おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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北方領ペルゼミネ編

第87話  フェイゼルタット、帰還  

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 意気揚々と特別編成部隊と合流し、哀れみの森へと進軍する颯太たち。
 だが、ここで思いもよらぬ事態が発生。

「何? 雪崩だと?」
「はい。昨夜から今朝にかけて、すでに3度の大きな雪崩が確認されています」

 ハルヴァ代表として部隊に参加しているヒューズは、ペルゼミネの兵からもたらされた情報に眉をひそめた。
 
 哀れみの森は霊峰カラッドの麓に広がる山林地帯である。
 なので、雪崩が起きること自体はけして珍しい現象ではない。問題はその回数だ。

「すでに3度も雪崩が……これは少々多いのでは?」
「少々どころの騒ぎじゃない。それだけの短時間で複数回起きているということは自然発生したものではないと考える。――間違いなく、何者かがカラッド山で暴れておるようだ」

特別編成部隊の指揮を任されたペルゼミネのルコード・ディクソン竜騎士団長は、異常事態の報告を受けると、森に入る手前で緊急のミーティングを開くことにした。

 直前で足踏みを余儀なくされた颯太たち。
 ドラゴンなしの状態で雪深い森の中を進むため、今回は馬車ではなく歩きということで、雪崩発生には細心の注意を払わなければならない――と、頭で理解はしていても、今この瞬間にもフェイゼルタットをはじめとするペルゼミネの竜人族たちに何かあったのではないかと心配していた。

 脳裏をよぎったのは、ハルヴァへ攻撃を仕掛けてきた二つの組織。


 ローブの男と禁竜教。


 この二つの組織のどちらかが、今回の件に絡んでいるのかもしれない。
 すでにペルゼミネにはこの組織の情報が行き渡っているらしく、マシューにたずねたらその存在をきちんと認識しているようだった。

 ――さらに気になるのが、結局宿に戻ってこなかった外交局の4人について。

 宿の人の話では、今朝早くに一度戻ってきてらしいが、竜騎士団へはなんの連絡も入っていなかった。

 その言動に違和感を覚えるものの、今はそちらに構っている場合じゃない。
 突発的に起きた事態ではあるが、4大国家の竜騎士団が連携して目的遂行のために共同戦線を張る――これはまさに、対魔族へ総攻撃を仕掛ける時と同じ状況と言える。各国の竜騎士団にとっては、いいシミュレーションの場となった。

 もちろん、そのように軽い気持ちで哀れみの森へ騎士団を派遣するわけではない。
 あくまでもそうなったのは偶発的なことであり、彼らの真の目的は双子の竜人族を見つけ出して事態の真実を知ることである。

 およそ40分続いたミーティングは、進路を変更することで決着。
 とはいえ、またいつ雪崩が起きるかわからない。
 進行の際には速度を落としてでも十分に注意を払うよう意識が徹底された。

 背の高い木々が立ち並ぶ哀れみの森は、雪に覆われている点を除けば、レグジートと出会ったあの森にそっくりだった。
 懐かしい思いに浸りながらも、辺りの警戒を忘れず雪をかき分けて森の奥へと歩を進めていく。

 やがて、

「ここでストップだ」

 先頭からそう指示が飛ぶ。
 歩きはじめて大体1時間くらいだろうか。
 たどり着いたのは森の一部――周りに木々がない開けた空間であった。
 特別編成部隊はここをキャンプ地と決めてテントの設営を開始。双子の竜人族発見に関しては手掛かりが一切ないことから長期戦の構えだった。

 このポイントを選んだのには訳がある。
 今朝、出発前に颯太は隔離竜舎を訪れ、そこでスパイムから双子の竜人族の住処についてと外見の特徴について情報を得ていた。
 ここは、そのスパイムが教えてくれた情報に基づきたどり着いた場所で、この近くに双子の竜人族がねぐらとしている大木があるらしい。

「タカミネ・ソータ殿はおられるか」

 部隊の後方にいた颯太は、ペルゼミネの兵士に呼ばれて本部テントへと向かう。

 そこにはペルゼミネ竜騎士団長のルコードとヒューズ、そしてダステニアとガドウィンの竜騎士団副団長が待っていた。

「さて、ソータ殿……ペルゼミネの土地に疎いはずの貴官が示した場所に、キャンプ地とするに相応しい場所がその通りに存在していた――これは君が同志スパイムから聞き出した情報で間違いないね?」

 ペルゼミネ竜騎士団長のルコードが問う。
 ハルヴァのガブリエル騎士団長と比べてだいぶ若いが、身にまとうそのオーラはガブリエル同様に人を束ねる風格を備えていた。

「そうです。スパイムが私に教えてくれました」

 ありのままの真実を並べると、ダステニアとガドウィンの副団長たちはお互いに顔を見合わせて「信じられない」と呟く。しかし、これは紛れもない事実だ。
 
「地元の者でさえ、この辺りは不気味がって誰も足を踏み入れない。その土地を正確に把握していたのは、もともとこの森で生まれ育ったスパイムからの情報があったから……ふむ。君がドラゴンと会話ができるという類い稀な能力を有していると言うのなら、何もおかしな点はないな」

 ルコードは改めて今後の作戦指示を出す。

「本作戦は戦闘がメインではない。あくまで双子の竜人族と出会うことが目的である。なのでここからさらに部隊を分け、手分けして探したい。ソータ殿はここへ残ってもらい、捜索へ出た部隊が見つけ次第速やかに信号弾で連絡する」
「その合図を送った部隊と合流するわけですね」
「理解が早くて助かる」

 作戦は決まった。
 あとは部隊の編制をするだけだが、


「失礼します!」


 ペルゼミネの兵士が血相を変えて本部テントへ飛び込んできた。

「同志ニルス、何があった?」
「たった今――同志フェイゼルタットが帰還しました!」
「! なんだと!?」

 昨夜から行方知らずだったフェイゼルタットの急な帰還。
 慌ててテントから出た颯太たちの前に現れたのは、

「出迎えご苦労」

 白い髪に一本角のフェイゼルタットが、特に負傷した様子もなく、昨日会った時と変わらぬ姿で仁王立ちしていた。

「フェイゼルタット……無事だったか」

 心配そうに近づくルコード。だが、フェイゼルタットはルコードをスルーして颯太の前にやってくる。
 
「おまえは我らの言葉を理解できるのだったな?」
「あ、ああ」
「ならば伝えよ。雪崩の引き起こしているのは双子の竜人族の姉――レアフォードだ」
「ど、どうして雪崩なんて……」
「したくてやっているわけではない。あいつは今襲われている。正体不明の竜人族と黒いローブの男だ」
「なんだって!?」

 黒いローブに竜人族――まさか、

「その竜人族……短い紺色の髪に歪な太い角がなかったか?」
「なんだ、知っているのか?」

 やはりそうか――颯太はすぐさまルコードに報告する。

「ルコード騎士団長、敵はハルヴァの舞踏会を襲撃したローブを着た男とその男が連れていた竜人族のようです」
「舞踏会を襲撃した者……報告は受けている。その不届き者がこのペルゼミネで暴れているわけか。いい度胸だな」

 静かに怒りを燃やすルコードはただちに隊を編制。
 未だに戦闘を続けているというナインレウスとレアフォードの捜索を開始した。

 ――ちなみに、竜人族用の隔離竜舎が何者かに襲われた件については、

「私が竜舎に戻った時にはすでに襲われた後だった。――しかし、逃げていく怪しい影を見つけたので追いかけているうちにこの森へと入ってしまったのだ。直後、レアフォードが何者かに襲われている現場に出くわし、彼女を救おうと追いかけたのだが……」

 見失い、たまたま見かけたこの部隊と合流をしたということだった。

 昨夜の一件の経緯を、同時通訳のような形でルコードへ報告。それを受けたルコードは、

「君がいてくれると竜人族との意思疎通が素早く正確にできてありがたいね。ハルヴァは本当に優秀な人材を手に入れたな」

 颯太の働きに感謝をするのだった。
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