おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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番外編  西の都の癒しツアー?

第143話  依頼

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「よもやこのような事態になろうとは……」

 国防大臣執務室にて、ブロドリックは頭を抱えていた。
 苦悩する彼の前には、ふたりの騎士が立っている。ブロドリックに呼び出されたそのふたりとはハドリー・リンスウッドとジェイク・マヒーリス――どちらも高峰颯太と懇意にしている間柄であった。

「その事実を、タカミネ・ソータは知っているのですか?」

 ハドリーが問うと、ブロドリックはゆっくりと首を横へ振った。

「いや、まだ伝えてはいない。じゃから、ビリーに使いを頼んで、呼びに行かせているところじゃ。こればっかりはこちらの一存でどうこうできる問題ではないからのぅ。本人の意思が大事になってくる」
「ええ……そうですね」
 
 ジェイクとハドリーは複雑な表情を浮かべる。
 ふたりは今回の案件――颯太は恐らく突っぱねる可能性が高いと見ていたからだ。
 それはブロドリックも同じである。

「まあ、ソータのことじゃからあまり乗り気にはならないかもしれないが……」
「ハルヴァで暮らすようになってもう数ヶ月経ちますが、未だに《その手》の話はひとつとして出ていませんからね」
「あまり興味がないのかもしれません」

 言い終えて、3人はほぼ同時に「はあ」とため息をついた。

「ともかく、ソータの返事次第ということになるが……よほどの理由がない限り、彼には行ってもらわねばならぬだろう――西方領ダステニアへ」


 ……………
 ……………………
 …………………………


「――で、御用件というのは」

 訳も分からず、突然リンスウッド・ファームに押しかけて来た国防局の手によって、ハルヴァ城へと連行されてきた颯太は困惑気味だった。

「レイノアでの件が終わったばかりで申し訳ないのじゃが……実は見てもらいたいものがあるんじゃ」

 国防大臣のブロドリックに、その両脇を固めるハドリーとジェイク。
 仰々しい出迎えに怯えながらも、颯太はブロドリックの執務机に山積みとなった書類を見せつけられた。

「あの、これって……」
「すべてお主宛ての書類じゃ」
「お、俺のですか!?」

 内容云々を語る前に、その尋常ではない量に対して圧倒される颯太。しかも、そのすべてが自分宛なのだと言う。
 もしかして、牧場へのクレームか。それとも、謂れのない誹謗中傷の類か。覚悟を決めた颯太はブロドリックにたずねた。

「い、一体、この書類はなんなんですか?」
「ふむ――順を追って説明しよう」

 椅子に腰を下ろしたブロドリックは、書類の中から適当に選んだ1枚に目を通す。

「これだけの数ではあるが……実のところ、内容はすべて同じものと言っていいんじゃ」
「同じ内容の書類?」

 そうなると、問題になっている点はひとつで、それを多数の人間が指摘しているということだろうか。とりあえず、詳しい事情を知るため、颯太はブロドリックが語る内容に耳を傾けようと集中することにした。

「そして――この書類を送りつけてきたのはすべて同一人物じゃ」
「え? 同じ人から同じ内容の書類が?」

 それもこんなに大量に送られてくるなんて。
もはや嫌がらせに近い所業だ。

「この書類の送り主は西方領ダステニア王都に住む人物――《大富豪》リー・ラフマンという男じゃ」
「だ、大富豪……」

 いわゆるセレブと呼ばれる人種であり、颯太からすればもっとも縁遠い位置にいるものと捉えて間違いない。

「ダステニアが医療大国であるということは知っているな?」
「はい。何度か耳にしたことがあります」
「医療大国というだけあり、ダステニアには医者を目指す若者へ関連知識や技術を教える教育機関が存在している――王立アークス学園という名だ」
「学園……」

 以前――まだ颯太が、この世界の文字の読み書きに苦戦していた頃、ハルヴァでも教育機関を立ち上げるという話を聞き、そこで文字の読み書きを習おうかなんて冗談半分に思ったことはあったが、すでにダステニアでは「学校」が存在していたようだ。

「そのリー・ラフマンという人物はその王立アークス学園の学園長を務めているのじゃ」
「その学園長先生が、どうして俺に?」

 面識どころか、名前さえ初めて聞いた人物だ。接点なんてあるはずもない。なのに、そのリー・ラフマンなる人物は、なぜ颯太にこれほどの書類を送りつけてきたのか。

「ふむぅ……実はな、ソータ」

 なんだか凄く言い辛そうに、ブロドリックは颯太へ告げた。

「彼――リー・ラフマンは人格者じゃ。医療大国ダステニアは元商人である彼の資金援助もあって治療不可能と呼ばれた病に効く新薬の開発に何度も成功しておるし、難民の受け入れや戦災孤児の育成施設の提供といった慈善活動にも熱心じゃ」

 それだけ聞くととても素晴らしい人物だと思えるのだが、ブロドリックの顔つきはとても険しかった。
 どうやら、一癖ある人物らしい。

「そうした彼の聖人エピソードを語れば枚挙にいとまがないのだが……そんな彼にもたったひとつ、どうしようもない欠点があった。そしてその欠点こそが、そこにある大量の書類の正体に結びついているのじゃ」
「な、なんですか?」
「それはな――彼は自分の娘に死ぬほど甘いということじゃ」
「…………え?」

まったく予想していなかった答えに、颯太の目が点になる。

「む、娘に甘いというのはわかりましたけど、それとこの大量の書類がどう関係してくるんですか?」
「リー・ラフマンの一人娘であるシャオ・ラフマンはな……どうも君に――タカミネ・ソータに惚れておるようなのじゃ」
「はあ!?」

 惚れている?
 会ったこともない自分に、大富豪の娘が?

 まったくもって意味がわからない颯太は、すがるような思いでハドリーとジェイクに視線を送るのだが、ふたりにはあっさりと受け流されてしまった。

「どこかで君の活躍を耳にし、恋い焦がれてしまったらしい。この書類は、おまえさんと自分の娘であるシャオを是非お見合いさせたいというリー・ラフマンからの依頼状なのじゃよ」
「お見合いって……」
 
 話が唐突過ぎてついていけない。
 何がどうなったら、大富豪の娘とお見合いなんて話しになるんだろう。

 尽きぬ疑問に溺れかけながらも、颯太はなんとか踏ん張る。――だが、そんな颯太を嘲笑うかのように、ブロドリックは、

「ソータよ……一度、そのシャオ・ラフマンに会ってはもらえんか?」
「え?」
「こうも熱烈に誘いを受けて断るというのも……もちろん、お主にその気がないなら断ってもらってもかまわんが」

 颯太は、なんとなく感じ取っていた。
 いつもハキハキと喋るブロドリックがここまで言いよどむということは、

「何かあるんですね、そのリー・ラフマンという人物と」
「……以前に話したハルヴァの大飢饉――あの時、もっとも多額の寄付をこのハルヴァへ送ってくれたのがリー・ラフマンだったのじゃ」

 つまり、スウィーニーとはまた立場の違ったハルヴァ復活の立役者であったのだ。
 たしかに、そんな恩ある人物がここまで熱心にお願いをしているのを断るというのは少しバツが悪い気がする。ただ、あくまでも標的が颯太個人に向けられているので、国家として動けることは少ない。

すべては颯太の判断に委ねられていた。

 その颯太が出した答えは、

「……わかりました。行きます――ダステニアへ」

 旅立つことだった。
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