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【最終章①】廃界突入編
第165話 【幕間】廃界の夜(竜人族)
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「じゃあ、成果報告をするのです」
夜の廃界。
薄暗い廃屋の中で、竜人族ローリージンが声をあげる。
「うちは指示通りにガドウィンで海竜と戦ったけど、あいつ結構強かったな。港にいた人間たちを守りながら戦っていたっていうのに」
「僕はハルヴァで狂竜と死竜を相手にしたよ。まあ、どちらも戦闘特化とは言い難い能力だったから、それほど苦戦はしなかったかな。その後で樹竜と歌竜が応援に来たからそこで撤退をしたよ。さすがに4対1じゃ分が悪すぎるから」
「レイノア王都に行ったんだろ? そいつらも人間を守るために気を遣っていたんじゃないのか?」
「ふっ、自分が1対1で苦戦をしたからって難癖をつけるのは感心しないな」
「なんだと!?」
「やるかい?」
「やめるのです!」
ベイランダムとニクスオードがそれぞれの戦いを振り返っている途中で険悪なムードになるが、ローリージンが仲裁に入って事なきを得る。
4匹の中でもっとも好戦的なベイランダムと4匹の中でもっとも自信家なニクスオードが小競り合いをはじめ、4匹の中でもっとも冷静で落ち着いた性格のローリージンがそれを宥める――というのが、日常だった。
「私たちは《あの方》の指示通りに動く。それができていればいいのです」
「まあ、そうだけどさ……悪かったよ」
「少し悪ふざけが過ぎたようだ」
「まったくもう……それで――エルメルガ、あなたはどうなのです?」
「――え?」
順番で行くと次は雷竜エルメルガであったが、口を開かず俯いて考えにふけっていた。そのため、ローリージンが声をかけると気の抜けたような返事がきたので、他の3匹は目を丸くした。
「なんだよ、その呆けたような声は。あんたらしくないな」
「ダステニアで何かあったのかい?」
「そういうわけではない。……と言えば嘘になるか。ちと、気になることがあってな」
「いつも細かいことなんて気にしないエルメルガがボーっとしてしまうほどの気になる点……凄く興味があるのです」
早く話せと言わんばかりに顔を近づけてくるローリージン。後ろではニクスオードとベイランダムと「うんうん」と追い打ちをかける。
「別に、面白くもなんともないことじゃ。……妾たち竜人族と人間の関係性について考えておった」
「「「…………」」」
3匹はお互いに顔を見合わせた。
行動を共にするようになってからまだほんの数年だが、雷竜エルメルガの性格からして、その考えはとても、
「本当にあんたらしくないな」
「何か悪いものでも食べたのかい?」
「あっ! きっと一昨日食べた魔鳥が原因なのです! だからあれほど生で食べるのはダメだと言ったのです!」
「違うわ! ……もうよい。妾は先に寝る」
真剣な悩みを茶化されたことに腹を立てたのか、エルメルガは拗ねたように言い捨てると寝室として使用している一番奥の部屋へと入って行った。
「……まさか、本気で人間と竜人族について考えていたのか?」
「散り散りになる前は、『ダステニアに我が宿敵が来ているようじゃから縁があれば合いまみえるじゃろう! その時は黒焦げにしてくれる! ついでに人間どもも数人葬ってくるかのう!』と息巻いていたのに」
「特に負傷をしているわけではないようなので作戦通りに事を運んだと思うのです。……それでも、何か納得のいかない事態になったようなのです」
4匹の中でもっとも強く、リーダー格であり、竜王選戦に対して並々ならぬ執着心を持っているエルメルガ。他の3匹も十分強い部類に入るのだが、それでも全員がエルメルガとガチンコ勝負をすれば勝てないだろうと踏んでいた。
だからこそ、エルメルガの心境の変化に驚きを隠せないでいた。
「今までのあいつなら、人間がどうとかまず口にしないのにな」
「竜王になるための執念深さは僕らの中で一番で、それ以外に興味なんてなさそうだったし」
「エルメルガ……」
ダステニアの森でメアと戦った時、エルメルガは他の3匹についていずれは竜王になるために戦って勝たなくてはいけないと語っていた。
――だが、エルメルガの寝室を見つめる3匹の竜人族たちはそんなエルメルガを本気で心配しているようだった。
◇◇◇
「はあ……」
自室へと戻ったエルメルガはベッドへと腰を下ろす。
ベッド――長方形に切り取られた冷たい石の上に薄い布切れが敷かれたそれは、ベッドと呼ぶには少々荒い造りをしているが、寝起きをそこで行うエルメルガからすれば人間たちが使うベッドと役割は同じだ。
「妾は……メアンガルドに勝った」
まるで確認するように呟くエルメルガ。
ガラスが砕け散り、ただ四角い穴が開いているだけの壁の向こうに見える美しい夜空を眺めながら、エルメルガは昼間の戦闘を思い出していた。
かつて、何度も敗北を喫した銀竜メアンガルド。
その骨の髄まで凍りつくような冷気に、エルメルガは散々苦しめられた。
ダステニアにメアンガルドがいるという事前情報を耳にしていたエルメルガにとって、今回の戦いは自身の竜王選戦開幕を告げるものであると同時に、長年に渡る因縁に決着をつけるためのものでもあった。
結果として、エルメルガはメアンガルドに勝利した。
しかし、それを完全無欠の大勝利なのかと問われれば、首を横に振らざるを得ない。
あの時――終始戦いを優位に進めていたのはメアンガルドであった。
スピードもパワーもほぼ互角でありながら、メアンガルドの戦闘運びはエルメルガの一歩も二歩も先を進んでいた。
防戦一方。
このままではまずい。
「また負けるのか」――そんな思いが脳裏をよぎった瞬間だった。
『ソータ!?』
メアンガルドが見せた決定的な隙。
そこを突いて、エルメルガは逆転勝利をおさめた。
それでもエルメルガが手放しで喜べないのは、その隙を生み出したのが自分の力量によるところではないからだ。
タカミネ・ソータ。
そんな名前の人間が、銀竜メアンガルドのそばにいた。
なんでも、ハルヴァの小さなドラゴン育成牧場のオーナーらしい。それだけなら特に気に留めないのだが、問題はこのタカミネ・ソータがメアンガルドを自身の牧場へ招き入れたことだった。
あの銀竜が人間の側につくなんて。
到底信じられる話ではなかった。
しかし、それは純然たる事実であった。
それを証明したのが、あの決定的な隙。
そして、その隙を作り出したのは、
「タカミネ・ソータ、か……」
人間嫌いのメアンガルドを変えた男。
エルメルガは、妙にその人間が気になっていた。
「一度……会ってみるか」
誰に言うわけでもなく、エルメルガはそうこぼしたのだった。
夜の廃界。
薄暗い廃屋の中で、竜人族ローリージンが声をあげる。
「うちは指示通りにガドウィンで海竜と戦ったけど、あいつ結構強かったな。港にいた人間たちを守りながら戦っていたっていうのに」
「僕はハルヴァで狂竜と死竜を相手にしたよ。まあ、どちらも戦闘特化とは言い難い能力だったから、それほど苦戦はしなかったかな。その後で樹竜と歌竜が応援に来たからそこで撤退をしたよ。さすがに4対1じゃ分が悪すぎるから」
「レイノア王都に行ったんだろ? そいつらも人間を守るために気を遣っていたんじゃないのか?」
「ふっ、自分が1対1で苦戦をしたからって難癖をつけるのは感心しないな」
「なんだと!?」
「やるかい?」
「やめるのです!」
ベイランダムとニクスオードがそれぞれの戦いを振り返っている途中で険悪なムードになるが、ローリージンが仲裁に入って事なきを得る。
4匹の中でもっとも好戦的なベイランダムと4匹の中でもっとも自信家なニクスオードが小競り合いをはじめ、4匹の中でもっとも冷静で落ち着いた性格のローリージンがそれを宥める――というのが、日常だった。
「私たちは《あの方》の指示通りに動く。それができていればいいのです」
「まあ、そうだけどさ……悪かったよ」
「少し悪ふざけが過ぎたようだ」
「まったくもう……それで――エルメルガ、あなたはどうなのです?」
「――え?」
順番で行くと次は雷竜エルメルガであったが、口を開かず俯いて考えにふけっていた。そのため、ローリージンが声をかけると気の抜けたような返事がきたので、他の3匹は目を丸くした。
「なんだよ、その呆けたような声は。あんたらしくないな」
「ダステニアで何かあったのかい?」
「そういうわけではない。……と言えば嘘になるか。ちと、気になることがあってな」
「いつも細かいことなんて気にしないエルメルガがボーっとしてしまうほどの気になる点……凄く興味があるのです」
早く話せと言わんばかりに顔を近づけてくるローリージン。後ろではニクスオードとベイランダムと「うんうん」と追い打ちをかける。
「別に、面白くもなんともないことじゃ。……妾たち竜人族と人間の関係性について考えておった」
「「「…………」」」
3匹はお互いに顔を見合わせた。
行動を共にするようになってからまだほんの数年だが、雷竜エルメルガの性格からして、その考えはとても、
「本当にあんたらしくないな」
「何か悪いものでも食べたのかい?」
「あっ! きっと一昨日食べた魔鳥が原因なのです! だからあれほど生で食べるのはダメだと言ったのです!」
「違うわ! ……もうよい。妾は先に寝る」
真剣な悩みを茶化されたことに腹を立てたのか、エルメルガは拗ねたように言い捨てると寝室として使用している一番奥の部屋へと入って行った。
「……まさか、本気で人間と竜人族について考えていたのか?」
「散り散りになる前は、『ダステニアに我が宿敵が来ているようじゃから縁があれば合いまみえるじゃろう! その時は黒焦げにしてくれる! ついでに人間どもも数人葬ってくるかのう!』と息巻いていたのに」
「特に負傷をしているわけではないようなので作戦通りに事を運んだと思うのです。……それでも、何か納得のいかない事態になったようなのです」
4匹の中でもっとも強く、リーダー格であり、竜王選戦に対して並々ならぬ執着心を持っているエルメルガ。他の3匹も十分強い部類に入るのだが、それでも全員がエルメルガとガチンコ勝負をすれば勝てないだろうと踏んでいた。
だからこそ、エルメルガの心境の変化に驚きを隠せないでいた。
「今までのあいつなら、人間がどうとかまず口にしないのにな」
「竜王になるための執念深さは僕らの中で一番で、それ以外に興味なんてなさそうだったし」
「エルメルガ……」
ダステニアの森でメアと戦った時、エルメルガは他の3匹についていずれは竜王になるために戦って勝たなくてはいけないと語っていた。
――だが、エルメルガの寝室を見つめる3匹の竜人族たちはそんなエルメルガを本気で心配しているようだった。
◇◇◇
「はあ……」
自室へと戻ったエルメルガはベッドへと腰を下ろす。
ベッド――長方形に切り取られた冷たい石の上に薄い布切れが敷かれたそれは、ベッドと呼ぶには少々荒い造りをしているが、寝起きをそこで行うエルメルガからすれば人間たちが使うベッドと役割は同じだ。
「妾は……メアンガルドに勝った」
まるで確認するように呟くエルメルガ。
ガラスが砕け散り、ただ四角い穴が開いているだけの壁の向こうに見える美しい夜空を眺めながら、エルメルガは昼間の戦闘を思い出していた。
かつて、何度も敗北を喫した銀竜メアンガルド。
その骨の髄まで凍りつくような冷気に、エルメルガは散々苦しめられた。
ダステニアにメアンガルドがいるという事前情報を耳にしていたエルメルガにとって、今回の戦いは自身の竜王選戦開幕を告げるものであると同時に、長年に渡る因縁に決着をつけるためのものでもあった。
結果として、エルメルガはメアンガルドに勝利した。
しかし、それを完全無欠の大勝利なのかと問われれば、首を横に振らざるを得ない。
あの時――終始戦いを優位に進めていたのはメアンガルドであった。
スピードもパワーもほぼ互角でありながら、メアンガルドの戦闘運びはエルメルガの一歩も二歩も先を進んでいた。
防戦一方。
このままではまずい。
「また負けるのか」――そんな思いが脳裏をよぎった瞬間だった。
『ソータ!?』
メアンガルドが見せた決定的な隙。
そこを突いて、エルメルガは逆転勝利をおさめた。
それでもエルメルガが手放しで喜べないのは、その隙を生み出したのが自分の力量によるところではないからだ。
タカミネ・ソータ。
そんな名前の人間が、銀竜メアンガルドのそばにいた。
なんでも、ハルヴァの小さなドラゴン育成牧場のオーナーらしい。それだけなら特に気に留めないのだが、問題はこのタカミネ・ソータがメアンガルドを自身の牧場へ招き入れたことだった。
あの銀竜が人間の側につくなんて。
到底信じられる話ではなかった。
しかし、それは純然たる事実であった。
それを証明したのが、あの決定的な隙。
そして、その隙を作り出したのは、
「タカミネ・ソータ、か……」
人間嫌いのメアンガルドを変えた男。
エルメルガは、妙にその人間が気になっていた。
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