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【最終章①】廃界突入編
第166話 【幕間】廃界の夜(人間)
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夜の廃界は不気味なほど静まり返っていた。
かつて繁栄していたオロムの王都。
今では瓦礫の山と枯れ果てた草木が広がる絵に描いたような廃墟であり、当時の賑わいなどは見る影もない。
その一角にある元宿屋に、シャオ・ラフマンは監禁されていた。
部屋の外に見張りなどはいない。
鍵すらないこの部屋を抜け出すのは造作もないだろう――が、それでもシャオをとどまらせているのは、ひとえに魔族の存在であった。
この旧オロム王都の周辺にはさまざまな魔族がうろついている。
何の対策もなく外へ出れば、あっという間にヤツらの爪牙の餌食となるだろう。
それともうひとつ――シャオが脱出をしない理由に、監禁されているとはいえ、待遇や環境はそこまで劣悪ではなかったという点も挙げられる。
その証拠に、
「食事の用意ができたわ」
シャオをこのオロムへとさらってきた張本人であるフライア・ベルナールが夕食の乗ったトレーを持って監禁部屋へと入って来た。
食事だけでなく、フライは着替えや風呂まで世話をしてくれた。なので、基本的にはシャオはこれまでの暮らしと大差のない生活を送れている。
シャオは、フライアがこの部屋を訪れるたびにまず同じ質問を繰り返していた。
「私はいつ開放されるんですか?」
聖女としての力が必要だとフライアは言った。
だが、その力がいつどこで必要になるかまでは言及していなかった。
なので、詳細な情報を求めようと質問を投げかけるのだが、フライアからの返答はいつだって「沈黙」のみ。なんでもない日常的な会話をすることもあるのに、自分を利用するその日取りについては何も口にしなかった。
このことから、シャオはある仮説を立てていた。
聖女の力が必要なのは間違いない。――ただ、その力の使いどころに関してまだ決めかねているところがあるのではないか。
例えば、自分をさらったというこの行為が、単独による犯行なのか組織的な犯行であるかの違いによっても変わる。ただ、この廃界に身を置いていることから、魔族絡みであると睨んで間違いはないようだ。詳しくはもう少し探りを入れる必要が出てくるが、大方の見当としてはこんなところか。
それともうひとつ――あの竜人族たちを利用している目的も不明だった。
高峰颯太のような通訳がいない以上、竜人族と意思の疎通を図るのは困難だ。簡単な意思表示くらいなら伝わらないこともないのだろうが、そんな単調なやりとりで結びつけられているとは到底思えない。
恐らく、フライアと竜人族たちの間にもうひとり――伝達係を務める者がいるはず。
そしてきっと、その伝達役が事件の黒幕ではないかとシャオは推理していた。
現状、なんの抵抗手段も持たないシャオでは、下手に暴れたところで痛い目を見ることは明らかだった。なので、ここは従順にしている素振りを見せ、それとなく情報を引き出すことに専念しようと決めた。
その根底にあるのは娘に対して激甘である父リーの存在だった。
あの父親のことだから、すでに捜索を開始しているだろう。ダステニアの竜騎士団には香竜レプレンタスがいる。
香竜の能力を使えば、居場所はすぐに特定できるだろう。問題はその場所が廃界であるという点だ。例え父親が娘に激甘でも、囚われている場所が廃界とわかれば躊躇うだろう。とはいえ、絶対にあきらめないだろうし、自分の聖女としての能力の価値を加えれば、結局はここへ乗り込んでくる可能性が高いと踏んでいる。
だが、そこに至るまでにはまだ時間がかかるだろう。
たぶん、すでに先遣隊が送り込まれ、その成果を報告しに一旦王都へ戻った――というのが今日までの流れだろう。
「随分と落ち着いていますね」
黙々と食事をしていたシャオに、フライアが話しかける。
「父の立場上、こういった事態に陥ることは想定していましたので」
こちらの思考を読み取られないよう、最低限の言葉数で答えるシャオ。
「さすがはリー・ラフマンの娘ね。度胸も一級品のようだわ」
「別に父は関係な――」
ふと、フライアの顔を横目で見たシャオは、
「――あれ?」
妙な既視感を覚えた。
「あの」
「何かしら」
「あなたはもしかして……バジタキスのメリナ姫様?」
「え?」
意表を突かれたフライアは素の反応を見せる。
それが、シャオの憶測を確信へと変えた。
「やっぱり! 私です! シャオです! 子どもの頃によく遊んでもらったシャオです!」
シャオは訴えた。
かつて――まだバジタキスが正式な国家として存在し、貧しいながらも逞しく生き続けていた頃、父に連れられてよく遊びにいっていた。
父は商談相手として国王と仕事の話をしていたが、その話に飽きて退屈していたシャオをいつも構ってくれたのがフライア――いや、メリナ姫だった。
「あなたはレイノア王国へ嫁がれたと新国王となった兄であるリーゼ王から聞きました。そのあなたが、どうして廃界になんて」
「…………」
先ほどと同様に沈黙を貫くフライアであったが、その表情には大きな変化が見られた。
苦悶。
言いたいことがあるのにグッと堪えている――そんな感情だろうか。
「メリナ姫様?」
「……バジタキスのメリナはとうの昔に死にました。私は環境保護団体フォレルガの代表――フライア・ベルナールです」
そう言い残して、フライアは部屋をあとにした。
「メリナ姫様……」
フライアがどれだけ否定しようが、シャオにとってはいつもニコニコと優しい笑みを浮かべて一緒に遊んでくれたメリナ姫であることに違いなかった。
「あなたは……深い迷いの中にいるのですね」
在りし日のメリナ姫を思い出しながら、シャオは静かに涙を流した。
かつて繁栄していたオロムの王都。
今では瓦礫の山と枯れ果てた草木が広がる絵に描いたような廃墟であり、当時の賑わいなどは見る影もない。
その一角にある元宿屋に、シャオ・ラフマンは監禁されていた。
部屋の外に見張りなどはいない。
鍵すらないこの部屋を抜け出すのは造作もないだろう――が、それでもシャオをとどまらせているのは、ひとえに魔族の存在であった。
この旧オロム王都の周辺にはさまざまな魔族がうろついている。
何の対策もなく外へ出れば、あっという間にヤツらの爪牙の餌食となるだろう。
それともうひとつ――シャオが脱出をしない理由に、監禁されているとはいえ、待遇や環境はそこまで劣悪ではなかったという点も挙げられる。
その証拠に、
「食事の用意ができたわ」
シャオをこのオロムへとさらってきた張本人であるフライア・ベルナールが夕食の乗ったトレーを持って監禁部屋へと入って来た。
食事だけでなく、フライは着替えや風呂まで世話をしてくれた。なので、基本的にはシャオはこれまでの暮らしと大差のない生活を送れている。
シャオは、フライアがこの部屋を訪れるたびにまず同じ質問を繰り返していた。
「私はいつ開放されるんですか?」
聖女としての力が必要だとフライアは言った。
だが、その力がいつどこで必要になるかまでは言及していなかった。
なので、詳細な情報を求めようと質問を投げかけるのだが、フライアからの返答はいつだって「沈黙」のみ。なんでもない日常的な会話をすることもあるのに、自分を利用するその日取りについては何も口にしなかった。
このことから、シャオはある仮説を立てていた。
聖女の力が必要なのは間違いない。――ただ、その力の使いどころに関してまだ決めかねているところがあるのではないか。
例えば、自分をさらったというこの行為が、単独による犯行なのか組織的な犯行であるかの違いによっても変わる。ただ、この廃界に身を置いていることから、魔族絡みであると睨んで間違いはないようだ。詳しくはもう少し探りを入れる必要が出てくるが、大方の見当としてはこんなところか。
それともうひとつ――あの竜人族たちを利用している目的も不明だった。
高峰颯太のような通訳がいない以上、竜人族と意思の疎通を図るのは困難だ。簡単な意思表示くらいなら伝わらないこともないのだろうが、そんな単調なやりとりで結びつけられているとは到底思えない。
恐らく、フライアと竜人族たちの間にもうひとり――伝達係を務める者がいるはず。
そしてきっと、その伝達役が事件の黒幕ではないかとシャオは推理していた。
現状、なんの抵抗手段も持たないシャオでは、下手に暴れたところで痛い目を見ることは明らかだった。なので、ここは従順にしている素振りを見せ、それとなく情報を引き出すことに専念しようと決めた。
その根底にあるのは娘に対して激甘である父リーの存在だった。
あの父親のことだから、すでに捜索を開始しているだろう。ダステニアの竜騎士団には香竜レプレンタスがいる。
香竜の能力を使えば、居場所はすぐに特定できるだろう。問題はその場所が廃界であるという点だ。例え父親が娘に激甘でも、囚われている場所が廃界とわかれば躊躇うだろう。とはいえ、絶対にあきらめないだろうし、自分の聖女としての能力の価値を加えれば、結局はここへ乗り込んでくる可能性が高いと踏んでいる。
だが、そこに至るまでにはまだ時間がかかるだろう。
たぶん、すでに先遣隊が送り込まれ、その成果を報告しに一旦王都へ戻った――というのが今日までの流れだろう。
「随分と落ち着いていますね」
黙々と食事をしていたシャオに、フライアが話しかける。
「父の立場上、こういった事態に陥ることは想定していましたので」
こちらの思考を読み取られないよう、最低限の言葉数で答えるシャオ。
「さすがはリー・ラフマンの娘ね。度胸も一級品のようだわ」
「別に父は関係な――」
ふと、フライアの顔を横目で見たシャオは、
「――あれ?」
妙な既視感を覚えた。
「あの」
「何かしら」
「あなたはもしかして……バジタキスのメリナ姫様?」
「え?」
意表を突かれたフライアは素の反応を見せる。
それが、シャオの憶測を確信へと変えた。
「やっぱり! 私です! シャオです! 子どもの頃によく遊んでもらったシャオです!」
シャオは訴えた。
かつて――まだバジタキスが正式な国家として存在し、貧しいながらも逞しく生き続けていた頃、父に連れられてよく遊びにいっていた。
父は商談相手として国王と仕事の話をしていたが、その話に飽きて退屈していたシャオをいつも構ってくれたのがフライア――いや、メリナ姫だった。
「あなたはレイノア王国へ嫁がれたと新国王となった兄であるリーゼ王から聞きました。そのあなたが、どうして廃界になんて」
「…………」
先ほどと同様に沈黙を貫くフライアであったが、その表情には大きな変化が見られた。
苦悶。
言いたいことがあるのにグッと堪えている――そんな感情だろうか。
「メリナ姫様?」
「……バジタキスのメリナはとうの昔に死にました。私は環境保護団体フォレルガの代表――フライア・ベルナールです」
そう言い残して、フライアは部屋をあとにした。
「メリナ姫様……」
フライアがどれだけ否定しようが、シャオにとってはいつもニコニコと優しい笑みを浮かべて一緒に遊んでくれたメリナ姫であることに違いなかった。
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