おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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北方領ペルゼミネ編

第84話  ペルゼミネの竜人族

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「! お、おい! しっかりしろ! どこが痛むんだ!?」

 檻に向かって叫ぶ颯太。
 突然の変貌ぶりに、周りは思わず面食らった。――ただ、ドラゴンに向かって言葉を投げかけていることに気づいたブリギッテとカレンは「ドラゴンが何か言ったのか」とすぐに理解した。

「ちょ、ちょっと、何してんのよ」

 事前に知らされているとはいえ、過去にそんな人間と出会った経験のない他の3人はそうもいかないようだ。

「大丈夫ですよ。きっとあのドラゴンから何か聞き出しているんです」

 見兼ねたブリギッテがそう説明すると、3人は「そういえばそうだった」と、颯太の能力を思い出したようだった。

「俺の声が聞こえているか!?」
「少し静かにしてくれないか? ……と言っても、人間に俺たちドラゴンの言葉が通じるわけないか」
「あ、ああ、すまない。気をつけるよ」
「そう言ってもらえるとたすか――え?」

 会話が成立したことで、俯いていた檻の中のドラゴンが顔を上げる。その様子を見ていたマシューは、
 
「あの子……急に顔を上げたわね」
「たぶん、ソータさんと会話できていることに驚いたのだと思います。彼と初めて会話をしたドラゴンは、皆同じような反応を示しますから」

 何度か颯太と共にドラゴン絡みの事件に関わっているブリギッテだからこそ言えることであった。
 視線を集めていることなど露知らず、颯太はなおも檻の中のドラゴンへと声をかけた。その際に、檻にかけられていた木製のプレートが目に入った。マーズナー・ファームで社交界特訓をしていた時に言葉の勉強をしていた成果が見事に発揮され、その言葉をすべて読み取ることができた。

そこにはこの世界の言語で「グラン」と書かれていた。

「グラン……これが君の名前かい?」
「そ、そうだ。私はグランという」
「よかった。合ってたか。実を言うと、まだ言葉の読み取りには自信がなくて、もしかしたら間違っているかもと不安だったんだ」
「……本当に私たちドラゴンの言葉が理解できるのか。ゴホッ!」

 グランは会話の最後で大きくせき込んだ。

「無理をするな。それより、今の症状について何か心当たりはないか?」

 颯太はグランから病気の話を聞き出そうとする。と、

「俺よりも詳しいヤツがいる」
「詳しいヤツ? 誰だ?」
「我が同志スパイムだ。あいつは以前から病が流行ることを予期する発言をしていた。あいつなら、何か知っているかもしれない」
「わかった。俺が聞いてくるよ」
 
 立ち上がった颯太は振り返り、マシューへたずねる。

「この中にスパイムって名前のドラゴンはいませんか?」
「スパイム? いるけど……なぜ彼の名前を知っているのかしら?」
「グランから聞きました」
「…………」

 一切のタメなく真顔でそう言った颯太――とても嘘をついている人間の仕草とは思えなかった。

「いいわ。こっちよ」

 マシューに案内されて、施設のさらに奥へと進む。
 ちょうど真ん中ら辺に差し掛かると、一際大きな檻が出現。その檻の前には女の子が立っていた。なぜこんなところに、と疑問に思うよりも先に――フリフリと左右に揺れる尻尾がその子の正体を雄弁に物語っていた。

「あの子ったら……また勝手に抜け出して」
 
 呆れたようにマシューが言う。
 そのリアクションからして、あの子が、

「竜人族……」

 颯太の声に反応した竜人族の少女はこちら側へ振り向く。
 道中に広がっていた雪原に負けない真っ白な髪に、おでこから伸びる一本角。着ているのは兵士たちがコートの下に着込んでいるペルゼミネの軍服(特注サイズ)であった。

女の子はキッと目を細めて颯太を睨む。

「見かけない顔だな」
「あ、ああ、俺はタカミネ・ソータという者だ」
「! ほぉ……貴様は我らドラゴンの言葉が理解できるのか。――で、何者だ?」
「ハルヴァから今回の奇病についての対策を考案するためにやって来た者だ」
「……ふむ。ハルヴァからの使者か。長距離移動をさせてしまって申し訳ないが、すでに奇病への対策はこの私が確立した。人間たちは黙って私の戦果報告を待て。――そこにいる竜医のマシュー・マクレイグにもそう伝えてくれ」
 
 どことなくメアと雰囲気の似ている竜人族の少女はそう告げてその場を立ち去ろうとするのだが、檻の中で横たわるスパイムが呼び止める。

「同志フェイゼルタット……あなただけでは危険だ」
「何を言うか、同志スパイム。この私が敗北などあり得ない。必ずや貴官の病を治す術をヤツから聞き出して見せよう」

 余程の自信家であるらしい竜人族フェイゼルタットはスパイムの忠告を無視。止めていた足を再び動き出して竜舎から出て行った。

「最近反抗期で困っちゃうわ。今だって、竜人族は奇病にかかるといけないからと隔離されているはずなのに」
「マシューさん、その件についてなんですけど」

 颯太は早速フェイゼルタットとのやりとりをマシューへ報告した。

「あの子がそんなことを……」
「追いかけて止めた方がいいのでは?」
「……いえ、その必要はないわ」
「? なぜです?」
「もし本当にあの子がその『病を治す術』を知る存在のもとへ行こうとしても、そう簡単にこの王都からは抜け出せないわ。たとえ竜人族であっても例外ではないわ。それに、あの子だってバカじゃないもの。下手に暴れればどうなるかくらいわかっているわ。とりあえず、尾行と監視の目を強めておく必要はありそうだけれど」

 そこまで言って、マシューは最後尾についていた兵士4人のうちの2人を呼び寄せ、フェイゼルタットの動向を注視すること、また、竜人族が隔離されている竜舎の警備体制を強化するため、人員を増やすよう上層部に伝えよと命じる。
 それを受けた兵士たちは速やかに行動を開始したが、

「ペルゼミネは竜医の立場が強いのだな。ダステニアでは竜医が兵士に指示を出すなどあり得ないというのに」

 違和感を覚えたオーバが言うと、

「私に限らず、ペルゼミネの竜医は皆竜騎士団所属ということになっているのよ。このペルゼミネでは階級が細かく振り分けられていて、この竜舎内でもっとも階級が上である私の命令は絶対なの。もちろん、ここに私よりも階級が上の人間が来れば、そちらの命令が優先度としては高くなるのだけど。まあ、お国柄ってヤツよ」

 ハルヴァでは竜騎士の上に分団長がいて、その上に副団長と団長がいるというシンプルな上下関係になっていた。

 しかし、このペルゼミネでは、颯太がかつて住んでいた世界の軍隊に見られるような、少尉とか軍曹とか、それくらい細かな階級分けがなされており、それに準じて現場責任者などを決めているようだった。

「ねぇ、ちょっと」

 いつの間にか檻の前で食い入るようにドラゴンを見つめていたアムが颯太を呼ぶ。

「このドラゴン、何か言いたいみたいよ」

 檻に入れられたドラゴン――スパイムは、必死に口を動かして何かを訴えかけていた。

「どうした? 何か伝えたいことでもあるのか?」

 颯太がたずねると、スパイムはゆっくりと顔を上げて、

「同志フェイゼルタットは《哀れみの森》へと向かうつもりだ。そこにいると言われる双子の竜人族が、この病に大きく関係している……」
「えっ……」

 スパイムからもたらされた情報に、颯太は絶句した。


 ◇◇◇

 
 竜人族用の竜舎へ戻るフェイゼルタットはもどかしい思いを抱えていた。
 苦しむ同志たちを救うためには哀れみの森に棲むという双子の竜人族に会う必要がある。あの双子が関与していることは、その《能力》からしても明白であった。

 フェイゼルタットは双子の竜人族と面識がある。

 だからこそ、今すぐにでも飛び出していきたいという気持ちが強い。――だが、その冷静さを欠いた行為が本当に有益しかもたらさないかと問えば、答えは「NO」だ。そもそも、自分1匹でペルゼミネの王都から抜け出すのは不可能だろう。

 幸いにも、ハルヴァから来たというタカミネ・ソータという男は、自分たちドラゴンの言葉を理解できる。いざとなれば、彼にマシューを説得してもらい、きちんとした任務という形を取り、大手を振って哀れみの森へと進むべきだろう。

 時間はけして多く残されてはいない。
 だが、焦って事を急いても意味はない。

 ともかく、彼ら人間同士の話が一段落してから颯太と接触しようとフェイゼルタットは結論をつけた。
 やがて自分の竜舎へと戻って来ると、

「? 不用心だな。衛兵は何をしている」

 いるはずの衛兵が不在であった。
 職務に忠実なペルゼミネの兵がその職務をまっとうするための持ち場を離れるなんて、余程の事態が起きたのだろうか――などと、考えながら竜舎の扉を開けると、

「! こ、これは!?」

 そこには目を覆いたくなるような凄惨な光景が広がっていた。
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