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禁竜教編
第75話 廃城捜索
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夜はすっかり更けていた。
「この城に来るのは何年振りかねぇ」
感慨深げに言ったのはハドリーだった。
旧レイノア城内にはすでに多くの竜騎士が入り込み、撤退した禁竜教に関する情報が残されていないか調査が進められていた。
これまで、たかが宗教集団だと侮っていた報いを受けた格好になった今回の事件。騎士団ではその反省を踏まえ、禁竜教への追走に燃えていた。
颯太とハドリーも手がかりが残っていないか城内を捜索している最中だ。
「昔は小さいながらも気品ある佇まいをしていたあの城が……人が住まなくなってほんの十数年だっていうのによぉ」
「人が住んでいる時よりも住まなくなった時の方が家の痛みが早いって言いますからね――うん?」
「どうした、ソータ」
廊下の途中で足を止めた颯太。その理由は――壁にかけられた一枚の肖像画だった。
「この人は……」
描かれていたのは少年だった。
短い緑色の髪に黒い瞳。
椅子に座るその姿はいかにも「王族の人間」であることを匂わす高貴な雰囲気をまとっていた。
「この人? ――ああ……この御方か」
ハドリーはどこか寂しそうな目で絵画を見上げる。
「前に俺がこの国の姫の結婚式を見に行ったって話はしたよな?」
「はい。覚えています」
「そこに描かれているのはその姫様の息子でこの国最後の王子だ。たしか名前は……ランスローと言ったか」
「ランスロー……」
「若くして病によりこの世を去ったと聞いている。縁談も決まってまさにこれからって時だったのに、とその死を嘆く声が多かった」
「へぇー……」
颯太はその肖像画に釘付けとなった。
王子の肖像画というだけあって、きっと名のある画家が手がけた作品なのだろう。妙に惹きつけられる魅力を醸し出しているのだが――どうもそれだけではない。
「どこかで会ったことがあるような……」
すでに故人である以上、颯太が会うことなとあり得ないのだが、既視感というか、この人物と会った気がしてならない。
「他人の空似じゃないか?」
「……そうですね」
腑に落ちない感はあったが、そう納得せざるを得ない。
――ただ、ちょっと気にはなったので、この国の歴史についてもう少しだけハドリーにたずねてみる。
「ランスロー王子が早くに亡くなったのが衰退の原因なんですか?」
「そう言われている。なんでも、女王様の落胆ぶりがハンパじゃなかったらしい。エインさんの話では、葬儀のあとまったく表舞台に姿を現さなくなったと聞いている」
「エインさん?」
「ああ――エインさんっていうのは竜騎士の先輩だ。将来は騎士団長にもと期待されていたのだが、魔族との戦いで右腕を失ってな。一応、義手になって、日常生活に支障はないとのことだったが、さすがに竜騎士を続けることはできなくて自ら辞めてしまったよ」
「なんだか……残念ですね」
「まったくだ。人格的にもとても素晴らしい人だったが……隻腕になったことにかなりショックを受けていたようだったからな。騎士団は指導者としての道を用意していたようだが、本人が断ったらしい」
そう語るハドリーは心底残念そうに映った。
「その後、レイノア王国で庭師をしながら暮らしていると聞いていたが……この国が領土を譲渡する話が持ち上がった辺りからどこかへ引っ越したらしく、連絡が取れなくなっちまったんだ。――と、話が逸れちまったな」
ハドリーはコホンと小さく咳を挟んで、
「もともとレイノアはソランと並んでハルヴァと友好関係にあった国だ。ハルヴァとしても復興に向けて支援を行っていたが……このレイノアにも、ソランのエレーヌ女王みたいな人材がいればちょっとは違った結果になっていたのかもしれんが」
国王不在という逆境にありながら、エレーヌ・ラブレーが隊長を務める守備隊を中心にして再起を目指していたソラン王国は前国王が起こした内乱を乗り越えて見事に立ち直ることができた。
ソランとレイノア。
同じようにハルヴァから支援を受けていた国でありながら、対照的な未来を歩むことになってしまった。
「ハドリー殿!」
肖像画の前で話し合っていた2人のもとにファネルがやって来た。
「城内を捜索していた各班から報告が上がったであります」
「どうだった?」
「いくつかそれらしい物を回収したでありますが……ハッキリ言って、敵の真相に迫れそうな物はなさそうで……」
「そうか。ご苦労だった。退却は翌日早朝とする。各班に準備を整えておくように伝えておいてくれ」
「わかりました」
この廃城で一夜を過ごすのは正直ちょっと怖いが、メアとノエルがいる前でそんな情けないことは口にできない。
「メア、ノエル、今日はこの城で泊まるってさ」
「はい!」
「疲れていたからありがたい話だ」
意外にも、2匹とも怖がる素振りはない。よくよく考えたら、この森の中にあの2匹以上に怖い存在がいるとも思えない。
「メアもノエルも頼もしいな」
「? どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
「ソータ、今日はこれを羽織って寝とけ」
ドランが布団代わりの毛布を持ってきてくれた。ただ、1枚しかないようだったのであと2枚追加でもらおうとしたが、
「この毛布大きいから私たちが入っても大丈夫そうですね」
「うむ。これならみんなで寝られるな」
どうやら、メアとノエルに毛布はいらないようだ。颯太も、2匹の会話を耳にして苦笑いを浮かべながらも、バサッと毛布を広げて、
「ほら、おいで」
2匹を招き入れる。
颯太を挟むようにして両サイドを埋める2匹は嬉しそうに「おやすみなさい」とあいさつをして目を閉じた。それからすぐさま寝息が聞こえてくる――余程疲れていたのだろう。
「そうしていると、本当の親子みたいだな」
就寝前のコルヒーを飲むハドリーや他の騎士たちに颯太はからかわれるが、激しい戦闘を終えた騎士たちにはその和やかな光景を見ているだけで心身ともに癒されるのだった。
「この城に来るのは何年振りかねぇ」
感慨深げに言ったのはハドリーだった。
旧レイノア城内にはすでに多くの竜騎士が入り込み、撤退した禁竜教に関する情報が残されていないか調査が進められていた。
これまで、たかが宗教集団だと侮っていた報いを受けた格好になった今回の事件。騎士団ではその反省を踏まえ、禁竜教への追走に燃えていた。
颯太とハドリーも手がかりが残っていないか城内を捜索している最中だ。
「昔は小さいながらも気品ある佇まいをしていたあの城が……人が住まなくなってほんの十数年だっていうのによぉ」
「人が住んでいる時よりも住まなくなった時の方が家の痛みが早いって言いますからね――うん?」
「どうした、ソータ」
廊下の途中で足を止めた颯太。その理由は――壁にかけられた一枚の肖像画だった。
「この人は……」
描かれていたのは少年だった。
短い緑色の髪に黒い瞳。
椅子に座るその姿はいかにも「王族の人間」であることを匂わす高貴な雰囲気をまとっていた。
「この人? ――ああ……この御方か」
ハドリーはどこか寂しそうな目で絵画を見上げる。
「前に俺がこの国の姫の結婚式を見に行ったって話はしたよな?」
「はい。覚えています」
「そこに描かれているのはその姫様の息子でこの国最後の王子だ。たしか名前は……ランスローと言ったか」
「ランスロー……」
「若くして病によりこの世を去ったと聞いている。縁談も決まってまさにこれからって時だったのに、とその死を嘆く声が多かった」
「へぇー……」
颯太はその肖像画に釘付けとなった。
王子の肖像画というだけあって、きっと名のある画家が手がけた作品なのだろう。妙に惹きつけられる魅力を醸し出しているのだが――どうもそれだけではない。
「どこかで会ったことがあるような……」
すでに故人である以上、颯太が会うことなとあり得ないのだが、既視感というか、この人物と会った気がしてならない。
「他人の空似じゃないか?」
「……そうですね」
腑に落ちない感はあったが、そう納得せざるを得ない。
――ただ、ちょっと気にはなったので、この国の歴史についてもう少しだけハドリーにたずねてみる。
「ランスロー王子が早くに亡くなったのが衰退の原因なんですか?」
「そう言われている。なんでも、女王様の落胆ぶりがハンパじゃなかったらしい。エインさんの話では、葬儀のあとまったく表舞台に姿を現さなくなったと聞いている」
「エインさん?」
「ああ――エインさんっていうのは竜騎士の先輩だ。将来は騎士団長にもと期待されていたのだが、魔族との戦いで右腕を失ってな。一応、義手になって、日常生活に支障はないとのことだったが、さすがに竜騎士を続けることはできなくて自ら辞めてしまったよ」
「なんだか……残念ですね」
「まったくだ。人格的にもとても素晴らしい人だったが……隻腕になったことにかなりショックを受けていたようだったからな。騎士団は指導者としての道を用意していたようだが、本人が断ったらしい」
そう語るハドリーは心底残念そうに映った。
「その後、レイノア王国で庭師をしながら暮らしていると聞いていたが……この国が領土を譲渡する話が持ち上がった辺りからどこかへ引っ越したらしく、連絡が取れなくなっちまったんだ。――と、話が逸れちまったな」
ハドリーはコホンと小さく咳を挟んで、
「もともとレイノアはソランと並んでハルヴァと友好関係にあった国だ。ハルヴァとしても復興に向けて支援を行っていたが……このレイノアにも、ソランのエレーヌ女王みたいな人材がいればちょっとは違った結果になっていたのかもしれんが」
国王不在という逆境にありながら、エレーヌ・ラブレーが隊長を務める守備隊を中心にして再起を目指していたソラン王国は前国王が起こした内乱を乗り越えて見事に立ち直ることができた。
ソランとレイノア。
同じようにハルヴァから支援を受けていた国でありながら、対照的な未来を歩むことになってしまった。
「ハドリー殿!」
肖像画の前で話し合っていた2人のもとにファネルがやって来た。
「城内を捜索していた各班から報告が上がったであります」
「どうだった?」
「いくつかそれらしい物を回収したでありますが……ハッキリ言って、敵の真相に迫れそうな物はなさそうで……」
「そうか。ご苦労だった。退却は翌日早朝とする。各班に準備を整えておくように伝えておいてくれ」
「わかりました」
この廃城で一夜を過ごすのは正直ちょっと怖いが、メアとノエルがいる前でそんな情けないことは口にできない。
「メア、ノエル、今日はこの城で泊まるってさ」
「はい!」
「疲れていたからありがたい話だ」
意外にも、2匹とも怖がる素振りはない。よくよく考えたら、この森の中にあの2匹以上に怖い存在がいるとも思えない。
「メアもノエルも頼もしいな」
「? どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
「ソータ、今日はこれを羽織って寝とけ」
ドランが布団代わりの毛布を持ってきてくれた。ただ、1枚しかないようだったのであと2枚追加でもらおうとしたが、
「この毛布大きいから私たちが入っても大丈夫そうですね」
「うむ。これならみんなで寝られるな」
どうやら、メアとノエルに毛布はいらないようだ。颯太も、2匹の会話を耳にして苦笑いを浮かべながらも、バサッと毛布を広げて、
「ほら、おいで」
2匹を招き入れる。
颯太を挟むようにして両サイドを埋める2匹は嬉しそうに「おやすみなさい」とあいさつをして目を閉じた。それからすぐさま寝息が聞こえてくる――余程疲れていたのだろう。
「そうしていると、本当の親子みたいだな」
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