おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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禁竜教編

第74話  旧王都奪還

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「この歌は……ノエルが来てくれたか!」

 旧レイノア城で凶暴化したドラゴンたちが、空から降り注ぐ優しい歌声を耳にした途端、

「うお、おう……俺は今まで何を……」
「うぅ……」
「なんだか悪い夢を見ていた気分だぜ……」

全員が正気を取り戻し、大人しくなった。

 この歌声は間違いなく、ノエルの《浄化の歌》だ。
 自らの歌の力で石に変えてしまった人々を元に戻した時の歌だが、他者の能力に対しても有効に働くとは。

「ソータ!」

 ズシン、と重量感ある着地を決めたメアは、

「先ほどの竜人族が逃げたぞ」
「! よし! すぐに追うぞ! ノエルの歌がある限り、ヤツの赤い眼の効力は薄くなっているはずだ!」
「我らも行きますぞ!」
「おうよ! 俺たちのドラゴンを同士討ちさせようなんて姑息なマネをするようなヤツは蹴散らしてやるぜ!」

 我に返った相棒ドラゴンに跨ったファネルとドランを連れて、颯太は敵の竜人族が逃げたという方向へ、メアの背中に乗って追いかけた。

 深追いは禁物――そう言い聞かせながらも、ここで敵の主力である竜人族を逃がしたくはないという思いもあった。

 颯太の中に芽生える強い思い。
 それは、敵の竜人族がどのような考えを持って禁竜教に味方しているのかという点だった。周囲からの情報を統合するに、禁竜教はドラゴンを毛嫌いしているはず。それなのに、なぜ禁竜教側についているのか――もしかしたら、ノエルのように脅されて協力を強制されている可能性もある。

 ――だが、

「……逃げられたか」

 走り抜けた先は旧レイノア城の裏門。
 ボロボロの吊り橋がかけられたそこには、人の気配を一切感じない。

「くそっ! 増援も来てんだから一気に追いかけるぞ!」
「いや、深追いは禁物だと思います」
「ソータ殿の言う通り。旧レイノア城を奪還するという当初の目的は果たせられた。それに、これ以上仕掛けてこないところを見る限り、敵側にはこちらのドラゴンを狂わせて同士討ちを狙うという以外にこちらと対等に渡り合えるだけの戦力はない――次に対峙する時は、こちらもある程度対策を立てられるであります」
「……わかったよ」

 消化不良といった表情のドランだが、その判断が正しいことをよく理解しているのでそれ以上何も言わなかった。
 ファネルとドラン。
 対照的な性格の2人だが、その正反対ぶりがうまくマッチしていいコンビになっているなと颯太は感じた。

「さあ、城へ戻りましょう、ソータ殿」
「ああ……そうだな」

 北方遠征軍の奇襲から始まった旧レイノア王都の不法占拠事件は、犯人である禁竜教を追い出すことで解決となった。

 ――が、颯太の心には一抹の不安が残った。

 赤い瞳の竜人族。

 舞踏会の夜にハルヴァを襲撃したローブの男が連れていたナインレウス。それに続き、今度も「敵」として戦うことになった竜人族。

 颯太の頭に思い浮かぶのは、マーズナー・ファームにいるアーティーが教えてくれた竜王選戦だ。
竜王レグジートの死から始まった竜人族同士での王を決める戦い。
 禁竜教も、あのローブの男も、もしかしたら竜王選戦の存在を知り、竜人族を引き入れて竜王の地位を悪用しようとしているのではないか。

 それはまだ颯太の憶測に過ぎない。
 しかし、レグジートが亡くなってから、こうも立て続けに竜人族絡みの事件が起きるのは偶然とも思えなかった。

 今、人類は対魔族のために決起し、4大国家が中心となって戦力を集めている真っ只中にある。だが、その裏で、よからぬことを企む存在がちらついているのも、舞踏会と今回の占拠事件を通してハッキリと確認した。

 問われている――颯太はそう直感した。

 人と竜人族。
 
 まだこの世界に来て日の浅い颯太ではあったが、両者の関係性が大きく変化しようとしていることを肌で感じ取っていた。

「メア」
「? 呼んだか、ソータ」

 颯太は思わずメアの名を呼んだ。
 この世界で初めて牧場へと引き入れることに成功したメア。すでに人間形態へと戻っていたメアは、そのつぶらな瞳で颯太を見上げる。

 ――いつか、メアやノエルも竜王選戦に参加しなければならない。

 本人たちにその意思がなくとも、竜王を目指す者たちが挑んでくる。アーティーはたしかにそう言っていた。

 そうなった時――自分はオーナーとして、竜の言霊を宿した者として、この子たちに何をしてやれるだろうか。自分は戦えないし、ブリギッテのように傷を癒してやることもできない。できることといえば、
 
「なあ、メア」
「うん?」
「俺は……ずっとおまえたちのそばにいるからな」

 それで事態が好転するとは思えない。
 けれど、自分にできることは、メアやノエルに寄り添って、あの子たちの帰る場所を守り続けることだと颯太は考えた。

「わざわざ口にしなくとも、ソータが我らの前から消えるなどあり得ないからな」

 メアも、颯太の気持ちを十分理解しているようだった。

「ソータ殿! ハドリー殿が到着しましたぞ!」

 ファネルの声に「今行く」と答え、メアの銀色の髪にそっと手を置く。

「さあ、行こうか。みんなが待っているよ」
「うむ。ノエルにいいところを持っていかれた感はあるが……まあ、終わりよければすべてよしというしな」

 手を離そうとしても、手首を掴んで「まだそのままだ」というメアの要求に応えながら、颯太はハドリーたちが待つ旧レイノア城へ向かって歩きはじめた。


 ◇◇◇


「驚いた……おまえの瞳の力を無効化する能力を持ったドラゴンがいたとは」

 旧レイノア城から離れた小高い丘から、旧王都へ雪崩れ込むハルヴァ竜騎士団を眺めているマクシミリアンが呟く。
 その横には、赤い眼の竜人族――人間形態のジーナラルク。さらに反対側には側近である教団員の男が立っていた。

「やはり、ハルヴァではなくダステニアにすべきでしたかね」
「いや……そうではない。ハルヴァでなければ――いや、旧レイノアでなければいけなかったのだ。――あの方のためにも」

 マクシミリアンは馬車へと視線を送る。

「特に混乱はなかったか?」
「それが……お部屋を出る際にかなり動揺しておられて……やむなく薬を使用しました」
「そうか。部屋を出たくない、と?」
「ええ。――もう二度と出たくないと仰っていました」
「……わずかだが、記憶に変化が現れたようだな。それでいい。それだけでも、無茶をした甲斐があったというもの。できればもう少しハルヴァ側の戦力を削いでおきたかったが」

 マクシミリアンは「昔のようにうまくはいかぬものだ」と嘆息を漏らして、

「このまま森を東へ進む。しばらく行けば旧王家が避暑地として使用していた別宅があるはずだ。そこで次の作戦を考える。皆にそう伝えてくれ」
「わかりました」
 
 教団員の男は周囲を見張る他の教団員たちへ報告をしに行く。

「さて……やはり1人では限界があったか」

 ジーナラルグからの反応はない。
 だが、痛感しているのだろうとマクシミリアンは感じていた。
 ジーナラルグとは一年や二年の付き合いじゃない。
 言葉はわからないし、メアやノエルに比べるとほとんど感情を表に出さないタイプだが、なんとなく纏う雰囲気の変化で感情が読める。

「まあいいさ。これからいろいろと考えれば、な、――さあ、行こう」

 年季の入ったシワだらけの手でジーナラルグの背中を押すマクシミリアン。
 禁竜教を率いる彼の頭の中には、すでに「次」へ向けた計画が練られていた。
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