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北方領ペルゼミネ編
第86話 哀れみの森へ
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「この国の気候はガドウィン生まれの私にとって拷問そのものね」
「そこまで違うんですか?」
「そもそも雪なんて降らないしね。雨季になると雨が多くて乾季になると気温が高くなるって感じよ」
用意された宿のロビーで、颯太たちハルヴァ組とガドウィンから来たアムは一緒に遅めの夕食を楽しみながら、会話を弾ませていた。宿と言っても、一般的な宿屋とは異なり、騎士団や政治関係の人間が寝泊まりする国営施設だ。
そのため、竜医関係者だけでなく、騎士団関係の人間もこちらに宿泊するようで、最高指揮官であるヒューズや、騎士たちのまとめ役であるジェイクにファネルの姿も宿にあった。
各国遠征団によるミーティングを通し、騎士たちの間で交流は盛んに行われていた。明日からは合同演習も控えているらしい。
外は雪がちらつく天候だが、宿の中はまったく寒さを感じない。
暖炉だけでなく、建築材として使用されている魔鉱石の効果が大きかった。
そこへ、
「お待たせして申し訳ないわね」
「今戻ったぞ」
ペルゼミネの王国議会に参加していたマシューとオーバが帰って来た。
「おかえりなさい。――それで、今後の展開はどうなるんですか?」
「慌てちゃダメよ、ブリギッテ。ちゃんと順を追って説明するから」
待ちきれない様子のブリギッテを制して、マシューが議会での結論を簡潔に述べた。
まず、翌朝にも哀れみの森へ部隊を送ることが決定された。
目的は今回の奇病を蔓延させた最大の要因とされる病竜ミルフォードと接触し、解決方法を模索すること。それに付随して、行方不明となっている竜人族の捜索に当たることの二点が挙げられた。
ドラゴンを同行させられないという点に不安はあるものの、だからといって現状を放置しておくわけにはいかない。ペルゼミネとしても苦渋の決断であった。
「それと、私とオーバは隔離竜者にてドラゴンの治療を続行するよう指示が出たわ」
「じゃあ、私とブリギッテが森へついて行くのね」
「そこにいるタカミネ・ソータもね」
アムの言葉にマシューがそう付け足すと、カレンがそっと挙手をした。
「私も森へ同行します」
「そうだったわね。――安心して。あなたの同行の許可ももらってきたから」
「ありがとうございます」
ペルゼミネ国内で起きた竜人族絡みの事件は、カレンにとって良いキャリアアップの機会になるだろう。本人もそれを自覚している。だから、旧レイノア王都奪還作戦の時のように待機へ回るのではなく、率先して現場へ出張ろうとしていた。
意欲に満ちているカレンだが、王国議会が終わってたくさんの人が宿に押し寄せてくる光景を見ていると、あることに気がついた。
「あの……ハルヴァの外交局の方たちはまだ王国議会に?」
「いいえ、もう議会場には誰も残っていなかったはずだけど……たしか、ハルヴァから派遣されてきた外交局の人間は4人だったわよね?」
「ええ」
その4人はすべて経験豊富なベテランばかりだ。
事前に、騎士団側へ通達されている情報では、王国議会終了した翌日に結果を報告するため2名がハルヴァへと帰還し、残った2名はペルゼミネに残り関連施設を視察する運びになっているらしい。
なので、少なくとも明日の朝にペルゼミネを発つ2名は宿に戻ってくるものだと思っていたのだが、実際には4人全員が宿に戻ってきいなかった。
「どこかで食事でもしているんじゃないか?」
「……そうですね」
颯太の言葉に、カレンは一応納得したように頷いた。
だが、颯太には内密で外交局の動向を探っているカレンからすると、この外交局4人の行動は不気味に映る。まさかとは思うが、ペルゼミネの竜人族たちが失踪に関わっているなんてことは――
「どうかしたのか、カレン」
「! あ、い、いえ、なんでもありません」
カレンは自分の思考を猛省する。
まだ何もハッキリとしたわけじゃない。
グレーを黒だと決めつけて行動してしまえば、正しい答えを導くことは困難になる。
国防局と連携して闇を暴くと決意した以上、あやふやな情報に踊らされず、事実を中枢に据えて物事を判断していかなければならない。
特に意識したわけではない颯太の何気ない一言で、カレンは心を持ち直すことができたのだった。
「みんな、遥々遠方から足を運んできてもらったのに、こんなことになってしまってごめんなさいね。当初の予定では、話し合いが中心になるはずだったのだけれど」
「竜人族絡みとなれば話が変わってくるのは致し方のないことよ」
「アムの言う通りだ。むしろ、私としてはこれまでにない経験が積めるものと前向きに捉えるようにしている」
「それはハルヴァも同じです」
各国の竜医代表者たちは、誰一人としてペルゼミネ国家の下した決定を不服と感じ取っていなかった。
「病に苦しむドラゴンを救いたい」――その一心で彼らはつながっている。
それは、竜医という仕事に無縁の颯太やカレンにも十分伝わっていた。
「そう言ってもらえると本当に助かるわ。あなたたちをペルゼミネに呼んだのは間違いじゃなかったようね。――すべてが解決したあかつきには、うんとおもてなししなくちゃね」
安堵したマシューが言うと、オーバがその細い肩をガシッと掴んで、
「ドラゴンを救いたいという気持ちに国境はない。それに、困った時はお互いさまさ」
「クエー」
オーバの言葉に賛同するかのように泣く愛鳥キュルちゃん。あまりにもタイミングが良すぎたので、その場にいた全員が「ぷっ」と噴き出す。
終始和やかムードで迎えたペルゼミネでの初めての夜はこうして更けていった。
◇◇◇
眩い朝日に照らされて、重いまぶたを持ち上げる。
「もう朝か……」
簡単に身支度を整えた颯太は寝室から1階のロビーへ。
そこではブリギッテ、カレン、アムの3人が朝食後の一杯を楽しんでいた。
「おはよう」とあいさつを交わして颯太も輪の中に加わる。宿の人が持ってきてくれたトーストとゆで卵を食べながら、今日の動きについての話を聞いた。
「各国の竜騎士団から選抜された部隊の準備が整い次第、私たちは哀れみの森へと向かうわ」
「すでにマシューさんとオーバさんは隔離竜舎へ行き、ドラゴンたちの治療を開始しているそうです。……と言っても、症状をちょっと和らげる程度しか効果はないそうですか」
ブリギッテとカレンからの報告を受けて、颯太の顔つきは険しくなる。
やはり、例の病竜ミルフォードと癒竜レアフォードの2匹の間で起きた何かしらのトラブルを解決しない限り、完治は難しいだろう。
朝食を食べ終えたのとほぼ同時に、
「竜医の方々、出撃の用意が整いましたのでこちらに」
ペルゼミネの竜騎士が颯太たちを迎えに来た。
「さあ、行こう」
「ええ。――ドラゴンたちのために」
颯太とアムは拳を合わせる。
気合も十分に、颯太たちは宿屋から雪降るペルゼミネの大地に飛び出した。
「そこまで違うんですか?」
「そもそも雪なんて降らないしね。雨季になると雨が多くて乾季になると気温が高くなるって感じよ」
用意された宿のロビーで、颯太たちハルヴァ組とガドウィンから来たアムは一緒に遅めの夕食を楽しみながら、会話を弾ませていた。宿と言っても、一般的な宿屋とは異なり、騎士団や政治関係の人間が寝泊まりする国営施設だ。
そのため、竜医関係者だけでなく、騎士団関係の人間もこちらに宿泊するようで、最高指揮官であるヒューズや、騎士たちのまとめ役であるジェイクにファネルの姿も宿にあった。
各国遠征団によるミーティングを通し、騎士たちの間で交流は盛んに行われていた。明日からは合同演習も控えているらしい。
外は雪がちらつく天候だが、宿の中はまったく寒さを感じない。
暖炉だけでなく、建築材として使用されている魔鉱石の効果が大きかった。
そこへ、
「お待たせして申し訳ないわね」
「今戻ったぞ」
ペルゼミネの王国議会に参加していたマシューとオーバが帰って来た。
「おかえりなさい。――それで、今後の展開はどうなるんですか?」
「慌てちゃダメよ、ブリギッテ。ちゃんと順を追って説明するから」
待ちきれない様子のブリギッテを制して、マシューが議会での結論を簡潔に述べた。
まず、翌朝にも哀れみの森へ部隊を送ることが決定された。
目的は今回の奇病を蔓延させた最大の要因とされる病竜ミルフォードと接触し、解決方法を模索すること。それに付随して、行方不明となっている竜人族の捜索に当たることの二点が挙げられた。
ドラゴンを同行させられないという点に不安はあるものの、だからといって現状を放置しておくわけにはいかない。ペルゼミネとしても苦渋の決断であった。
「それと、私とオーバは隔離竜者にてドラゴンの治療を続行するよう指示が出たわ」
「じゃあ、私とブリギッテが森へついて行くのね」
「そこにいるタカミネ・ソータもね」
アムの言葉にマシューがそう付け足すと、カレンがそっと挙手をした。
「私も森へ同行します」
「そうだったわね。――安心して。あなたの同行の許可ももらってきたから」
「ありがとうございます」
ペルゼミネ国内で起きた竜人族絡みの事件は、カレンにとって良いキャリアアップの機会になるだろう。本人もそれを自覚している。だから、旧レイノア王都奪還作戦の時のように待機へ回るのではなく、率先して現場へ出張ろうとしていた。
意欲に満ちているカレンだが、王国議会が終わってたくさんの人が宿に押し寄せてくる光景を見ていると、あることに気がついた。
「あの……ハルヴァの外交局の方たちはまだ王国議会に?」
「いいえ、もう議会場には誰も残っていなかったはずだけど……たしか、ハルヴァから派遣されてきた外交局の人間は4人だったわよね?」
「ええ」
その4人はすべて経験豊富なベテランばかりだ。
事前に、騎士団側へ通達されている情報では、王国議会終了した翌日に結果を報告するため2名がハルヴァへと帰還し、残った2名はペルゼミネに残り関連施設を視察する運びになっているらしい。
なので、少なくとも明日の朝にペルゼミネを発つ2名は宿に戻ってくるものだと思っていたのだが、実際には4人全員が宿に戻ってきいなかった。
「どこかで食事でもしているんじゃないか?」
「……そうですね」
颯太の言葉に、カレンは一応納得したように頷いた。
だが、颯太には内密で外交局の動向を探っているカレンからすると、この外交局4人の行動は不気味に映る。まさかとは思うが、ペルゼミネの竜人族たちが失踪に関わっているなんてことは――
「どうかしたのか、カレン」
「! あ、い、いえ、なんでもありません」
カレンは自分の思考を猛省する。
まだ何もハッキリとしたわけじゃない。
グレーを黒だと決めつけて行動してしまえば、正しい答えを導くことは困難になる。
国防局と連携して闇を暴くと決意した以上、あやふやな情報に踊らされず、事実を中枢に据えて物事を判断していかなければならない。
特に意識したわけではない颯太の何気ない一言で、カレンは心を持ち直すことができたのだった。
「みんな、遥々遠方から足を運んできてもらったのに、こんなことになってしまってごめんなさいね。当初の予定では、話し合いが中心になるはずだったのだけれど」
「竜人族絡みとなれば話が変わってくるのは致し方のないことよ」
「アムの言う通りだ。むしろ、私としてはこれまでにない経験が積めるものと前向きに捉えるようにしている」
「それはハルヴァも同じです」
各国の竜医代表者たちは、誰一人としてペルゼミネ国家の下した決定を不服と感じ取っていなかった。
「病に苦しむドラゴンを救いたい」――その一心で彼らはつながっている。
それは、竜医という仕事に無縁の颯太やカレンにも十分伝わっていた。
「そう言ってもらえると本当に助かるわ。あなたたちをペルゼミネに呼んだのは間違いじゃなかったようね。――すべてが解決したあかつきには、うんとおもてなししなくちゃね」
安堵したマシューが言うと、オーバがその細い肩をガシッと掴んで、
「ドラゴンを救いたいという気持ちに国境はない。それに、困った時はお互いさまさ」
「クエー」
オーバの言葉に賛同するかのように泣く愛鳥キュルちゃん。あまりにもタイミングが良すぎたので、その場にいた全員が「ぷっ」と噴き出す。
終始和やかムードで迎えたペルゼミネでの初めての夜はこうして更けていった。
◇◇◇
眩い朝日に照らされて、重いまぶたを持ち上げる。
「もう朝か……」
簡単に身支度を整えた颯太は寝室から1階のロビーへ。
そこではブリギッテ、カレン、アムの3人が朝食後の一杯を楽しんでいた。
「おはよう」とあいさつを交わして颯太も輪の中に加わる。宿の人が持ってきてくれたトーストとゆで卵を食べながら、今日の動きについての話を聞いた。
「各国の竜騎士団から選抜された部隊の準備が整い次第、私たちは哀れみの森へと向かうわ」
「すでにマシューさんとオーバさんは隔離竜舎へ行き、ドラゴンたちの治療を開始しているそうです。……と言っても、症状をちょっと和らげる程度しか効果はないそうですか」
ブリギッテとカレンからの報告を受けて、颯太の顔つきは険しくなる。
やはり、例の病竜ミルフォードと癒竜レアフォードの2匹の間で起きた何かしらのトラブルを解決しない限り、完治は難しいだろう。
朝食を食べ終えたのとほぼ同時に、
「竜医の方々、出撃の用意が整いましたのでこちらに」
ペルゼミネの竜騎士が颯太たちを迎えに来た。
「さあ、行こう」
「ええ。――ドラゴンたちのために」
颯太とアムは拳を合わせる。
気合も十分に、颯太たちは宿屋から雪降るペルゼミネの大地に飛び出した。
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