おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章①】廃界突入編

第163話  燃え盛る炎の中で

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「竜人族の定めは覆せぬ。それを忘れ、人間と仲良くなろうとした段階で竜人族としての銀竜は死んでいたのじゃ」
「勝手なことを!」

 憤慨する颯太。
 しかし、この場を切り抜けるだけの閃きもなければ突破口をこじ開けるほどの力も持っていない。ドラゴンと会話ができるという能力を差し引けば、至って普通のおっさんだ。
 だとしても、

「くっ!」

 颯太は駆け出す。
 メアを助けるために。
 しかし、

「いい加減にあきらめてはくれぬか」

 またも先回りをされて逃げ道を塞がれる。

「お主までは殺さん。妾の目的は竜王選戦の覇者になることなのじゃ」
「だから、メアは渡せないって!」
「ならば仕方がない――不本意ではあるが、お主を黙らせて無理矢理にでも銀竜を奪わなければならないようじゃな」

 エルメルガの両手に稲妻が走る。
 燃え盛る炎はその勢いを増し、颯太の逃げ道をさらに狭めていったため、もう退路は完全に断たれてしまった。

「消し炭となれ」

 エルメルガの手から放たれた雷撃は瞬きをする暇さえ与えぬほどの速度で颯太の全身を貫いた――はずだった。

「む?」

 エルメルガは違和感を覚えた。
 自分の手から離れた雷撃は、間違いなく銀竜メアンガルドを抱く高峰颯太を捉えたはずであった。しかし、先ほどまでそこにいたはずの颯太は影も形もなく消え去っていた。最初は自分の雷撃によって銀竜共々消し飛んだのかと思ったが、どうも違うようだ。

 その答えはすぐに発覚した――と、同時に、

「っ!?」

足元へ迫ってきた怪しい「影」に驚いてその場から飛び退いた。

「さっきいた銀竜の仲間か」

 影の正体――影竜トリストンの能力は、発動の直前で見破られてしまった。

「あの人間をその影の中へ一旦吸い込み、妾を呑み込んだあとで吐き出すつもりだったのじゃろうが、惜しかったな」
「…………」

 颯太とメアの救出には成功したものの、エルメルガを捕らえるという奇襲自体は不発に終わってしまった。
こうなると、トリストンにも危機が迫る。
 以前相手にした獣人族とはケタが違う強さのエルメルガを前に、自分の勝利するビジョンが想像できない。戦闘経験の浅いトリストンには荷が重すぎる相手だ。
 マイナスの思考に支配されるトリストンであったが、

「……いいじゃろう」

 エルメルガは戦闘を放棄した。

「正直言って、メアンガルドには失望した。――が、あやつの力はこの程度はない。今度戦う時は、人間などという足かせを捨てて本気で殺り合おうと伝えておけ」
「……あなたは間違っている」
「む?」

 立ち去ろうとするエルメルガの背中に、トリストンが語りかける。
 このままやり過ごしておけばいいのものを――それはトリストン自身もわかっていたことであったが、「メアにとって颯太たちが足かせになっている」と言い放ったエルメルガを放っておくことはできなかった。

「メアお姉様はあなたなんかよりずっと強い」
「ほう……では、今回負けたのは何かの間違いだと?」
「その通り」
「かっかっかっ! ならば尚更再戦したくなった! 次に会う時が楽しみじゃ!」

 そう言い残して、エルメルガは紅蓮の炎の中へと姿を消した。
 トリストンもすぐさまその場を離れてジェイクたちと合流。周囲に敵の気配がないことを確認すると、影から颯太とメアを吐き出した。
 
「ソータ! メア!」

 気を失ったままの颯太とメア。

 リンスウッド・ファームにとって初めてとなる竜王選戦はぐうの音も出ないほど完璧な敗北からのスタートだった。


 ◇◇◇


 ダステニア王都――アークス学園内ドラゴン専用診療室にて。

「あとちょっと遅かったからメアちゃんの命はなかったわ」

 王都帰還後、重傷を負ったメアの治療に当たったブリギッテはそう告げる。

「本当ね。むしろ、よくここまでもったと言いたいわ」
「まったくだ。竜人族の生命力が強いというのは知られていたが、あそこまでの怪我を負って生きていられたとはな」

 同じく治療に参加したペルゼミネのマシューとダステニアのオーバも似たような感想を持ったようだった。

 王都へ戻った際、重傷を負ったメアと意識不明の颯太の治療を行うための場所を借りたいと訴えたブリギッテの願いを聞き入れて、ダステニアはこのアークス学園の一室を貸し出すことをその場で決定したのだった。
 ここにも、ハルヴァとダステニアの深い友好的関係性が垣間見える。

「とりあえず、今は絶対安静が必要です」
「ありがとう、ブリギッテ」

 治療を終えた3人の竜医を出迎えたのはジェイクだった。
 本来ならばこの場に颯太もいるはずなのだが、

「そっちはどうでした?」
「全身の数ヵ所に軽度の火傷があるそうだが、それ以外は特に問題はないようだ。ただ、あと数分でもあの炎の海の中にいたら、どうなっていかはわからないと医者が言っていたよ。今はベッドで寝ている」

 メアを助けることに必死となっていた颯太。その時は特になんとも思わなかったのだが、ダメージは着実に肉体を蝕み、こちらも危険な状態であった。

 エルメルガの雷撃によって発生した火災により、王都近くの森はその面積の3分の1を失うこととなってしまった。不幸中の幸いと言うべきなのか、火災発生の直後に雨が降り出したため、火災が王都へと進行してくることはなく、その手前で自然鎮火したのだった。

 その雨は今も降り続け、診療室の窓を濡らしている。

「まさに救いの雨だったわね」
「まったくだな」

 マシューとオーバが窓を眺めながら言う。そこへ、

「失礼します!」

 入室してきたのはカレンだった。走ってきたのか、息は荒々しく額には大粒の汗が光っていた。

「ソータさんとメアちゃんが大怪我をしたって聞いたのですが!?」
「メアちゃんについては、とりあえず命に別状はないわ。むしろソータの方が重症かも」
「えっ!?」
「火傷の状態が思わしくないようなの。ああ、でも、命の危険があるとかそういうんじゃないから安心して」
「そ、そうでしたか……」

 ホッと胸を撫で下ろすカレン。
 だが、外交局の人間であるカレンがこの場にいるということは、

「終わったのね――国王会議が」
「……ええ。今後の方針が決まりました。メアちゃんたちの容態が気になっているということもありましたが、本来はこの会議の結果を報告するために参りました」
「わかった。では、ソータのいる人間用の診療室へ行こう」

 ジェイクはそう言ってマシューとオーバに目配せをする。

「そうね。私たちも本来の持ち場に戻りましょうか」
「うむ」

 マシューはペルゼミネ外交局のもとへ。
 オーバはダステニ外交局アのもとへ。

 それぞれがいるべき場所へと戻って行った。

「では行こうか」
「はい」

 ハルヴァ組は颯太のいる人間用診療室に向かって歩き出した。
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