おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第126話  交渉直前

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「ハルヴァ竜騎士団が到着したか……」

 宝物庫で身柄を拘束されているレフティたちのもとへ、カルムプロスを連れた教団員たちがハルヴァから交渉団とその護衛役の竜騎士団がすぐ近くまで迫っていると報告を受けた。

「スウィーニー大臣は素直に交渉に応じるつもりなのでしょうか」

 小声でたずねてくるリガン副団長に、レフティは少し自信なさげに、

「どうだろうな……だんまりを決め込んで見殺しにしたら体裁が悪いからポーズだけでも交渉に来たという線もなくはない」
「まさか……」

 否定したいリガンであったが、あのスウィーニーのことだ、裏で何かよからぬ企みを持ってこの場にやってきた可能性も捨てきれない。

「ともかく、今の我々の立場は人質。……信じて待つのみ、だ」
「……なんとも歯痒いですな」
「言うな。下手に暴れればさらにややこしい事態になる。――それに、彼らは実に紳士的に我々を扱ってくれた」

 レフティの言う通り、禁竜教の人質の扱いは人道的なものだった。
 強引なやり口に敵視していたレフティたちも、次第に彼らが「真剣に何かを訴えたがっている」という気持ちが見て取れた。

「禁竜教は……何が狙いなんでしょうか」
「独立国家の建国――は、表向きの理由なのだろう」

 レフティたちが話し合っている様子を、フライアは宝物庫の奥から眺めていた。
 
(いよいよ交渉が始まる……エインさん――あなたとレイノアがどのような結末を迎えようとも、私とランスロー様と《あの子》は……)

 フライアは俯いた。
 このまま顔を上げていたら、楽しかったあの頃を思い出して涙が出そうだったから。
 同じく人質として捕らえられている竜騎士のひとりが「大丈夫ですか?」と声をかけるのだが、「ええ」と簡単に返事をするので精一杯だった。

(あの人のことだから……交渉の場にスウィーニーだけを誘い出して殺すなんてマネはしないはず。そうなったら、もう二度とレイノアの領地はダリス女王のもとへ戻らない)

 幼い頃からエインディッツ・ペンテルスという男を知っているフライアには、彼がそのような早計な判断を下す思慮足らずではないと知っている。

 何か、勝算があるからこそスウィーニーをここまで引きずり出したのだ。

 そこにはきっと、エインが孤児院で育てていた3匹の竜人族が絡んでいるだろう。
 禁竜教代表のマクシミリアンがエインだと知ってから、魔族を操っているのが死竜カルムプロスであると考えついてからそう考えるようになった。
 まだ幼かったジーナラルグとカルムプロスは特にエインへ懐いていたから、自分たちがレイノアを出る際に連れてはいかなかったが――まさかこのような形で再会するとは思ってもみなかった。
 もっとも、レイノアを出てから10年以上経っているため、フライアの容姿は変わり、あの2匹は気づかなかったようだが。

 とにかく、ただレイノアの領地を奪還するためでなく、自分たちと共にレイノアを出たシャルルペトラについても、言及するはずだ。

 フライアは、まだレイノアにいた頃からスウィーニーがシャルルペトラの能力に興味を抱いているのは知っていた。特にシャルルペトラが魔法を扱えるようになってからは、見る目が明らかに違った。
 思えば、あの頃からスウィーニーの計画は始まっていたのかもしれない。

 なんにせよ、今回のエインの交渉次第では――この後に控えている自分たちの《作戦》にも大きな影響を及ぼしかねないと危惧していた。一方で、幼い頃を過ごしたこのレイノアが、再びダリス女王の手により復活するという未来も思い描いていた。

(私は……ズルい女だ)

 涙を呑み込むように口を真一文字に結び、深呼吸をしてから、フライアは教団員たちに連れられて竜騎士たちと共に宝物庫を出た。


 ◇◇◇


「ハドリー分団長! 交渉団が見えました!」

 魔族と獣人族の残党に行く手を阻まれながら森を突っ切っていたハドリーたちは、小高い丘の上に辿り着き、そこから辺りを見渡してようやく交渉団を視界に捉えることができた。――しかし、

「ちっ! 一歩遅かったか!」

 すでに交渉団を護衛する竜騎士団の先頭は旧レイノア王都へと入っていた。

「魔獣はいないようですね」
「あんなのがうろついていたら交渉ができないと気を遣ったのか?」

 死体を操っているだけあって臭いも相当きつかったから、たしかにうろつかれると交渉どころではなくなってしまうが。

「そ、そんな気配りしますかね?」
「わからんぞ。連中が真剣に交渉を望んでいるならあり得ないことじゃない。俺たちに魔族を差し向けたのだって、人質を救出されたら交渉どころじゃなくなり、一気に攻め落とされるからと懸念した結果かもしれん」

 ハドリーの読みは大体当たっていた。
 奇しくも、そうした状況判断は養成所にた見習い時代にエインから教わったものであった。
 
「今からでも向かいますか?」
「当然だ。大体、スウィーニー大臣が獣人族たちを使って俺たちを妨害していた。その証拠もトリストンの影の中にある。すんなり話し合いで解決できそうな予感はしないからな」
「ガブリエル騎士団長へ報告を?」
「そうだ。――行くぞ」
「はっ!」

 手遅れであるかもしれないが、それであっさりと引き下がるわけにもいかない。
 部下を引き連れて、ハドリーは交渉団との合流を目指して前進を再開した。


 ◇◇◇


 颯太は城門前でエインと共に竜騎士団と交渉団の到着を待っていた。

 旧王都内へ交渉団が到着したというのは物音や人の声で判断できたが、エインの話ではスウィーニーの他、同行人として数名の騎士がこの城門へとやって来るらしい。その旨を伝えるため、2人の教団員が交渉団のもとへ向かっていた。

「マスクはしないんですか?」
「もう必要なかろう」

 エインは禁竜教のマクシミリアンではなく元竜騎士団のエインディッツ・ペンテルスとして交渉に挑むようだ。
 と、

「君は……ハルヴァが好きか?」

 唐突にそんなことを聞かれた。

「好きですよ」

 颯太は即答する。
 嘘偽りのない言葉だった。
 
「そうか」

 エインも短く言い放つ。

 そして――ギギギ、という音を立てて城門がゆっくりと開いていく。
 その先に立っていたのは、

「スウィーニー……」

 ハルヴァ外交大臣――ロディル・スウィーニーと護衛の騎士たちだった。
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