おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第109話  時間稼ぎ作戦

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 カレンがマーズナー・ファームのドラゴンに乗り、ハルヴァへ向けて飛び立ってからおよそ1時間後。

 護衛と部下数人を引き連れてある男がガドウィン入りを果たしていた。

「まったく……ここはいつ来ても蒸し暑くて嫌ですね」

 生え際が後退しつつ髪の毛をいじりながら文句を垂れるのは――ハルヴァ外交局保守派のリドリッジ・クラーコブであった。
 彼はスウィーニーからの命を受け、ハルヴァ竜騎士団に属する竜人族3匹を大至急王都へ連れ帰るため、このガドウィンへと来ていたのだ。
 
 リドリッジは今回の件を自身の飛躍――出世のチャンスと捉えていた。
 スウィーニー派閥はまさに絶頂期を迎えている。

 一時は各所から疑惑の眼差しが向けられるような事態になり、水面下でその秘密を探ろうと言う動きもあったが、やはり交渉事となればスウィーニーに勝る者はいないということで誰もが手の平を返したように頼って来る。

 特に、今回はスウィーニー自らが危険な敵地へ乗り込んで直接交渉をすると言い出したことで、その度胸と愛国心に対して評価する動きが目立つようになり、それまでの不穏な働きを帳消しにした形となった。

 そうした中でのし上がっていくためには、こうしたスウィーニーから直接指名を受けてこなす仕事で結果を出す必要があった。
 鼻息も荒く、成功へ向けて並々ならぬ気概を感じるリドリッジ。

 そのリドリッジの護衛役として竜騎士団から派遣された中に、リンスウッドと縁の深いテオとルーカの姿もあった。

「なあ、テオ……おまえは今回の一件をどう見ている?」
「……リガン副団長や他の騎士たちが禁竜教に情報を流していたなんて思えないよ」
「俺もだ。ブロドリック大臣は何か裏で調べているようだけど……」

 2人の意見は一致していた。
 今回の件――何から何まできな臭い。

「とっとと宿屋へ行ってあいつらを連れ帰りますよ。ほれ、さっさと宿を探してきなさい」

 偉そうに命じるリドリッジ。
 彼にとって、竜騎士団は使い勝手のいい駒という印象しかない。おまけに、今回の件は竜騎士団の中から情報を流した裏切り者がいるというのが公然の事実として扱われ始めたため、その立場はかなり弱まっていた。

 テオやルーカを含む護衛役の騎士たちはブロドリックから教えられた颯太たちの宿泊している宿を割り出し、そこへ向かった。

「ここですね?」

 そうしてたどり着いた宿屋へ、リドリッジが入って行くと、

「「「うおおぉ!!!」」」

 屈強なガドウィンの男たちが大騒ぎをしていた。

「な、なんですか、この状況は!?」

 予期せぬ熱気に足が止まるリドリッジ。だが、男たちの視線は店に入って来た優男に集中していた。リドリッジはすっかり獣に睨まれた小動物と化していた。

「おい!」
「ひっ!?」

 一番近くにいた大男から大声で呼ばれ、さらに肩を掴まれる。逃がさないと言わんばかりに強力な腕の力で身動きが取れなくなる。

「なんだぁ? 木の枝みてぇな腕だなぁ。ちゃんと飯食ってんのか?」
「ほ、ほっといてください!」

 男の吐息から漂う酒の臭い――完全に酔っていた。なんとか腕を振り払い、乱れた服装をただしてから、

「ぐっ……だからガドウィンは嫌いなんですよ。野蛮で粗暴でバカばかり。繊細な私にはもっとも不向きな土地です」
「まあそう言わず、これでも飲んでみなさいって」
 
 そう言ってリドリッジに酒を進めるのは、アムだった。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 私は大事な職務中なのですよ! 酒なんて飲めません!」
「お堅いのねぇ」
「それより! ここにハルヴァの竜人族がいたはずです! すぐに出しなさい!」
「ハルヴァの竜人族? ああ、あの子たちならさっきアンジェリカ・マーズナーがガドウィンのドラゴンと交流するってゾアン・ファームへ連れて行ったけど? 他のドラゴンたちも一緒に行ったみたいだったわ」
「なっ!?」

 これもまた、時間稼ぎのための策。
 ここで少しでも足止めをして、ハドリーたちが調査できる時間を増やそうという魂胆であった。ただ、相手が5日以内と制限を設けている以上、足止めし過ぎるわけにもいかない。なので、今日1日分を限度するよう事前に打ち合わせてあった。

「ぐぬぬ……仕方がありませんね。その牧場へ行きますよ!」

 兵士と部下を率いて、リドリッジはメアたちがいるというガドウィンのドラゴン育成牧場へ向かうため店を出た。

「……とりあえず、第一段階はこんなものかな」

 2階からこっそり様子を見ていた颯太とブリギッテが下りてくる。さらにその後ろからはマキナとトリストンを抱いたキャロルが続いた。
 このバカ騒ぎはアムが仕掛けた罠であり、協力をしてくれたのはアムの呼びかけで集まってくれた地元の漁師たちであった。

「あそこでさらにお酒を飲ませておければ完璧だったんだけどね……判断力を鈍らせる作戦は失敗に終わったわ」

 アムは残念そうに言うが、
 
「酔い潰れて帰れないなんて事態になったら交渉に支障が出る恐れもありますからね」
「今回の目的は外交局の野望を阻止するためだけでなく、人質たちを無事に解放しなければならないという条件も付いて来る……そのバランスをうまく取るのが難しいわね」
「まあでも、今の私たちにやれることは十分できたと思うわ。あとは牧場で待機しているアンジェリカとソラン王国の2人組に任せておきましょう」
「ああ……」
 
 もどかしさは残るは、あとはアムの言う通り仲間を信じて吉報を待つのみだ。
 

 ◇◇◇


「これはどういうことですか!!」

 メアたちがいるというゾアン・ファームへやって来たリドリッジは早速吠えた。
 ゾアン・ファームへと続く緩やかな傾斜の一本道――それを塞ぐように大量のある生物が歩き回っていた。

「一体これはなんなんです!?」
「こ、これはギュートというガドウィンではポピュラーな家畜で――」
「そういうことを聞いているんじゃありません!」

 体長3mクラスのギュートの群れに行く手を遮られたリドリッジ一行は立往生。そこへ、

「おや? あなたはハルヴァ外交局の」
「こんなところで何をしているんですか?」

 ソラン王国のドルーとパウルだった。

「! あなたたちはソラン王国守備隊の人間ですね!? ちょうどいいところに! ここの家畜たちを早く――」
「いやぁ圧巻でしょう、この光景」
「うちの国でもこれくらい大規模な畜産ができるようになるといいんですけどねぇ」
「そのために、ここへ学びに来たのではないか」
「おっと、そうでしたな」
「話を聞きなさい!!」

 のほほんとリドリッジの追及から逃れる2人。だが、リドリッジも負けじと、

「ここにうちの竜人族3匹が来ているはずです! すぐにあいつらを連れて国に帰らなければ……国家存亡に関わることなんですよ!」
「でしたらあちらの竜舎へ向かわれるのがよろしいかと」
「アンジェリカ・マーズナーと共にここの牧場のドラゴンたちと遊んでいましたよ」

 ドルーの指さす先――ポツンと佇む小さな竜舎。そこへ行くにはこのギュートの群れを突っ切らなければならない。考えただけでため息が出る。

「ぐぬぬ……どいつもこいつも! 行きますよ!」

 部下を引き連れて、リドリッジはギュートの群れに決死のダイブ。

「……あの調子なら、あと2時間は稼げるな」
「『今』竜舎にいるのはたしかだけど、あの元気娘たちが大人しく待っているわけないですからね」

 ――案の定、竜舎にはすでにメアたちの姿はなく、リドリッジたちは広大なゾアン・ファームを端から端まで捜索するハメになるのだった。


  ◇◇◇


 その日の夜。

「たった今、ゾアン・ファームから使いの者が来たわ。先ほど、リドリッジ・クラーコブが竜人族3匹を連れてハルヴァに向かったそうよ」
「なんとかギリギリの時間帯まで粘れたね」
「ええ。今頃、ハドリー分団長は旧レイノア領地に入ったはず……早ければ明日の昼前までにハルヴァ王都へ戻り、状況報告をするはず」
「それを待ってから、ブロドリック大臣が判断を下すか……」
「ブロドリック大臣の見立てとしては明後日にスウィーニー大臣が旧レイノア王都に向けて出立するだろうから、なんとかそれまでに外交局の尻尾を捕らえたいところね」

 宿の2階で、颯太とブリギッテが話し合っている。その横では、

「マキナもトリストンももっと落ち着いて食べなさい」
「クエ~」
「クワ~」

 キャロルがマキナとトリストンに夕食を与えていた。
 穏やかな時間が流れる中、焦りはあるも以前より冷静さを取り戻していた颯太は窓から夜空を眺めていたが――その時、
 
「うん? あれは?」

 星空の中で動く謎の影。
 それは徐々にこちらへと近づいているようで、

 ドォン!

 宿屋近くに落下し、激しい衝撃を生み出した。

「い、一体なんだ!?」

 店で騒いでいた男たちも大慌てで外へ。
 そこには、

「いたた……もう少し丁寧に着地できなかったのか?」
「体力的に限界だったからこれでもマシな方でしょう」

 マーズナー・ファームで借りた空戦型ドラゴンに乗ってガドウィンへと帰還したカレンとアイザックがいた。
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