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北方領ペルゼミネ編

第83話  ドラゴンを蝕む病

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「現地に直接集まってもらってもよかったんだけど、目的地までの道のりも結構あるし、何よりちょっと複雑だからまとめて一緒に行った方がいいと思ったの」

 馬車の中で、マシューはそう説明した。
 その馬車というのも、ハルヴァで一般的に使用されているものとは段違いの性能だ。何よりまず広い。颯太、ブリギッテ、カレン、マシュー、アム、オーバの計6人が乗ってもだいぶ余裕がある。
 さらに、その馬車を引っ張る馬も特徴的だ。
 足が太く毛が縮れている。
 ハルヴァの馬車で使用される馬に対して全体的に骨太で頑丈な感じがする。

 しばらく王都を進んでいると、窓から見える光景に颯太は目を奪われた。

 繁華街と思われる賑やかな地区を離れた先にあるその場所には、ドーム型の建築物が点在していた。見慣れない建物群の正体が気になった颯太はマシューにたずねる。

「あれはなんですか?」
「あれ? ――ああ。あれは屋内農地よ」
「屋内農地?」
「あの建物に使用されているのはすべて発熱式魔鉱石なの。これだけ寒い土地でありながら他国にもひけを取らない自給率の高さを誇っているのはあの施設のおかげよ」

 たしかに、王都までの道中で見た雪原や気候から、この辺りは1年の大半を雪に覆われているのだろうと予想はつく。農業には不適合な環境でありながらも、魔鉱石のおかげでカバーできているというわけか。
 さらに颯太は続けて、

「この国にも竜人族はいるんですよね?」
「ええ、もちろん。――あなたがドラゴンと話せるのなら、うちの子たちとも話してみてもらいたいものね」

 大国ペルゼミネの竜人族。
 一体どんな子たちなのだろうか。
興味が尽きない中、馬車はとある施設の前で止まった。

 襟にペルゼミネの国旗が刺繍されたコートを着込む武装兵7人――彼らが守るその門の先には、ペルゼミネ竜騎士団に所属するドラゴンたちが住む竜舎がある。
 
 馬車から降りて竜舎を目の当たりにした颯太はそのスケールに二の句を失う。
 マーズナーの施設もその規模の大きさに驚いたが、ここは桁違いた。
 同じく呆気に取られていたカレンが口を開く。

「お、大きいですね。ハルヴァの竜舎の倍以上はありますよ」
「うちはよその国と違ってドラゴンの育成牧場はないのよ。だから、王都内にある竜舎はそのまま育成施設も兼ねているわけ。ドラゴンたちはここで生まれ、ここで育ち、やがて竜騎士団の一員となっていくの」
「併設しているからこの規模なんですね……」
「あ、ちなみに、他国の人間でこの施設に足を踏み入れたのはあなたたちが史上初よ」

 マシューの明かした事実には、颯太たちだけでなく、アムとオーバも驚きに目を丸くしていた。

「い、言われてみれば……ペルゼミネのドラゴン関連施設の詳細な情報って聞いたことないわね。大体、憶測止まりのものばかりだったわ」
「うちもそうだな。古くから親交のあるハルヴァの竜舎は何度か訪ねたが」

 ガドウィンとダステニアも、ペルゼミネの本来の姿について詳しくは把握しきれていないようだった。

「長らく最上機密事項扱いだったから無理もないわ。でも、ここ数年の魔族による被害が深刻化してきた結果、4大国家での協力体制が不可欠になってきた……それに伴い、もっとも国力の高いペルゼミネが率先してこれまで非公開としてきた情報を表に出すことで、国家間での結束を強めていこうという決議がなされたの」
「たしかに……これまではペルゼミネに入国するのさえ、何重にも渡る審査があって大変だと聞いたことがありましたけど、それが近年になって改善されつつあるのはそうした事情からでしたか」

 外交局の人間であるカレンには、思うところがあるようだ。

「では、今回の竜医の呼集もその情報公開の一端だと?」
「半分正解。過去に例のない奇病の治療方法がわからず、他国の竜医の意見も聞きたいというのは本当よ。――さあ、着いたわ」

 マシューの足が止まる。
 一際大きな木造建築物。 
 10人以上の兵士たちに守られるここに、謎の病で苦しむドラゴンたちが集められているらしい。

「最後にもう一度聞くが……人体への影響はないんだな?」
「神に誓って」

 オーバの威圧感が混じった言葉も、マシューはさらりとかわす。しかし、それはけして軽薄なものでなく、オーバの言葉とはまた質の違った重みを孕むものであった。それだけ自信を持って言えるということなのだろう。

「まだ心配かしら?」
「……いや、行こうか」
「私の方はもうとっくに吹っ切れてるわ。ハルヴァさんは?」
「こちらも大丈夫です」

 ブリギッテが胸を張って答える。

「カレンも大丈夫か?」

 颯太が問うと、カレンはすぐさま頷く。

「覚悟は決めましたから」
「いや、これから入るのは病で苦しむドラゴンたちがいる竜舎だ」
「? 知っていますが?」
「いいのか? ……ドラゴンだらけだぞ?」
「…………覚悟は決めましたきゃら」

 反応が鈍くなって最後にちょっと噛んだ。
 ドラゴンが苦手なカレンには地獄の環境なのだろうが、外交局の職務をまっとうしようとする気迫でなんとか乗り切ろうとしているようだ。

 重厚な扉が兵士たちによって開けられる。
 だだっ広い空間には所狭しと鉄製の檻が置かれていた。床に藁が敷き詰められたそこに、弱ったドラゴンたちが入れられている。

 一見すると、檻に閉じ込めて可哀想だと思ってしまうが、感染力がある以上はこうした隔離処置も致しかたない。

「この子を見て頂戴」

 マシューがひとつの檻の前に立ち、建物内の光景を見回していた颯太たちを呼び寄せる。
 その檻に入っていたのは、比較的小柄なドラゴン。
翼はないので陸戦型のドラゴンだろう。
大きさとしてはパーキースとほぼ変わらないくらいだ。

 ただ、そのドラゴンたちを見た瞬間、颯太たちは息を呑んだ。

「あの斑点模様は……」

 オーバが最初に口を開く。
 その内容はまさに他の5人が真っ先に抱いた疑問と同じであった。

 ドラゴンの全身を覆う白い斑点。
 パッと見の印象は「カビ」だが、どうも違うようだ。
 その異様な姿に、ドラゴン嫌いのはずのカレンでさえ釘付けとなっている。

「あれがこの病の特徴よ。あれが体に浮き上がった頃にはもう歩行が困難なくらい弱ってしまっているケースが多いわ」
「多量の発汗も確認できるわね。脱水症状を起こす危険があるんじゃない?」
「その懸念についてはすでに策を講じているわ。でも、それでは根本的な解決にならない。この子ももってあと1週間ってところかしらね」
「ひどい……」
 
 なんの罪もないドラゴンが病で死んでいく。
 無意識に、颯太は目の前で苦しむドラゴンの姿をリンスウッドで暮らすドラゴンたちに重ね合わせていた。
 メアやノエル、イリウスにリートにパーキースが、このドラゴンのように、ただ死を待つだけの状態になってしまったら――とてもじゃないが冷静ではいられないだろう。
 颯太がドラゴンの近くへ歩み寄ると、


「た、助けてくれ……」


 ドラゴンの声が颯太の耳に届いた。
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