おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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禁竜教編

第73話  イリウスの戦い

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 颯太たちが旧レイノア城で戦闘を繰り広げているのと同時刻。

 王都の外では竜騎士団が暴走したドラゴンを相手に奮闘をしていた。
 彼らは戦闘を長引かせることで竜人族の能力が薄まることを知っているため、遠方からの攻撃を中心に時間をかけてドラゴンを救出していった。
 
 だが、それは同時に旧レイノア城奪還へ向かった颯太たちへの援護が遅れることを意味していた。

「まずいな。時間がかかり過ぎている」

 ハドリーに焦りの色が見え始めた。
 竜騎士団として、ドラゴンを無傷で救助できる方法があるならば、それを最優先に起用して実行するのは当然なのだが、それにより颯太たち別動隊が窮地に陥る可能性を秘めているとあって、気が気でない様子だった。

「残っているドラゴンはあと何体だ?」
「3体です!」
「3か……よし、アイク、シュード、ガーバン、オノルスの4名は俺について来い! 旧レイノア城へ向かい、突入部隊の援護に回る! 残った者はまだ暴れているドラゴンと交戦している班へ応援に向かえ! レイトン! ここからはおまえが指揮を執れ!」
「わかりました!」

 ドラゴンの数が減ってきたのを確認すると、ハドリーは隊を分け、突入部隊の援護に回ることとした。

 むろん、別動隊を指揮するファネルやドランは優れた竜騎士だ。
 しかし、相手の中には竜人族がいて、それ以外の戦力は不透明と来ている。
 
「嫌な予感がするぜ……」

 ハドリーの不安は彼を乗せて走るイリウスにも伝わっていた。
 颯太のことは心配だ。しかし、それに匹敵するほど心配している存在がいる。――そいつは援護へ向かおうと走り出した直後、イリウスたちの前に姿を現した。
 茂みから飛び出してきたのは、

「! パーキース!?」

 見知ったドラゴンの登場に、イリウスの足が止まった。ハドリーも、パーキースの顔は知っていたので、飛び出してきたのがそうだとすぐにわかった。

「ちぃっ!? パーキースか!?」

 考え得る限り最悪の相手が現れた。

 颯太とは違い、イリウスと言葉を交わせないハドリーでも、イリウスとパーキースの関係性はよくわかっている。だからこそ、せめて敵の能力で暴走しているパーキースの相手は別班に任せたかったが――これも何かの因果か、イリウスの前に瞳を真っ赤に染めたパーキースが現れてしまった。

「ここは他の班に任せて俺たちは別ルートから――」
「グオォォォォォォッ!!!」

 大気を震わせる雄叫び。
 ハドリーの思いとは裏腹に、イリウスは興奮状態――戦う気満々だった。

「イリウス……おまえ――やれるのか?」
「グオウッ!」

「やれる!」――ハドリーにも、今のイリウスの気持ちは手に取るようにわかった。

「……わかった。――さっきの指示は撤回。ここは俺とイリウスに任せろ。おまえたちはファネルとドランの援護だ。急げ!」

 その意気込みを買い、パーキースへ一騎打ちを挑むとハドリーは決断。連れてきた他の竜騎士たちを先行させて、自身はイリウスと共にパーキースの救出に付き添うことにした。
 
「イリウス――存分にやってやれ!」

 ハドリーの言葉がまるで引き金であったかのように、イリウスは暴れ狂うパーキースへと飛びかかる。これにより、パーキースの意識は完全にイリウスへと注がれた。

「へっ! 勇んで遠征に参加したくせに、あっさり敵の罠にハマってんじゃねぇよ!」

 一旦距離を取ったイリウスは再びパーキースへと突っ込む。自分よりも一回り小柄なパーキースはスピードこそ上だが、それ以外のステータスはすべて劣っている。
 ましてや、今は暴走状態。
まともな状況判断もできず、ただ暴れ回るだけのパーキース。そのうち、イリウスへ突進を始めた。

「らしくないな。まあ、暴れるように闘争心だけを増幅させられているようなものだから無理もねぇか」

 呆れたように言い捨てて、向かってくるパーキースを迎え撃つ。

「新オーナーにあれだけ見栄切ったんだ。一方的にやられっぱなしでしたじゃ笑い話にもなんねぇぜ」

掴み合う両者。
獰猛な視線が交差し、鋭い牙の間から漏れ聞こえる唸り声が森を静かに震わせた。

「ゴアァァァッ!」
「大人しくしてなっての!」

 体格で勝るイリウスは、完全にパーキースをねじ伏せていた。

「いいぞ! その調子だ!」

 このまま組み伏せて正気になるのを待てばいい――決着はついたかと思われたが、

「ギアァァァッ!」

 第三の叫び声がして、茂みが激しく揺れる。

「! おいおい! 残り3匹中2匹がここに集まったのかよ!」

 想定外の事態が発生。
 残り3匹となった未救出のドラゴンのうち2匹がイリウスの前に現れた。しかも、そのドラゴンは、

「グギャアァァァッ!」
「ゲアァァァッ!?」
 
 何を思ったのか、イリウスと取っ組み合いをしているパーキースを攻撃し始めたのだ。

「お、おい! やめろ!」

 さっきまでパーキースと力比べをしていたイリウスが怒鳴る。その横槍のせいで、余計に負傷してしまったらどうするんだ、という怒りが沸き上がった。

 しかし、相手は赤い眼により狂わされたドラゴン。
 そんなイリウスの抗議など露知らず、一方的にパーキースへと危害を加えていく。

「こいつ――どきやがれ!」

 イリウスの頭突きが、乱入してきたドラゴンに命中。よろめくそのドラゴンだが、すぐに体勢を立て直してイリウスへと向き直る。同じく、パーキースもこちらに敵意を向けたままになっていた。

「これは……ちょっとヤバいな」

 ハドリーの頬を汗が伝う。
 さすがにこの状況はまずい。


 ――だが、その時だった。


「――――♪」

 どこからともなく聞こえてくるこれは――歌だ。

「む?」
「お?」

 イリウスとハドリーには、誰が歌っているのか――すぐに見当がついた。

「やれやれ、普段は可愛いのにあの姿でいると……やはりちょっと怖いな」
「へへっ、怖いねぇ……俺には救いの女神――いや、天使に見えるぜ」

 上空から、ノエル(ドラゴン形態)が、その美しい歌声で荒んだ暴走ドラゴンたちを鎮めていった。
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