おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第131話  言葉で伝えて

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「元レイノアの女王……ダリス女王が」

 その女王がいる部屋の前で、ジーナラルグは不動のまま扉を見つめている。その拳は固く握られ、何か、漲る決意のようなものを感じ取れた。
 ――しかし、彼女たちにとって父親も同然であるエインの非常事態を伝えないわけにはいかない。
 颯太がエインに起きている事態を伝えると、

「「えっ!?」」

 もの凄く動揺していた。――が、それでも扉の前から離れようとしない。

「交渉はまだ終わっていないんですよね?」
「あ、ああ、たぶん中断したんだと思う」
「エインさんが言っていました。相手のロディル・スウィーニーという男は凄腕の交渉人であり……太刀打ちできるなら自分しかいないと」

 そのエインが倒れた今、禁竜教側に代役を務められそうな人材がいない――即ち、交渉の続行は不可能ということになる。

「……まさか」

 あまりにも図ったようなタイミングで倒れたエイン。
 交渉直前まで行動を共にしていた颯太には、その予兆は感じ取れなかった。
 突発的な心臓発作だとするなら、予期するなど不可能なのだろうが、それにしたってタイミングが良すぎる。なので、

「何かしたのか……」

 颯太がそうした思考に至るのは必然とも言えた。
 きっと、ガブリエルたちも不信感を持っているだろう。

 だが、果たしてあのスウィーニーがそんなリスキーなことをするだろうか。竜騎士団が嗅ぎ回っていることをまったく知らなかったわけではないはず。言い換えれば、周囲を竜騎士に囲まれた今のスウィーニーはアウェーに等しい。ガブリエルたちも、口には出さないがスウィーニーの言動には目を光らせていたはずだ。

 そんな状況下で、暗殺まがいのことをするだろうか。
 余程自信のあるトリックでも思いつかない限り、死因に不審な点があれば、真っ先に疑われるのは交渉相手だったスウィーニーだ。

 交渉終了後には、この事実をブロドリック国防大臣が黙って見逃すはずがない。先の魔族隠蔽問題と合わせて失脚もあり得る事態となる。

 ――それでも、知り過ぎたエインを葬り去る方を選んだというのか。

 思考整理には今しばらくの時間が必要そうだが、まずは、
 
「君たちは……ダリス女王陛下に会いたいのかい?」
「はい」

 颯太がたずねると、なんの躊躇いもなくジーナは即座に答えた。あとを追うように、カルムプロスも頷く。
 寡黙で、あまり感情を表に出さないタイプのジーナであったが、言葉が理解できない教団員たちもたじろぐほどの気迫が伝わってくる。

 ――だが、その願いを安易に叶えるわけにはいかなかった。

 何せ、ダリス女王と言えば、度重なる不幸により禁竜教を生み出した張本人だったから。エインの話から、女王は今も決して健康的とは言えない状態にあると推測される。その女王に竜人族であるジーナが面会するのはマイナス要素しか発生しないように思えた。

「あ、あんた、たしか竜人族と会話ができるんだよな? だったら、この子たちをなんとか説得してくれ。この子たちを今のダリス女王陛下に会わせるのは時期尚早だ」

 教団員も颯太と同じ気持ちだった。
ただ、「時期尚早」というからには、いつか面会をさせるつもりのようだが。

 ともかく、今はまだその時期じゃない。
 颯太は腕を引っ張ってでもエインのもとへ連れて行こうとしたが――ジーナはその手を掻い潜り、扉を開けて室内へと入って行った。

「「「あっ!」」」

 隙を突かれた颯太と2人の教団員は追いかけるが、すでにジーナの足は止まっていた。その真っ直ぐ見据えた先にいたのは、


「――何者ですか?」


 ボサボサした白髪交じりの長い髪。
 生気の失せた瞳。
 痩せているというよりやつれていると表現した方が適切と思える。

「お、おまえたちは……」

 女王の身辺を警護する教団員たちの声が震える。
 移動する際も、その姿が視界に入らないよう気を遣っていた――その元凶である竜人族の2匹が、ダリス女王の前に姿を現したからだ。

 そして――振り返ったダリスは2匹と視線が合う。
 
「竜……人族!」

 途端に、ダリス女王の目がキッとつり上がった。 
 
「なぜここに竜人族がいるのです!!」

 鬼気迫る表情で怒鳴るダリス女王。
 その様子から、心底ドラゴンを――竜人族を恨んでいるというのが伝わる。
 だが、それはただの八つ当たりだ。
 父と夫、そして息子を失ったのは不幸な偶然の重なり。けれど、それを消化しきれずに心はだんだんと崩壊へと向かって行った。ジャービスたちはこの隙をついて勝手に領地譲渡をスウィーニーと交わし、それがとどめとなってダリス女王の心は完全に壊れてしまった。

「何をしているのです! さっさと始末なさい!」

 側近の教団員たちにジーナとカルムを消し去るよう命令するが、まともに戦えば人間側に勝算などない。そんなことさえわからなくなるほど、ダリス女王の精神は崩落していた。

「ぐぅ……」

 相手が竜人族である以上、迂闊に手を出せない教団員たち。
 

「「…………」」

 ジーナとカルムはしばし黙った後――一歩前へと踏み出した。

「お、おい」

 颯太は止めようとしたが、その小さな背中から伝わる悲壮な決意を目の当たりにして、出しかけた手を引っ込めた。同じく、食い止めようとした教団員たちの動きも止まる。

「私の声が聞こえないの! 早くこいつらを私の前から消しなさい!」

 髪を振り乱して叫ぶダリス女王。
 しかし、その命令に従う者はいない。

 皆、あの2匹が何をするのかに注目をしていた。 
 これまで、どんなことがあってもかつての姿を取り戻せなかったダリス女王――ここで、忌み嫌っている竜人族と向き合うことで、荒療治となるのではないか。
 なんの根拠もないが、もう藁にも縋る思いで見守っていた。

「何をするつもりだ……」

 颯太もまた見守る側に徹しようと不動を貫く。
 だが、あの2匹は一体何を思ってダリス女王の前に出たのか。
 喚き散らす女王を尻目に、2匹は肩を並べて深呼吸。それからジッと女王を見つめる。

「くっ……忌々しいドラゴンどもめ」

 女王はそばにいた教団員の剣を奪い取って構えた。

「あっ!」

 場に緊張が走る。
 だが、切っ先を向けられた竜人族2匹は怯まない。
 そして、


「「ご、めん、なさ、い」」


 腰を折り曲げ、頭を下げながら謝る2匹。
 颯太には、やけにたどたどしく、まるで使い慣れないといった感じの口調で放たれた謝罪の言葉。なんのことだかわからなかったが、

「しゃ、喋った……」
「竜人族が人間の言葉を喋った……」

周りの反応を見て、真相を知る。
 先ほど放たれた「ごめんなさい」という言葉――それはドラゴンの言葉ではなく、人間の言葉だったのだ。

「ど、どうしてあの2匹が人間の言葉を――」

 もしかしたら、人間の言葉が喋れるというシャルルペトラから教わったのか。しかし、なぜこの場面で謝罪のなのか――颯太には皆目見当もつかなかったが、

「あ、ああ……」

 カランカラン、とダリス女王の手にしていた剣が手から滑り落ち、床を転がる。
 その言葉は、

「う、うあ、ああぁ……」

 押し込めていたダリス女王の感情を決壊させた。
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