おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第113話  合流

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「止まれ」

 獣人族たちの妨害を突破し、旧レイノア王都へと入り込んだハドリーたちは、深い森の中で一度その進軍を止めた。

「間もなく旧レイノア王都だ。ここから先はより慎重に進んでいくぞ」
「「「「「はっ!」」」」」

 先ほどの妨害を仕組んだのが禁竜教か外交局か――いずれにせよ、ハドリーは今の自分に課せられている「敵情視察」という任務を最優先でこなすため、このまま旧レイノア王都へと進む道を選択した。

 本音を言えば、先ほどの妨害は禁竜教のものであってほしい。
 なぜなら、あれが外交局から送り込まれた刺客だとすると、この先禁竜教、そして先ほどの獣人族たちと合わせて三つ巴の争いとなる。その中で、禁竜教と外交局の敵は自分たちで一致している――そうなると、一度にふたつの勢力を相手にこの少ない騎士で戦わなくてはいけなくなるからだ。

 その懸念にはシュードも気づいていた。

「ハドリー分団長……」
「わかっている。――だが、退くわけにはいかんぞ」
「承知しております」

 本当は、もっと聞き出したいことがあった。しかし、ハドリーの鬼気迫る表情を目の当たりにして、シュードは口をつぐんだ。
 
「あの、分団長――」

 改めて、シュードがハドリーに自らの意志を告げようとした時、遠くの方から聞こえてくる足音に気づき、そちらの方角へ首を振る。当然、ハドリーも近づく何者かの気配を感じ取ってそちらに目を向けた。
 
 ついには、リンスウッド分団のメンバー全員が一点を見つめている。
 呑み込まれそうな夜の闇の彼方からやって来たのは、

「ハドリーさん!」

 ケルドの背に乗った颯太だった。

「颯太か!? なぜここに来た!?」

 思いもよらぬ人物の登場に、その場にいた全員は唖然とする。

「おまえはガドウィンにいろと言ったろ」

 大声を出して敵に居場所がバレるかもしれないと今さらながら小声になって言う。

「どうしても伝えたいことがあって来ました。……みんなが王都へ乗り込む前に追いつけて本当によかった」

 心底安堵したように、その場へしゃがみ込む颯太を見て、只事ではないと全員が悟った。

「一体何があったんだ?」
「それが――」

 颯太は、カレンが王都から外交局によって監禁されていたアイザックを連れ出したこと、そのアイザックからもたらされた情報の中には、外交局が王国議会の中で明かさなかった、敵側に魔族がいることなどを告げた。

「敵に魔族だと……」

 何も知らないまま王都へ乗り込んでいたら――そう思うと、分団メンバーたちの背筋に冷たいものが走る。
 戦闘を仕掛けるために行くわけではないが、こちらの偵察が相手にバレた場合、その追手を振り切ろうにも魔族相手ではそれも望み薄になる。

「撤退も視野に入れるべきか……」

 魔族に加え、もし先ほど襲って来た獣人族たちまでもが禁竜教に加担しているとなったらいよいよ勝ち目がなくなってくる。

 だからと言って、

「……手ぶらで帰るわけにはいかん」
「でも、アイザックの内部告発があれば――」
「……それだけではまだ足りない」

 ブロドリックは自分を信頼してここに送り込んだのだ。その期待に応えられず、ノコノコとハルヴァへとは帰れない。それに、何も収穫がないのでは、外交局との間に生まれた関係性をひっくり返すことは不可能だ。

 そもそも、外交局がひた隠しにしている「真実」を表沙汰にしない限り、あのスウィーニーを出し抜くことはできないだろう。

「アイザックは今どうしている?」
「ガドウィンの宿屋でカレンたちと一緒にいます」
「そうか……それならば、外交局もむやみに手は出さないな。居場所が判明したら、ガドウィンの外交局を通して身柄の受け渡しを要求してくるだろうが、それもすぐに応対することはできないはず――時間稼ぎにはなるな」

 国防局にとって、内部情報を知るアイザックは重要な証人だ。
 そう簡単に手放すわけにはいかない。

「そういえば、ソータ」
「はい?」
「その剣はどうした?」
「これですか?」

 ハドリーが興味を示したのは颯太が腰に装着した剣であった。

「この装飾……ガドウィンの伝統工芸だな」
「リゴ族長からいただいた物です。……正直、使いこなせるかわかりませんけど」
「いや、こいつは――古くからガドウィンに伝わる風習で、信頼の証しに渡すものだ」
「え?」

 それは初耳だし、意外であった。

「きっと、族長は娘のアムからおまえのペルゼミネでの活躍を聞いたのだろう。それで、激励の意味も込めて、おまえにこの剣を渡したに違いない」
「族長が……」

 そこまで評価してくれていたとは、と感動に打ち震える颯太。
 と、ハドリーは颯太が背負っているリュックに目をやる。

「話は変わるが――ソータ、それには何が入っているんだ?」
「え?」

 リュックを指さすハドリー。
 なぜそんなことをたずねたかと言えば――不自然なほど颯太の背負うリュックがもぞもぞと動いていたからである。

「え? ええ!?」

 ケルドに乗っている時は震動が凄まじかったので気づかず、今こうして第三者に指摘されてようやく背中に違和感を覚えた。
 慌ててリュックを下ろして中を確認すると、

「クアッ」
「!? トリストン!?」

 ペルゼミネのサンドバル・ファームでもらったドラゴンのトリストンが入っていた。

「おまえまさか……勝手に入り込んだのか!?」
「クワッ!」

 そうだ、と言わんばかりに元気よく返事をする。ニコニコしているその笑顔は愛くるしいのだが、今は愛でている場合じゃない。

「貴重な情報に感謝するぞ、ソータ」
「ハドリーさん……まさか王都へ?」
「行くに決まっている。最初から魔族がいるとわかっていたら、対応のパターンはいくつか想定できる。それだけでも成功率はかなり変わってくるからな。あとは俺たちに任せて、おまえはトリストンを連れてガドウィンへ戻れ」
「……わかりました。でも、ハドリーさん」
「なんだ?」
「無茶はしないでくださいよ。奥さんだっているんだし……それに、キャロルだってハドリーさんがいなくなったら悲しみます」
「わかっているさ。――ありがとう、ソータ」
 
 わかっている。
 ハドリーはたしかにそう答えたが、なぜだか一切信用できる気がしない。
 命を賭して、ハルヴァのために戦おうとする男の背中――颯太には、ハドリーの後姿そう見えて仕方がなかった。

 仕切り直して、ハドリーが騎士たちを連れて進もうとすると、

「!?」

 初めにその気配を感じ取ったのはイリウスだった。

「やべぇぞ、ソータ」
「イリウス?」
「うん? イリウスが何か言ったのか?」

 真顔で辺りを見回すイリウス。明らかに様子がおかしい。さらに、

「! まずいわ!」

 リートも気づいたようだ。

「ソータ! とっとと出発するようハドリーに伝えろ! このままじゃ敵に囲まれるぞ!」
「! は、ハドリーさん! 敵が来ます! すぐにここから離れてください!」
「なんだと!?」

 イリウスが捉えた気配を告げた颯太は、自分もすぐにガドウィンへ戻ろうとケルドの背に乗るが――時すでに遅し。

「いよう、ハドリー分団長殿」

 夜の闇を斬り裂くように現れたその人物は、

「おまえは……配達人のダヴィドか?」
「その通り。ただ、配達人というのは世を忍ぶ仮の姿がですがね」
「……半ば外交局専属となっているおまえがここにいるということは……獣人族たちをここへ送り込んでいるのは――外交局だな!?」
「あ~? なんのことかさっぱりだな」
 
 とぼけるダヴィド。
 だが、

 ザッザッザッザッザ――

 茂みから姿を現したダヴィドの部下たち――その数はおよそ30人。
 颯太たちは、いつの間にか獣人族に囲まれていた。

「くっ!? こんなにいやがったのか!?」
「ここまでの接近に気づかないなんて!?」

 経験の長いイリウスとリートでさえ、その気配を読めなかったようだ。

「あんたらはぶっ殺す相手として依頼されてはいないが、ここで始末しておかないと後々厄介なことになりそうだした。……死んでもらうぜ」

 ダヴィドは剣を抜く。
 それに合わせて、大勢の部下たちも武器を手にして構える。

「ふん。わざわざ出てきてくれるとはな。黒幕を探す手間が省けたぜ」

 事態としては最悪の三つ巴の可能性有り――それでも、ハドリーたちは怯まない。
 そして、

「ソータ」
「は、はい」

 半分放心状態だった颯太に、ハドリーが言い放つ。

「よく聞いてくれ――」
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