重荷にならぬよう、全員で支え合っていかなくてはならない。
「そういえば、名前の件なんですけど」
「あ、決まった?」
「はい。マキナって名付けました」
「マキナ、か。何か意味はあるの?」
「昔読んだ絵本に登場する魔法使いの名前なんです。この子には、その魔法使いのように、仲間想いの優しいドラゴンに育って欲しくて」
なんともキャロルらしい願いだった。
「いいじゃないか。よろしくな、マキナ」
「ギャウ♪」
赤ちゃんドラゴン――マキナも、この名前を気に入ったようだ。
その日の夕食は終始そんな和やかなムードで進み、食後は風呂に入って就寝といういつものパターンになったわけだが、
………………
……………………
…………………………
「――で、俺をこんな真夜中に叩き起こした理由はなんだ?」
不機嫌そうにたずねたのはイリウスだった。その視線の先にはパジャマ姿の颯太――そして、颯太にしがみつく寝ぼけ眼のメアとノエル。
「いや、実は……」
事の発端は数十分前。
全員がベッドで安らかな寝息を立て始めた頃、
「ギャアアアアアアアアアアウッ!!!」
「!?」
突然の大声に、颯太はベッドから転げ落ち、その勢いのまま廊下に飛び出る。同じように
キャロル、メア、ノエルも廊下に出てきた。
「な、なんだ?」
「今の泣き声って……」
真っ先に走り出したのはキャロルだった。階段を下り、向かった先は食卓の横に置いてあるマーズナー・ファーム製の手作りベビーベッド。そこにはもちろん、
「マキナ!」
赤ちゃんドラゴンのマキナがいる。
しかし、
「ギャアアアアアアアアアアアアアウッ!!!」
怖い夢でも見たのだろうか、喉が裂けんばかりの声量で泣き叫んでいる。
「もしかして……夜泣き?」
子育ての経験がない颯太でも、名前くらいは知っている。
根本的な原因については解明されておらず、お腹が空いたとか、オムツが汚れたとか、膨大な情報量を脳が処理しているために起こるなんて説もある。その解決方法についてはいくつかあるが、それらはすべて対人間用の対策ばかり。赤ちゃんドラゴンの夜泣き対策など、颯太の住んでいた世界ではなかった。
「お、お腹が空いたんでしょうか?」
「わからないけど……とりあえず試してみよう」
それから、マキナの夜泣き対策についてさまざまな対策を考えた。結果、一度は収まるものの、じゃあ寝るかと部屋へ戻ろうとしたらまた泣き出す――これの繰り返しだった。
「なので、明日の午前仕事を任されている俺と、マーズナー・ファームで実戦訓練の予定があるメアとノエルはこちらで寝ることになったんだ」
「なるほどな。しかし、お嬢1人で大丈夫なのか?」
「心配いらないとは言っていたけど……」
颯太としても、放ってはおけないが、明日の予定を考慮すると睡眠無しというのは体力的にかなりきつい。
「お嬢……やっぱ親父さんの件があるから張り切ってんのかね」
「親父さんって、俺の前任者の?」
「ああ。卵から育てたドラゴンを一流にして竜騎士団へ送り出すのがあいつの長年の夢だったからなぁ。それにミア――ああ、お嬢のおふくろさんも同じ想いだったし……その想いを毎日聞かされて育ってきたお嬢には、あのマキナって赤ん坊が両親の夢そのものに映ってんのかもな」
「…………」
ハドリーが牧場の身売りを提案した時、キャロルは強く反発した。
両親の夢だったこの牧場を守るために。
「俺は……あの子に何をしてやれるんだろう」
「さあて、ね。人間関係のことをたずねられても答えられねぇよ」
「それもそうか……」
「ただ、まあ――お嬢のそばにいてやってくれ。頼れる者が近くにいる……それだけでもお嬢の心持としてはだいぶ違うはずだ」
「イリウス……」
「俺はお嬢の命を狙う輩から救い出すことはできる。だが、お嬢の心を救えるのはおまえだしかいないんだ。頼むぜ、ソータ」
「ああ! 任せろ!」
「いい返事だ。――さあて、お嬢ちゃんたち。そんなとこで寝ていると風邪引くから藁にくるまって寝ろよ」
「「ふあい……」」
いつの間にか颯太の足元で丸まっていたメアとノエルを口先で器用にひょいっとすくい上げて藁のベッドへ落としていくイリウス。人のことを散々父親っぽいと言っておきながら、そうやってメアやノエルを寝床へ運んでいく姿は父親そのものと言えた。
「何見てんだよ」
「いや、別に」
「……ほれ、おまえもさっさと寝ろ。朝起きられなくてマーズナー・ファームへの到着が遅れたら、あのクルクルヘアーの姉ちゃんに何を言われるかわかったもんじゃねぇぞ」
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