おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第142話  【幕間】新生レイノア王国

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 ハルヴァ王都を出たエインは馬を走らせて森を突っ切り、レイノア王都へと帰還。
 到着する頃にはすっかり周りにはオレンジ色に染まっていた。

「暗くなる前に戻って来られてよかったな。――うん?」

 王都へ入ると、エインは妙な違和感を覚えた。
 今のレイノア王都は禁竜教にいた元レイノア国民数十名のみ――のはずが、どう見てもその人数より多いのだ。

「どういうことだ?」

 馬を下りたエインは、今朝方、ハルヴァ王都へ向かった時よりも賑わいも増しているレイノア王都の様子に戸惑いつつ、手近な兵士に声をかけようとした。すると、

「エインさん!」

 エインの存在に気づいた兵士が叫ぶ。
 それにつられて、周りの人々の視線がエインに集中し、やがて周りを取り囲むように集まって来た。何事かとたじろぐエインだったが、集まって来た人々の顔を見た時――全身に衝撃が走った。

「お久しぶりです、エインさん!」

 ひとりの中年男性の一言を皮切りに、周りの人々も「お久しぶりです!」や「ありがとうございました!」とエインに話しかけてくる。

「君たちは……」

 その顔触れは――かつて、レイノア王都で暮らしていた元国民たちであった。

「ど、どうしてここに?」

 ハルヴァ王都では本日から新生レイノア王都へ移住を希望する者を呼びかける手筈となっていた。だが、その際に予想される移住希望者は、それほど多くはないだろうというのが大方の見立てであった。
 レイノアの不正譲渡があってからこのハルヴァへ移り住んだ者たち――言ってみれば、なんの前触れもなくいきなり故郷を追い出される形になってしまったのだ。

 慣れない環境で必死に生き抜いてきた彼らの中には、国民になんの説明もないまま領地譲渡に踏み切った当時の国政関係者をよく思わない者も少なくはないだろうし、すでにハルヴァで安定した生活を営んでいる者が、わざわざここへ移り住んでくるとは考えにくい。なので、下手をしたら数人規模になるのではという予想さえ出ていた。

 ――だが、現実は違った。

「どうしてここに……」
「昼間にハルヴァの王都でレイノア領地返還の件を耳にしたら居ても立ってもいられなくってしまって……勢いで来ちまったんです」

 そう言ったのは、かつてこのレイノア王都で鍛冶屋を営んでいた男だった。
 彼はハルヴァでも鍛冶屋をしていたが、新規顧客を見つめるのに苦労し、最初の数年間は貧しい生活を余儀なくされていた。それでも、彼の誠実さと確かな腕は次第に広まって、ようやく人並みの生活ができるだけの稼ぎを得るようになってきたが、故郷のレイノアが再び王国として復活することを耳にして駆けつけたのだった。

「ハルヴァの外交局の方から聞いた話では、エインさんが領地返還を実現するために奔走してくれたと」

 目に涙を浮かべて語るその女性は、このレイノアで3代続く老舗宿屋の女主人。
 彼女もハルヴァでの新生活に苦労の連続であったが、最近では評判の宿屋として人気が出始めていた。

 ふたりだけでなく、この場に集まった20人以上の人たちは、皆レイノアが領地返還されるという話を耳にし、その日のうちにレイノア王都へ足を運んできたのだという。

「あ、エインさん!」

 人だかりをかき分けてエインのもとへやってきたのは禁竜教の教団員で、以前のレイノア王国では門番兵として働いていた男だった。

「どうした?」
「実は、ここにいる者たちも含めて、レイノアへ移住しようとやって来た者たちの住居が足りなくて……」

 農地として整備されることが予定されていたため、王都内にあった住居の一部は解体されてしまっていた。そのため、レイノア復活に歓喜して集まって来た元国民たちの新たな住まいが足りないという現状に陥ってしまっていた。

 しかし、エインはこともなげに、

「家がないなら城の一部を解放すればいい。特に1階は多かったはずだ」
「し、城にですか!?」

 エインの提案――王国の象徴である城へ民を一時的とはいえ住まわすというのは前代未聞の出来事であった。

「ダリス女王には私から話しをつけておく。とりあえず、あるだけの家に住む人と城へ移る者とで分けよう。夜はすぐそこまで迫っているから迅速に行うぞ」
「は、はい!」

 元門番兵の男はエインの周りに集まっていた人たちを別の場所へ移動させた。
 その中には、移動せずにその場へとどまる者も数名いた。

「? 何かあったのか?」
「いや、家が足りないなら作ろうと思って」

 近くにいた男へたずねると、あっけらかんとそう返してきた。

「新しく家を、か」
「ええ。任せてくださいよ。こう見えて、我々はハルヴァで家や橋を造る仕事をしていたのでノウハウはバッチリありますよ」

 男たちは勇ましく「おお!」と勝鬨のような頼もしい声をあげると、早速王都内をぐるっと見て回り、家だけでなく新しい宿屋や鍛冶屋など、王都として必要な場所の配置などについても話し合い始めた。

「では、王都の建築関係については君たちに一任しよう。人手が足りないようなら新しく募集をかけることを検討しないとな」
「そうしていただけると助かります。全力で取り組みますので期待していてください!」
「ああ、楽しみにしている」

 エインが若い大工たちへ王都の新たな建築を依頼すると、

「すいません」

 また別の人物が登場。
 家財道具を積んだ荷車を押すその家族――恐らく、ハルヴァ王都から歩いてやってきたのだろう。

「レイノア王国が領地返還されて復活したと聞いて来たのですが……」
「君も元国民か?」
「いえ、私ではなく妻がレイノアの出身なのです」
「そうだったのか。――うん? 君は……」

 男の妻に、エインは見覚えがあった。

「エイン先生、私のことを覚えていますか?」
「覚えているとも……サリーだな?」
「はい!」

 サリーとは、エインが孤児院の院長をしていた際にそこで生活をしていた子だった。両親を魔族に殺され、たったひとりきりになった彼女はこの孤児院で生活することで明るさを取り戻し、ハルヴァへと移り住んでからはずっとハルヴァ城のメイドとして働いていた。
 彼女はエインや竜人族たちが行方不明になったことをずっと気にかけており、ハルヴァ王都でレイノアとエインたちの話を聞いて飛んできたのだと言う。

「先生にずっとお会いしたいと思っていました。私がこうして家族を持てたのも、エイン先生のおかげです」
「何を言う……私は手を添えただけだ」

 エインが言うと、まるでタイミングを計ったかのように見慣れた2匹の竜人族が駆け寄って来た。2匹はエインが帰って来たので出迎えようと来たのだが、そこで懐かしい顔を見てびっくりする。

「ジーナ! カルム!」

 サリーは孤児院時代、生活を共にしていた懐かしい2匹の友だちに抱きつく。ジーナとカルムもサリーのことを覚えていて、抵抗することなく受け入れていた。

「私、またここで暮らすことにしたの。よろしくね」

 サリーの言葉に、ジーナとカルムは静かに頷く。
 2匹の目尻にはうっすら涙が溜まっていた。

 その光景を眺めていたエインはしみじみと思う。


(スウィーニーよ……国を救おうとしたおまえの気持ちはわかる。だが、やはりおまえのやり方は間違っていたと思う。目の前にあるこの光景が何よりの証だ。奪うのではなく、分かち合う道は必ずある。救いの光がまったく見えない、底知れぬ窮地に陥ろうとも、人がその存在を望む限り国は甦るのだ――何度でも)

 
 レイノアの再起は、まだ始まったばかりだ。
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