おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第137話  夜明け

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 バラン・オルドスキーの日記と不正な金。
 ガドウィンで保護されたアイザック・レーンと信頼していた家臣によって裏切られたダリス女王陛下――そして、毒殺されかけたエインの証言。

 これらが決定打となり、外交局がひた隠しにしてきたレイノア領地の不正譲渡問題がとうとう明るみとなり、国防大臣であるブロドリックから正式に要請が出されたことで、スウィーニーは竜騎士団の手によりその身柄を拘束されることとなった。

 不正の根底にあったのは飢饉対策として農地拡大を目指した結果だとエインは分析していたが、このような強引な手法に至った詳しい経緯を本人や本件に深く関わっている取り巻きたちから聞き出すため、早急に王国議会を開くとのこと。

 そんな慌ただしい空気が流れる中で、レイノア側との交渉は再開された。

 スウィーニーの離脱に伴い、ハルヴァ側は交渉人を交代。
人質として捕らえられていたレフティ・キャンベルが代理として挑むこととなった。

 レフティはレイノア側のエインが唱えた要求を全面的に受け入れ、直ちに領地を返還し、王都復興へ向けた経済支援を行うことを約束。レイノア側はそれに対し、現在農地として整備が終わった土地に関してはそのまま流用し、栽培された作物を優先的にハルヴァへと輸出することを提言した。

「強奪」ではなく「協力」という新しい形で、ハルヴァとレイノアは新しく国交を結ぶことを最終的な結論として、およそ2時間にわたって行われた交渉は終了した。
 
「終わったか……」

 城外にて、交渉終了の報告を受けた現場責任者のハドリーはレイノア城を眺める。

「よかった……エインさんたちがやってきたことは、何ひとつとして無駄になることはなかった――本当によかった」

 ハドリーにとって師匠であるエイン。
 病弱で軟弱だった自分を心身ともに鍛えてくれた恩師の念願が叶ったことに、ハドリーはまるで自分の身に起きた奇跡のごとく興奮と感動を覚えていた。

 颯太もまた、第二の故郷であるレイノア復活のために尽力したエインが報われたことにホッと胸を撫で下ろしていた。
 どんなに不利な状況になっても最後まであきらめず、対話によって国を取り戻したエインこそ、真の英雄と呼ぶに相応しいとさえ思っていた。――もっとも、当の本人は、

「私は本来、表舞台に出るのは苦手なんだ。王都が戻った時、今度こそただの庭師として生涯を終えるつもりでいる。あの孤児院も、もう必要ないだろうからな」

と言って謙遜していたが。

「お疲れ様でした、ソータ殿」

 一仕事を終えた満足感に浸りながら、疲れを取るために伸びをしていた颯太へ声をかけたのはシュードだった。

「いや、俺よりもシュードたちの方が疲れているだろ?」
「トリストンと一緒に王都内で潜伏していた時は肉体的にも精神的にもきつかったですが、最良の結果を迎えられたことでなんだか疲労が吹っ飛んだ感じがしていますよ」
「俺もさ」

 颯太とシュードは笑い合った。

 シュードは「騎士」として。
 颯太は「竜の言霊を持つ者」として。

 お互いがお互いの立場でできることをして迎えた成功。
 ふたりは格別の達成感に酔っていた。

「それにしても……あの子はよくハルヴァまで来てくれましたね」

 シュードが言う「あの子」とはもちろん癒竜レアフォードだ。
 ペルゼミネ在住であるレアフォードは、正式な軍属ではないものの、見ず知らずのメアやキルカの願いを聞いてわざわざここまで来てくれたのだ。

 レアフォード曰く、「森でのお礼」だそうだが、颯太からしてみれば、あれはほとんどフェイゼルタットの活躍のおかげだし、お礼をもらうようなことではないのでなんだか申し訳なく思ってしまう。
それでも、レアフォードのおかげでエインはギリギリのところで復活し、スウィーニーに止めを刺す切り札となったのは事実だ。

 今、レアフォードはメア、ノエル、キルカ――そして新しく加わったトリストンたちと一緒に談笑している。トリストンと初めて顔を合わせたメアとキルカは、あの赤ちゃんドラゴンがまさか竜人族だったとはと驚いていたが、今ではすっかりなじみ、長年行動を共にする友人のように親しげであった。

 ――その竜人族の輪には、あと2匹の「新顔」が入っている。

 狂竜ジーナラルグと死竜カルムプロスの2匹だ。

 エインの決死の覚悟を受けてダリス女王を説得に向かった2匹は、そのエインが生きていたことに号泣。エインは必死になって2匹を宥めていたが、服にしがみついて離れようとしなかった。そんな2匹を見て、「昔の甘えん坊だった時期に戻ってしまったか」とこぼしたが、その顔は言葉とは裏腹に嬉しそうだった。

 一方、スウィーニーはガブリエル騎士団長が編成した護送団によってハルヴァ王都へと強制送還された。
 ガブリエルの話では、これまでの罪を洗いざらい吐かせるため、王国議会のあとは裁判を執り行うことになるらしい。そのため、スウィーニーの詳しい身辺調査も実施されるという。そこから、彼の共犯者が芋づる式に発覚するだろうとも述べていた。

 スウィーニーに加担していた者――頑なに他国との協力体制に反対の姿勢を取って来た保守派の人間たちであることは明白であった。
 そのため、まだ確定事項ではないが、恐らく次期大臣には革新派のトップであるレフティが就任することが濃厚だろうと言う。
 スウィーニーの掲げていた「統一支配主義」から脱却し、「和平路線」を軸に据えるレフティの考えは、ペルゼミネのシリング王に通じるところがある。きっと、ハルヴァと他国との関係性をより良い方向へ導いてくれるだろう。

 ――なんて、小難しい政治論を並べなくたって、今の颯太たちが眺めている光景を目の当たりにすれば、「国が違うから」なんて小さな理由で争うことがバカらしく思えてしまう。

「竜人族たちがあんなに仲良くできているのに、人間である我々がいつまでもいがみ合っているなんて恥ずかしいですよね」

 メアたちが談笑している様子を見ていたシュードが言う。
 颯太も一言一句同意する。

「まったくだよ」

 ふと気がつくと、空が明るくなっていた。
 いつの間にか夜が明けたのだ。
 と、

「ふあ~」

 間の抜けたあくびが飛び出す。
 思えば、死と隣合わせだった緊張状態が続いていた――それが崩れたことで、一気に疲労が睡魔を従えて襲って来たのだ。

「帰りの馬車の中で寝ていきますか?」
「そうするかな……」
「すでにキャロルさんたちはガドウィンを発ったそうです」
「みんなも無事だったか」
「向こうからすれば、ソータ殿の方を心配していたはずですよ。もう全員無事に交渉は終えたという知らせは届いているはずなので、きっと安心しているのでしょうが」
「そうか……」

 キャロル、ブリギッテ、アンジェリカ、カレン――他にも、いろんな人たちをずっと心配させていたんだなと思い返すと、なんだか罪悪感が湧いてくる。心配してくれている人たちを早く安心させるためにも、そろそろハルヴァ王都へ向けて出発しようと馬車へ向かった。

 だんだんと明るさを増してくる空。

 まさに2つの国の夜明け――それを現したかのような眩しい朝焼けがレイノアの地を明るく照らし出した。
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