おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第112話  【幕間】消された男たち

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 颯太やハドリーたちが旧レイノア王都へ乗り込んだ頃。

 ハルヴァ王都では禁竜教との交渉に向けた準備が着々と整いつつあった。
 あとは護衛役としての竜人族3匹の帰還を待つばかりである。

 旧レイノア王都までの道のりを同行するハルヴァ竜騎士団たちは城の門前へと集結しつつあった。その面子は、経験豊富で実力もたしかな主力騎士ばかりであった。ハドリーなど、一部戦力が欠けているところはあるが、ほぼ最大戦力と言っていい構成である。

「まるで戦争でも仕掛けようかという陣容じゃな」
「ええ」

 執務室の窓から出撃準備をする竜騎士団たちの様子を眺めるブロドリックとガブリエル。

 これらの部隊編成はすべて外交局からの要望だった。
 外交大臣のスウィーニーは、

「4大国家の一角であるこのハルヴァを脅迫しようなど言語道断。二度とこのような不届き者たちが出ないよう、毅然とした態度であるべきです。そうでなくては、他国へ示しがつきません」

 アルフォン王の前でこう語り、大軍勢が展開されるようになったのだ。

 ブロドリックとしては、この陣容に否定的な考えだった。
 彼ら――禁竜教は、手段こそ強引で法に触れるものであったが、何かを訴えたくて対話を求めているように思えた。

 禁竜教と旧レイノア王都。

 このふたつを切り離して考えることはできない。
 何か裏がある。
 だが、現状では手掛かりすらつかめていない。国防局の人間が手分けして探しているが、まだその影すら捉えていない。

「ブロドリック大臣……私はそろそろこの辺で」
「うむ。指揮は任せたぞ、ガブリエル」
「お任せを」

 騎士団を率いるガブリエルが出撃の最終準備のため執務室を出る。それと入れ替わるようにして、


「ブロドリック様!」


 執務室のドアを乱暴に開けて、1人の男が入って来た。

「ビリーか……悪いが、酒盛りに付き合う気分じゃない」
「違いますよ! ちょっとこれを見てください!」

 執務机のから溢れるほど溜まっている書類を乱雑に片付けて、国防大臣秘書のビリー・ベルガーは空いたスペースに一冊の本を置いた。

「なんじゃこの本は?」
「死亡者名簿です!」

 ハルヴァでは亡くなった民の死因や没年齢などを残しておく死亡者名簿が存在しており、ビリーが持ってきたのはそれだという。

「死亡者名簿? ……それも、かなり古いものじゃな。これがどうかしたのか?」
「ブロドリック様の命を受けて若い衆と共に何か外交局の闇の部分に関する情報がないか調査しておりましたところ、この死亡者名簿に気になる点がございまして」
「何?」

 今まさに、手掛かりはないかと悩んでいたところであった。
 あまりにもタイムリーな報告であったが、

「聞こうか、その気になる点とやらを」
「では、こちらをご覧ください」

 ビリーが示したページ――そこには5人の男の死亡情報が載せられていた。


 ジャービス・バクスター (享年63歳) 死因・不明
 メッセ・モラレス    (享年55歳) 死因・不明
 ラング・デズモンド   (享年48歳) 死因・不明
 バラン・オルドスキー  (享年52歳) 死因・不明
 ダニエル・ソローギン  (享年45歳) 死因・不明


「短期間で5人の死亡……それも、全員死因は不明扱いになっています」
「たしかにこれは妙じゃが……それと外交局となんの関係が?」
「それについてなんですが……彼ら5人が死亡したのは、旧レイノア王都がハルヴァへ領地譲渡の申し立てをした日から1ヶ月以内のことなのです」
「ほう……」
「それだけではありません」

 ビリーの眼光が鋭くなる。

「実は、この書類を見つけ出したのは昨年、ダステニアから移住してきた若い騎士見習いの青年なのですが……彼が言うには、自分はこの5人の死亡者のうちの1人であるダニエル・ソローギンの甥だと言うのです」
「身内の者がいたのか」
「その若者が言うには、このダニエル・ソローギンという男はかつて旧レイノア王都で他国との交渉役――つまり、ハルヴァでいう外交局のような仕事をしていたということです」
「旧レイノアの外交局……」
「レイノアは小国でしたゆえ、我がハルヴァのように組織となっていたわけではなく、国政経験のある者たち数名が集まって外交に当たっていたようです」

 その流れでいくと――ブロドリックは、湧き上がる疑問をそのままビリーへとぶつけた。

「もしや、他の4人も?」
「全員がそうだという確証は得られませんでしたが、その若者の話では、ジャービス・バクスターという男はダニエル・ソローギンの直属の上司であり、他国との交渉役におけるトップだったと言います」
「外交局のトップ……大臣クラスか」
「その大臣クラスを含め、外交関係者と思われる者たちが相次いで不審な死を遂げているのです」
「なるほど……偶然で片づけるには奇妙なつながりが多いな」

 不審死もそうだが、何より驚くのが大臣クラスという国政の大物までもがこのハルヴァでひっそりと暮らしていたというのか。――だが、

「レイノア王国がなくなる際、ほとんどの国民はこのハルヴァへ移住してきている。現に、竜騎士団の中には元レイノア出身の者もいる……じゃが、外交に携わる仕事をしていた者がハルヴァに住んでいたというのは初耳じゃ」
「現在判明しているところでは、このジャービス・バクスターは宿屋の主人でメッセ・モラレスは猟師。そしてダニエル・ソローギンは鍛冶屋をしていたようです。恐らく、残りの2人も何かしらの役職をこなしていたものと思われます」
「まったく国政に関係ない仕事に就いていたのか……」

 大臣クラスのブロドリックでさえ、その事実は知らなかった。

「なぜ……旧レイノアの外交関係者だけ、ひっそりとハルヴァ内で暮らしていたのじゃ? かつての教育関係者や農林業関係者は、このハルヴァへ移り住んでからかつての経験を生かせるようにと修学局や生産局に勤めているというのに……」

 なぜ、外交関係者だけ待遇が違うのか。
 それも、まるでその存在を誰にも知らせないかのようにひっそりと生活している。
 そして――全員がハルヴァへ移り住んでからわずかな期間で謎の死を迎えていた。

「……レイノア国民が移住を開始した当時、レイノア王国における外交担当者はどういう扱いを受けておったか知らぬか?」
「申し訳ありません。まだ調査中で……それと、この中に名前のあるバラン・オルドスキーについては、生前まで暮らしていた家が未だに残されていることがわかりました。ここを調べれば、もしかしたら何かわかるかもしれません」
「ならばその件も含めて調査を続行せよ。……我らはようやく、その巨大な影の尻尾を掴んだのだ」
「ははっ!」

 深々と頭を下げたビリーは死亡者名簿を小脇に抱えて執務室をあとにした。

「いよいよ化けの皮が剥がれ始めたか……」

 果たして、彼ら5人の死と外交局の隠している真実にどのようなつながりがあるのか。
 国防局と外交局の攻防は、今まさに大きく揺らごうとしていた。
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