おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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禁竜教編

第67話  仮面の男

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 ハドリーたちと合流した颯太は、旧レイノアの王都を遠目から眺めていた。

 ハルヴァとは比べ物にならないくらい小規模な街並みであるが、人々がいる頃は賑わっていたと思わせる形跡も散見できた。

「人の気配がしませんね」
「ここにいないってことは、奥にある城の中に立てこもっているんだろう。リートとパーキース、そしてその他のドラゴンたちもあそこにいると思われる」

 王都の最奥部に佇む城。
 さすがにハルヴァ城と比較すると見劣りはするが、それでも威厳を感じる外観をした立派な城だ。

「俺たちはもう少し接近してみようと思う」
「大丈夫ですか?」

 颯太としては、一刻も早くリートとパーキースらさらわれたドラゴンを助け出したいという気持ちはあった。しかし、相手はどうもこちらの想定と少しながらズレがある。だが、その少しのズレが致命的なミスを招く恐れがあると颯太は感じていた。

 相手は大胆にも4大国家のハルヴァに攻撃を仕掛けてきた。
 端から見ればただの無謀な行い。
 しかし、なんの詳細もなくそんな行為をするだろうか。
 リュミエールを狂わせたアレはただの布石で、本当はもっと強烈な隠し玉を持っている可能性はないだろうか。

 考えれば考えるほど、深みにハマる底なし沼のようになってしまう。

「おまえの懸念はもっともだ。――しかし、やはりドラゴンの救出を最優先に考えるなら少しでも早めに詳しい敵方の状況を見極めておくことが必要だとも思っている。それに、そもそも今はハルヴァの領地だ。もし城に立てこもっているならば不法占拠ってことになる」

 竜騎士団として、それは見逃せない事態だ。

 それに、ここまで殺風景だと、相手側の戦力の乏しさが透けて見えるということも考えられた。禁竜教はその言動から不気味な面が押し出されているが、規模や戦力については明確に判明しているわけではない。
 
 ハドリーは1つの仮説を立てていた。

 ――相手にとってまともに戦える戦力は竜人族1匹だけではないのか。

「さすがにここまで来て何もないとなるとな。……最初は俺たちを誘い込んでいるのだとばかり思っていたが、どうもそれも違うようだ」

 もし、敵が罠を張ってこちらを誘い込もうとしているなら、ここまで接近して何もないのはおかしいのではないかとハドリーは分析していた。

「深読みだったと?」
「断定はできんが……援軍到着まではまだかなり時間がかかる。このまま手をこまねいている間にヤツらが何をしでかすかわからん。少し強気に出るつもりだ」

 真横にいる颯太には、ハドリーの焦りがヒシヒシと伝わってくる。

 その背景にあるのは――ハルヴァのドラゴン事情。

 オーナー職に就き、最大手のマーズナーと交流をしてきた颯太には、ハルヴァの中にあるドラゴンへの扱いが手に取るようにわかっていた。

 ハルヴァは他の3国に比べると――ドラゴンの頭数が圧倒的に少ない。

 生産牧場の数自体もそうだし、100匹単位で飼育しているのがマーズナーのみという現状は、他の3国と大きく水をあけられている。

別に競争相手というわけではないのだから、そこまで躍起になってドラゴンの数を増やそうとしなくてもよいのだが、国家戦力として重要な位置を占めるドラゴンの数はイコール国力というつながりを持つ。ドラゴン失踪事件がありながらも舞踏会を強行したハルヴァには、「ドラゴンの数が減る」という事態も到底見過ごすことはできなかった。

 颯太としても、リートとパーキースとの再会を待ち望んでいるイリウスのため、なんとか無事に救出をしたいという気持ちはあった。

 しかし、
 
「……ハドリーさん」
「なんだ?」
「相手はリュミエールのように、こちらの戦力を自軍のものとして使うことができる。ということは、リートとパーキースも同じようにこちらへ攻撃を仕掛けてくるとも考えられます」
「……つまり?」
「こちらの戦力は向こうにとっても戦力である。――そう易々と手に入れたドラゴンを手にかけるなんてしないと思います」
「時間はある――と、考えているわけだな」
「はい」

 だから焦りは禁物だと伝えようとしたが、最後まで言わなくてもハドリーは颯太の発言の意図を読み取れたようだった。

「わかった。……しかし、偵察へは行くぞ」
「それについては賛成です」

 とりあえず、この先の行動は決まった。

 ハドリーは数名の騎士を連れて王都内を偵察。颯太と残った兵士たちは現在地で待機し、異常が発生すれば本部で指示を出すヒューズに報告する。

「よし。なら、俺と一緒に行くのは――」
「待ってください。誰か出てきました」

 1人の兵士が静かな口調で知らせる。ハドリーをはじめ全員の視線が王都へと注がれた。
 木造の古びた家屋。
 こちらからは死角になるその陰から、計5人の男たちが姿を現した。

 真ん中に1人――リーダーと思われる人物は黒いキャソックに似た服を着用していて、手には十字架のような物が握られていた。何より驚いたのが、

「なんだよ、あの仮面は……」

 男は仮面をつけていた。
 真っ黒な服装とは対になる汚れないのない純白の仮面。
異様な出で立ちではあるが、明らかに、禁竜教の関係者であり、しかもその風貌から上位に位置する人物と思われる。――いや、教祖だと言われても信じられるほど貫禄があった。

その四方を取り囲む男たちも禁竜教の教団なのだろうか、黒一色に染まった祭服と思しき服を身にまとっている。

「こちらには気づいていないようだが……何しに出てきやがった?」

 仮面の男は周りを取り囲む教団員たちに何やら指示を送っている。

「…………」
「? どうかしましたか、ハドリーさん」

 様子をうかがっていたハドリーは、頭をポリポリとかいて、

「いや……あの仮面の男……素顔こそ隠してはいるが……どこかで会ったような……」
「え!? まさか、元ハルヴァの人とかじゃ……」
「わからん。ただの気のせいだろう。それより、今後のことだが――」
「! ハドリー分団長! あれを!」
 
 兵士の1人が隠れているのも忘れて叫んだ。
 その原因は、

「! リート!?」

 荷車に乗せられて運ばれてきたのは――リンスウッド・ファーム所属の陸戦型ドラゴン《リート》であった。薬を使われたのか、或は、例の竜人族の仕業か、ロープでがんじがらめにされているとはいえ、虚ろな目をしてまったく抵抗する気はなさそうだ。

 リートが乗せられた荷車の横には、巨大な斧を担ぐ大男がいる。さっきまではいなかった男だ。

「おいおい……まさか、見せしめに殺そうっていうんじゃ」
「そんな!?」

 隠れていることを知っているのか、それとも、なかなか行動しないこちらに痺れを切らして炙り出すつもりか。
 いずれにせよ、リートの命が危ない。――その時だった。

 ドドドドドドドドドッ――

「! 今度はなんだ!?」

 地響きがハドリーたちを襲う。
 背後から、何か巨大な生物が近づいてきているようだ。

「ぐっ!? なんてこった! あっちは囮で本命は背後からの強襲か!?」

 すべてバレていた。
 王都へ注意を払うよう仕向け、手薄になった背後を狙う気か。まさか、それだけの戦力があったなんて。完全に誤算だった。

「――いえ、違います」

 だが、颯太はそれを否定する。
 颯太にはわかっていた。
 地響きに紛れて轟く聞き慣れた叫び声。

「リートォォォォッ!!!!」

 囚われた仲間の名を呼びながら、ハドリーたちの頭上を飛び越えた巨体――現れたのはイリウスだった。

「あのバカ!?」

 イリウスはリートを助けるため、独断で行動し、仮面の男たちの前に立ちはだかる。

「これ以上、俺の仲間に手を出してみろ――1人残らず噛み殺すぞ!」

 勇猛な雄叫びが曇天に響き渡った。
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