おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章①】廃界突入編

第164話  苦悩

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「――うぅ……ここは?」

 目を覚ました颯太は、自分がどこにいるのかさえわからなかった。
 石造りの小さな部屋。
 自分はベッドの上で横になっている。
 軽度の記憶障害を引き起こしていたようであったが、少しずつここに至るまでの経緯を振り返ることで今の自分が置かれている状況を思い出す。そうすると、ここがどこなのか、なんとなく察しがついた。

「ここは……アークス学園か?」

 この石造りの壁は、アークス学園の廊下で見たものと酷似していた。
 さらに記憶を遡ると、王都外れの森での出来事が思い出されて、

「! メア!」

 ベッドから飛び起きた。――が、すぐに全身に走る痛みに顔を歪めた。そこで初めて、自分が裸で、体に包帯が巻かれていることに気づく。明らかに治療が施された後だった。

「こ、これは……」

 思い当たる節はある。
 あの時――メアとエルメルガが対峙した時、周囲は燃え盛る炎で赤一色の光景だった。メアを助けることばかりに気を取られていたが、あれだけの高熱地帯に身を置き続けたのだから無事で済むわけがない。

 エルメルガの雷撃を受ける瞬間に目の前が真っ暗になったが、あれは恐らくトリストンの能力で影の中に吸い込まれたのだろうと推測される。目の前が暗くなったことと、こうして命があるという現状を考えれば、自然とその推察に行きついた。

 包帯が巻かれている部分には火傷の痕跡があるのだろう。
 ヒリヒリとした痛みを感じるが、骨や関節には異常がないようなので動きを取るには問題はない。
 颯太はベッドから立ち上がるが、その動きと連動するように部屋のドアが開いた。

「起きられましたか、ソータさ――」

 入室してきたのはカレンだった。
 そのカレンは、ベッド脇に立つ颯太を目にして、

「~~っ!?」
 
 あっという間に顔が紅潮し、目を伏せた。
 その仕草に疑問を持ったが、すぐにそれは解決する。
 自分の格好だ。
 全裸に包帯のみという今の格好は、男性が女性の前に立つ姿として不適切極まりないものであった。

「うわっ!?」
「ご、ごめんなさい!」

 カレンはもの凄い勢いで部屋を飛び出していった。
 追いかけようにもほぼ全裸である今の状態で部屋を出たらさらなる二次被害が発生するのは目に見えている。
 結局、部屋の片隅にたたまれていた自分の服を発見するまで、颯太はベッド脇であたふたするしかできなかった。


 ◇◇◇


「ごめんなさい、取り乱して……」
「いや、こっちこそすまない……」

 着替えてから部屋を出た颯太はなんとかカレンを連れ戻すことに成功。
 カレンの話では、ここはアークス学園の校舎の中で、緊急の医務室として開放してもらっているらしい。

 また、颯太は丸1日眠り続けていたとカレンから告げられた。
 さらに、

「メアちゃんの容態ですが、意識こそ回復していませんが、命に別状はないようです」
「そ、そうか……」

 意識が戻らないという点について不安は残るが、とりあえず生きていてくれているという事実に颯太は安堵する。

「ソータさん……私はあなたに報告するため、ここに残りました」
「残った?」
「はい。国王会議終了後、各国の国王たちは大規模戦闘の準備を整えるため、その日のうちに母国へと帰還しました」
「大規模戦闘……」

 それ即ち、

「じゃあ、いよいよ魔族討伐へ向けた戦いが始まるんだな」
「そうです。魔族の巣である廃界への侵攻は今から5日後――ですが、さらなる問題点が浮上したため、今回の作戦の難易度は大幅に上昇したと見ています」
「問題点?」
「エルメルガをはじめとする数匹の竜人族が、ハルヴァ、ペルゼミネ、ガドウィンに現れて各国の竜人族と戦闘を繰り広げたそうです」
「なんだって!?」
「その結果、各国の竜人族たちは負傷しながらも追い返すことには成功したようです。それでも、もしかしたらまた襲ってくる可能性がないわけではないようですが」
「ハルヴァは誰が戦ったかわかるか? ノエルか? キルカか?」
「レイノア王都に出現したそうで、最初に戦ったのはジーナちゃんとカルムちゃんの2匹だそうです。その後で、緊急連絡を受けたハルヴァ竜騎士団からキルカちゃんとノエルちゃんが向かいましたが、すでに逃げ去ったあとでした」

 ダステニアを襲ったエルメルガのように、他の竜人族も攻め入ったのだという。

「……タイミングが悪過ぎる。せっかく、4大国家が協力体制を整えて、まさにこれからが魔速討伐に本腰を入れるっていう時に竜王選戦が始まるなんて」
「だからこそ、竜人族を一点に集中させておきたいという狙いがあるようです。さすがに、複数の竜人族が結集していれば、他の竜人族たちも手が出せないでしょうから」
「…………」

 それについては颯太も同意だ。
 極力戦闘行為は避けておきたい。
 魔族たちとの戦いに勝利するためには竜人族の力は欠かせない。あの子たちが100%の実力を出し切るためにも、体力は温存しておく必要があった。

「そういえば、ブリギッテたちは?」
「ブリギッテさんはハルヴァを襲撃した竜人族と戦闘したジーナラルグとカルムプロスの治療を行うため一時帰国されました。ただ、5日後の魔族討伐作戦の際には、ハルヴァから大軍勢を率いるガブリエル竜騎士団長たちと共にダステニア入りする予定です。他の国の竜医たちも一旦帰国しました」
「そうなのか……」

 複雑な心境だった。
 人々が真の意味で平和な暮らしを取り戻すのに、魔族の殲滅は欠かせない条件なのであろうが、もしまたメアのように深く傷つく竜人族がいたら――それこそ、ノエルやトリストンやキルカたちが巻き込まれたら、その時は、

「俺は……一体どうすれば……」

 颯太は頭を抱えた。

 竜王レグジートがくれた竜の言霊。
 その性能を生かし、エルメルガたち他の竜人族を説得できるかもしれない。
 だが、戦闘を目の当たりにして固まってしまい、挙句の果てにメアを危険に晒したあの行為が、颯太の中ではトラウマになりつつあった。

「ソータさん?」
「――すまない、しばらくひとりにしてくれないか?」
「……わかりました。また、夕食の時にここへ来ますね」

 カレンは深くはたずねなかった。
 颯太の心の苦しみが、まるで手に取るようにわかったからだ。

「ソータさん」
「うん?」
「あまり、悩み過ぎないようにしてくださいね」
「わかっているさ」

 そう言った颯太の表情は強張っていた。
 とても、「わかっている」とは思えない顔つきだった。
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