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レイノアの亡霊編
第110話 いってきます!
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荒々しい帰還を果たしたカレンたちを出迎える。
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、カレンは駆け寄って来た颯太たちに、
「すいません……本当な直接ハドリー分団長たちへ情報を届けるはずでしたが、マーズナーで借りてきたこの子の体力が切れてしまって……」
「まだ成体じゃない子どものドラゴンだものね。スタミナがないのは仕方がないわ。でも、最初に乗って行ったドラゴンはどうしたの?」
「詳しくは移動中に話します。事は一刻を争うので……他にドラゴンは?」
なぜアイザックがこの場にいるのかも含め、王都での出来事を漏らすことなく颯太たちに伝えた。
特に衝撃を与えたのはやはり魔族の存在について。
「そんな……相手側に魔族がいるなんて!」
「ハドリー分団長たちはそのことを知りません」
「なので、下手をしたら、魔族と交戦状態になることも想定されます」
カレンに加えてアイザックも説明役へと回った。
「そうなるとまずいわね……ハドリーさんたちは偵察任務だと最低限の装備でここを出て行った――相手が魔族なら、それなりの装備を整えていかないとあっという間に全滅ってことにもなりかねないわ」
「…………」
ならば、と颯太は回れ右をして宿屋へ戻る。
「そ、ソータ?」
「ブリギッテ……俺は今すぐ、カレンが持ってきてくれた情報をハドリーさんたちへ届けに行く」
「でしたら、新しいドラゴンが必要ですわね」
新たに会話へと加わったのはたった今、ゾアン・ファームから戻って来たばかりのアンジェリカだった。
「陸戦型ドラゴンをすぐに手配しますので、ソータさんは出撃の準備を」
「わかった」
「ま、待ってください! こんな夜に単独で出るなんて危険ですよ!」
「でも――誰かがこのことを伝えなくちゃ」
颯太の目には揺るぎない焔が灯っていた。
尚も危険だと食い下がろうとするカレンであったが、その熱い視線に射抜かれて、これ以上は無駄だろうとため息を漏らす。
「あなたはどうして……こう肝心な時に頑固なんですか」
「ははは、どうしてだろうな」
カレンとしても、情報伝達の必要性は重々理解している。例え颯太が立候補しなくとも、結局はこの場にいるハルヴァの誰かがやらなくてはいけないこと――だから颯太は早々に名乗りをあげたのだ。
「ソータさん……」
「大丈夫だよ、キャロル。ハドリーさんが言っていた通り、俺の出番はない。あくまでも相手側に魔族がいるってことだけを伝えたら、すぐに戻って来るさ」
心配そうなキャロルに、颯太は笑顔でそう言った。
キャロルだってわかっている。
誰かが行かなくてはならないことは。
それに、相手は父の死後、何かと気にかけてくれていた叔父――その身を考えたら、絶対に伝えなくてはいけない情報だ。
「わかりました。無理だけはしないでくださいね」
「ああ」
颯太にすべてを託す意味も込めて、キャロルはアイテムの詰まったリュックを手渡す。
しばらくすると、アンジェリカが1匹の陸戦型ドラゴンを連れてきた。
「俺はリンスウッド・ファームの高峰颯太だ。よろしくな」
「お噂はかねがね伺っております。私はマーズナー・ファームの陸戦型ドラゴンでケルドと言います。以後、お見知りおきを」
丁寧な物腰のケルドの背に乗り、出発しようとすると、
「待ちなされ」
威厳溢れる低音ボイスに呼び止められた。
声の主は、
「どうしても行かれるおつもりか?」
「あなたは……」
年季の入った杖で自身を支える初老の男性であった。
その人物を、颯太は知らない。――だが、アンジェリカは知っているようで、
「デガンタ族の族長……リゴ・ザ・デガンタ氏ですわ」
颯太に耳打ちで教えてくれた。
デガンタ族――その名前には聞き覚えがあった。
「デガンタ族? じゃあ、あなたはアムの――」
「父親じゃよ」
多くの島々を統率する御三家のひとつ――デガンタ族の族長は自身の住む島からたまたまこの王都近くを訪れており、娘アムから詳しい話しを聞くと颯太の出発を見送りにやって来たらしい。
「敵に魔族がいるといえど、それだけではないだろう。旧レイノア王都の方角から伝わる禍々しい狂気がそれを告げておる」
このガドウィンでは、そう言った、いわゆる霊的なまじないや言い伝えが根強く残り、また人々の中には未だに本気で信じている者もいる。どちらかというと、その類の話は信じないタイプの颯太であったが、
「それでも――行かれるか?」
リゴの放つ言い知れぬオーラに気圧されながらも、颯太は「はい」と首を縦に振った。
「ならば……これを持っていかれよ」
差し出されたのは一本の剣であった。
未使用のものらしく、鞘には美しい装飾が施されている。
「こ、これは……」
「ガドウィンの職人が作った剣だ。おまえに譲る」
「い、いいんですか?」
そう訊ねたのは颯太ではなく、カレンであった。
外交局に身を置くカレンは知っているのだ――かつて、ハルヴァとガドウィンは敵対しており、魔族討伐同盟が結ばれるまで常に緊張状態にあったことを。
未だにハルヴァへの不信感があると噂されるガドウィン。
リゴもまた、カレンが何を思っているのかを察したようで、
「お嬢さん、歴史とは今を縛る鎖ではない。未来への道標なのだよ」
「未来への道標……」
「伝統を重んじるのはいいことだが、それにこだわるあまり今、目の前で起きている現実から目を背けてはならない。ワシらはもう、それを痛いほど理解している」
「リゴ族長……」
「それに――目の前にある困難に立ち向かおうとする若者を見ると、年寄り心で応援したくなるものなんだ」
よくよく考えてみれば、アムが呼びかけたからと言っても、地元の漁師たちがハルヴァのために一役買ってくれた――その真実は、カレンの知るガドウィンの姿とは明らかに異なるものだった。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「うむ」
剣を受け取った颯太を、大歓声が包む。
ガドウィンの民たちからの「頑張れよ!」という激励だった。
「じゃあ――いってきます!」
夜の闇を引き裂くように走り出したケルドの背に乗り、颯太は旧レイノア王都へ向かったハドリーとの合流を目指す。
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、カレンは駆け寄って来た颯太たちに、
「すいません……本当な直接ハドリー分団長たちへ情報を届けるはずでしたが、マーズナーで借りてきたこの子の体力が切れてしまって……」
「まだ成体じゃない子どものドラゴンだものね。スタミナがないのは仕方がないわ。でも、最初に乗って行ったドラゴンはどうしたの?」
「詳しくは移動中に話します。事は一刻を争うので……他にドラゴンは?」
なぜアイザックがこの場にいるのかも含め、王都での出来事を漏らすことなく颯太たちに伝えた。
特に衝撃を与えたのはやはり魔族の存在について。
「そんな……相手側に魔族がいるなんて!」
「ハドリー分団長たちはそのことを知りません」
「なので、下手をしたら、魔族と交戦状態になることも想定されます」
カレンに加えてアイザックも説明役へと回った。
「そうなるとまずいわね……ハドリーさんたちは偵察任務だと最低限の装備でここを出て行った――相手が魔族なら、それなりの装備を整えていかないとあっという間に全滅ってことにもなりかねないわ」
「…………」
ならば、と颯太は回れ右をして宿屋へ戻る。
「そ、ソータ?」
「ブリギッテ……俺は今すぐ、カレンが持ってきてくれた情報をハドリーさんたちへ届けに行く」
「でしたら、新しいドラゴンが必要ですわね」
新たに会話へと加わったのはたった今、ゾアン・ファームから戻って来たばかりのアンジェリカだった。
「陸戦型ドラゴンをすぐに手配しますので、ソータさんは出撃の準備を」
「わかった」
「ま、待ってください! こんな夜に単独で出るなんて危険ですよ!」
「でも――誰かがこのことを伝えなくちゃ」
颯太の目には揺るぎない焔が灯っていた。
尚も危険だと食い下がろうとするカレンであったが、その熱い視線に射抜かれて、これ以上は無駄だろうとため息を漏らす。
「あなたはどうして……こう肝心な時に頑固なんですか」
「ははは、どうしてだろうな」
カレンとしても、情報伝達の必要性は重々理解している。例え颯太が立候補しなくとも、結局はこの場にいるハルヴァの誰かがやらなくてはいけないこと――だから颯太は早々に名乗りをあげたのだ。
「ソータさん……」
「大丈夫だよ、キャロル。ハドリーさんが言っていた通り、俺の出番はない。あくまでも相手側に魔族がいるってことだけを伝えたら、すぐに戻って来るさ」
心配そうなキャロルに、颯太は笑顔でそう言った。
キャロルだってわかっている。
誰かが行かなくてはならないことは。
それに、相手は父の死後、何かと気にかけてくれていた叔父――その身を考えたら、絶対に伝えなくてはいけない情報だ。
「わかりました。無理だけはしないでくださいね」
「ああ」
颯太にすべてを託す意味も込めて、キャロルはアイテムの詰まったリュックを手渡す。
しばらくすると、アンジェリカが1匹の陸戦型ドラゴンを連れてきた。
「俺はリンスウッド・ファームの高峰颯太だ。よろしくな」
「お噂はかねがね伺っております。私はマーズナー・ファームの陸戦型ドラゴンでケルドと言います。以後、お見知りおきを」
丁寧な物腰のケルドの背に乗り、出発しようとすると、
「待ちなされ」
威厳溢れる低音ボイスに呼び止められた。
声の主は、
「どうしても行かれるおつもりか?」
「あなたは……」
年季の入った杖で自身を支える初老の男性であった。
その人物を、颯太は知らない。――だが、アンジェリカは知っているようで、
「デガンタ族の族長……リゴ・ザ・デガンタ氏ですわ」
颯太に耳打ちで教えてくれた。
デガンタ族――その名前には聞き覚えがあった。
「デガンタ族? じゃあ、あなたはアムの――」
「父親じゃよ」
多くの島々を統率する御三家のひとつ――デガンタ族の族長は自身の住む島からたまたまこの王都近くを訪れており、娘アムから詳しい話しを聞くと颯太の出発を見送りにやって来たらしい。
「敵に魔族がいるといえど、それだけではないだろう。旧レイノア王都の方角から伝わる禍々しい狂気がそれを告げておる」
このガドウィンでは、そう言った、いわゆる霊的なまじないや言い伝えが根強く残り、また人々の中には未だに本気で信じている者もいる。どちらかというと、その類の話は信じないタイプの颯太であったが、
「それでも――行かれるか?」
リゴの放つ言い知れぬオーラに気圧されながらも、颯太は「はい」と首を縦に振った。
「ならば……これを持っていかれよ」
差し出されたのは一本の剣であった。
未使用のものらしく、鞘には美しい装飾が施されている。
「こ、これは……」
「ガドウィンの職人が作った剣だ。おまえに譲る」
「い、いいんですか?」
そう訊ねたのは颯太ではなく、カレンであった。
外交局に身を置くカレンは知っているのだ――かつて、ハルヴァとガドウィンは敵対しており、魔族討伐同盟が結ばれるまで常に緊張状態にあったことを。
未だにハルヴァへの不信感があると噂されるガドウィン。
リゴもまた、カレンが何を思っているのかを察したようで、
「お嬢さん、歴史とは今を縛る鎖ではない。未来への道標なのだよ」
「未来への道標……」
「伝統を重んじるのはいいことだが、それにこだわるあまり今、目の前で起きている現実から目を背けてはならない。ワシらはもう、それを痛いほど理解している」
「リゴ族長……」
「それに――目の前にある困難に立ち向かおうとする若者を見ると、年寄り心で応援したくなるものなんだ」
よくよく考えてみれば、アムが呼びかけたからと言っても、地元の漁師たちがハルヴァのために一役買ってくれた――その真実は、カレンの知るガドウィンの姿とは明らかに異なるものだった。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「うむ」
剣を受け取った颯太を、大歓声が包む。
ガドウィンの民たちからの「頑張れよ!」という激励だった。
「じゃあ――いってきます!」
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