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禁竜教編
第77話 【幕間】カレンの報告
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旧レイノア王都奪還作戦成功から一夜明け。
「失礼します」
ハルヴァ城内――外交大臣執務室を訪れたのはカレン・アルデンハークであった。
「戻ったか。――では、早速報告を聞こうか」
部屋の主である外交大臣のスウィーニーが言うと、カレンは「はい」と返事をして査察初日から北方遠征団救出作戦、そして旧レイノア王都奪還作戦成功に至るまでの高峰颯太の動向を事細かに報告した。
生真面目な彼女らしく、その報告は要点をまとめた簡潔でわかりやすいものであり、内容がスッと頭の中に入ってくるよう工夫が施されていた。
「…………」
スウィーニーは表情を変えず、カレンからの報告に耳を傾けている。
カレンは颯太に宣言したように、外交局に根付く古い考えを捨て、より密とした情報のやりとりを中心にして国家が真なる意味でひとつにならなければいけない時代になっていると訴えた。
「我々4大国家が魔族との決戦を終えたら……まず間違いなく、4大国家の牙城を崩すために鳴りを潜めていた勢力が動き出します。舞踏会の夜に襲撃してきた者や、禁竜教は氷山の一角にすぎないかもしれないのです」
「だから国防局とももっと協力を」――最後に念を押すかの如くそう締めようとしたカレンであったが、おもむろに突き上げられたスウィーニーの右手がそれを阻む。
「カレン・アルデンハーク……君は勘違いをしているようだ」
「……え?」
これまでに聞いたことがない、凍りつくような冷めた声だった。
「私はタカミネ・ソータという人間がドラゴン育成牧場のオーナーに相応しいかどうかの査察に向かわせたのだ。今回の事件の真相やその後の展開について見解を述べよと言った覚えはない」
「で、ですが――」
「そもそも今君が言ったことについてはすでに外交局でもさまざまな案を検討中だ。君が出しゃばる必要はない。君は与えられた任務を忠実に遂行すればそれでよいのだ」
「…………」
カレンは何も言い返せなかった。
自分の意見を最後まで押し通すつもりもないが、ここまで門前払いされるとは思っていなくて面食らったというのが本音だ。
ただ、外交局の上役たちの間でカレンたちのような若手が知り得ない情報を掴んでいるのかもしれない。
――だが、その状況こそがカレンの抱く「不可解な点」であった。
外交局の中でも、重要な情報は上役のみにしか流れていない。若い外交局の人間は知り得ないことが山ほどある。
情報漏洩防止という名目があるとはいえ、同じ外交局内でもこれだけ情報の有無に差があるというのはいかがなものか。もちろん国家機密が関わっている以上、誰にでも情報を開示するというわけにはいかないのだろうが、それにしたって人数が少な過ぎる。
なぜ外交局はここまで頑ななのだろう。
カレンの中に、これまで考えもしなかった疑念が渦巻いていく。
ごく一部の人間に権力が集中している外交局。
それに対し、竜騎士団を擁する国防局は誰もがひとつの目標に向かいその身を賭して戦い抜いた。組織内での強い団結力を感じた。組織としての構造に違いがあるとはいえ、この歴然とした差は無視できない。
当然ながら、外交局には外交局にしかできない仕事がある。
他国とのつながりという観点から見れば、政治面における重要性はトップクラスに位置づけられるだろう。
それなのに、今の外交局にはどこか頼りなささえ覚える。
スウィーニーは優秀だ。
これまでも困難な外部交渉を数えきれないくらい成立に導いて来た。
それでも、やはり今のスウィーニー率いる外交局は――
「わかったな? 今後もタカミネ・ソータに張りつき、その裏の顔を暴け。ヤツには絶対何か裏があるはずだ」
「……わかりました」
口ではそう言うものの、心はまったく納得していない。それでも首を縦に振ることしか答えが用意されていないので、カレンはただ大臣の望むような答えを並べるしかなかった。
大臣執務室を出て、廊下を歩くカレン。
次第にその足取りはある場所を目指して進むようになる。
その部屋は――国防大臣執務室前――ブロドリック国防大臣のいる部屋だ。
ドアをノックすると、野太い声で「誰だ?」と返事がきた。
「外交局のカレン・アルデンハークです」
身元を知らせると数秒の間があって、
「入ってくれ」
今度は先ほどと違い穏やかな声色だった。
カレンが入室すると、
「珍しい客人じゃな」
執務机に両肘をつけてカレンを招き入れたブロドリック。その脇には竜騎士団長のガブリエルの姿もあった。
「して、用件はなんじゃ?」
「……単刀直入にお伺いします。――外交局との関係性についてお答えいただきたい」
その言葉に、ブロドリックとガブリエルは顔を見合わせた。
「カレンくんじゃったか。君は今、リンスウッドの査察に来ているそうじゃな」
「先日の旧レイノア王都奪還作戦にもついてきたそうだね」
「はい。……そこでの経験が私の考えを大きく変貌させました」
力強い双眸で、自分よりも地位も年齢も遥かに上のブロドリックとガブリエルを見据える。その眼差しに、ブロドリックは覚えがあった。
高峰颯太。
ブリギッテ・サウアーズ。
あの2人も、初めて会った時に似たような印象を抱いた。颯太に関しては自分の正体を隠しての初対面であったため状況は若干異なるが、仕事についての意気込みを語る際に見せた瞳とそっくりだった。
「ふふっ……若い世代は着実に育っておるようじゃな」
「? 何か?」
「いや、なんでもない。それより……聞かせてくれぬか? その変貌とやらを」
ブロドリック大臣から話すよう促されたカレンは、スウィーニー大臣へ報告した時のように簡潔かつ丁寧に自身の考えを述べた。
「旧レイノア王都奪還作戦を通じ、私は外交局と国防局の組織における構造的な違いを目の当たりにしました」
目に余る集権化が進む外交局に警鐘を鳴らしたいカレンは、国防局と接触し、独自のルートから関係改善を図ろうとしていた。
これは賭けだった。
もし、この件がスウィーニーの耳に入り、逆鱗に触れた場合、カレンは外交局を追われる身となるだろう。ハルヴァ城にだって二度と立ち入れない。
しかし、そのリスクを冒してでも、踏み込まねばならないとカレンは考えた。
旧レイノア王都の奪還作戦を通してカレンが感じた――魔族だけでなく人間が敵ともなり得るという可能性がそうさせていた。
今の外交局にはその意識が希薄過ぎる。
文面だけで見る問題と、直に戦場へ向かい、緊張感を肌で味わったカレンとの間に生じた壁であった。
ブロドリックも、カレンが戦場での経験を生かして現状に危機感を抱ていることについては歓迎すべき意識の変化だと捉えていた。
今のカレンが思っているように、ブロドリックも以前から外交局の危機意識の薄さを懸念してはいた。しかし、いくら訴えかけても暖簾に腕押し。彼らはまともに取り合おうともしなかった。自分たちがハルヴァを建国当時から支え続けているという自負が、後から誕生した竜騎士団の意見をないがしろにする原因となってしまっていた。
カレンはその現状をなんとか打破したいと、自身の未来を賭けて国防局へ乗り込んできたのだとブロドリックは感じ取った。
「カレンくん……君の意見はもっともじゃ。すでに我らの敵は魔族だけではない。むしろ知恵がある分、魔族よりヤツらの方が厄介かもしれん。他国との連携をスムーズに実行するためにも、外交局との協力は必要不可欠になるじゃろう」
「ですが……現状でそれは不可能、と」
「それについては肯定せざるを得ない。――じゃが、今のお主にしかできないこともあるはずじゃ」
「今の私にしかできないこと……?」
ブロドリックの言葉が、カレンの心にドスンと重くのしかかる。
「我々は現在――独自に外交局を調べておる」
「! ブロドリック大臣!?」
ガブリエルは驚きに声を荒げた。
外交局を調べる――大臣自らが発言したその言葉の意味――それはつまり、国防局が身内である外交局に疑惑の目を向けているということだ。
「ぶ、ブロドリック大臣は……外交局が裏切り者であると睨んでいるのですか?」
「決めつけとるわけじゃない。じゃが、ここ数年における外交局の動きはどうにも正常とは言い切れないところがある。そこで、前回の王国議会以降、秘密裏に生産局や修学局との大臣と会談し、調査の了承は得ておる。もちろん、国王陛下にも通達済みじゃ。ワシが議会で査察を提案したのもいわば撒き餌というわけじゃな」
「そ、そんな……」
これまで、自分が絶対だと信じていた外交局が、国内で四面楚歌の状態になっているという現実――カレンは打ちひしがれる思いだった。しかし、
「じゃが、君も今の体制に不満を抱いておるから、ここに来たのじゃろう?」
「それは……」
――そうだった。
カレンは顔を上げる。
今の外交局の動きには疑問を覚えてばかりだ。上役たちの言動が、本当に国民のためを思ってやっているのことなのか――カレンにはそれがわからなくなっていた。
だったら、
「あの、ブロドリック大臣……」
「なんじゃ?」
「私は旧レイノア王都奪還作戦までの報告を終えてきたばかりで、スウィーニー大臣からは引き続きリンスウッド・ファームに留まり、査察を続行せよという命を受けています」
「ほう?」
「なのでしばらくは……その件で国防局を訪れても誰も不審がらないと思います。今のこの状況――国防大臣執務室から私が出てきたとしても、リンスウッド・ファームの件で立ち寄ったと言えば誰からも文句は出ません」
「! き、君は……」
カレンの発言の意図を読み取ったガブリエルは再び驚く。
つまりカレンは名乗り出たのだ――自分が外交局から得た情報をリークするスパイ役をするというわけだ。
「私は……闇を暴きたいと思います」
「なぜ君は……そこまで熱心になれるんじゃ?」
「綺麗事が綺麗事に聞こえなくなるような世界にしたい……それが、私がこの世でもっとも尊敬する人の口癖であり、夢でした」
「……わかった。協力の申し出に感謝する。――じゃが、無理はするな。まだ疑惑段階であり、確証を掴んでいるわけではない。調べた結果、何も出てこなかったという可能性も残っておるからな。それと、今回の件はリンスウッドの面々には内密にするように」
「心得ています」
カレンは敬礼をして大臣執務室を出ると、その足でリンスウッド・ファームへと戻っていった。
「また……来てしまった」
すでに夕暮れ時を越えて夜の闇がすぐそこまで迫っている。
家には明かりが点いていて、かすかだが笑い声も聞こえた。
「楽しそうだなぁ……」
どこか他人事のように呟いて、リンスウッドの家のドアを開けると、
「あ、おかえりなさい、カレンさん」
満面の笑顔でキャロルが出迎えてくれた。
「お腹空いていません?」
「え、ええ……そういえば空腹ですね」
「なら来いよ。今ならまだ冷めてないからさ」
颯太の手招きに引っ張られるようにして席に着いたカレン。
まるで、普通に家族の一員として迎えてくれたかのようで、口には出さないがカレンはとても嬉しく思った。
「? どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもありません。いただきます!」
新たな使命に燃えるカレン・アルデンハーク。
その若い力が、ハルヴァの未来を担う日はそう遠くないのかもしれない。
「失礼します」
ハルヴァ城内――外交大臣執務室を訪れたのはカレン・アルデンハークであった。
「戻ったか。――では、早速報告を聞こうか」
部屋の主である外交大臣のスウィーニーが言うと、カレンは「はい」と返事をして査察初日から北方遠征団救出作戦、そして旧レイノア王都奪還作戦成功に至るまでの高峰颯太の動向を事細かに報告した。
生真面目な彼女らしく、その報告は要点をまとめた簡潔でわかりやすいものであり、内容がスッと頭の中に入ってくるよう工夫が施されていた。
「…………」
スウィーニーは表情を変えず、カレンからの報告に耳を傾けている。
カレンは颯太に宣言したように、外交局に根付く古い考えを捨て、より密とした情報のやりとりを中心にして国家が真なる意味でひとつにならなければいけない時代になっていると訴えた。
「我々4大国家が魔族との決戦を終えたら……まず間違いなく、4大国家の牙城を崩すために鳴りを潜めていた勢力が動き出します。舞踏会の夜に襲撃してきた者や、禁竜教は氷山の一角にすぎないかもしれないのです」
「だから国防局とももっと協力を」――最後に念を押すかの如くそう締めようとしたカレンであったが、おもむろに突き上げられたスウィーニーの右手がそれを阻む。
「カレン・アルデンハーク……君は勘違いをしているようだ」
「……え?」
これまでに聞いたことがない、凍りつくような冷めた声だった。
「私はタカミネ・ソータという人間がドラゴン育成牧場のオーナーに相応しいかどうかの査察に向かわせたのだ。今回の事件の真相やその後の展開について見解を述べよと言った覚えはない」
「で、ですが――」
「そもそも今君が言ったことについてはすでに外交局でもさまざまな案を検討中だ。君が出しゃばる必要はない。君は与えられた任務を忠実に遂行すればそれでよいのだ」
「…………」
カレンは何も言い返せなかった。
自分の意見を最後まで押し通すつもりもないが、ここまで門前払いされるとは思っていなくて面食らったというのが本音だ。
ただ、外交局の上役たちの間でカレンたちのような若手が知り得ない情報を掴んでいるのかもしれない。
――だが、その状況こそがカレンの抱く「不可解な点」であった。
外交局の中でも、重要な情報は上役のみにしか流れていない。若い外交局の人間は知り得ないことが山ほどある。
情報漏洩防止という名目があるとはいえ、同じ外交局内でもこれだけ情報の有無に差があるというのはいかがなものか。もちろん国家機密が関わっている以上、誰にでも情報を開示するというわけにはいかないのだろうが、それにしたって人数が少な過ぎる。
なぜ外交局はここまで頑ななのだろう。
カレンの中に、これまで考えもしなかった疑念が渦巻いていく。
ごく一部の人間に権力が集中している外交局。
それに対し、竜騎士団を擁する国防局は誰もがひとつの目標に向かいその身を賭して戦い抜いた。組織内での強い団結力を感じた。組織としての構造に違いがあるとはいえ、この歴然とした差は無視できない。
当然ながら、外交局には外交局にしかできない仕事がある。
他国とのつながりという観点から見れば、政治面における重要性はトップクラスに位置づけられるだろう。
それなのに、今の外交局にはどこか頼りなささえ覚える。
スウィーニーは優秀だ。
これまでも困難な外部交渉を数えきれないくらい成立に導いて来た。
それでも、やはり今のスウィーニー率いる外交局は――
「わかったな? 今後もタカミネ・ソータに張りつき、その裏の顔を暴け。ヤツには絶対何か裏があるはずだ」
「……わかりました」
口ではそう言うものの、心はまったく納得していない。それでも首を縦に振ることしか答えが用意されていないので、カレンはただ大臣の望むような答えを並べるしかなかった。
大臣執務室を出て、廊下を歩くカレン。
次第にその足取りはある場所を目指して進むようになる。
その部屋は――国防大臣執務室前――ブロドリック国防大臣のいる部屋だ。
ドアをノックすると、野太い声で「誰だ?」と返事がきた。
「外交局のカレン・アルデンハークです」
身元を知らせると数秒の間があって、
「入ってくれ」
今度は先ほどと違い穏やかな声色だった。
カレンが入室すると、
「珍しい客人じゃな」
執務机に両肘をつけてカレンを招き入れたブロドリック。その脇には竜騎士団長のガブリエルの姿もあった。
「して、用件はなんじゃ?」
「……単刀直入にお伺いします。――外交局との関係性についてお答えいただきたい」
その言葉に、ブロドリックとガブリエルは顔を見合わせた。
「カレンくんじゃったか。君は今、リンスウッドの査察に来ているそうじゃな」
「先日の旧レイノア王都奪還作戦にもついてきたそうだね」
「はい。……そこでの経験が私の考えを大きく変貌させました」
力強い双眸で、自分よりも地位も年齢も遥かに上のブロドリックとガブリエルを見据える。その眼差しに、ブロドリックは覚えがあった。
高峰颯太。
ブリギッテ・サウアーズ。
あの2人も、初めて会った時に似たような印象を抱いた。颯太に関しては自分の正体を隠しての初対面であったため状況は若干異なるが、仕事についての意気込みを語る際に見せた瞳とそっくりだった。
「ふふっ……若い世代は着実に育っておるようじゃな」
「? 何か?」
「いや、なんでもない。それより……聞かせてくれぬか? その変貌とやらを」
ブロドリック大臣から話すよう促されたカレンは、スウィーニー大臣へ報告した時のように簡潔かつ丁寧に自身の考えを述べた。
「旧レイノア王都奪還作戦を通じ、私は外交局と国防局の組織における構造的な違いを目の当たりにしました」
目に余る集権化が進む外交局に警鐘を鳴らしたいカレンは、国防局と接触し、独自のルートから関係改善を図ろうとしていた。
これは賭けだった。
もし、この件がスウィーニーの耳に入り、逆鱗に触れた場合、カレンは外交局を追われる身となるだろう。ハルヴァ城にだって二度と立ち入れない。
しかし、そのリスクを冒してでも、踏み込まねばならないとカレンは考えた。
旧レイノア王都の奪還作戦を通してカレンが感じた――魔族だけでなく人間が敵ともなり得るという可能性がそうさせていた。
今の外交局にはその意識が希薄過ぎる。
文面だけで見る問題と、直に戦場へ向かい、緊張感を肌で味わったカレンとの間に生じた壁であった。
ブロドリックも、カレンが戦場での経験を生かして現状に危機感を抱ていることについては歓迎すべき意識の変化だと捉えていた。
今のカレンが思っているように、ブロドリックも以前から外交局の危機意識の薄さを懸念してはいた。しかし、いくら訴えかけても暖簾に腕押し。彼らはまともに取り合おうともしなかった。自分たちがハルヴァを建国当時から支え続けているという自負が、後から誕生した竜騎士団の意見をないがしろにする原因となってしまっていた。
カレンはその現状をなんとか打破したいと、自身の未来を賭けて国防局へ乗り込んできたのだとブロドリックは感じ取った。
「カレンくん……君の意見はもっともじゃ。すでに我らの敵は魔族だけではない。むしろ知恵がある分、魔族よりヤツらの方が厄介かもしれん。他国との連携をスムーズに実行するためにも、外交局との協力は必要不可欠になるじゃろう」
「ですが……現状でそれは不可能、と」
「それについては肯定せざるを得ない。――じゃが、今のお主にしかできないこともあるはずじゃ」
「今の私にしかできないこと……?」
ブロドリックの言葉が、カレンの心にドスンと重くのしかかる。
「我々は現在――独自に外交局を調べておる」
「! ブロドリック大臣!?」
ガブリエルは驚きに声を荒げた。
外交局を調べる――大臣自らが発言したその言葉の意味――それはつまり、国防局が身内である外交局に疑惑の目を向けているということだ。
「ぶ、ブロドリック大臣は……外交局が裏切り者であると睨んでいるのですか?」
「決めつけとるわけじゃない。じゃが、ここ数年における外交局の動きはどうにも正常とは言い切れないところがある。そこで、前回の王国議会以降、秘密裏に生産局や修学局との大臣と会談し、調査の了承は得ておる。もちろん、国王陛下にも通達済みじゃ。ワシが議会で査察を提案したのもいわば撒き餌というわけじゃな」
「そ、そんな……」
これまで、自分が絶対だと信じていた外交局が、国内で四面楚歌の状態になっているという現実――カレンは打ちひしがれる思いだった。しかし、
「じゃが、君も今の体制に不満を抱いておるから、ここに来たのじゃろう?」
「それは……」
――そうだった。
カレンは顔を上げる。
今の外交局の動きには疑問を覚えてばかりだ。上役たちの言動が、本当に国民のためを思ってやっているのことなのか――カレンにはそれがわからなくなっていた。
だったら、
「あの、ブロドリック大臣……」
「なんじゃ?」
「私は旧レイノア王都奪還作戦までの報告を終えてきたばかりで、スウィーニー大臣からは引き続きリンスウッド・ファームに留まり、査察を続行せよという命を受けています」
「ほう?」
「なのでしばらくは……その件で国防局を訪れても誰も不審がらないと思います。今のこの状況――国防大臣執務室から私が出てきたとしても、リンスウッド・ファームの件で立ち寄ったと言えば誰からも文句は出ません」
「! き、君は……」
カレンの発言の意図を読み取ったガブリエルは再び驚く。
つまりカレンは名乗り出たのだ――自分が外交局から得た情報をリークするスパイ役をするというわけだ。
「私は……闇を暴きたいと思います」
「なぜ君は……そこまで熱心になれるんじゃ?」
「綺麗事が綺麗事に聞こえなくなるような世界にしたい……それが、私がこの世でもっとも尊敬する人の口癖であり、夢でした」
「……わかった。協力の申し出に感謝する。――じゃが、無理はするな。まだ疑惑段階であり、確証を掴んでいるわけではない。調べた結果、何も出てこなかったという可能性も残っておるからな。それと、今回の件はリンスウッドの面々には内密にするように」
「心得ています」
カレンは敬礼をして大臣執務室を出ると、その足でリンスウッド・ファームへと戻っていった。
「また……来てしまった」
すでに夕暮れ時を越えて夜の闇がすぐそこまで迫っている。
家には明かりが点いていて、かすかだが笑い声も聞こえた。
「楽しそうだなぁ……」
どこか他人事のように呟いて、リンスウッドの家のドアを開けると、
「あ、おかえりなさい、カレンさん」
満面の笑顔でキャロルが出迎えてくれた。
「お腹空いていません?」
「え、ええ……そういえば空腹ですね」
「なら来いよ。今ならまだ冷めてないからさ」
颯太の手招きに引っ張られるようにして席に着いたカレン。
まるで、普通に家族の一員として迎えてくれたかのようで、口には出さないがカレンはとても嬉しく思った。
「? どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもありません。いただきます!」
新たな使命に燃えるカレン・アルデンハーク。
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