おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第130話  野望の犠牲

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「と言っても、実際に情報を得たのは数日前だが――彼らはどこにいたと思う?」

 エインが声も出せないほど弱っていることを知りながら、スウィーニーはたずねた。――しかし、

「《廃界》だ」
「!?」

 その言葉に、エインの目が強く見開かれた。

「廃界……だと?」
「そうだ。――その反応では、彼らがなぜそこを目指したのかは知らぬようだな。だが、あんな場所を目指しているのだ……ろくな企みではないというのだけは察しがつく。彼の居所さえわかれば、あとは一緒にいるだろうシャルルペトラの回収も容易にすむ」
「やめ、ろ……」
「同期のよしみだ。葬式くらいはやってやろう」

 スウィーニーはそれから一言も発しなくなった。
 それから間もなく、エインは呻き声すらあげなくなった。

「逝ったか……」

 立ち上がったスウィーニーはゆっくりと歩み寄る。脈を取ることはなかったが、ピクリとも動かなくなったエインを眺め、その死を確信した。
 それから、


「なぜ――2人きりでの交渉を認めたのだ」

 
 室内を覆う毒を喚起するために窓を開けながら、語ることのないエインへそんな言葉を投げかける。

「おまえほどの男ならば……私が何か企んでいると読めたはずだ。それなのに――なぜ配下の者を同席させなかったのだ」

 予定では、スウィーニー側が2人きりで交渉をしようと持ちかけるはずだった。それをエインが拒んでも言いくるめられるよう仕掛けも用意していた。
 だが、意外にもエインの方から2人きりでの交渉を持ちかけられた。
 実はそれこそ、スウィーニーがもっとも動揺したエインの言動であった。

「……信じていたとでもいうのか、エイン」

 かつての同僚だからこそ、信じたのか。
 本当に交渉ができると、自首を促し、説得できると――話し合いのみでレイノアを取り戻せると、本気で思っていたのか。

「私が情に流されない性格というのは、君が一番よく分かっていたはずだが」

 スウィーニーは「はあ」とため息を漏らしてから、

「騎士としてのプライドに拘らず、あのまま竜騎士団で教官をしていれば……今頃は安泰した生活を送れていたろうに。有能ではあったが、同時に愚かでもあったな」

 かつての同期の最後を哀れみながら、スウィーニーは換気のために開けておいた窓を閉めて部屋を出た――途端、

「すぐに医療班を呼んでくれ!」

 先ほどまでの余裕の表情が一変し、慌てふためきながら一番近くにいたガブリエルにそう叫んだ。

「ど、どうしましたか、そんなに血相を変えて」
「交渉中にエインが倒れた!」
「なっ!?」

 ガブリエルとその横にいた颯太は慌てて部屋の中へと入って行く。そこには、横たわり、ピクリとも動かなくなったエインの姿があった。
 
「心臓を患っていたらしく、もう長くないと言っていた――だが、今ならまだ間に合うかもしれない。だから、今すぐ医療班を!」

 当然、それが無駄なあがきであるというのは承知している。
 これは演技だ。
 解毒剤を服用していなければ、どんな健康的な人間であっても5分ともたない。
 それはジャービスたちで証明済み。

 スウィーニーの描くシナリオとしては、「交渉中に患っていた心臓が悪化し、発作を起こして急死した」というものであった。

 ダヴィドが故郷であり医療大国として名を馳せるダステニアから不正に仕入れたこの毒薬ならば、そんな状況を不自然なく作り出すことができる。スウィーニー自身も、解毒剤の影響から、まだ体にわずかな痺れは残っているが、1時間もすればその違和感も綺麗サッパリなくなるだろう。
 
「エインさん! しっかりしてください!」

 颯太はエインの体を揺するが反応はない。
 ガブリエルはジェイクへすぐに同行している医者を呼びに行くよう指示を飛ばす。だが、ここでの処置は簡易的なものしかできず、虫の息であるエインを助け出すには至らないだろうと見ていた。

 突然の事態に困惑する竜騎士団。
スウィーニーはというと、右手で顔を覆い、あたかも突発的に発生した緊急事態に戸惑っているようなリアクションであったが、心の中ではほくそ笑んでいた。

 これでもう、真実を知る者はいない。

 教団員が真相を知っていたところで、彼らの処理はダヴィドたちに任せればいい。今回は失敗したようだが、ろくな戦闘訓練を受けていない教団員くらいなら問題なく始末できるはずだ――ジャービスたちと同様に。

 あえて不安材料を語るならば、まだ生きているらしいダリス女王くらいか。

 だが、真相を知るダリス女王をこの交渉の場に呼ばなかったことから察するに、恐らく彼女はスウィーニーが最後に目にした時と変わらぬ精神状態――まともに会話が成立しないほど弱っているままなのだろう。

 だから、エインはすべてひとりで背負い込もうとした。

 これはスウィーニーの推測だが、恐らく交渉が失敗した際、せめて教団員だけでも普通の生活に戻せるよう頼むつもりだったのではないか。
 むろん、そんな頼み事は突っぱねるつもりでいたが。

 しばらくして、ジェイクが医師を連れて戻って来た。
 エインのかたわらに寄り添っていた颯太は、ガブリエルに促されて医師とその場を交代することに。その時、

「あれ? ――ジーナとカルムがいない」

 そういえば、と思い出した。
 交渉が始まる前に、エインがジーナを探していた。そこでふと気がついたのだが、さっきまでそこにいたカルムプロスまでもがいなくなっている。

「あの2匹にも知らせないと」

 医師の診断が始まる中、颯太は突然起こったこの緊急事態をジーナたちに知らせるため、城の中を探し回った。
 意外にも、2匹はすぐに見つかった。

 一際目立つ大きな扉の前に立つジーナラルグとカルムプロス。
 その扉の前で警備をする2人の教団員は、何も言わずにジッと扉を見つめ続ける2匹の姿に困惑している様子だった。
 颯太が「大変だ!」と声をかけるが、2匹の視線はドアに釘付けのまま。

「ど、どうかしたのか?」
「この先にいる人に用があります」
  
 淡々と語るジーナラルグだが、この先にいる人物とは何者だろうか。
 颯太は警備をしている教団員にたずねる。少し答え辛そうにしていたが、

「部屋の中には……ダリス女王陛下がいらっしゃいます」

 教団員はそう答えた。
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