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レイノアの亡霊編
第124話 《智竜》シャルルペトラ
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「王子の死に疑問を?」
立て続けに起きたレイノア王家の不幸。
その極めつけとも言えるランスロー王子の死に、エインは疑問を持っていたと言う。
「ランスロー様の死は……何もかもが急過ぎなのだ。それに、ご遺体に関しても葬儀の参列者の目に触れることがなく――中には本当に死んだのかと疑う者さえいた」
「……しかし、仮に王子の死が偽装だったとして、なぜレイノアはそのようなことを?」
もしかしたら、そこにダリス女王を狂わせた元凶があるかもしれない。直感的に、颯太はそう感じた。
「詳細は不明だが……さっき話に出てきた、シャルルペトラが大きく関与しているものとみられる」
「どうしてですか?」
「シャルルペトラはランスロー王子の死と同時に我々の前から姿を消した。王子と特に仲の良かったあの子にとって、王子との思い出が詰まったこの土地で暮らし続けるのは辛かったのだろうと思っていたが……」
「シャルルペトラが――そういえば、スウィーニー大臣がシャルルペトラを狙っているという話でしたが」
「そうだったな。すっかり話が逸れてしまった」
エインは深く息を吐いた。
かなり長い時間話し続けていたのだから無理もない。
素顔が明らかになってわかったことだが、エインは颯太が想定していたよりもずっと年齢が上だった。元ハルヴァ竜騎士団のエースだったとはいえ、年齢からくる体力の衰えは隠しようがないようだ。
「狙っていた理由は智竜シャルルペトラの能力にある」
「どんな能力だったんですか?」
「智竜と呼ばれたあの子は――恐ろしく賢いんだ」
賢い。
それだけ聞くと、正直物足りなさを覚えてしまう。
吐息で凍らせたり、歌で石化させたり、植物を操るといった派手さもなくなんだか大雑把な印象を受けてしまうからか。
「賢い竜人族……具体的に言うと、どれほどなんですか?」
「まずあの子は――たった数日勉強しただけで人間の扱う言葉を完璧に理解し、会話が可能になった」
「会話が!?」
「他の子たちにも人間の言葉を教えていたが、あまり成果はなかった。その事実から、恐らく言葉を話せる竜人族はあの子くらいだろう」
レグジートのように8000年という長い年月を生き抜いたドラゴンならわかるが、たった数日で覚えるとは。
「あ、じゃあ、エインさんが竜王選戦について知っていたのも……」
「あの子が教えてくれた。――言葉だけじゃない。あの子はありとあらゆることを覚えた。戦闘能力だってそうだ。竜人族ということで身体能力は人間や獣人族を軽く凌駕し、同じ竜人族のジーナラルグやカルムプロスでさえ相手にならぬほどだった」
戦闘に役立ちそうな能力を持たなくても、いざ戦闘になればその高いポテンシャルで他を圧倒する。地味ながら強者。それが《智竜》シャルルペトラという竜人族。
「……でも、ちょっと待ってください」
「ん?」
「僕が見た、ランスロー王子と思われる人物が連れていたシャルルペトラ似の竜人族なんですが……あの子の能力は《奪竜》――相手の血肉を食らうことでその相手の能力を奪うというものでした」
「姿形はそっくりでも、能力がまったく異なるというわけか」
舞踏会の夜に、ナインレウスと戦闘を繰り広げたキルカはたしかにナインレウスがシャルルペトラに似ていると言っていた。ペルゼミネでの一戦で、奪った相手の姿に似せるという特徴を見せたが、髪の色などの変化に留まっており、瓜二つというほどではない。
この食い違いが指し示すものとは、一体なんだろうか。
「その竜人族が何者であるか、私には皆目見当もつかないが、スウィーニーが狙っているシャルルペトラが自身の持つ能力を活用した結果――彼女は魔法を使えるようになった」
「魔法……」
「かつて王都にあった図書館の奥に眠っていた古文書を興味本位で引っ張り出し、その通りに試したらできたと言っていた。それは炎を自在に操る魔法だった」
この世界で、魔法という単語はあまり聞き慣れない。
それでも、舞踏会のダンスレッスンの際に使用したように、わずかながら使用されている場面にも遭遇する。
「魔法は廃れている印象なのですが」
「それはそうだろう。現在、魔法は4大国家間で一部の回復魔法など以外は全面禁止となっているからな。そもそも、すでに魔法使いと呼ばれる者たちはほとんどこの世に残ってはいないし、残っていたとしてももうかなりの高齢でまともに扱える者はいないだろう」
「だから竜騎士団と呼ばれる存在が目立ってきているのですね」
「魔族討伐に向けて解禁すべきだという声もあるが、それは後世に人間同士の争いを激化させる火種となりかねないという理由から見送られたくらいだ」
――しかし、スウィーニーは魔法を使えるシャルルペトラに目をつけた。
「スウィーニー大臣は、世界でも数少ない魔法使いとなる可能性があるシャルルペトラをハルヴァへ呼び込もうとした……」
「結果は失敗だったがな。あの子はランスロー王子の死が公表されたと同時に姿を消した。賢いあの子のことだ。自分の能力が悪用される可能性があると読み、自ら人間との関係を断ち切ったのだろう。もっとも、スウィーニーは未だに我々がシャルルを匿っていると見ているようだが」
「…………」
どうにも引っかかる。
ナインレウスとシャルルペトラの外見が酷似している事実。しかし、能力が異なることから両者は別個体である可能性が高い。
だが、あのローブの男がランスロー王子だったとして、その王子が連れている竜人族がシャルルペトラにそっくりだという点――これを、ただの偶然と片付けるには出来過ぎている気がしてならない。
ここまでの話をまとめると、
・スウィーニーがジャービス・バクスターと手を組み、不正にレイノアの国土譲渡を推し進めた。
・国土譲渡の狙いは、飢饉を起こして他国に援助という名目で貸しを作ることを避けるため。
・しかし、その本命はレイノアに居着いていた魔法を使える竜人族のシャルルペトラをハルヴァ竜騎士団へ取り込むためだった。
――こんなところだ。
「すっかり話し込んでしまったな」
エインはカップに残ったコルヒーを飲み干して、腰を上げた。
「君も一応は人質だ。交渉が終わるまでこの部屋にいてもらうよ」
「……構いません」
「よろしい。では、ジーナ、カルム。見張りは任せるぞ」
エインから指示を受けたジーナラルグとカルムプロスは同じタイミングで頷いた。それを見届けると、エインは部屋から出ていく。交渉の準備に取り掛かるのだろう。
部屋に残された颯太と竜人族2匹。
「な、なあ」
颯太は2匹に話しかける。
この子たちは、エインのことをどう思っているのだろうか。
その気持ちを確かめようとした颯太であったが、
「あなたに質問があります」
そう言ったのは《死竜》カルムプロスだった。
立て続けに起きたレイノア王家の不幸。
その極めつけとも言えるランスロー王子の死に、エインは疑問を持っていたと言う。
「ランスロー様の死は……何もかもが急過ぎなのだ。それに、ご遺体に関しても葬儀の参列者の目に触れることがなく――中には本当に死んだのかと疑う者さえいた」
「……しかし、仮に王子の死が偽装だったとして、なぜレイノアはそのようなことを?」
もしかしたら、そこにダリス女王を狂わせた元凶があるかもしれない。直感的に、颯太はそう感じた。
「詳細は不明だが……さっき話に出てきた、シャルルペトラが大きく関与しているものとみられる」
「どうしてですか?」
「シャルルペトラはランスロー王子の死と同時に我々の前から姿を消した。王子と特に仲の良かったあの子にとって、王子との思い出が詰まったこの土地で暮らし続けるのは辛かったのだろうと思っていたが……」
「シャルルペトラが――そういえば、スウィーニー大臣がシャルルペトラを狙っているという話でしたが」
「そうだったな。すっかり話が逸れてしまった」
エインは深く息を吐いた。
かなり長い時間話し続けていたのだから無理もない。
素顔が明らかになってわかったことだが、エインは颯太が想定していたよりもずっと年齢が上だった。元ハルヴァ竜騎士団のエースだったとはいえ、年齢からくる体力の衰えは隠しようがないようだ。
「狙っていた理由は智竜シャルルペトラの能力にある」
「どんな能力だったんですか?」
「智竜と呼ばれたあの子は――恐ろしく賢いんだ」
賢い。
それだけ聞くと、正直物足りなさを覚えてしまう。
吐息で凍らせたり、歌で石化させたり、植物を操るといった派手さもなくなんだか大雑把な印象を受けてしまうからか。
「賢い竜人族……具体的に言うと、どれほどなんですか?」
「まずあの子は――たった数日勉強しただけで人間の扱う言葉を完璧に理解し、会話が可能になった」
「会話が!?」
「他の子たちにも人間の言葉を教えていたが、あまり成果はなかった。その事実から、恐らく言葉を話せる竜人族はあの子くらいだろう」
レグジートのように8000年という長い年月を生き抜いたドラゴンならわかるが、たった数日で覚えるとは。
「あ、じゃあ、エインさんが竜王選戦について知っていたのも……」
「あの子が教えてくれた。――言葉だけじゃない。あの子はありとあらゆることを覚えた。戦闘能力だってそうだ。竜人族ということで身体能力は人間や獣人族を軽く凌駕し、同じ竜人族のジーナラルグやカルムプロスでさえ相手にならぬほどだった」
戦闘に役立ちそうな能力を持たなくても、いざ戦闘になればその高いポテンシャルで他を圧倒する。地味ながら強者。それが《智竜》シャルルペトラという竜人族。
「……でも、ちょっと待ってください」
「ん?」
「僕が見た、ランスロー王子と思われる人物が連れていたシャルルペトラ似の竜人族なんですが……あの子の能力は《奪竜》――相手の血肉を食らうことでその相手の能力を奪うというものでした」
「姿形はそっくりでも、能力がまったく異なるというわけか」
舞踏会の夜に、ナインレウスと戦闘を繰り広げたキルカはたしかにナインレウスがシャルルペトラに似ていると言っていた。ペルゼミネでの一戦で、奪った相手の姿に似せるという特徴を見せたが、髪の色などの変化に留まっており、瓜二つというほどではない。
この食い違いが指し示すものとは、一体なんだろうか。
「その竜人族が何者であるか、私には皆目見当もつかないが、スウィーニーが狙っているシャルルペトラが自身の持つ能力を活用した結果――彼女は魔法を使えるようになった」
「魔法……」
「かつて王都にあった図書館の奥に眠っていた古文書を興味本位で引っ張り出し、その通りに試したらできたと言っていた。それは炎を自在に操る魔法だった」
この世界で、魔法という単語はあまり聞き慣れない。
それでも、舞踏会のダンスレッスンの際に使用したように、わずかながら使用されている場面にも遭遇する。
「魔法は廃れている印象なのですが」
「それはそうだろう。現在、魔法は4大国家間で一部の回復魔法など以外は全面禁止となっているからな。そもそも、すでに魔法使いと呼ばれる者たちはほとんどこの世に残ってはいないし、残っていたとしてももうかなりの高齢でまともに扱える者はいないだろう」
「だから竜騎士団と呼ばれる存在が目立ってきているのですね」
「魔族討伐に向けて解禁すべきだという声もあるが、それは後世に人間同士の争いを激化させる火種となりかねないという理由から見送られたくらいだ」
――しかし、スウィーニーは魔法を使えるシャルルペトラに目をつけた。
「スウィーニー大臣は、世界でも数少ない魔法使いとなる可能性があるシャルルペトラをハルヴァへ呼び込もうとした……」
「結果は失敗だったがな。あの子はランスロー王子の死が公表されたと同時に姿を消した。賢いあの子のことだ。自分の能力が悪用される可能性があると読み、自ら人間との関係を断ち切ったのだろう。もっとも、スウィーニーは未だに我々がシャルルを匿っていると見ているようだが」
「…………」
どうにも引っかかる。
ナインレウスとシャルルペトラの外見が酷似している事実。しかし、能力が異なることから両者は別個体である可能性が高い。
だが、あのローブの男がランスロー王子だったとして、その王子が連れている竜人族がシャルルペトラにそっくりだという点――これを、ただの偶然と片付けるには出来過ぎている気がしてならない。
ここまでの話をまとめると、
・スウィーニーがジャービス・バクスターと手を組み、不正にレイノアの国土譲渡を推し進めた。
・国土譲渡の狙いは、飢饉を起こして他国に援助という名目で貸しを作ることを避けるため。
・しかし、その本命はレイノアに居着いていた魔法を使える竜人族のシャルルペトラをハルヴァ竜騎士団へ取り込むためだった。
――こんなところだ。
「すっかり話し込んでしまったな」
エインはカップに残ったコルヒーを飲み干して、腰を上げた。
「君も一応は人質だ。交渉が終わるまでこの部屋にいてもらうよ」
「……構いません」
「よろしい。では、ジーナ、カルム。見張りは任せるぞ」
エインから指示を受けたジーナラルグとカルムプロスは同じタイミングで頷いた。それを見届けると、エインは部屋から出ていく。交渉の準備に取り掛かるのだろう。
部屋に残された颯太と竜人族2匹。
「な、なあ」
颯太は2匹に話しかける。
この子たちは、エインのことをどう思っているのだろうか。
その気持ちを確かめようとした颯太であったが、
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そう言ったのは《死竜》カルムプロスだった。
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