おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
65 / 246
北方領ペルゼミネ編

第85話  竜医としての信念

しおりを挟む
 ペルゼミネ王都――隔離竜舎。

「哀れみの森? 双子の竜人族?」

 颯太がポツリとこぼしたその言葉を、マシューが拾い上げる。

「哀れみの森は、ここから西に進んだ場所にある森林地帯の通称よ。――ただ、双子の竜人族というのは聞いたことがないわね」
「どうやらその森のどこかにいるという双子の竜人族が、今回の事件に大きく関与しているそうです」
「竜人族が? なんでまた?」

 アムは両手を広げて「はっ!」とオーバーアクションを取る。
 なんの関係が――と言いたいのだろうが、颯太には心当たりがあった。

「竜人族が持つ特殊な能力……」
「! そうか! 哀れみ森に棲む竜人族は、ドラゴンに病をもたらす効果のある能力を有しているということか!」
「恐らく……そうなんだろ?」
「そ、そうだ」
 
 苦しそうにせき込みながら、スパイムが答えた。

「この病の原因は竜人族の能力だっていうの?」
「そうスパイムは断言しています」
「根拠はあるのか? 実際にその竜人族に会ったとか」
「どうなんだ、スパイム」
「我が祖国ペルゼミネに生まれしドラゴンならば大抵の者が知っている。哀れみの森の最奥部に棲む双子の竜人族……そのうちの一匹は《病竜》ミルフォードという名前で、その能力はドラゴンにとって害となる病を振り撒き、ドラゴンを苦しめるのだという」
「森の最奥部に棲む病竜ミルフォード……聞いたことありますか?」
「初耳ね。――ただ、哀れみの森は奥に進めば進むほど険しくなり、獰猛な野生動物もいるから踏み入る人が少ないのよ。ペルゼミネの竜騎士団も足を踏み入れない、まさに魔境と呼ぶに相応しい場所だから、竜人族がいたとしても不思議じゃないわね」
 
 すべての竜人族が人間に協力的というわけではない。
 中には人との接触を恐れて人目につかない秘境に棲む竜人族もいるのだという。

「でも、その病竜が原因だとして……なぜ今さら病気を振り撒くようなマネをし始めたのかしら? これまではなんともなかったのに」
「スパイム、何か心当たりはないか?」

 マシューの意見を受けて、颯太がスパイムにたずねる。

「恐らく、原因は双子のもう片方――姉の方にある」
「双子の姉?」
「その竜人族の名は《癒竜》レアフォード。その能力は病竜ミルフォードとは真逆で、あらゆる病からドラゴンを救い、癒すのだという」
「! じゃ、じゃあ――」
「癒竜レアフォードの身に何かが起き、妹の能力を止める者がいなくなったのだろう。あの2匹は2匹揃って初めて完全体となる。そのバランスが崩れたせいで、我らはミルフォードの能力に苦しめられるようになってしまったのだ」
「なんてことだ……」

 颯太は病竜と癒竜の能力について事細かにマシューへと伝える。

「王都からそれほど離れていない哀れみの森に2匹も竜人族が棲んでいたなんて……捜索隊を組織して早速森へ向かいましょう」
「妹竜の力を無効化させるには姉竜の力が欠かせないとは……」
「なんともまあ、厄介な能力ね」

 前例のない能力と関係性を秘めた双子の竜人族――レアフォードとミルフォード。

 ドラゴンに病を振り撒く竜人族が相手では、こちら側もドラゴンを連れて森に入るわけにはいかない。これは対応に骨が折れそうだと颯太が一息をつくと、


「マシュー様!」


 1人の兵士が血相を変えて隔離竜舎へと飛び込んできた。

「そんなに慌てて何事?」
「りゅ、竜人族用の隔離竜舎で緊急事態が発生しました」
「なんですって!?」

 竜人族用の隔離竜舎といえば、ついさっきフェイゼルタットが向かったと予想されていた場所だ。まさか、フェイゼルタットの身に何か起きたのか。

「一体何が起きたというの!?」
「実は……竜人族用隔離竜舎を警備していた兵が全員重傷を負って倒れていました」
「! し、侵入者がいたの!?」
「しょ、詳細は現在調査中です!」
「じゃあ、竜人族はどうしたの!?」
「フェイゼルタットは現在行方不明となっています。……残りの2匹についても現在地は特定されていません」
「……このことを国王陛下は?」
「すでに伝令が城へ向かいました。そろそろ耳に入る頃かと」
「そう……」

 マシューは何かを思案するように顎に手を添えて俯く。
 その後ろでは、

「しかし、病の原因が竜人族の能力であるなら、我々はお役御免だな」
「ええ。その癒竜の安否次第で救えるかどうかが決まるってわけだものね」

 オーバとアムはお手上げだという反応。――が、ブリギッテは違った。

「でも……目の前にいるこのドラゴンは苦しんでいます。私は……完治は無理でも、この子の苦しみを少しでも和らげてあげる方法を探したいと思います」

 竜医として、苦しむドラゴンを見過ごせない。
 ブリギッテの竜医としての信念が、他の2人を突き動かした。

「……そうね。あなたの言う通りだわ」
「我らは竜医として大切なことを見失っていたな」

 つばの広い帽子を指先でわずかに持ち上げたオーバは、

「マシュー・マクレイグ。スパイムの症状をよく観察したいので、檻の中に入る許可をもらいたい」
「いいわ。今開けてあげる」

マシューに促された兵士が檻へ近づき、鍵を開ける。そこから檻の中へ入って行ったオーバは背負っていたリュックを床に下ろす。ドスン、と重量感ある音を立てたそのリュックの中身は――ケースに収納された葉っぱがいくつも入っていた。

「これがダステニア名物の薬草調合……興味があるわね」
「凄い……ハルヴァでは見かけない物ばかり」

 オーバがスパイムを触診している最中に、アムとブリギッテがリュックの中をのぞき込みながら言う。
 触診を終えて調合を決めたオーバは早速作業に取り掛かる。アムとブリギッテも手伝い、スパイムをはじめとする奇病で苦しむドラゴンたちを少しでも楽にさせてあげようと額に汗を溜めて作業を続けた。

 その後ろでは、カレンと颯太が神妙な顔つきで話し合っていた。

「奇病を広げた元凶が竜人族となると、大事になりますよ」
「おまけに、ペルゼミネ側の竜人族3匹はすべて行方不明……状況としては最悪なんじゃないか? 俺の能力で行方が追えればいいんだけど……話し相手であるドラゴンが一匹もいないんじゃな」
「ただ、ここはハルヴァじゃないので独断での行動は控えてくださいよ」

 カレンの忠告に、颯太はハッとなる。
 そうだった。
 ここはハルヴァではなくペルゼミネ――これまでのように、自分の判断で行動を起こすことは難しい。下手にひっかき回して国際問題に発展してしまっては、今後控えている各国協力のもとで行われる魔族の討伐作戦にも悪影響が出るのは必至だ。
 だが、そうなると、

「行動が後手後手に回りそうだな」
「仕方がありませんよ」

 カレンとしてもすぐさま行動を起こしたいと思っているのだろうが、勝手の違うペルゼミネでの行動には細心の注意を払う必要がある。

 結局、この日は緊急のペルゼミネ王国議会が開かれることになり、今後の方針についてはそこで話し合われることとなった。

 竜医側の見解としてマシューと、他国竜医団を代表してオーバが参加するが決定。颯太たちは会議が終わるまで、用意されていた宿で待機となった。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。