おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第108話  カレンとアイザック

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「た、たしかにかなり早く着けたけど……」

 満身創痍の体で空戦ドラゴンからずり落ちるカレン。心配そうに顔を近づけようとするドラゴンだが、カレンがドラゴン嫌いであることをアンジェリカから聞かされているのを思い出してスッと顔を引っ込める。
 その様子を見たカレンは、

「もしかして……私に気を遣ってくれました?」

 できれば「ご苦労様」と頭でも撫でてあげたいところだが、さすがにそれはハードルが高くて躊躇われた。それでも、「ありがとう」とお礼を言う。

 降り立った場所は王都からちょっと離れた位置にある森の中。さすがに王都のど真ん中に降りるわけにもいかないのでここに着陸することにした。

「私はハルヴァ城へ行ってくるから、ここで待っていてね」
「ガウッ!」

 返事のひと吠えにビクッと体を強張らせながらも、カレンは自らの役目を果たすため、気持ちを引き締めて王都へと向かった。

 ハルヴァ城へと到着すると、すぐさま外交局を訪ね、スウィーニーとの面会を希望したのだが、大臣執務室前に立つ兵士2人に止められた。

「なぜ大臣に会えないんですか!?」
「スウィーニー様は現在禁竜教との交渉に向けて話し合われている。余計なことに時間を割いている余裕はない」

 兵士の言うことはもっともだ。

 おまけに、城内でのスウィーニーの扱いは著しく変化していた。
 ハルヴァの歴史を揺るがす大事件に立ち向かおうとしているスウィーニーは、かつて大飢饉を救うために奔走した英雄としての姿を思い起こさせた。
 アルフォン王でさえ、「きっとスウィーニーなら」と期待を寄せているのだ。

 外交局の発表通りだとすれば、警戒を強めていたはずなのに禁竜教に遅れを取ってしまった竜騎士団は完全にアウェーの空気だった。

 それに伴い、現場責任者でありながら今も人質として捕らえられているリガンとそのリガンを副団長に任命したブロドリックへ批判的な声が相次いでいた。

 このままではますます国防局の立場が悪くなってしまう。
 
「なんとしても、早急に真実を突きとめなくては」

 同じ外交局の人間として、スウィーニーの発表は嘘偽りがないと信じたい。
それに、かつてのカレンは、周りの人々と同じようにスウィーニーを英雄視し、憧れていた存在でもあった――そのスウィーニーを信じたいという気持ちが強かった。

 だが、その肝心のスウィーニー大臣には会えない。
だったら、事件に関与し、今もこの城に監禁状態となっている同僚のアイザック・レーンにあって直接現場の状況を聞くしかない。
 だが、ここでもカレンは妨害に遭う。
 アイザックがいるとされる部屋は完全に面会を謝絶。誰ひとりとしてアイザックには会えないという状況だった。

「大臣に会えないだけじゃなく、アイザックにも会えないなんて……」

 想定外の事態を迎えたカレンは次の手に打って出る。――と言っても、基本的なことは変わらない。

会うのだ――アイザックに。

 ただ、部屋は屈強な兵士に守られている。
 どうにかそこを掻い潜って、アイザックに会わなければならない。

 そんなカレンが下した決断は、

「よし――ここからなら!」

 カレンが現在立っている場所――それは外交局の資料室だった。その部屋のすぐ下はアイザックが監禁されている部屋がある。カレンの取った行動とは、ここから命綱を頼りに下りていき、窓からアイザックの監禁されている部屋へ侵入しようというものだった。

「しっかり結んでっと……」

 資料室に置かれていたロープを体に巻き付けて、緩みがないことを確認すると、カレンは資料室の窓から身を乗り出す。
夕陽に照らされながら下を見下ろす。
カレンの想像以上の高さがあった。
 それでも、

「やるしかない……」

 すべては真実を知るために。
 気持ちを固めたカレンは開け放たれた窓の淵に足を置き、ロープを垂らす。ある程度まで垂らすと、それを引っ張って、しっかりと固定されていることを確かめると、いよいよ下の部屋へ向けて下降を開始。

 室内にも見張りの兵がいるかもしれないと考え、こっそりと覗き見る。
 幸いにも、部屋にはアイザックが1人でいるようだった。
 
 カレンはトントンと外に漏れ聞こえないよう控え目に窓を叩く。それでも、室内にいるアイザックへは届き、窓の外に突如現れた同僚に驚きながらも駆け寄ってくる。
 アイザックはすぐに窓を開けてカレンを招き入れた。

「か、カレン!? たしか君は、リンスウッドやマーズナーの面々と共にガドウィンへ行ったはずじゃ!?」
「のんびりバカンスを楽しんている場合じゃなくなったみたいですから。それより、旧レイノア王都で起きた全容について、あなたに確認したいことがあります」
「で、でも、なんでまた窓からなんて……」
「今のあなたは重傷を負い、絶対安静が必要だから面会はできないと言われました」
「えっ!?」

 アイザックの反応を見る限り、彼は自分が面会謝絶状態であることを知らなかったようだ。

「ど、どうして……」
「それは恐らくあなたがレイノア王都で体験した出来事と深い関係があるようです。教えてください。一体、旧レイノア王都で何があったんですか?」
「それは――」

 カレンはアイザックから事の顛末を聞いた。
 それにより、あるひとつの事実が浮き彫りとなる。

「魔族……ですか?」
「そうだ。敵は魔族を手下のように扱っていた。竜騎士団が敗北したのは、敵に魔族がいたからなんだ」

 その情報はハドリーから聞いていない。
 だとしたら、ハドリーは旧レイノア王都に魔族がいるとは知らないはずだ。

「大変……」

 青ざめるカレンの表情を見て、アイザックは何か只事ではない事態だと察した。

「カレン? 何が大変なんだ?」
「……ハドリー分団長たちが旧レイノア王都へ向かっています」
「! ど、どうして!?」
「スウィーニー大臣が王国議会で発表した情報に疑念を抱いたブロドリック大臣が真相をたしかめさせるために送り込んだのです」
「そんな……じゃ、じゃあ、スウィーニー大臣は王国議会で魔族について触れなかったってことか!?」
「仮に知っていたら、たとえ偵察任務であったにしても、さすがにもう少し装備に気を遣うはず……ハドリー分団長は知らない可能性が高いですね。すぐに知らせないと!」

 踵を返したカレンは入って来た窓へ向かって走り――ふとその足を止めた。

「アイザック」
「? なんだ?」
「あなたも来てください」

 カレンはアイザックに自分と共に来るよう説得を開始した。

「来てくれって……俺には何がなんだか……」
「いいえ。あなたはもう気がついているはずです。自分の置かれた状況と、さっきの情報隠蔽というふたつの出来事が、すでに頭の中でひとつに結びついている――何せ、あなたは私の認めた数少ないライバルですからね」
「カレン……」

 図星だった。
 もう一押しとばかりに、カレンが話をする。

「アイザック……スウィーニー大臣は、なぜそんな嘘をついたと思いますか? あなたが表に出て証言をすればあっさり覆りかねないような嘘を」
「それは……」
「簡単な話です。――真実を知るあなたさえいなくなってしまえば、あとはすべて闇の中に消えてなくなります」
「! カレン!? 君は……」

「疑っているのか!?」と、核心を突く言葉は出なかったが、カレンにはアイザックが言わんとしていることを理解して――頷き、肯定した。

「一緒に来てください、アイザック」

 最後の呼びかけに、アイザックはなかなか答えられなかった。
 カレンの言うことはいちいちもっともだが、決定的な確証があるわけじゃない。情報隠蔽だって、何かの間違いということだってあり得る。

 だが、それを知る術はない。
 カレンからすれば、その「術がない」という現状こそが疑うに十分な状況だと言う。

 1分ほど――時間にすればあっという間だが、2人の間に流れていたその時間は果てしなく長いものに感じた。その時間の中でアイザックが出した答えは、


「……君と行く」


 カレンを信じる道だった。

「それにしても……」
「なんですか?」
「君はリンスウッドへ行くようになってからなんだか……変わったね」
「そうでしょうか――いえ、そうですね。心当たりがありますから」

 苦笑いを浮かべながらも、そう語るカレンの顔はどこか楽しげだった。
 
 ロープを伝い、誰にも見つからず下へと降りた2人は、そのまま監視の目を掻い潜って城外へと脱出。乗ってきたドラゴンでガドウィンへ向かおうとしたカレンたちだったが、森の中に置いて来たドラゴンが外交局に見つかり、すでに竜舎へと戻される最中であった。

「どうする?」
「……馬車を用意するにも、この遅い時間では目立ち過ぎる……他に帰る手立ては――あ、そうだ!」

 何か思いついたらしいカレンは、

「少し遠いですが、あそこなら確実で安全です」
「どこなんだ、そこは?」
「ついてくればわかります」

 カレンは自信ありげに言い放つと、月明かりを頼りに人気のない荒れ道を進んでいった。


 ◇◇◇


「なあ……リリ……」
「なんですか?」
「なんであたいたちは海に行けなかったんだろうなぁ?」
「……仕方がないでしょう。あなたがお留守番くじ引きでハズレを引いたのが悪いんじゃないですか」
「そうだけどよぉ」
「せめてもの情けにソータさんを呼びに行く係りを仰せつかったじゃないですか。それで我慢しなさい」
「うぅ……でもぉ……」
「私やララだって付き合っているのだからいいでしょう? ねぇ、ルル」
「私は……2人と一緒にいられるなら…………どこでも…………」
「「ララ……」」

 マーズナー・ファームにある屋敷では、リリ、ルル、ララのメイド娘3人衆がまったりとした時間を過ごしていた。
 海に行けなかったことに無念の思いが積み重なるルルだったが、こうして本来なら今頃ガドウィンにいるはずの2人がわざわざ付き合ってくれているのでそれ以上文句を垂れることはなかった。

 ――と、

 ガダン!

「!? な、なんだ今の音!」
「窓の方から…………」
「何か当たったんでしょうか」
「お、おいよせよ! おばけだったらどうする!?」
「何をバカなことを」

 呆れたようにため息をつきながら、リリは窓を確認。その際、チラリと人影のようなものが視界に入った。よく見てみると、

「! あ、あなたは!?」

 慌てて窓を開けたリリ。そこにいたのは、
 
「夜分遅くにすいません。突然ですが――ドラゴンを貸してください!」

 カレンとアイザックだった。
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